山茶花
2026-06-18 22:48:14
5174文字
Public [シルデュ]シリアス・ダーク系
 

Through the Looking-Glass ver.S【267SR024】

やりたい放題(ダークメルヘン?)/騎士シルバー×女王デュース/4900字程度


「僕の言うことが聞けない? なら……首を刎ねてしまえ!」

 スペードのスートをその麗しい顔(かんばせ)に刻み。群青のドレスタキシードを纏った、女王の合図に合わせて。
 一振りの剣を携えた白銀の騎士が、その剣を振りかぶる。
 そして。
 罪人とされた、罪もない国民の首が、今。騎士の手によって、ああ、今日もまたひとり、刎ねられた!
「シルバー。僕の、愛しい騎士(ナイト)。さあ、ご挨拶をしてごらん。お前が僕の忠実な騎士だと、国の皆に見えるように」
「ええ、愛しい女王陛下。我が剣は、貴方のために。我が心は、貴方の下に」
 ——そうして。『スペードの女王に最も忠実な下僕(しもべ)である、白銀の騎士』は。女王のつま先に、誓いのキスを落とした。
 だが。どうやら、おかしなことだな。女王を見つめる彼の目は、いやに冷ややかだ……
 え? おれが誰だかって? そんなのどうでもいいじゃアないか。そんなことよりさ、もっと面白いことを知ろう。
 例えば、そう。あの、白銀の騎士の話さ……。さアさあ。ちんけなおれのことなんかよりも。彼の心の中を、共に覗いてみようゼ。



 『女王』のつま先にくちづけ。一礼をして、『彼』の身体の、背後へと下がる。
 俺が、こんなところで。偽りの忠誠を誓っているのは。愛おしい人を、取り戻すためだ。

 普段通り、何気なく幸せに、穏やかな日常を暮らしていた俺たち――俺とデュースのふたり、は。
 ある日。ひとつの鏡を買った。俺たちはその鏡を、ただの、どこにでもある鏡だと思っていた。
 ずいぶん上等な鏡なのに、安く古市で売られていたものだから。曰くつきじゃないかとデュースは訝しんでいたが。
 店主が言うには、目立たない程度の傷がたくさんついているから、安く売っているのだと言う。
 俺たちは、新居を構えたばかりだったのもあって、安くて質の良い家具を探していたから。
 それじゃあこれを引き取ろう、と言って。その鏡を、古市で買い、持ち帰った。
 今、思えば。それが間違いだったんだ。
 その鏡を使い始めてから、しばらくは、おかしなことも起きなかった。
 だが、ある日。夜中に、デュースが、喉でも乾いたのか。水を飲みに、キッチンへと起きていった。
 目覚めた俺は、デュースを追って、キッチンへと赴いていた。何か、妙な胸騒ぎがして。
 そして、キッチンからベッドルームへの帰り道のことだ。デュースが、鏡の中に、吸い込まれた。
 最初は、ナイトレイブンカレッジにあった鏡のように、移動ができるものなのかと思った。
 だが、違う。デュースは、鏡の向こうから。鏡面を叩き、『出してくれ』『たすけて』と、叫んでいるようだった。
 そして、デュースは。目の前で、首輪をつけて、さらわれた。
 真っ白な毛をした、金の懐中時計を持ったウサギに。
 俺は慌ててデュースを追いかけようと、その鏡の中へと入った。
 そこにはもうシロウサギの姿もデュースの姿もなかったが。
 代わりに俺は、そこで、クロウサギに出会った。クロウサギは、デュースを攫ったシロウサギとそっくりな容姿をしていて、色違いの懐中時計を持っていることまで同じだった。だが、クロウサギが持っているのは銀色の懐中時計だった。
 そのクロウサギが言うには。シロウサギは、クロウサギの兄弟で。
 デュースの魂を時計へと封印して、その身体を『女王』として傀儡にするため、利用するつもりなのだと言う。
 俺はそれに激昂して。そうなる前、すぐにデュースを取り戻そうと考えた。
 だけど、クロウサギはそんな俺を止めた。
「いけません、シルバーさん。兄は、シロウサギは、とても用心深く、警戒心が高いんです。一度疑われてしまえば、二度とは、近づくチャンスはないでしょう」
「なら、どうすれば……!」
「僕に、考えがあります。聞いていただけますか」
 そうして、クロウサギの話を聞いたところ。クロウサギの作戦は、騎士として女王となったデュースの下へ潜り込み。
 信頼を得て、伴侶たる地位まで上り詰め。そして、そこでデュースを封じる懐中時計を壊すというものだった。
「それは……途方もない、計画だな」
「きっと、時計は『女王』の身体に隠されます。最も貴方が女王の身体に近づいたそのときこそ、時計を壊すチャンスがあるかと」
……分かった。俺は、何をすればいい?」
「それでは……!」
 クロウサギは、俺に騎士としての推薦状と、衣装と、剣を用意するから、一晩待ってほしいと言った。
 俺は、その間に一度、現実へと戻り。親父殿やマレウス様に、「デュースが失踪した」ことと、「俺はそれを連れ戻しに、しばらく長い旅に出る」こと、そして、「それを手紙で後から伝える」ことを詫びる手紙を置き。
 もう一度、鏡の国の中へと臨んだ。
 そうして今、俺は。鏡の中の世界、おとぎの国で。
 悪しきシロウサギの傀儡人形である『スペードの女王』と化したデュースを、助け出すため。連れ戻すため。
 今こうして、偽りの忠誠を誓い。冷酷無比な人形へと跪くのも。すべては、愛する彼を元に戻すため――

 ——その決意をしてから、何カ月の時が経ったろうか。俺はシロウサギの目を盗み、クロウサギと協力をする日々だ。
 時には、冷酷無比な騎士のフリをして。シロウサギの前で。クロウサギに剣を向け、迫る瞬間さえもあった。
 そのときは、「兄弟だろう、いいのか」と尋ねることで。シロウサギの情(と言っても、出来損ないの兄弟に対する憐れみや嘲笑を交えたものだが)のようなものを引き出し、なんとか切り抜けたが。
 だが、それも……そんな窮地を切り抜け続ける日々も。
 罪のない国民たちに、刃を振り下ろす日々も。
 きっと、今日、今夜、終わる。

 俺は計画通り、狂った女王の忠実な騎士として、成果を挙げ続けた。シロウサギが、俺のことを疑わなくなるまで。
 シロウサギの目が濁り、俺のことを、『己の忠実な騎士』だと誤解し、油断するその日まで。

 ——月の、綺麗な夜だ。
 玉座の間には月光が差して。デュースの、女王の顔を、美しく照らしている。
「シルバー、誰よりも忠実な犬よ。僕に、生涯の忠誠を誓え」
 命じられるままに、俺は、女王たるデュースの足元へと跪く。
……女王陛下。俺は、一目見たときから。貴方の、その美貌に心囚われた。だから、どうか……この時だけ、無礼を、お許しください」
 そうして。恭しくデュースの手を取り、そのまま引き寄せて、ステップを踏み始めた。
「何を……!」
「何って、パートナーとのダンスじゃないですか。見て分からないんですか?」
 俺の様子を見ていたシロウサギとクロウサギが、そんな会話をする。
「貴様、どうやってここへ……!」
「ウサギはどこにでも入り込むんですよ、知らないんですか、兄さん!」
 俺が手引きをして、城に入れておいたクロウサギが、シロウサギを抑え込んでくれる。
 その間に、俺は。
……すまない、デュース……!」
 マントに隠したナイフを、取り出して。デュースの左胸へと、ブローチのように据え付けられた懐中時計へ向ける。
 もう少しで懐中時計にこのナイフが届こうという、その、刹那。
「待て、シルバー! その時計は……女王の心臓と繋がっているぞ!」
 時計を壊したら、そいつはもう元には戻らない!
 そう、シロウサギは叫んだ。……あんなのは、苦し紛れの言葉だ。そう、分かっていて。
 俺の手は。止まって、しまった。
 なのに。
 ……何故か、『女王』は。いや、『デュース』は。にこりと笑い。
 手から血がこぼれるのも厭わず。俺の手から、ナイフを奪って。
 そして。自分から、その左胸の懐中時計を、切り離した。
 勢い良く、左胸から離れていった懐中時計が。カランと音を立てて、広間に落ちる。
 ウサギたちは懐中時計に向けて、手を伸ばし、走ったが。
 女王を操って好き放題する日々に浸っていたシロウサギよりも、日々を駆け回っていたクロウサギの方が、足が早くて。
 クロウサギは、呪いの懐中時計を。足でダンダンと踏み、壊してみせた。
 そうして。
「デュース!」
 デュースは、俺の腕の中。ふっと、気を失う。クロウサギが、俺に叫ぶ。
「止まったのはこちらの世界の心臓です! すぐにあちらの世界へ連れ帰ってください。今ならまだ間に合う!」
 そう叫ぶクロウサギを背に、俺は。
……すまない、礼を言う! 今まで、本当に助かった……!!」
 そのように吐き捨てながら、元の世界へ繋がる出口へと、走った。ちらりと一瞬だけ横目に振り返ると。
 シロウサギは、呪いの反動なのか、何か、動かなくなっていて。クロウサギは、これで良かったんだ、と呟き。
 動かなくなった兄弟の身体を、ただじっと見ていた。

 俺は。今まで、己の目的のため、犠牲にしてしまった鏡の中の世界の住民へ。心の中で、何度も、すまない、すまないと謝りながら。
 ——君たちへの贖罪は、ちゃんとする。償えと言うのなら、償う。
 だから。俺から、この子を……デュースを、奪わないでくれ!!
 そう、切に願って。
 どんどん冷たくなっていくデュースの身体を抱え、現実世界に繋がる鏡の中へと、飛び込んだ。
 
 「デュース! ……デュース!!」
 何カ月ぶりに、鏡の世界を出て。ふたりの家へと、帰ってきた。
 それでも、デュースの身体は、冷たくて。俺は、ブランケットを巻いて。
 デュースの身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「デュース……、どうか、目を覚まして、くれ……!」
 ぎゅっと、手を握る。すると、デュースは。
「ん……
 静かに、目を開けた。
「あ、れ。シ、ルバー……? 僕……?」
「デュース……! 良かった、間に合ったんだな! ……今は、何も考えなくていい。落ち着いたら、すべて話すから……
 そうして。目が覚めたデュースに、食べ物と飲み物を用意して(シロウサギはどうやら、最低限の生命維持に必要な食事しかさせていなかったようだ。……どこまでも腹立たしい)。
 俺は、鏡の世界であったことや、その顛末をデュースに告げた。
「じゃあ、まだこの鏡は向こうに繋がってる、のか?」
「お前は入るなよ。……向こうの世界のお前の心臓は、止まっているんだ」
 次に鏡の向こうへ行ったら、助かる保証はない、と俺が言うと。そうか、とデュースは言った。
「その、シルバーや僕を助けてくれたクロウサギって奴にお礼を言いたかったけど……。それじゃ厳しいか」
……いや。俺も、ちゃんと彼には、礼を言いたい。だが、俺も最早、あちらの世界の罪人だ。悪戯に鏡の向こうへ行くのは、良くないから……
 だから。ふたりで、彼に手紙を書いて。それだけを鏡の向こうへ送ろう。
 それが終わったら、この鏡は封印しよう。二度と、世界が交わることのないように、と。
 そう、デュースと取り決めて。
 クロウサギに、礼の手紙と、できるだけ箱いっぱいに詰めた、たくさんのニンジンとリンゴを用意し。鏡の向こうへ放り込む。
 そうして、親父殿たちに、置手紙を遺し、突然消えたことの謝罪と、今までの経緯、事情を説明し。
 鏡の封印に、協力して頂いて。そうして。二度と、俺たちと、鏡の世界が交わることはなくなった。
 
 ただの鏡に成り果てたそれだったが。家に置いておくのは、またいつデュースが吸い込まれたらと思うと、落ち着かなかったから。
 マレウス様のご厚意により、城の、曰くつきの呪物を集める専用の倉庫に引き取って頂いた。
 そうして、俺も、近衛兵の仕事に復帰し(責任を取って辞職するつもりだったが、これ以上サボる気かと、素直ではない復帰の願いを、セベクから貰った。……他の兵士たちからも。俺が黙っていなくなるのは、のっぴきならない事情があったからだと、皆が理解をしてくれていた。俺は幸せ者だ)。デュースも、事情が事情だったためか、失踪したことへの責は大きくは問われず。日々の仕事へと戻って。すべてが、元通りになって。

 それでも、ときどき。俺は、鏡の向こうに生きた、彼らのことを思い出す。
 俺の目的のため、犠牲になった国民たち。そして、事件の果てに、兄弟を失うことになったクロウサギ。
 彼らの魂が、せめてどうか安らかであるようにと。その資格がないことを知りながら、俺は、祈る。
 月の綺麗な晩。俺は、何度でも。手にした幸福、つまりは。
 無事に取り戻したデュースの、穏やかな寝顔と、星々の輝く月を見比べて。
 ……ただ、静かにひとり。彼らの冥福を、祈るのだった。

*おしまい