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mokkomoko2525
2026-06-17 19:29:15
9157文字
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さみしがり/おくびょう
現パロ最終回です。
(クソ大雑把なあらすじ)大学でゲーム仲間だったキョカラが、とあるGWにカラの新車(中古)で旅行に行きなんやかんやあってキョが告白し、フラれた話の続きです。
──あの旅から、まる一年が経った。
キョウヤが大学四年生、カラスバが社会人二年目となった、GW。
あのあと、二人の関係はこじれることはなかった。定期的に連絡を取り、時間が合えば食事に行く。キョウヤのバイト先にも時たまカラスバは現れたし、キョウヤはいつも通りコーヒーを提供した。カラスバは何も変わらなかったし、キョウヤはうまく自分の心を隠すことができた。──この関係を失ってしまうくらいなら、自分の心にふたをすることなど、どうということはなかったのだ。
今回は日程が合わず、去年のように旅行には行けないけれど久しぶりに食事でもどうかと、話がまとまって。キョウヤは昼間からたくさんの惣菜やつまみを買い込んで、カラスバ指定の場所まで歩いてやってきたのだ。
目の前に、見知った男の姿を見つけて、キョウヤは逸る気持ちを押さえつけながら小走りで駆け寄った。
「
……
おう」
「久しぶり、カラスバさん」
キョウヤが照れくさそうにはにかむと、カラスバも口許をそっとゆるめて笑った。
相変わらず疲れたような顔が、それでもとても楽しそうに笑っている。
「
……
何ヶ月ぶりくらい?」
「前回は年明けたくらいやったかな。そん時も飯食うて対戦して解散やったな」
「
……
今日もやる?」
「当たり前やろ。
……
持ってきた?」
「当たり前じゃん」
古く味のあるアパート。所々錆びて穴の空いた金属製の階段をゆっくりと登る。一番端の、角部屋。古びたドアに鍵を差し込んで、ノブを回す。引いたドアを持ったまま、カラスバが穏やかな顔でキョウヤを促した。
「
……
狭いけど。どうぞ」
「
…………
お邪魔、します」
一度深呼吸をして、部屋に踏み込む。途端に全身を包む、馴染みのあるカラスバの匂い。思わず下唇を噛む。込み上げそうになる涙を必死に隠して、キョウヤは笑って。靴を行儀悪く脱ぎ散らかして、小走りで部屋に上がり込んだ。「おい」なんていう、呆れた笑い声を背中に浴びる。
窓際のローベッド。古い型のキッチン。古い畳とよく合う、暗めのシックな内装。何の飾り気もない、まさに男のひとり暮らしといった部屋だった。
「つまらん部屋やろ」
「んーん
……
カラスバさんの部屋、って感じ」
「そやからつまらんやろって」
「別に部屋は面白くなくたっていいと思うんだけどな」
「オマエに言われたないんやけど」
自分の賑やかすぎる部屋を思い出して笑っていた口が、あ、と声を上げた。
ローベッドのサイドボード。いつぞやのペンドラーがちょこんと、眼下のベッドを見下ろしていた。
「
……
久しぶり。お邪魔してます」
小さく頭を下げたキョウヤに、ふ、と後ろから吹き出すような音がした。振り返れば、手の甲で口許を隠して笑う姿があって。
──ああ。キョウヤは、そっと目を細める。誤魔化すように、両手のビニール袋をカラスバに手渡した。
ガサガサとビニール袋を騒がせて、小さなローテーブルに惣菜を取り出していく。基本的に揚げ物。思い出したように枝豆、チーズ。ポケモンとコラボしているらしいうす塩味のスナックも出てくる。あっという間にテーブルに収まりきらなくなって、カラスバは思わず苦笑した。
「
……
こんなに食えへんやろ」
「えー食べる食べる、むしろ足りるかなって思ってたところ」
「
……
うわ、海老天でッかなんやコレ」
「すーごくない?サイズ的にワンチャン伊勢海老かなって思って買った」
「ンなわけ」
カラスバは笑いながら立ち上がり、冷蔵庫の扉を開ける。中から缶を二本取り出してきて、キョウヤと自分の目の前に一本ずつ置いた。最近発売したとCMを飽きるほど見かける話題の、ちょっと良いお酒だった。
「
……
え?カラスバさんがこれ
……
買ったの?」
「
………………
オマエが好きや思うて買うたけど」
「っ」
一瞬、息が止まった。
「ちょちょちょちょちょ待っ待っ
……
待」
「?
……
文句あんなら引っ込めるで」
拗ねたような顔で伸ばしてきた手を、必死で遮る。違う、違う。
なんだかすごく、嬉しい言葉が聞こえてきた気がしたのだ。だけれど、違う。
文脈的にはきっと、飲み物の話。だと分かっているのに、いちどばくんと跳ねた心臓は往生際悪くどこどこと暴れ回っている。顔がじわじわと熱くなってきて、恥ずかしくて、ひどく居心地が悪かった。消えてしまいたい気持ちを押し込めながら、キョウヤは嬉しそうに笑ってみせた。──どうか、バレてしまわないで。
「違う違うごめんごめん、カラスバさんの好きなものって決まってるイメージだったから!
……
俺のために買ってくれたんだったら、嬉しいなって思って」
嘘偽りのない本音。本心は、隠したまま。
カラスバは何か言いたげに目線を泳がせて。しばらくして、そっと笑った。
「
……
そんくらい、させてや。
……
せっかくオマエ、来てくれはったんやし」
「カラスバさん
……
」
「それに、なんでも飲み食いできる奴おらん時に新商品なんざ試せへんし」
「
……
あ。
……
そっちが本音?」
「あは、バレてもた」
にかっと屈託のない顔で笑う、目の前の男。きっと、彼の本音。
──彼の本心は、優しい言葉の裏に隠されたままな気がした。
かしゅ。
真昼間から酒の缶を開ける背徳感と期待にどこかそわつく身体。それと先刻の動悸が合わさって、キョウヤの手はわずかに震えている。
それでも楽しそうに笑って、目の前で微笑む男と缶をかち合わせた。
「乾杯」
♢
カラスバは話題の缶を空けてからは、宅飲みでお馴染みの安い発泡酒に切り替えていた。普段はほとんど飲まないし酔えればいいのだと、最初の方の宅飲みで聞いていた通り。キョウヤには甘口のチューハイやサワーを買ってくれているくせに。
「
……
最近どうなん。学校とか、就職とか」
「俺は普通に、就職して営業やろうと思ってるよ」
「超ええやん。話もうまいし、向いてそうやんな」
「へへ、そうかな。今度面接あるんだ。頑張るよ」
キョウヤはほとんど手の止まったカラスバの取り皿の上に、温め直したばかりの特大サイズの海老天を勝手に置いた。オレもう食えへんよぉ、なんて若干弱音を吐くカラスバに、少しでも脂肪を蓄えさせようと必死で。
「レンジであっためてからフライパンで焼いたのでサックサクなのに?」
「え、そんな手間かけたん?
……
え?勝手に?」
「今食べたら絶対美味いのにな〜。要らないのかなぁ〜」
座り直したキョウヤは自分の分のあつあつの海老天に大きく食らいつく。確かに衣からは時間の経ったスーパーの惣菜とは思えない、さくりと軽い音がした。
「えーホンマやん」
「ふぁ、は、あ、あっつ、はふ」
身悶えしながら何とか飲み下したあつあつの天ぷらの油と熱を、甘口のチューハイで流し込む。目を丸くして見守るカラスバに、キョウヤがビッと親指を突き立てた。
「これは今いくべきです」
ふ、と笑ったカラスバは箸を手に取って、恐る恐る海老の端っこにかじりついた。歯に伝わる熱に同じように身悶えしながらも、咀嚼しながら小さく頷く。真似をして、発泡酒を胃に注ぎ込んで、目を何度もまたたいた。
「
……
これはすごいわ」
「残念ながら伊勢海老ではなさそうだけど」
「まだ言うとったん」
食えないと言っていたのをまるで忘れたかのように、二口目に突入したカラスバ。キョウヤは小さく笑って、自分の分も豪快に口に突っ込んでいく。
はあ、とカラスバが思い出したようにため息をついた。
「面接なァ
……
思い出すとマジで憂鬱やわ〜、ホンマに応援しとるわ」
「カラスバさん第一希望通ってたじゃん」
「や、オレな、ホンマ未だに分からへんねん。なんで採用されたんやろ、あんなに面接カミカミやったんにな」
なはは、といつもより柔らかく力のない笑い方をするカラスバから、キョウヤは考えるふりをして意図的に目を逸らした。
「
……
でも今バリバリやれてんでしょ?じゃあ採用担当の人の目ってやっぱ正しかったってことじゃないの」
「結果論やけどな」
「
…………
生活、何とかなってるの」
「なってへんかったら今ここで酒なんか飲んどらんわ」
時刻は夕方。ほろ酔いの二人は、とりとめのない話をたくさんした。
授業が減り、大学にほとんど行かなくなったこと。長年やったバイトも終わりが近づいていて寂しいこと。それにかまけて、ぬいぐるみが五匹増えたこと。お気に入りのマグカップを割ってしまったこと。キョウヤは基本的にそれらを、少し寂しそうに話した。
エアームドのピンズの人を助手席に載せたこと。今は副店長をやっているらしく、各所気になるパーツを勝手な権限で安く売ってくれていること。やっぱりエアームドが好きだということ。ポケモンを語らせたら案外うるさかったこと。一方のカラスバはそれらを、楽しそうに話した。
──首筋にぽたりと、体温より少し温度の低い水が落ちたような気がした。
それは少しずつ少しずつ、キョウヤの背筋を冷やしていく。ゆっくりと不安と悲しみを呼ぶような、いやな気配。焦燥。誤魔化すように手元の枝豆を口に放り込む。ウエットティッシュで手を雑に拭いて、キョウヤは立ち上がった。
「そうだ、もうあんまり時間もないし、バトルしましょうよバトル」
「あー忘れとった。やば、オレ結構酔うとる。勝てっかな」
「えー何?もう負ける言い訳してるの?」
「オォ?オマエおちょくっとんのかコラ」
キョウヤはテーブルの上の使用済みのものを手早くまとめていく。ゴミ袋に適当に放り込み、洗うものはカラスバがシンクへ運んだ。持ちきれない缶がころりと床に転がる。カラスバがわずかによろけながらシンクに向かうのを、言いようのない気持ちでキョウヤは見つめた。
「で?忙しいからストーリー終わってへんの?」
「だからぁ!俺は対戦厨じゃないからストーリーは楽しんでゆっくりやりたいわけよ!」
いつものように対戦画面。少し前に出た、完全新作。当然のようにカラスバはストーリーをクリアしてとっくに育成に入っていたけれど、キョウヤはいよいよストーリーも大詰めというところで止まっていた。一度引き返して、レベルの足りているポケモンたちの中から対戦チームを選んでいるのを、頬杖をついて苦笑いしながらカラスバは見つめていた。
「だってラスボスだよ?一番いいところだよここ?終わったら終わっちゃうんだよ?」
「終わらせな終わらんやん」
「確かに」
明らかにいつもよりIQの足りない会話に気がついて、二人は小さく笑った。
「
……
言うて、オレかて前みたいに対戦できとるわけやないよ。最近はからきしや。時間見つけて育成しても環境コロッコロ変わって全くついていかれへん」
「久しぶりに聞いたな〜意味の分からないポケモンうんちく」
「だから今日ここでオマエを思う存分ボコして気を晴らしたる」
「やだ〜この人反社みたいなこと言う〜」
「ガチの反社はそんなこと言わへんやろ逆に」
♢
「
……
うわ待って、それ新ポケ?俺まだ見てないんだけどその子」
「入手難易度高めらしいで」
「やば、何タイプかすら分かんないんだけど、あ〜」
「あ〜あ〜」
特記するまでもなく、キョウヤは惨敗した。それはそう。育成どころか、相手のタイプも分からないような状態なのだ。カラスバは意図的に、キョウヤの知らなさそうなポケモンを選んだらしい。ぐうの音も出ないほどの完敗だった。カラスバはあはは、と楽しそうに笑った。
悔しくは、なかった。──そのことが、なんだか無性に悔しかった。
二人の間に、深い溝ができてしまったかのようで。
キョウヤのいない間に、カラスバの隣に座った男がいた。彼の愛車のメンテナンスに手を貸す男がいた。ポケモンの話をする男が、キョウヤの他にいた。苦労は多いけれど、毎日を楽しそうに過ごしているカラスバ。自分の知らない、カラスバ。
一方の自分は、今までの道から新しい道に踏み出さなければならない緊張と、わずかな恐怖に足を取られる毎日。カラスバとの縁を、絆を繋いでいたゲームで大きな隔たりがあるのを目の当たりにして。負ければあんなに悔しかった対戦も、育成不足によって悔しいと思うことすらできなかった。
このまま、カラスバが離れていってしまう気がして、息が詰まった。
アルコールも相まって、抑え込んでいた負の感情の蓋が、開いてしまった気がした。
「
……
キョウヤ」
不意に呼ばれた名前。以前よりずっと自然に、柔らかく呼ばれた名前に、ぴくりと肩が跳ねる。ああ。呼ばないで、今、その名を。その声で。
「
……
なあ、具合悪いか?顔色良くないで」
カラスバの穏やかな、優しい声。背中をそっとさすられる。ダメだ。思いきり下唇の内側に歯を立てる。ダメだ。泣くな。泣くな。ダメだ!
ぼろりと溢れた大粒の涙に、カラスバは息を飲んで固まった。一瞬止まった背中を再び撫でる手は、それでもぎこちなく手の温度を冷えきったキョウヤにうつしてゆく。
それきり黙り込んだカラスバ。触れられたところがあたたかい。──あたたかい。
「
…………
カラスバさん。俺とずっと一緒にいてくれませんか」
涙と共に、キョウヤの口から言葉がこぼれ出した。今度こそ、カラスバの手は背中に触れたまま止まった。ああ。それでも触れていてくれる優しさが嬉しい。──苦しい。
「
……
恋人じゃなくたっていい。カラスバさんを心配させちゃうんだったら、俺はあなたの恋人じゃなくていい」
震える喉は言葉を次々と絞り出す。止まれ。とまれ。困らせたく、ないのに。
「誰かになにか言われたら『恋人なんかじゃない』って言ってくれて構わない。あいつのこと好きなのかって言われたら『あんなやつ好きじゃない』って言ってくれて構わない!傷つく俺を見てあなたが傷つくのなら、この関係に名前なんかいらない!!」
聞き取れているかどうかも分からない、無様に震えた声。手を、膝の上で白くなるほどに握りしめる。デニムは次々に、こぼれ落ちる涙を吸い込んでいく。
「
……
でも、ごめんなさい
……
俺はやっぱり、あなたが好きだ」
キョウヤは深く項垂れる。この気持ちを、詫びたくてたまらなかった。
「
……
あなたの特別じゃなくていいから
……
おれ、あなたの当たり前になりたい」
ひぐ、と喉が震えて、堪えきれなかった嗚咽がこぼれた。
惨めでみっともなくて、我慢の効かないこども。おまけに泣き虫ときた。
抑えきれると思っていた、カラスバへの恋心。もれなく、ぶちまけてしまった。
一年前のあの日のように。また、困らせて、しまって。
───何が起こったか、わからなかった。
身体がぎゅっと縮まって、押し固められるみたいに苦しくなった。身体の自由が効かなくなって、目を瞬いて。涙がこぼれ落ちて、黒い服に吸い込まれて──そこでようやく、カラスバの腕の中にいることに気がついた。
「
……
ぅ?
……
カラ、スバさ
……
?」
頭をしっかりと抱き込まれてしまって身動きが取れない。キョウヤの耳元に、はあ、と吐息がかかって。それに混ざった小さな声がとても、湿っている気がした。
「オマエにそんな顔、させたかったんやないのに
……
!」
カラスバの声も震えていた。絞り出される言葉が、とても苦しそうで。
「堪忍なぁ
……
っ、キョウヤ
……
!」
震える背中を、自由な右手でそっと撫でた。さっきやってもらったように、掌の温度をうつすように。それでも、その背中は燃えるように熱くて。少しでも、冷めるようにと。キョウヤは何度も、宥めるように撫でた。
キョウヤを抱きすくめたままのカラスバは、そのまましばらく沈黙していた。
言葉を、探している。キョウヤに押しつけられた胸が、キョウヤと同じように激しい鼓動を伝えてくる。震えている。──緊張、している。
温もりというよりもはや熱い身体をそっと抱き締め返しながら、キョウヤは言葉を待つ。──不思議と、何を言われても受け入れられる気がしていた。
しばらくして。そっと、迷子のこどもみたいに揺れる小さな声がした。
「オマエが居るから、オレは頑張れとる。オマエが幸せであることが、オレの幸せやと、本気で思うとる
……
!それが本音や
……
!」
「
……
本心は?
……
あなたがずっと俺に隠している、本心」
キョウヤの小さな言葉に、カラスバはぴたりと固まった。
ぎゅう、と一層腕に力がこもる。まるで、恋人のような抱擁。固まってしまいそうな腕を同じように、カラスバが不安にならないように、撫で続ける。
「
…………
オマエは当たり前なんかやない。オレの支え。オレの親友。オレの、かけがえのない存在。
……
オレの大事なヤツ。
……
好きな、やつ
……
!」
キョウヤと同じように、溢れ出してしまったかのようなとりとめのない言葉が次々と、胸に染み込んでいく。キョウヤの瞳から、止まっていた涙が静かに溢れ出した。
「
……
でも、オレ、オマエを守れへん。どう守ったらええのか、分からへん
……
もう守れへんのは、嫌や
……
!」
涙の滲む声が、必死に訴える。自らの不安を、キョウヤへの激情を。
秘められていた、本心を。
「ごめんなキョウヤ、ごめん」
引き攣るように泣きじゃくるカラスバを抱きしめたまま、同じように泣きじゃくるキョウヤが。それでも嬉しそうに笑って、呟いた。
「
……
ポケモンの世界じゃあるまいし。
……
誰かひとりが表立って誰かを守る必要は、ないんじゃないの」
「
…………
?」
「
……
俺も、俺を守るから。あなたのことも守らせて欲しいな」
「どう、やって
……
?」
どこかぼんやりとした、こどもじみたカラスバの声。
あの日見た、こどもみたいな寝顔が頭に浮かぶ。
──ああ、この人はきっと、急いで大人にならなきゃいけなかったこどもなんだ、なんて。そんな突拍子もないことを考えて、キョウヤはそっと微笑んで。
ぎゅっと抱きしめた頭に頬を擦り寄せて、囁いた。
「
……
一緒に考えようよ。
……
二人でさ」
♢
「え?二人って今一緒に住んでるの?」
あの日から、さらに月日は経って。
キョウヤとカラスバは並んで、居酒屋の座敷に座っていた。
金曜日の夜らしくかなりの賑わいを見せている店内。二人の向かい側には、キョウヤの大学時代の友人が三人、座っていた。
キョウヤを含めて定期的に遊ぶ四人。気の合う、仲間たち。キョウヤの元バイト先や大学で、カラスバとも頻繁に顔を合わせていた顔見知り。本来はキョウヤとの四人で飲みに行く予定だったが、そのうちの一人が電話口で、キョウヤの後ろのカラスバの声を聞きつけて「一緒にいるなら久々に会いましょう」なんて言うから。
無事に社会人になった四人組は一年目で車を買ったカラスバに対する尊敬や職場の愚痴、モテるだのモテないだのと取り留めのない会話で盛り上がって。
一人のふとした疑問で、冒頭。話がキョウヤとカラスバの同棲の話に転がってきた。
カラスバはビールのジョッキに口をつけて平然と答えた。
「ハウスシェア言うた方が近いで。部屋は別。ぬいぐるみに囲まれた生活はやっぱりちと疲れるねん」
「あーー俺の部屋悪く言ったー!真っ黒シックで車グッズがちょっとだけある面白みのない部屋の持ち主に俺のキュート部屋悪く言われたー!!」
「悪く言うてへんやろ疲れる言うただけや」
「褒めてもないじゃん!!」
「へー
……
そりゃまたなんで?」
三人の目つきが変わる。雑談を聞き流す目から、積極的な目に。
──ゴシップを面白がるような、目に。
キョウヤは親指で不躾にカラスバを指さした。できるだけ、素っ気なく。
「カラスバさんが車買ってから、駐車場つきの家に引っ越したいってずっと思ってたんだって。でもほらこの人知っての通り、お金ないから」
「実家のスネかじりがなんか言うてはりますなァ」
「かじれる人はかじれる時にかじれるだけかじるのが礼儀なんでね。
……
だから、ルームシェア。俺が家賃多めに払う代わりに、でかい部屋譲ってもらったの」
「オマエの部屋いうよりぬいぐるみの部屋になってまうしな」
あー、と男たちは納得したような声をあげ、顔を見合わせた。
「でもそれって、あんまキョウヤにメリットなくないすか」
「基本的にオレアッシーやねん。買い出しとか送迎とかがオレの担当」
「うわ超いいじゃんキョウヤお前〜」
「あと掃除はオレ。料理はコイツ。洗濯は半々か?」
「あーなるほど利害の一致ってやつスね」
「そーそー」
「でも一時期、ほんとにカラスバさん痩せてましたよね」
「今も健康的とは言えなさそうだけど」
「何でや。だいぶ増えたで」
いいやまだまだ食べた方が良いっすね、なんて言って。男たちは自分の分の焼き鳥やら唐揚げやらをカラスバの皿に次々と乗せていく。食いきれへんて、と苦笑するカラスバは以前にも見た覚えがあって、キョウヤは小さく口元を緩める。
「そーなんだ。
……
じゃーどっちかに恋人できたら、ルームシェアは解消すか?」
「案外早そうっすよね、どっちもモテそうだし」
カラスバは肩を竦めて、キョウヤはへらりと笑った。
真ん中の男が身を乗り出して、声を潜めてそっと問いかけてきた。
「ていうかさ。ぶっちゃけ聞いてい?
……
そもそも、二人って付き合ってんじゃないの?」
わずかに、空気が張り詰める。
テーブルの下で、カラスバの手がキョウヤの方にそっと伸びる。何度か遭遇した、こういった空気。お互いを、相手を、自分を守るために、キョウヤもそっとその手を握った。握って、二人は笑った。
「
……
はは、漫画の読みすぎちゃう?」
「オレが女の子にモテたくてバイト始めたって、忘れたの?」
確かにそうだったわ、と友人たちは笑って、それきり会話は昔のアルバイトの方へと流れていく。
テーブルの下の二人の手は、いちどぐっと強く握られて、そっと離れた。そのまま、自然に手は焼き鳥の串やジョッキを持ち上げる。
もう慣れた。否定も肯定もせず、流す方法に。
確立した。自分を、お互いを、守る方法を。
二人の関係に、今のところ名前はない。
恋人ではないからキスもそれ以上のこともしないし、ハグはするけれど家族でもない。
──だからといって、ただの友達でもない。
それでも確かに、隣にいるのが当たり前で、それでいて特別な関係なのだ。
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