A田
2026-06-19 22:18:03
2596文字
Public れめしし
 

れめししお題企画「梅雨」

同棲してる二人の朝の風景


 ――お、珍しい。
 叶の恋人は、規則正しい生活をしている。
 日付を超える前には寝ているし、早朝のランニングを欠かさない。食事にも気を使っていて、ストイックな習慣で磨き上げられた体は、日本人離れした見た目も相俟ってハリウッド男優もかくやと言わんばかりだ。
 そんな恋人が、今日は寝坊をしている。
 時刻は朝の五時過ぎ。
 いつもなら叶がベッドに入るのと入れ替わるようにしてランニングに出かけている時間だ。しかし、今日はあいにくの空模様なので二度寝――この言葉がこれ程似合わない人間も珍しい――をしているのかもしれない。
「んー……?」
 じっと見ていたからなのか、正確な体内時計が覚醒を促したのか、わずかに身じろいで起きようとする恋人の目元を叶は手で覆った。
「まだ起きなくて大丈夫だぞ」
 するりと隣に滑り込み、子供を寝かしつけるようにぽんぽんっと肩を叩く。しかし、叶の恋人は立派な成人男性で、非常に寝起きが良いので、すっかり目が覚めてしまったらしい。
……まだって、今何時だよ」
 スマホを探そうとする恋人に先んじてスマホを取り上げると、そこらへ放り投げた。ゴンッと鈍い音がしたが、幸い、寝ぼけているのか恋人が気付いた様子はない。壊れたらその時はその時だ。
「四時前だったかな。外も暗いだろ」
 悪びれもせず吐いた嘘に、恋人は疑うことなく頷いて、サイドテーブルに伸ばしていた手をさ迷わせた。すかさず手を取って指を絡めれば、未だにスキンシップが苦手な恋人はギクリと肩を震わせた。
 ヤることもヤっているくせに、未だに初心な恋人の反応は、いつだって叶を愉しませる。知らずは本人ばかりで、ついからかいたくなってしまうのは愛ゆえだ。
「どうせこの天気じゃランニングにも行けないし、もうちょっと寝てよう」
 繋いだ手を引き寄せ、見上げるような形でお願いすれば、はぁとため息が返ってきた。
「ったく、今日だけだからな」
 渋々といった様子だが、それが建前なのは明らかだった。
 ほんのりと色づいた目元に、期待で高鳴る心音。恋人の全てがこの時間を喜んでいる。
 じっと見つめる叶に居心地が悪くなったのか、「何だよ?」と口を尖らせる恋人に、叶は返事の代わりに肩口に顔を押しつけて、久しぶりの恋人の体温を堪能した。
 生活リズムが合わないことは分かりきっていたが、ここ最近は特にひどかった。
 少しでも同じ時間を共有するために同棲――恋人は恥ずかしがって同居と言い張っているが、恋人同士が同居しているなら、それは同棲だ――を始めたのに、まるですれ違わない。
 今日だって彼が寝坊しなければ、叶は恋人の残り香と共寝をしなければならなかっただろう。
「なぁ、その、配信って大変なのか?」
 どこか遠慮がちに投げかけられた質問の意図を、叶は正しく理解した。その上で、敢えて気付かないふりをすることにした。
 恥ずかしがり屋で気の回る所は恋人の長所ではあるが、少し物足りなさを感じることもある。何を考えているかなんて観ていれば簡単に分かるが、口にしてほしい時だってある。
「んー? 大変っちゃ大変だけど、楽しいよ」
「あー、だよな。悪い、変なこと聞いて」
 勝手に気まずそうにする恋人の挙動は、あまりにも叶の予想通りで。そのまま何も言わずに終わる気配を感じたので、少しだけアシストすることにした。
「確かに変なことだよな。それで? 敬一君はそれをオレに聞いてどうしたいんだ?」
……別に。体壊さねぇかなって思っただけだよ」
 つい、と顔を逸らす恋人に、可愛らしい嘘・・・・・・に免じて今だけは追及しないでおく。
「オレ、雨って結構好きなんだよな」
「はぁ?」
 まるで関係ない話題に、恋人は呆気に取られた様子で眉を上げた。
「昔はそんな好きじゃなかったんだよな。昔のソフトは湿気でカビ生えることもあるし、他にも色々と面倒だし」
「あー、まぁ。梅雨時って物が腐りやすいし、面倒だよな」
 恋人の想像する平穏な意味合いではないのだが、叶は訂正することなく、そうそうと相槌を打った。
「でも、雨だからこそ出来ることもあるよな。そう思うと、案外悪くないなって」
「何だよ、それ。ゲームの話か?」
 違う違う、とまるでピンと来ていない様子の恋人の頬をつつく。
「敬一君の寝坊する姿が見れたり、寝坊した敬一君を抱いて、ベッドでゆっくりできるのは雨の日だけだろ」
「おま、気付いて……っ」
 顔を真っ赤にして口を開閉する恋人に、叶はにんまりと口元を吊り上げた。
「最初は気付かなかったけど、普通に考えたらおかしいよな。目覚ましがなくても起きられる敬一君が寝坊するなんて」
 狸寝入りをしていたら叶はすぐに気付くし、それは彼も理解しているだろう。だから、おかしな話だが、二人でゆっくりする時間を作るために、必死に寝坊しようとしていたわけだ。
「なぁ、どうしてこんなことしたんだ?」
 慌てて逃げようとする恋人の腰を捕まえて、腕の中に閉じ込める。耳まで真っ赤にして震える恋人の姿に、叶はここ最近のささくれだった気持ちが上向いていくのを感じた。
……分かってんだろ」
「敬一君の口から聞きたいんだ。それとも、そう思ってたのはオレだけか?」
 わざとらしく声を陰らせれば、ひどく決まりの悪い顔をした後、覚悟を決めたように唇を引き結んだ。
「すれ違ってばっかだから、寂しかったんだよ」
 せっかくの愛の告白なのに、喧嘩腰のような言い方で全て台無しだ。けれど、慣れない恋人の必死な甘え方に、叶は笑いが止まらなかった。
「やっぱり雨っていいな! ずっと降ってくれたらいいのに」
「いつもこんな自堕落な生活してたまるかよ」
「そんなこと言って。こういう時間も悪くないって思ってるくせに」
……悪いかよ」
「全然? むしろ敬一君はもっとオレを欲しがるべきだな」
 額を寄せるようにして体をくっつければ、青い、晴れた空の色をした瞳が熱っぽい色を宿して叶を見つめていた。
「なぁ。オレもお前から聞きてぇんだけど」
 珍しい恋人からのおねだりに、叶はやっぱり雨の日はいいなとひとりごちた。
「オレもずっと寂しかったぞ。今日はいっぱいイチャイチャしような」
 うん、と消え入りそうな声で返された返事に、叶はさらに笑みを深くした。