yoAi_mochii
3100文字
Public R18
 

覚カム覚

神仙打架不用錢

その夜、世界の調律を狂わせる異変は、あまりにも静かに発生した。
思考の海、精神のプラグが交差する薄暗い空間、そこはカムクライズルと日向創だけが共有する、彼らだけの遊び場だ。
いつもなら、そこにいるのは世界のすべてに打ちのめされ、それでも泥臭く足掻く「凡人」の日向創のはずだった。
カムクラにとって、その在り方こそが唯一、この退屈な世界で視線を留めるに値する「ハジメ」という存在。

だからこそ、カムクラはいつものように彼を柔らかいベットに組み敷き、その精神領域のすべてを、自分の色で塗り潰するために。
凡人である彼の精神が耐えきれる境界線を。息が詰まり、熱に浮かされ、これ以上踏み込めば自我が悲鳴を上げる領域。

限界を超えた瞬間、自己防衛本能によって弾き出される「演算上の限界値」。
何回もの演算と実演を通して、カムクラはその数値を完璧に把握しているつもりだ。
その限界の寸前で彼をじらせ、翻弄し、自分なしではいられなくなるよう誘導する。
凡人が天才へ依存していく過程を眺めることは、この退屈な世界における数少ない娯楽のひとつだった。
そして何より、自分だけが「ハジメ」を壊さずに支配できるという事実に、カムクラは密かな優越感を抱いていた。

……ハジメ。あなたは今日も、僕の熱に溺れる以外にないのです」

カムクラの長い黒髪が、日向の顔に影を落とす。
すべてを見透かす冷徹な赤色の瞳、それは絶対的な支配の宣告。
いつものように、逃げ場のないベッドの上で、カムクラは日向の呼吸を、体温を、その存在のすべてを侵食するように自らの熱で満たしていく。

――だが、何かがおかしい。

唇を重ね、互いの息と輪郭が溶け合うほどの至近距離。
いつもなら、この距離になれば日向の心音はあからさまに跳ね上がる
呼吸は浅く乱れ、視線は揺らぎ、カムクラにすべてを委ねる「降伏のシグナル」を紡ぎ出すはず。
カムクラが長い指先で日向の顎を軽く持ち上げ、触れ合う肌の温度は驚くほどに馴染んでいた。
幾度となく夜を共にし、互いの癖も呼吸も知り尽くしているから、ひどく甘やかで排他的な親密さがそこに満ちていた。
拒絶など、最初から日向の選択肢にはない。
カムクラは、自分の所有物である彼の精神の奥底へと、まるで鍵穴に鍵を滑り込ませるように、当たり前の特権として深く割り込んでいった。

その刹那だった。
――ッ!?)

カムクラの脳内にある超高性能な演算回路が、突如として激しいエラーコードを鳴らす。 冷たいエラーコードが視界を埋め尽くす。
日向の引き締まった身体が、不意にカムクラの腕の中で大きく跳ねた。
いつものように恐怖や羞恥で混乱した凡人の反応とは明らかに違っていた。
カムクラの知る日向創の震えではない。

……っ、この、感覚は――

重なり合っていた唇の隙間から、見たこともない莫大な情報ノイズが、カムクラの領域へとダイレクトに逆流(カスケード)してきた。
まるで堰を切った濁流のように。カムクラの熱に溺れ、ただ声を震わせることしかできなかったはずの日向。
そのの瞳の奥に異変が起きていた。凡庸な緑色をしているはずの光彩が、奇妙なノイズと共に揺らぎ始める。
緑が溶け、世界が歪めた。その次の瞬間にカムクラと全く同じ「すべてを見透かす冷徹な赤」へと反転していく。
プログラムのバグ。本来なら決して同期するはずのなかった「神座出流の全才能」が、オリジンである日向創の器へと、凄まじい濁流となって逆流(覚醒)し、元ある場所へと還り始めたのだ。

……はは、……気づくのが遅いんだよ、イズル」

日向の喉から漏れたのは、押し潰された甘い悲鳴ではなかった。すべてを理解し、すべてを内包した「天才」の、底知れない酷く艶やかな嘲笑。
覚醒した日向は、カムクラが完璧に把握していたはずの「ハジメの限界値」というロジックを、内側から粉々に踏み砕いてみせた。
それどころか、自分を組み敷いていたはずのカムクラの背へ、日向は迷いなく腕を回す。
その均整の取れた身体を逆に自らの熱の中へと強引に引きずり込んだ。

「っ、……な、にを……

カムクラの論理が停止した。 日向の手が、髪をかき乱す指先が、カムクラの肌に触れるたび、そこから伝わってくる「情報量」が狂っている。
いつもならカムクラが一方的に与え、圧倒的な情報と熱量で日向をパニックに陥らせ、思考を混乱へと追い込むような刺激。
日向から返ってくる感覚は、何十倍、何百倍もの濃度を伴って、カムクラ自身の脳髄へとダイレクトに突き刺さってきた。
まるで鏡に反射された光が、増幅されて戻ってきたかのように。
演算結果が否定される。日向は、自らに流れ込んできたすべての才能を瞬時に我が物とし、最も効果的な最適解(ロジック)だけを選び取り、神座出流へと正確に叩き返してくる。

「お前、俺がどこで鳴くか、どうすれば限界を迎えるか、全部計算してたんだろ?」
日向は低く笑う。
……じゃあ、お前自身の限界は、一体どこにあるんだよ」

首筋に回された日向の手の重み、喉奥を焼き尽くすように深く絡み合う唇の熱量。
日向の熱い舌が、呼吸が、カムクラの喉奥を焼き尽くすように深く、激しく絡み合う。
自分が絡め取られる側へ回ったことを理解したと同時に、日向から流れ込んでくる感情は、単純な好意もなく誰にも譲りたくないという歪な独占欲。
カムクラを嫉妬させたい、ひざまずかせたいというドロドロとした独占欲に、すべての才能という劇毒が混ざり合った、完璧なまでの精神的・肉体的侵食。

(あ、……は、破綻、していま……っ)

体の奥底、器の最深部までが貫かれた瞬間、カムクラの脳内モデルが弾き出す未来予測が、生まれて初めて一瞬で真っ白に弾け飛ぶ。
退屈を凌ぐためのゲームとしての行為が一転して、自我のすべての跡形もなく溶かし尽くすような「破滅的な濁流」へと変わっていく。

もう一人の日向の圧倒的な実力。覚醒した彼がもたらす、容赦のない、脳髄をマヒさせるほどの深い快感。カムクラは、自分が仕掛けたつもりだった夜の床で、完全に攻守が逆転していくのを自覚させていた。

日向が刻む苛烈な波。容赦のないリズムに完全に呑み込まれ、カムクラは防戦一方のまま、甘いあえぐような声を零すことしかできない。
凡人を舐めていた。その代償は、カムクラの全人生において一度も経験したことのない、脳髄が焼き切れるほどの、とてつもない絶頂(クラッシュ)が、逃げ場のない濁流となって脳内に押し寄せる。
日向を受け入れ、圧倒的な熱でに奥深くまで満たされる。
あまりの負荷に、もはや本来の思考回路へ降り方すら見失うほどなすすべもなく、カムクラは、何度演算を繰り返しても変わらない結論を、かすれた声で口にした。

「計算(ロジック)が、消える……。ハ、ハジメ……、あなたのバグは、僕のすべてを、壊すのですね……っ!」

視界が激しく明滅する。世界のすべてを退屈だと切り捨ててきた天才が、日向創というバグによって、生まれて初めて「快感の深淵」へと叩き落とされ、その指先を、甘い痺れにガタガタと震わせることしかできなくなる。

「イズル、いい声で鳴くな。……もっと俺の熱で、お前のすべてを汚してやるよ」

耳元で囁かれる、かつての凡人の、圧倒的な支配の宣告。
カムクラは、なす術もなくその圧倒的な熱情の渦に適応を拒絶され、ただ目眩を起こしたように、日向の下で激しく息を乱し、言葉にならない歓喜と焦燥の中で溺れていくしかなかった。