匣舟
2026-06-18 21:46:02
3148文字
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きっと甘い嘉日

自分の誕生日に自分へのプレゼント(?)としてだしたかった仙乱です。 ケーキを食べる話です。

 今日は別に特別な日でもなんでもないけど、何となく食べたくなった乱太郎は、大学の帰りに視界の中に入ったケーキ屋さんに訪れてみた。カランカランとドアベルを鳴っているのを聞きながらお店の中に入ると、ショーケースにたくさんのケーキが並べられている。どれも美味しそうで、目移りしてしまう。
「いらっしゃいませ。」
 ショーケースの向こう側に立っていた店員さんが乱太郎を見てにっこりと笑う。その挨拶にぺこりと頭を下げてから、乱太郎はショーケースの中を覗く。
(うわあ、どれも美味しそう。)
 ショーケースの真ん中にあるド定番のイチゴのショートケーキも、チョコレートケーキもチーズケーキも美味しそうだし、チーズスフレやプリンアラモードも捨てがたい。どれにしようか迷っちゃうなあ……。と考えながらも、乱太郎の目はキラキラと輝いている。
 目の前にある美味しそうなケーキ達に胸を高鳴らせていると、ふと同居人にもケーキを買って行ったら喜んでくれるかなと考えが思い浮かぶ。乱太郎の同居人とは仙蔵のことで、仙蔵も乱太郎と同じ大学に通っているのだが、学部が違うし、そもそも同じ大学とはいえ仙蔵は大学院に在籍していることから大学ではなかなか会えないし、一緒に住んでいるとはいえ乱太郎がバイトをしているので、家でも一緒になれるのは休日だけである。
 だが最近、仙蔵はゼミ発表会があったり、乱太郎はバイト三昧だったこともありお互い忙しくてゆっくりと顔を合わせて話してなかったから、今日ぐらいはふたりでケーキを食べて久しぶりにゆっくりとおしゃべりできたらいいなと思ったのだ。仙蔵が明日休みだということは確認済みだし、乱太郎も明日バイトはないので、夜も次の日もゆっくり出来ることは確定なのである。
 ところで仙蔵は何のケーキが好きなんだろう。と乱太郎の頭の中にひとつの疑問が浮かぶ。いつも仙蔵が甘いものを食べる時は決まって乱太郎が一緒にいる時だから自ずと同じものを食べているし、仙蔵が好んでケーキを食べている光景をあまり見たことがないから分からない。
 今、電話をして聞くのも良いけど、やはりサプライズとして驚かせるために敢えて聞かないのも楽しそうだなあ。とそんなことを考えながら、乱太郎は笑顔を零す。
じゃあこれと、これください。」
「かしこまりました。」
 しばらく迷って悩んだ後、仙蔵に選んだのはいちばんケーキと言ったらみんなが思い浮かぶド定番なショートケーキにして、乱太郎はなんだかチョコが食べたかった気分だったことからザッハトルテを頼むことにした。レジで二つとも紙箱に入れてもらい、お会計を済ませて外を出た。
 お店の外に出るとまだ日は落ちておらず、とうとうあの灼熱地獄な夏が来るんだなあ。と感じさせるような生ぬるい風が乱太郎の前を通り過ぎる。夕日から降り注ぐ日差しから逃げるように乱太郎は足早に家へと帰って行った。
「ただいまかえりましたー。」
「おかえり、遅かったな。」
「ちょっと寄り道をね……。」
「寄り道?」
 玄関の扉を開けるとリビングのソファに腰をかけていた仙蔵がこちらに向かってそのまま当たり前に頬にキスをしてきた。乱太郎はそれを当たり前のように受け入れながら靴を脱いで、揃えながらそう返答すると、不思議そうな声色で反応が返ってきた。
「うん、寄り道で〜す〜。」
ふうん。」
 興味が無さそうにしながら乱太郎の身体を上から下に視線を寄越した仙蔵は、乱太郎の手にぶら下がっている小さな紙箱に気づき、乱太郎の隣に座り、紙箱の中を覗き込んだ。
「ケーキ?」
「はいっ!なんだか急に食べたくなって仙蔵さんの分も買ってきたんですけど……、食べられますか?」
せっかく乱太郎が買ってきたのなら、食べようかな。」
 仙蔵は少し間を置いてからそう答え、その言葉に乱太郎は嬉しさのあまりニコニコ笑う。
良かったあ。ほら、最近お互い忙しくてお話してなかったじゃないですか?だからこうやって一緒にケーキでも食べながらおしゃべりしたら楽しいかなーと思って!」
確かに、最近はすれ違いだったな。」
 最近お互い忙しくてゆっくり話せてなかった事を思い出したのか、仙蔵は納得したように頷く。
「それにしてもケーキを買うなんて、何かあったのか?」
「うーん、特に何も無いけどなんとなくですね。なんだか急に甘い物が食べたくなって。」
そういうものなのか?」
「そういうものですよ〜!」
ふうん?」
 乱太郎の曖昧な回答に仙蔵は首を傾げるが、乱太郎がそういうのならばそういうものなのだろうと自己完結したのか納得するように頷いてケーキが入った箱を持ってキッチンへ向かって行ってしまったので、乱太郎もそれを追いかけるように部屋の中へと入った。
 そしてふたりは手際よくケーキを紙箱から取り出して、皿に移してそれぞれフォークを持ってダイニングテーブルの椅子に座り、さっそくケーキを食べることにした。
「いただきます。」
「どうぞ召し上がれ〜。」
 ふたりが手を合わせると同時に皿に移したケーキにフォークを入れる。最初に食べたのは乱太郎で、ザッハトルテの生クリームが乗っている所にフォークを入れて、一口分掬いあげて口に運ぶと、幸せそうな表情で咀嚼した。そんな様子を見ていた仙蔵も乱太郎に釣られるように自分の目の前に置かれているショートケーキにフォークを入れて口に含むと、同じように咀嚼していく。
ん、おいしいですね!」
「そうだな。」
 ふたりで同じタイミングで感想を言い合って笑い合う。それだけでとても幸せだと感じる。それはきっと目の前にいるのが好きな人だからだろう。
「このケーキ、どこのやつなんだ?」
「最寄駅の近くにあるケーキ屋さんですよ。実はちょっと前から気になっていて、いつかは行ってみたいなあって思っていたんです!」
「そうか。」
 嬉々として語る乱太郎に優しく微笑みながら返事を返す仙蔵の瞳はとても柔らかい光を宿していた。そんなやりとりをしながら食べ進めているうちに、あっという間に乱太郎のザッハトルテはなくなってしまった。乱太郎が夢中でパクパクと食べている内に最後のひとくちがなくなってしまっていたようで、少し残念に思いつつもデザート後のコーヒーを飲んでほっと一息つくと、仙蔵の手元にあるショートケーキを見てみると、仙蔵の方はまだ半分ほど残っているのに気付く。きっと話をしながらだったので、食べるのがゆっくりになったのかもしれない。もしかしてあまり甘いものを食べる気分でもなかったのだろうか。まあでも、彼の表情が柔らかいのできっと大丈夫なはずだろう。
「仙蔵さん、美味しいですか?」
「あぁ、すごく美味しいよ。買ってきてくれてありがとう。」
「良かったあ、仙蔵さんが今日、どのケーキを食べるか分からなくて迷ったんですよ。」
 乱太郎の問いかけに対して、仙蔵は微笑んで礼を言うと、乱太郎は嬉しそうに笑ってそう答えた。すると、仙蔵は少し考えてから言葉を続ける。
「乱太郎が私の為に選んでくれたものであればどんなものであっても嬉しいが……、」
 そこで一度言葉を区切った彼は、フォークで突いていたショートケーキの苺を掬いあげ、そのまま自分の口の中に入れてしまう。そしてそれを咀嚼して、乱太郎のほうを見て微笑みながら再び口を開いた。
「きっと、乱太郎おまえと一緒に食べているから美味しいのかもな。」
……!」
 乱太郎は照れたように顔を赤くして俯いてしまうが、すぐに顔を上げて嬉しそうに微笑む。その様子に満足したように笑った仙蔵は、もう一度フォークを持ち直して残りのケーキを食べ始めたのだった。