九保
2026-06-18 19:52:12
2089文字
Public
 

報酬は後払いで

ビデオ屋の留守を任されたライトのところに、ビリーが様子を見に来る話。イビ未満、🔦→→→🔫
適当なボンプ語の描写あります。


二人の店主の背中を見送って、ギィと鳴った裏口の蝶番の音を聞いたっきり、1人と1体での店番は暇そのものだった。

「ビデオ屋ってのはこんなに誰もいなくて儲かるもんなのか?」

ぐったりと、いかにも怠いですと言わんばかりの背中を曲げて、ライトはビデオ屋のカウンターに伏せていた。自分の腕を枕にして、視線は横にいるボンプに向けられている。

「ンナナ!!ンナ!」
(サボっちゃ駄目だよ!)

「あ? なんだ、生憎俺にお前さんらの言葉は分からないんだ」

「ンナー! ンナナッ、ンナッ!」
(だから! サボっちゃ駄目だよ、アキラとリンに言いつけちゃうからね!)

発した音より明らかに情報量のある言葉で、店番を務める18号(トワ)はライトを叱咤している。自分の怠惰な姿勢を咎められているとは露知らず、ライトはぴょこぴょこと跳ねるボンプの頭をうりうりと撫でくりまわした。
柔らかですべすべとした手触りだ。
機械だとは信じられない感触に、思わずグローブまで外して触りたくなってしまう。

「うちの騒がしいボンプとはえらい違いだな」

「ンナナナ、ンナッナ?」
(うちのって、モックスのこと?)

「そうだ。赤くて厳つい顔をしたあいつだ」

分からないと言った割には、ちゃんと相手の言いたい事が汲み取れるものだ。
イアスや主人達から聞いているのだろう、トワは自分が知る限りのモックスの特徴をあげつらえていく。「よく知ってるじゃないか」と褒めると、短い手を腰に当て得意気な相手に、ライトは郊外を己のバイクで走り抜けていく凛々しいボンプを思い出す。

同じボンプでもえらい違いだな。
店長達に似て、素直で可愛いもんだ。ライトに腹を立てていた事も忘れ、ご機嫌な様子に自然と口角が上がってしまう。
どこを触っても柔らかい。
むにむにと好き勝手につついていると、きぃと古びた金属の擦れる音が響き渡る。紛れもなく店のドアが開いた音だ。
教えられた適当な挨拶を口にして、のっそりと立ち上がったライトに声をかけたのは、予期せぬ相手だった。

「よっ、ちゃんと店番してるかよ」

「パイセン!! どうしたんすか」

現れたのは、ライトが会いたくても中々会えない相手。パイセンと慕い続ける知能構造体、ビリー・キッドその人だった。

「店長達から連絡が来ててな。ライトが一人で店番してるから、暇だったら見に行ってやってくれって」
ハイパー忙しい俺様が、隙を見て来てやったんだから感謝しろよ〜?

おどけた様に笑うビリーに対して、ライトは吐き捨てるように言い返す。

「ハイパー忙しいパイセン様のお手を煩わせて、申し訳ないっすね」

「お前そんなこと微塵も思ってないだろ。隣のかわい子ちゃんつつきまわして、セクハラなんかしやがって」

まさか見られていたとは。
ボンプ独特の感覚に少し夢中になっていたのは確かだったが、ライトにとっては見られた相手が相手だった。意中の相手に、他の誰かに余所見していると思われてはたまらない。
本気じゃないのは誰が聞いても分かるはずなのだが、ライトにとってビリーからそう思われてしまうのは心外だった。

「な……! セクハラなんてそんなことしてないっすよ、スキンシップだよな」

「ナンナ、ナッナンナ!」
(ライト、ずっとサボってる!)

「おい、今俺の悪口言っただろ」

ずいっとサングラス越しに近づけた顔の険しさに、トワはライトの想像通り、怯えた表情で後ずさる。そんな二人の間に入った手が、ライトの額を強く弾いた。

「ビビらすんじゃねぇよ、可哀想に」

「それにしても思いっきり弾くことないんじゃないっすか、パイセンのデコピンはゴム弾くらい威力あるんすから」

「お前なら頑丈だから平気だろ」

赤くなった額を撫でさするライトに、ビリーはからからと笑ってみせる。

「任された仕事なんだからちゃんとやれよ。それに、」

「それに、なんすか?」

やはり報酬はデカい方が燃え上がる。
当たり前のことだが、ライトは思ってもみないご褒美に飛び上がってしまうところだった。

「いい子で店番できたら、俺からもいいもんやるよ」
だから頑張りな。

穏やかな声音のビリーは、そのままライトの頭を無造作に撫でくりまわすと、くるっと踵を返した。まるで宿題をやりたがらない子供のご機嫌を取ろうとする仕草だ。

「いいもんってなんっすか! パイセン!」

店のドアを再び開き、半身を滑り込ませたまま、ビリーは片目を閉じてニヤッと笑って見せる。魅惑的な表情に見えるのは、ライトの視点だからだろうか。よく動く液晶パネルが、ここまでくると憎たらしい時もあるものだ。

「いいもんはいいもんだ。じゃあまた後でな」

ヒラヒラと振った手のシルエットだけを残して。ビリーの背中はドアの向こう、六分街の中に消えていった。

暇だ暇だと嘆いていたライトのスピードがこの後、ビデオデッキの早送りボタン2回分程まで早まり、道行く女性客に微笑みまくり、今月1番の売上を記録したのは偶然ではないだろう。


end.