夜明 奈央
2026-06-19 21:08:05
2829文字
Public 中太SS
 

太宰誕生日2026

太宰の誕生日を知らない中也
2026年6月19日初出

 太宰と出会って1年以上が経過したところで、中也はようやく気がついた。太宰の誕生日を知らない。自分の誕生日にはどこかから聞きつけた太宰によってケーキだのクラッカーだのが用意されていて、派手なイベントが開催されたにも関わらず、だ。おちょくられているとしか思えなかったそれを祝われたと評するのは若干抵抗があるが、それでも太宰は中也の誕生日を知っている。けれど中也は知らない。こういうのは普通、互いに祝いあうものだ。短く偏った人生経験ではあれど、中也はそう認識していた。
 確か自分の誕生日の最中、話の流れで「手前はいつなんだ」と尋ねた気がする。はっきり覚えてはいないが、確か話を有耶無耶にされて結局答えは教えてもらえなかった。中也は太宰の出生や家族について何も知らない。知っていることといえば、まだ保護者の庇護下にあるのが一般的な年齢で、1人で暮らしていることくらいだ。捨てられたか、家出したか、はたまた別の理由か。何にせよ真っ当で平和な家庭でないのは間違いない。ヨコハマの暗部に暮らしていれば、自分の誕生日を知らない者は珍しくなかった。羊にも何人もいた。そういう時は、みんなで考えた。もし太宰も誕生日がわからないなら、一緒に考えてやりたい。そうじゃないなら、自分も莫迦騒ぎの口実にして、楽しい思い出のひとつも作ってやりたい。
「なあ、俺、手前の誕生日知らねぇんだけど」
 中也の部屋でゲームに昂じる合間、なるべく重くならないように尋ねてみた。最近は発売したばかりの某テレビゲームにハマっていて、時間を見つけては対戦を繰り返していた。ひと息つこうとして、太宰はカーペットにだらりと仰向けに横たわっている。
「そりゃ、教えてないからね」
 太宰はくるりとひっくり返って中也を見つめた。
「なんで教えてくれねぇの?」
「え〜、逆に中也はなんでそんなに知りたいの?」
「なんでって、俺は知られてんのに手前のは知らねぇのは不公平っつーか」
「じゃあ、君は森さんの誕生日知ってるの?」
「え、いや、……知らねぇけど……
「姐さんは? 広津さんは?」
「知らない……っつーか、その辺は手前が莫迦騒ぎしたから知ってるだけでそういう関係じゃねぇだろ」
「僕の渾身のお祝いを莫迦騒ぎだなんて失礼だな」
 太宰はくすくすと笑って、あの時の中也は本当に傑作だっただの、あれを準備するのに苦労しただのと楽しそうに話し出す。話をはぐらかされたのだと気づいたのは、太宰が帰ってからだった。
 その後も折に触れて何度か尋ねたが、毎度有耶無耶にされて教えてもらえなかった。考えてみれば、自分の望む方向に話を展開させることについてポートマフィア内で太宰の右に出る者はない。そんな男に真正面から迫ったところで、まともな答えが得られるわけがなかった。
 けれどこれは交渉でも取引でもない。太宰が知られたくないのなら、無理に聞き出すべきではない。中也には全く理解できないが、本人曰く〝自殺主義者〟だ。誕生日はめでたいものでも祝うものでもなく、なるべく人に知られたくないものなのかもしれない。ならあえて触れずにいるのも優しさだ。
 だから、太宰が毎年ノリノリで中也の誕生日イベントを開催するのを、中也は黙って享受した。

* * *

 太宰がポートマフィアを捨て、敵対組織として再会し、かつてとは違う関係性を構築しても、中也は相変わらず太宰の誕生日を知らなかった。恋人の誕生日を知らないという事実に思うところがないでもなかったが、太宰が望むならそれでいいと思っていた。だからその日探偵社に迎えに行ったのはたまたまで、深い意味はなかった。
 駐車場に車を停め、待っている間に煙草でも、と手を伸ばしたところで、待ち人が遠くに見えた。煙草に伸ばした手を引っ込め待っていると、近づいてきた太宰は珍しく大荷物を抱えている。中也の不審な視線を物ともせずに後部座席に荷物を詰め込むと、助手席に滑り込んだ。
「いやぁ、助かったよ。あんなもの抱えて帰るなんて勘弁してくれと思ってたところなんだ」
 バックミラーを覗くと、後部座席には大小様々な紙袋が並んでいる。袋に入りきらなかったのか、バルーンがぷかぷか浮き、ぬいぐるみの耳が飛び出している。太宰にはとんと似合わない。思わず眉を顰めながら車を発進させた。
「なんだあれ? パーティーでもやってたのか?」
「そ。誕生日パーティーだったの」
「誕生日……探偵社の奴か?」
「まあそんなところ」
 なんとなく引っ掛かる物言いだ。例えば今日が人虎や名探偵やその他誰かの誕生日だったとして、彼等と親しいわけでもない中也にわざわざ個人名を伝える必要はない。けれどわざわざ隠す必要だってない。一応個人情報ではあるが、聞いたところで太宰のような並外れた記憶力を持たない中也はどうせすぐに忘れてしまうし、ポートマフィアは個人情報の売買なんてちゃちな仕事には加担しない。ただの世間話の範疇のはずだ。というか、誕生日パーティーなら主役以外があんなに大荷物になるだろうか。そこまで考えて、ピンときた。
……まさか手前の誕生日か?」
「一応ね」
「は!? 俺が聞いても毎度はぐらかしてきたくせに!」
 衝撃の事実だった。まさかこんな流れで知ることになるとは思わなかった。今まで散々煙に巻かれ続けてきたのは一体なんだったのか。
「ああそうそう。中也ってばめげずに何回も聞いてきたよね。健気で可愛いから教えるの惜しくて」
「ッんな理由かよ! 俺の気遣いを返せよ!」
「どうせ『もしかしたら、太宰は誕生日が苦手なのかもしれない……』とか真面目に考えてたんでしょ」
「声マネすんなっ! マジでおちょくってただけかよ!?」
「おちょくってたつもりはないよ。面白がってただけで」
「一緒だわボケ!」
 沸々と怒りが湧き上がってくる。長きにわたる苦悩を返しやがれ。太宰とはこういう男だということをわかった上で隣にいることを選んだが、時折本気で自分の趣味の悪さに辟易することがある。今はまさにそれだ。
 怒りに任せ、走っていた幹線道路で高速Uターンを決める。太宰が慌ててドア上のハンドルを掴む。
「ちょっとなに!? どこ行くの」
 家とは正反対にかっ飛ばす。向かうはポートマフィアの息のかかった高級ホテル。予約はしていないが傘下のあそこなら融通してくれるはずだ。ホテルの電話番号を呼び出し、1コールで繋がった電話に手短に伝える。
「今から恋人の誕生日を祝いに行くから準備しておけ」
「かしこまりました、中原様。従業員一同お待ちしております」
「えっいいよ別にお祝いなんて」
「手前が良くても俺が良くねぇ!」
 職場でこんなにも盛大に祝われているというのに、恋人がケーキのひとつも用意していないなんてかっこ悪いことが許されるわけがない。
「今まで祝えなかった数年分、たっぷり祝ってやるから覚悟しやがれ!」


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