保護先のフリンズさんの様子がおかしい話


「うっわ、高い……
 初めて灯台に登って出た感想は、まずはこれだった。

 異世界から転生してきてすぐの頃からずっと登ってみたいと、上から見る風景はどのようなものなのかと気になっていた。やたらと古めかしい梯子は、ただの社会人をしていただけの私には中々ハードルが高かったのだが、ようやく決心がついた。
 登ってみたら案外スルスルと登れた上に、上空の澄んだ空気が心地よかった。灯台上から見下ろす世界は……とてつもなく広大で、自分がちっぽけな存在の一つであることを再認識させられた。
 しばらく風景を楽しんでいると、カンカン——と梯子を登る足音が聞こえてきた。もちろんフリンズさんだ。登り切った彼と目を合わせると、ふふっと彼は小さく笑った。


 ◇◇◇


「ここからの眺めは、とても良い景色だね」

 灯台上まで登り切ってから隣に立つと、僕に対して彼女がそのように話しかけてきた。
 珍しく、というか初めて彼女が灯台に登ってる姿を見た時はぎょっとしてしまったが、さほど危なげなく登って行っていたので心配は徒労に終わったようだ。ただ、彼女の普段着だけでは寒かろうと思い、厚手の上着を手に僕も登ることにした。
 上着を肩にかけてやりながら、僕も灯台下の風景を眺めることにした。僕にとってはお馴染みのいつもと変わらない風景ではあるが、彼女には特別な風景として目に映っているのだろうか。
「眺めですか。ふむ、そうかもしれませんね」
…………本当に思ってます?」
「えぇ、思ってますよ」
 そんな適当に返事をした訳では無かったのだが、彼女には早々にバレてしまったらしい。


「あの彼らは、いつからここにいるのですか?」
 彼女は『隣人』達を指差しながら僕に問う。実体を持たない亡霊達は、今日も変わらずこの土地を彷徨っていた。
「随分と前、ですね」
「そうなんだ……。フリンズさんは以前、彼らを『話せるただの影』と言ってましたね。彼らが地脈?という世界のシステムに戻らずに、この土地にいることは……なにか未練があってここにいるのでしょうか」
 僕に問いかけているかのようで、独り言にも聞こえる呟きに対し、どう反応するか悩んで様子を伺っていると、彼女は続けて告げた。
 
「地脈に流れゆく彼らにとっての大切な記録を、私は私の記憶として残したいと思っています。この世界のことや、もちろんフリンズさんのこともね」

 彼女は「だから亡霊達ともコミュニケーションを取らないと」と、そんな事を言いつつ小さく笑う彼女を見て、僕は——いつか彼女が去る日のことを思い、僕もなるべくこの時間のことを記憶したいと思った。


 何も言わない僕のことをなんとも思わない素ぶりで、「……さて、と」と彼女が口にした。
「私はそろそろ下りますね。上着、ありがとうございました。……フリンズさんも一緒に下りますか?」
「えぇ、僕もそうします」
 せっかくなので燃料も持って登ればよかったかもしれない。あとでまた登って投入することにしよう。ふと目線を彼女に向けたところで、「——おっと」と思わず声が出た。
……え?」
 彼女が灯台下をまた覗き込もうと体を前に出したところで、僕は腕を伸ばして静止した。
 
「えっと、何か?」
「そこの手すりは——
……これ?」
「はい、触らないほうが良いですよ、錆びてて危ないので」
 
 そのことを伝えると、彼女は両手を上げて半歩後ろに下がった。おや?と彼女の方を見ると「それは先に……言って、いや書いておいて欲しいですね!」と少し大きな声で怒られた。
 その焦った顔が面白くて、僕は少し上がってしまった口角を手で覆い隠した。


 ◇◇◇


 ——あれ?

 そういえば、数刻ほどフリンズさんを見かけていない気がする。もちろん彼の拠点だしどこにいても良いのだが、気づいてしまったからには探したくなってきた。
 勝手知ったる地下の部屋を一通り見回ったけれど、彼の姿はなさそうだ。こういう時は、あの部屋——コレクションの部屋に違いない。

「フリンズさーん、いますか?」
「えぇ、こちらに」

 予想が当たったようだ。少し隙間の空いていた扉から顔を覗かせると、珍しいものを手にしたフリンズさんがいた。
「それは……?」
「写真機ですよ」
 やはりそのようだ。それだろうと予想しつつ聞いてしまったけれど、その写真機は私の元の世界にもあったものと似ているのだ。大きめで四角い形状は古い時代の物のようだが、映画の中などで見たことがある。
「たまには使ってみようかと思いまして」
「へぇー、写真を撮る趣味があったんですか?」
「いえ、とくには」
 ……おや?では何故——とは思うところだが、外にいるたくさんの亡霊達の持ち物だったりするのかも……と勝手に予想してみる。

「せっかくなので、一枚お撮りしましょう」
「え⁈ 突然ですねぇ……まぁ、いいですけど」
「少しお待ちを——、はい。こちらはいつでもよろしいですよ」
「うーん。じゃあ……はい、チーズ!」

 ——カシャッ

 小さなシャッター音が部屋に響いた。カメラから顔を離したフリンズさんは、そのままカメラの方を見つめたまま何故か動かない。
——ん、ふふ。なんですか、今の掛け声は」
 ようやく顔を上げたフリンズさんは、どうにか笑うのを必死に堪えていたらしい。耐えられてないけれども。
「え!……この世界には無いんですか? 写真撮る時の定番の掛け声なんですけど」
「僕は初めて見ましたね」
「そっかぁ……、って笑いすぎですよっ!」
 少しムッとした顔でフリンズさんを嗜めると、彼は更に笑いが止まらなくなったのか、クククっと口元を抑えて笑い続けていた。

 まだ笑っている彼を眺めていたら、ふと思いついたことがある。
「ねぇフリンズさん、その写真機って……タイマー機能とか無いんですか?」
「そう言った機能はありませんが、なぜです?」
「あら残念。二人並んで撮れたら面白いかなぁ……って」
 元の世界のコンパクトカメラなどの機能は、流石に無いか。諦めようと思っていたところで「なるほど」と一人納得したようにフリンズさんが頷く。
「たとえば、並んだ状態でシャッターが押せたら良いのですよね」
「そうなりますね……え?」
「出来ますよ、やってみましょうか」
……はい!」
 もう一度セットする手間を省くために、フリンズさんが私の隣に立った。そのままだと画角に入らないのは明白なので少し屈んで貰うことになり、フリンズさんは私の頭と同じぐらいの高さまで体を曲げた。
「では行きますよ。カメラの方を見てて下さいね」
 指示通りにカメラの方を見て、一応笑顔を作って待機しておいた。どうするのかと思っていたところで、
 ——は?

 何故かフリンズさんは腰に下げていた蒼炎のランプをカメラの方へ、ポイっと投げた。
 その投げたランプは空中で止まって浮いた。そしてランプから光る鎖が飛び出して、カメラのボタンをポチっと押したのだ。

「なんとかなりましたね。ん、おや? どうしましたか」
——は? ……え? 今の、なんですか?」
……まだ、秘密ということにします」
………………ぇえ?」

 この世界の魔法?それともフリンズさん特有の技みたいなもの?
 目をパチパチさせて驚く私を他所に、ランプを再び回収した彼は「さて、写真を現像が楽しみですね」と、先ほどの話題はもう終わったのだという態度である。
 もう、異世界ってなんでもありだな……と、無理やり納得するしかなかった。
 ——あっ。さっきの写真の私、絶対変顔なんですけど!いやだー‼︎


 ◇◇◇


「これでは……彼女には見せられませんね」

 ようやく準備できた暗室にて先日撮った写真を現像してみたところ、想定外の事態となっていた。
 確かに写したはずの彼女の姿が……まるで何も写っていなかったのだ。彼女の背後の壁は写っているし、二人並んで撮った写真には——僕だけが写っている。そのため、写真機の不調ではない。
 彼女がこの世界から、拒絶されている……と言うことだろうか。
 
 これでは困る。
 ——困る? …………僕が?

 暗闇の中で写真を眺めながら自問自答する。そうか……僕は彼女が居ないと、困るのか。
 それならばこの世界へと定着させるように、僕が対処すれば良い。
 そう思い付いた僕は、手元の不完全な写真を蒼炎で燃やした後、地下室の最奥——普段は扉さえ隠している小部屋へと向かった。



『この記録を記憶しておくと言う、とても大切なことを』