shirajira
2026-06-18 06:53:06
8328文字
Public
 

三年目の愛

紙月三周年おめでと~!一応合わせて書いたけど中身あんまり関係ない現パロビマヨダです。

「三年目の浮気くらい大目に――見るとでも思ったか! このわし様というものがありながら! 両手をついて謝ったって許してやらん!!」
「馬鹿言うなよ」
 そもそも何の話だ。ビーマは付き合ってそろそろ三年――この付き合ってというのは恋人としての交際を始めてからという意味で、単純な付き合いであればそれこそ数十年に及ぶ――になる恋人の顔を見た。眉をつりあげ顔を赤くしている様子は、まさに怒髪天を衝くと言ったところだ。
「しらばっくれるか! わし様に知られるわけがないと、そうたかをくくっているのか? おい、自白は早い方がいいぞ。その方が罰が軽くなる、少しはな」
「両手をついて謝っても許さねえんじゃねえのかよ。つか、一体何の話をしてるんだ、てめえは。浮気? いつ俺がそんなことをした」
「ほーん。つまり浮気ではない、と? まさかあっちが本命でわし様の方が浮気、いや体目当ての遊び、そういうことだというのか? 嘘は言ってない、真実を伏せて言わなかっただけ、そういうことか」
「ありもしねえ行間を勝手に読むな。お前は昔から被害妄想が豊かだな」
 思わずため息混じりの声が出る。一体何を誤解しているのか知らないが、ビーマからすればいい迷惑である。
 今日はこんな話をするつもりではなかったのに。思いながら、半月ぶりのデートだというのに全くそれどころではない空気に、どうしたもんかなと中空を眺めた。ここが公園の人気のない休憩スペースでよかった。飲食店だったら他の客に迷惑すぎる。
 本人に言うとお前に言われたくないとうるさいが、ドゥリーヨダナの先走るところは昔からで、恋人として付き合うことが決まってすぐに「式はいつにする? 籍はお前がこっちに入れ。形式的には養子ということになるが、心配するな、あくまで書類上だけだ。わし様の伴侶として、周りには丁重に扱わせるとも」と言い出したものだから、当時ビーマは大層呆れた。
「気が早いにもほどがあるだろ。恋人関係だって一週間ともたねえかもしれねえのに」
「馬鹿め。だからこそ、だ。わし様あるいはお前が女であれば既成事実の作りようもあったが、そうはいかんだろ。千載一遇の機会をみすみす逃してたまるか」
 完全に目が据わっている恋人になりたてのドゥリーヨダナの顔を見て、当時ビーマはなるほど、半信半疑のところもあったが、本当にこの男は自分を好いているのだと――それが純粋な愛と呼んでいいものかは甚だ疑問だったが――そう思った。
 それはビーマの心に小さく暖かい火を灯したが、だがビーマは籍を入れるのはまだ早いだろうと、ドゥリーヨダナの要求をはね除けた。
 単純な付き合いこそ長いが、友好的な間柄であったのは幼い頃の最初の一時だけ。あとはいがみ合い競い合う、それだけの関係だった。
 それが、何の因果か恋人になる。それだけで十分大きな決断だ。別の決断はもう少し時間を置いてからでもいいだろう。急ぐことでもあるまい。
 ごねるドゥリーヨダナを宥めて――別に遊びのつもりではないし、結婚しなくたってやることは変わらんし、少なくともお前が何かしない限りは俺から別れを切り出すことはない、と告げたら一旦納得したらしい――それからビーマはドゥリーヨダナと恋人としての付き合いを始めた。
 はっきり言って楽なものではなかった。口論になることもあったし、酷いと取っ組み合いになった。けれども他人に仲裁してもらわないといけないような喧嘩は一度もしなかった。
 そうなる前に、どちらかが折れた。信じられないことに。意地を張り続け相手を失うことを恐れた。
 ドゥリーヨダナがどこかで飽きることをビーマは懸念していたが、その様子もなかった。思い返せばドゥリーヨダナは飽き性ではあるが、身内や気に入っている人間には甘く、飽きることもないようだった。ビーマを恋人にしても、相変わらず親友のカルナとはベタベタしているくらいである。
 軽いキスも、温かなハグも。笑い合う朝も、寄り添う夜も。何度も重ね、当たり前になって、それでも未だに胸をときめかせる。腕の中にある奇跡のような輝きを確かめる度に、ビーマの心に灯った火が揺らめく。
 一年。二年。そうして、そろそろ三年。あれきりドゥリーヨダナは結婚の話をしないが、ビーマは宣言した通り、真剣にドゥリーヨダナと交際を続けている。
 だというのに何を勘違いしているのか、ドゥリーヨダナはビーマが浮気をしているという。
「あくまでシラを切るというのだな?」
 低い声で尋ねられる。「身に覚えがねえことで、何を言えって言うんだ」とビーマが返すと、ドゥリーヨダナがすとんと表情を消した。
「なるほど。そうか。わかった。よくわかったとも」
 嫌な予感がした。急くような気持ちで口を開く。
「おい、勝手に納得するな。俺は浮気なんて断じてしてねえ。一体どこのどいつに何を吹き込まれたんだか知らねえが……俺はお前の恋人のはずだが、お前は俺のことを信じちゃくれねえのか」
 手を伸ばす。触れる前に振り払われた。ドゥリーヨダナが俯く。前髪が影を作って、目元がよく見えない。
「どうせ……
 呟いた声はよく聞こえなかった。どうやらドゥリーヨダナは本気でビーマの浮気を信じ、傷付き、怒り、落ち込んでいるらしかった。
 ビーマはしばしドゥリーヨダナの横顔を眺めた。勝手に失望されたことに対する怒りは当然ビーマにもあるわけだが、それよりも相手が落ち込んでいる様子であること自体が心に来る。相手はあのドゥリーヨダナだと言うのに。
 惚れた弱みだよな。内心呟く。ビーマにも意地や格好つけたい気持ちがあるので絶対言わないし、当時だって顔に出さないようにしたが、ドゥリーヨダナと恋人になれて、ビーマは本当に嬉しかったのだ。
 ドゥリーヨダナは本当にろくでもない、どうしようもない男で、何だったら昔から目の敵にされていたビーマはドゥリーヨダナのことが嫌いだったことだってあるのだが――悪いところばかりの男ではなかった。
 誰だって長所ばかりではない。短所も長所もある。ビーマはドゥリーヨダナの短所を嫌い、呆れてはいたけれど、長所は長所として認めていたし、どうしようもない短所故の得がたき長所を、眩しいものを見る目で見つめたことだってあったのだ。それを間近で見ることは、諦めていたけれど。
 だから恋人になれて嬉しかった。付き合い始めは格好つけてしまったし、半信半疑の気持ちもあったが、今ではドゥリーヨダナが向けてくれる愛に何一つ疑いは持っていない。
 自分は愛されているし、愛している。三年の月日を得てなお、気持ちが通い合ったあの日、少し涙が滲んだ笑みを向けられた喜びは色褪せない。
 ポケットを探る。後で渡すつもりで用意していたものを取り出そうとした瞬間、ドゥリーヨダナが立ち上がった。
「そういうことならよくわかった。貴様の顔なんてもう二度と見たくない。あとは代理人を通して話すことにしよう。今からサラ金に目星でもつけておけ」
 声が出るより先に体が動いた。ドゥリーヨダナの腕を掴む。振り払われそうになったが離さなかった。全身で抵抗されそうになったので、全身で抑え込む。
 じゃれあいと呼ぶにはあまりに剣呑な、周囲に人がいたら喧嘩あるいは殺し合いとでも思われそうな身体接触は三分ほど続き、ビーマが地面に押し倒したドゥリーヨダナにのしかかり身動きを封じた形で一旦は終息した。
「おい、マジで勝手に自己完結すんな。俺は浮気なんてしてねえし、お前と別れるつもりもない。お前は俺が不義理をしたと思ってるんだろうが――俺には身に覚えがない」
 互いの吐く息は荒い。両手首を片手でまとめて地面に押し付け、鼻と鼻とが擦れ合うような距離で、相手の顔を覗き込む。憎々しげな顔をして、ドゥリーヨダナが無言で視線を逸らした。
「ドゥリーヨダナ」
 名を呼ぶ。無視。拗ねたように尖らせている唇に吸い付いてやると、唇を噛まれた。痛みに顔をしかめれば、得意げに目を細めている。性格のよろしくない男はそれで少し気分をよくしたのか、ビーマの血を唇につけたまま、「はん」と嘲るような声を出した。
「身に覚えがないとお前はいうが、こちらにはちゃんと目撃者がいるのだ。お前を見間違えるはずもないし、お前だってこいつのいうことであれば言い逃れできないと、そう思うだろう」
「誰が何を見たって言うんだよ」
「ドゥフシャラーだ」
 従姉妹の名に、ビーマは瞬きをした。ドゥリーヨダナの妹であるドゥフシャラーはろくでなしの兄たちと違い真面目で気立てがよく、適当なことを言うような人間ではない。
「この間の土曜日、ドゥフシャラーが友人と遊びに行った先でお前を見たと言っていたぞ。……ペアリング作り体験に入っていくのを見たと、そう言っていた」
 ドゥリーヨダナの声が揺れた。すぐにそれを誤魔化すように、「髪が長くて細身の、なかなかの美人と一緒だったというではないか。お似合いだったとドゥフシャラーのやつ、そう言っておった。いいご身分だ。わし様なんて土曜日は仕事の付き合いで片足を棺おけに突っ込んでるようなおじいさん共の相手をしておったのに、お前は……お前はわし様というものがおりながら美女と」と滝のように言葉を吐いた。自分を鼓舞し、怒りを高めるような様相だった。
 ビーマは一時目を閉じた。あれか、と思い当たる節と、ドゥフシャラーは自分達の関係のことを知らないだろうから――結婚しないのであれば誰にも関係のことは話さないというのがドゥリーヨダナの判断だった――勘違いしても仕方ないのだが、それにしたってという気持ちと、判断を誤った自分への憤りが入り混ざり、口から重く息を吐く。
 恋人関係と言えどもお互いを拘束し合うような関係ではないが、相手を不安にさせて、傷ついた顔をさせたのは悪かったと思う。ドゥリーヨダナの過剰反応に関しては呆れるが。
 唇を舐めれば血の味がする。ビーマは一旦ドゥリーヨダナの上から退き、体を起こした。地面の上にあぐらをかく。よろよろと上体を起こしたドゥリーヨダナの腕を逃げないように掴んで、語りかけた。
「だから、浮気じゃねえって言ってるだろ。俺も付き合いだよ。ありゃあオーナーだ。大家だよ」
「オーナー? ……店のか? 何でオーナーとペアリング作りに行くんだ。わし様を馬鹿にしておるのか。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ」
「嘘じゃねえよ。お前のことだ、どうせあらかた調べてるんだろうとは思うが……女の名前はセレシェイラ。本人に聞いてくれたっていい。ありゃあデートじゃねえよ」
「デートじゃないなら、何なのだ」
 こちらを見つめる瞳は疑念に満ちていたが、話を聞いてくれるつもりはあるらしい。ビーマはほっと息をつきながら、「何だろうな」と返した。
「強いて言えば俺は代わり、見届けただけってところだ」
……意味がさっぱりわからん。後ろめたいところがないというのなら、誤魔化さず、わし様にわかるようにきちんと説明しろ」
 ビーマの経営する飲食店が入るビルのオーナー――といっても亡くなった親戚から引き継いだのをそのままにしているだけだと本人は言っていた――であるセレシェイラは、週に二、三回ほど食事にやってくる。普段はとある研究機関に勤めているとのことだった。
 そんな彼女が、半月ほど顔を出さないことがあった。何かあったのだろうかと心配していたところ――同僚を事故で亡くしたとのことだった。
「あたしを家まで送った帰りにね。飲酒運転で道路を逆走した車に跳ねられて、意識が戻らないまま、死んじゃった。あたしはそれを、出社してから知ったの」
 久しぶりにビーマの店にやってきたセレシェイラがポツポツ語ったところによると、その同僚は家が反対だというのに、夜遅いし危ないからとわざわざ飲み会帰りにセレシェイラを家まで送ってくれたのだという。
「今度、休みの日に一緒に遊びに行こうって、そんな話もして……あたしの家に着くまで、二人でお店を調べたりしてさ……
 彼女は自分を責めていた。送ると言われた時に断ればよかったと、そう思っているようだった。同僚が死んだのは飲酒運転の車のせいだとわかっていても、それでも自分のせいだと、そう思ってしまうらしかった。
 ビーマにできることは話を聞くことと、少しでも慰めになるよう料理を出す、そのくらいだった。ただ、何も言わずにはいられず、余計な世話だろうと思いつつも、尋ねた。
「お前の同僚が、お前を恨んでいると、そう思うのか?」
……ううん。あいつはそういうやつじゃない。わかってる。あくまであたしが、ああしてればよかった、こうしなければよかったっていう未練……なんていうのかな、罪悪感から逃げられないだけ」
 罪悪感。幼い頃従兄弟を怪我させた記憶が、脳裏を過る。ああしなければよかったと、今更意味のないことを何度も考えてしまった、あの頃。
……逃げたくないなら、逃げなくてもいいと思うぜ。そうしたいのなら、誰に何を言われようともそうすればいい。逃げたいけど逃げられないって言うのなら……俺にできることがあれば、手助けしてやるよ。こう見えて足は早い方だしな」
……ありがと」
 その日ようやく見ることができたセレシェイラの微笑みに、ビーマは胸を撫で下ろし――
「浮気ではないか!!」
「だから浮気じゃねえって言ってるだろうが」
 話の腰を折られ、ビーマは眉を寄せた。ドゥリーヨダナは口角泡を飛ばさんばかりの勢いで「傷心の美女を慰めるだなんて羨まけしからんシチュエーションはお持ち帰りチャンス以外の何物でもなかろう!」と欲望まみれの偏見を吐き散らしている。
「そもそも浮気じゃなかったら微笑んだとかそんな情報いるか!?」
「お前が詳しく語れって言ったんだろうが。……とにかく、そういうわけで、俺は俺にできることをやった、それだけだ」
「傷心の美女とデートした、ということか? おい、まさか、マジでお持ち帰りを」
「マジで一回俺が浮気してるって前提から離れて話を聞けよ。つか、お前の方が浮気してるとかじゃねえだろうな」
「お前と一緒にするな! わし様はお前と違って貞操がしっかりしておるのだ。……お前がいるのに、そんなことせんわい」
 イラッとしながらもビーマはドゥリーヨダナの腕を掴むのをやめ、手を重ねた。今度は振り払われなかった。相変わらずふざけた様子ではあるが、ドゥリーヨダナも落ち着いてきたのかもしれない。気を取り直して、話の続きに戻る。
「店のな、予約をしちまってたんだと。セレシェイラの家の前で別れる前に。早くしないと予約が埋っちまうからって、ペアリング作り体験を」
 ペアリング作りと書いてはあるが、友人同士で参加してもいいし、一人でもいいらしい。それを、その場のノリで二人分予約してしまっていたのだそうだ。
 亡くなった同僚はただの同僚で、恋人ではなかったようだが――未来が続けば遠からずそうなっていたかもしれない相手だったのかもしれない。
 予約をキャンセルするかどうするか、セレシェイラは迷っていた。迷うということは、行きたい気持ちが、何らかの心の整理をつけたい気持ちがあるのだろう。そう思ったから、ビーマは俺でよければ代わりに一緒に行く、とそう伝えた。それで、そういうことになった。
 会話はほとんどなかった。本当は一緒に行くはずだった人間が隣にいない状態で、観光地でもある街並みを静かに眺めるセレシェイラの一歩後ろを、ビーマは歩いた。
「だから、本当にそれだけだ。お前がいるのに浮気なんてしねえよ」
 改めて伝えると、ドゥリーヨダナは「傷心の美女相手でも?」となお疑う様子だったので、ビーマは呆れた。
「逆にお前は傷心の美女相手なら、俺がいるのに浮気するのかよ」
………………
「おい」
 無言で目を逸らされる。この男は欲に正直すぎるので、実際怪しいところであった。ビーマが睨むと、ドゥリーヨダナは誤魔化すように大きな声で「話はわかった」と言った。
「ドゥフシャラーが見たのは、あくまでお前が知人の用事に付き合って店に入ったところ、それだけだと言うのだな? お前の気持ちは今もわし様にあると」
「おう」
……なら、その時作ったペアリングは、その女のところではなく、お前のところにあるのだな? 女に渡しては、いないのだよな?」
 低い声で尋ねられる。不安が瞳の奥で揺れているのが見えた。傲岸不遜で自尊心の高い男が、時折自信なさげな目をしてこちらを見てくる度に、ビーマはどうしたらいいかわからなくなる。
 夢のようだと、一度呟かれたことがある。恋人同士になったこと。自然と抱き合い、愛しあえること。叶えたい夢の中には確かにあったけど、見込みはないと、見ないふりをしていたこともあったのだと。酒で赤らめた頬を肩に預けられながら、そう言われた。
 ドゥリーヨダナの考えることなんて手を取るようにわかると、ビーマは思うことがある。ドゥリーヨダナはよくも悪くも正直に、何でも垂れ流しているから。顔にも口にも考えが出る。
 だが、その心情ばかりは図りかねるところがあった。ドゥリーヨダナは自尊心が高い。だから何でも垂れ流しているように見えて、本当に誰にも見せたくないものは、奥の奥に隠してしまう。気づいたのは恋人同士になって、ドゥリーヨダナが体調がよくないのに無理をしてデートにやってきた時だ。
 最高の恋人はデートをドタキャンなんてしないのだと、飽き性で気分屋の男はそう言った。自分は最高の恋人だから、もちろんそんなことはしないのだと。結局具合が悪くなって、ベンチに座り込んでしまった後、悔しそうに。不安げな目をビーマに向けて。
 そういうことが、時折あった。ドゥリーヨダナの不安がどこから来るのかビーマにはわからなかった。それはビーマのふるまいよりも、ドゥリーヨダナの中から勝手に生まれ出ているようだった。
 だからといって、何もせず、考えないというわけにはいかなかった。愛する人には穏やかに笑っていてほしいものである。愛は移ろうことがあるものとはいえ、自分の愛を疑われるのも面白くない。
 ドゥリーヨダナが最高の恋人かどうかはわからないが、今となっては最愛の恋人であることは確かなのだ。
 安心させてやりたかった。そのためにできることを、ビーマはビーマなりに、ずっと考えていたが、答えは出さないままだった。
 そんな中、ビーマに心が向いていない、もうこの世にはいない相手に心を向けているセレシェイラと共に時間を過ごして、ビーマは一つの答えにたどり着いた。
 いずれ傷付き失うことに備えるよりも、たとえ深い傷を抱え続けることになろうとも、前に進む方がよほどよい。
「ドゥリーヨダナ」
 左手を取る。今度も、振り払われなかった。もう片方の手で、ポケットを探る。
「これ、やるよ。ペアリング作りで俺がお前のことを考えながら作った。受け取ってくれ」
 シンプルなシルバーリングを薬指に通す。サイズはぴったりだったが、この男にはもっと派手な方が似合うなと思った。次はサイズだけではなくデザインにも気を配るとしよう。
 ドゥリーヨダナは目を見開いてしげしげと指輪を見ている。少し待ったが多弁な男に珍しく何かを言う素振りがなかったので、ビーマは言った。
「ちゃんとしたのはまた今度、一緒に選ぼうぜ。それまではそいつで我慢しろ」
…………わし様は、わし様の都合のいいように取るぞ」
 掠れた声と頼りなさげな眼差しに、ビーマは「おう」と力強く返した。
「籍は俺がお前の方に入ってやるよ。……覚悟するのに三年も待たせちまって悪かった。結婚しよう」
 くしゃりとドゥリーヨダナが顔を歪ませ、かと思えば胸ぐらを掴んできた。そのまま抱き締められたので、抱き締め返す。
「浮気したらケツの毛むしる勢いで慰謝料ふんだくるからな。わし様のような美しく賢くお金持ちの、最高の伴侶を得て浮気だなんて、マジのマジで許さんからな」
 耳元で囁かれた声が鼻声なのに気づいて、ビーマは笑みを浮かべた。顔を見たかったが、強く抱き締められているから叶わなかった。
「いらねえ心配すんな。俺にとってお前ほどのやつは他にいねえよ。お前だって、そうだろう?」
 調子に乗るな、と返ってきた声に、やっぱり顔を見たいなと思ったので。赤くなった耳に、ビーマは口づけを落とした