ぼ!
2026-06-17 20:16:24
2109文字
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君と夏の終わりの🍭🌻

タイトルまんまです。学パロです。ノリで描いてるのでノリで読んでください。喋りませんが、日車の母親が出てくる描写があります。

日車はただ、どうしたらいい分からなかった。
数十年生きてきた中で、同年代相手に意地を張った事はなく、当然喧嘩などした事もない。
携帯を開き、アドレス帳の『く』の欄を辿り『Atsuya』から始まる、彼の名前が入ったメールアドレスの上で、決定ボタンを押す。
新規作成ボックスに『すまなかった』と入力し、すぐに打ち込んだ分だけ消去した。カーソルが続きを急かすように、てんてんと点滅している。

確かに自分が悪い。引っ越しのことを直ぐに言いだせなかった。
日車は日下部に、親の仕事の都合で岩手に移住する事になったと告げた時を思い返した。彼は日車が一度も見た事がない剣幕で怒鳴った。予定寸前まで引っ越しを黙っていた自分への怒り。
「勝手しろよ」と吐き捨てた彼の表情──

日車が毎日の楽しみしていた、日下部からの取り留めのないメッセージは、一週間前を最後に届いていない。夏休みのため、学校で顔を合わせる事もない。

もう俺の事が嫌になったのかもしれない。
日車は携帯から顔を上げ、部屋の中に数個積み重なった段ボールを見た。油性のペンで書かれた『参考書』の文字。

これからのことを思案する。
夏が終われば、本格的に受験に向けて勉学に勤しむ事になる。東京に戻る事もなく、日下部とも話さないままで……
このまま終わってしまうのか。
大方なんでもこなせる日車であったが、それ故に自身のコントロールの効かない事柄が苦手だった。今の状況が歯痒く、なった事もない迷子の気持ちでベッドに寝そべる。
携帯のクリアボタンを二回押して、待ち受けに戻す。先週、最後に日下部に会った日の、一緒に行った海の写真が表示される。日車は、怒って一人で帰ってしまった日下部の背中を思い出した。もし彼にこれ以上、拒絶されてしまったら……
日車は画面を閉じた。
電気を消し、頭からタオルケットを被り、無理やりに目を閉じた。


携帯のアラームが朝を知らせる。浅く寝苦しい眠りから意識を浮上させた日車は、ベットから身を起こした。支度のために洗面所へ向かう。彼は鏡の中の自分を見て、酷い顔だな、と呟いた。歯を磨き、冷たい水で洗顔する。日車は寝不足で少し腫れぼったくなった目の周りを指で押した。唇の上の産毛は同級生と比べてかなり薄い。彼は自身の、まだ幼さの残った顎のラインを撫でると、ため息をついた。

服を着替えリビングに向かうと、キッチンから母親が忙しなく食事を勧めてきた。彼は自室から持ってきたボストンバックをラグの上に置くと、ダイニングテーブルに並ぶ朝食の中から、牛乳だけを選んで飲んだ。他は口にしなかった。

日車は、朝のニュースが流れるテレビの前のソファーに座ると、壁にかかったカレンダーの方を見た。
八月二十五日──今日の日付のマスに『寛見 先におばあちゃん家』と書かれている。苦い気持ちだった。
後一時間もすれば岩手へ向かう新幹線の発車の時刻だ。キッチンから出てきた母親が、車のキーを片手に日車に声をかけた。
「はい」
短くそう返事をし、テレビのスイッチを切る。
日車は入っている物以上に重たい気のする荷物を持って、玄関に向かった。

後部座席に鞄を乗せ、助手席に乗り込む。
エンジンのかかった車は、憂鬱な日車をよそに軽やかに走り出した。カーエアコンの風が、勢い良く顔に向かってくる。前髪を散らした冷風の方向を変えようと、日車は通風口に手を伸ばした。ふと、サイドミラーに視線を向ける。

先ほど走り去った家の前に誰かがいる。
日車は、なんとなく振り返って確かめた。
後ろから、少年が自転車で追いかけてくる。
「日下部!」
日車の心臓が跳ねた。

日下部は左右に自転車を揺らしながら、立って自転車を漕いでいる。
「母さん、止めて!」
突然大きな声を出した日車を心配し、彼の母親が慌てて車を停車させる。彼女は、こんなに必死になった息子の面持ちを見た事が無く、驚いた。
母親は、バックミラーで日下部の姿を見とめると、何度か家に来たことのある子だ、と思い出した。

俺は馬鹿だ。何も言わずに去ろうとするなんて。
日車はシートベルトを外すと同時に車外に出た。
日下部の方へ走り出す。
「日下部!」
自身に向かって駆けてくる日車のその姿に、日下部は大きな声で応えた。
「日車!」
自転車を放り出し、彼も日車の元へ走り出す。
鼓動が早く、肺が痛いほど呼吸が乱れた。たがそんな事は関係なかった。

日下部は近づいてくる日車の目に、涙が浮かんでいるのを見ると、思わず腕を伸ばして彼を抱き止めた。
抱きしめられると思っていなかった日車は一驚したが、すぐに日下部の背中に手を回した。
彼は日下部の胸にぶつかって、初めて自分の頬が濡れている事に気がついた。

息で膨らむお互いの身体が熱い。
夏雲がゆっくり北へ流れていく。

荒い息を落ち着かせた日下部が、日車を抱きしめたまま、少しぶっきらぼうで優しい、いつもの調子で言った。
「お前、俺の事忘れんなよ」
彼の手が、日車のシャツに皺をつくる。

「忘れるわけ、ないだろう」
声を震わせた日車は、腕にぎゅっと力を込めた。