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しちろ
2026-06-17 17:41:12
3389文字
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LOM・連載主人公の短編
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とけないこころ
双子と男主人公が、作った雪だるまを持って帰るだけの話。
せっかく作った雪だるま、溶けたらイヤだって思ったことない?
おれはある。
あるし、できた雪だるまを持って帰ると駄々をこねた。
まあ、家の軒先とか近所の広場で作ったならそれもありかもだけど(家に入れば溶けるだろうが)、おれの場合は違っていた。
フィーグ雪原で作った雪だるまだった。言うまでもないが、マイホームからは馬鹿みたいに遠い。
まず、雪原に行くのが一筋縄じゃいかなかった。
「フィーグ雪原に行ってみたい? 強力な魔物がうろつく極寒の地だ。子どもが行くような場所じゃない」
ガキのおれを雪原に連れていくことを、師匠はすぐには承知してくれなかった。
でも、見たかったんだ。ランド図鑑に描かれた一面の銀世界とか、ウンディーネの魔法じゃない、本物のダイアモンドダストとか、雪の国に住む妖精とか。書斎の本を読みふけりながら、おれが知る冬とはまったく違う世界があるんだと思った。だから、行きたい理由を何度も訴えて、そのぶんの勉強もして、それで師匠を説き伏せることに成功したわけさ。
「雪原ねえ。すっごく寒そうだけど
……
バドが行くんなら、私も行くわ」
連れて行くなら一人も二人も同じと思ったのか、師匠はコロナの同行には反対しなかった。ちぇっ、がんばったのはおれなのにさ。師匠、コロナには甘いんだよなぁ。
で、けっこうな日数をかけて現地に行ったわけ。
「着いたぞ。これがフィーグ雪原だ」
一度行ってみたかった雪の国は、師匠の言ったとおり
……
そして、おれが事前に勉強した知識なんか空の彼方へ吹っ飛ぶくらい、心も体も芯から凍りつくほど寒くて過酷で、汚れのない白が永遠に続いているかのような、この世の果てみたいな場所だった。零下でも顔色一つ変えない師匠のバックで、空気中の細氷が太陽光を反射して虹色に輝いている。
「俺の後ろで光っているのが、名物のダイアモンドダスト
――
別名、天使のささやき。ここはまだ雪原の入り口で、進むほどに気温が下がる。妖精はこの先にいるけど、会いにいくのはもう少し大魔法使いに近づいてからにしろ」
カチコチに凍った鼻水をつららみたいにたらしながら、おれはかくかくと頷くしかなかった。それしかできなかったんだよ、寒すぎて。天使のささやきという美称が、別の意味で聞こえてきそう
……
。
雪国の現実と自然の厳しさをこれでもかと思い知らされたおれたちは、雪原手前の集落まで戻って温かい飲み物をもらい、やっと命が救われたような気分になった。村の人に聞いたら、妖精のいる雪原なんて、地元民でもめったに近寄らないんだって。おれの頼みをなかなか聞いてくれなかったとき、おれは師匠がわからずやでケチだと思ったけど、おれのがよっぽどわがままでガキンチョだったらしい。
で、せっかく行った雪国で最後にやったのが、実に子どもらしい遊び
……
雪遊びだったわけで。コロナと、村の子どもらとみんなで雪合戦やらそり遊びやらして、散々はしゃいで、帰る時間になった。さらば雪原、次に来るときは大魔法使いバド様になってるからな。
「ねえ、バド。それどうするつもり?」
帰り際、コロナが言ったのは、おれが作った雪だるまのこと。雪で遊んでるときに作った、小さいやつ。なんか可愛くてさ、手に乗せたままだったんだ。
まさか、持って帰るつもりじゃないでしょうねと聞かれて、そのつもりだとおれは答えた。
「バドったら、本当にお子様ねえ~。そんなの、途中で溶けちゃうじゃない」
「それでも、なんとか明日くらいまでは保つだろ。雪なんて久しぶりに見たしさ、もうちょっとだけ
……
」
「家まで、持って帰ればいいんじゃないか?」
いきなり割って入った声に、コロナと同時に振り向けば、仏頂面の師匠が背後に立っていた。まあ、師匠は年がら年中仏頂面なんだけど、このときもいつも通りの表情をして、いつも通りの冷めた声でこう言った。
「バド。お前はウンディーネの魔法が使えるだろう。雪だるまに氷の魔法をかけ続けて、溶けないように持って帰るんだ」
「
……
マジ?」
「ドミナのバザーで時々、海の魚が売っているだろう。大まかには、あれと同じだ。海で捕れた魚を新鮮なうちに魔法で凍らせて内陸へ運んでいる」
師匠の様子
……
どう見ても、冗談を言っている感じじゃない。そんな簡単に言うけどさぁ
……
氷漬けの魚とふかふかの雪だるまじゃ、大分勝手が違うと思うぜ。でも、おれもお調子者だからさ。やってやる! って思っちゃったんだよな。
「よし、おれは大魔法使いになる男だ! 雪だるまくらい、マイホームまで持って帰ってみせるさ! まかせとけ!」
おれはさっそくローブの袖からフルートを取り出して、氷の魔法をかけた。笛を吹いてウンディーネを喚び、冷気の魔法をかけてもらう。召喚も精霊とのやり取りも加減の調整も、なんだかいつもよりスムーズで、うまくできた気がした。
「なぜだと思う?」
師匠が聞いてきた。え、この感じ、気のせいじゃないんだ。
「あ、そうか。ここは雪の地域だから、ウンディーネの力が強いんだ!」
その通りと師匠が頷く。
ファ・ディールには、ランドごとに属性のマナレベルがある。海とか湖とか水が関連する場所ならウンディーネ、木が多いランドならドリアード、鉱山ならアウラの力が強くなる、みたいな感じらしい。精霊魔法の基礎で、学校でも習った。おれは地図を開いて、雪原のところに今わかったばかりの水のマナレベルを書いた。
「これ、ウンディーネの力が弱いランドを通るとき、大変なんじゃないの?」
コロナがおれの横から首を伸ばしてきて、地図をのぞきこむ。
おれはうなりながら目を細めて、地図を掲げてみた。たしかに、レイリスとかガトとか、あのへん、水の力って感じがしない。
「コロナの言うとおり、精霊の力を借りやすいランドと、そうではないランドがある。水の弱いランドでは魔法を使う頻度を増やすとか強めに冷気をかける必要があるし、逆に強い地域では、力加減を誤れば雪だるまが凍りつく。各地域のマナを見極める観察眼と、魔法自体の繊細なコントロールが必要になる」
「ひえええ
……
」
おれは、思った以上に大変な課題を負わされたことに、このときやっと気がついた。
「
……
やる?」
「やる!!!」
師匠に挑発的に聞かれて、おれの負けん気に火が点いた。
「がんばりなね、バド~。雪だるまなんて、冬になればマイホームでも作れるのに」
コロナはそう言っていたけど、いざ雪だるまが溶けそうになると、おれと一緒になってドラムを叩いた。ガトの近くを通るときとかは、サラマンダーの力が強くて、こまめにウンディーネを喚ばなきゃいけなかった。
夜、寝る前にも念入りに魔法をかけた。寝ている間は魔法なんか使えないからね。毎日たくさん魔法を使うせいで疲れちゃって、おれもコロナも泥みたいに眠った。眠っているとどこからか澄んだ笛の音が聞こえてきて、ちょっと冷たい風が心地よかった。朝、目が覚めると雪だるまは決まって溶けかかっていて、慌てて雪だるまに魔法をかけたのさ。
そして、ついにその日は来た。
「やったぜ、みっしょんくりあー!」
フィーグ雪原生まれの雪だるまは、とうとうマイホームに到着した。
おれたちやりきったんだってコロナとハイタッチして、季節外れの雪だるまをとっておきの宝物みたいに、サボテンやトレントや草人に見せて回った。それから、これから夏を迎える玄関先に冷たい雪だるまを飾った。
「へへ、これでまたひとつ、魔法使いバド様が大魔法使いに近づいちゃったな!」
「さすが大魔法使い。じゃあ次は、この雪だるまを冬まで保たせてみるか」
師匠にさらりと言われて、おれは飛び上がった。家に持ち帰る間の日数だけで、エライ苦労したんだぜ。コロナは「私はもう手伝わないからね」と肩をすくめている。
「師匠
……
ちょっと、返事考えてもいい?」
「好きにしろ」
師匠はそう言うけれど、おれの性格的にどうせやることになるんだ。わかってる。
その日の晩。久々にコロナと屋根裏部屋のベッドに潜り、夜が更けるころ。
少し開けた窓の隙間から、笛の音色が聞こえてきたのを、おれは夢うつつに聴いていた。草枕で聴いた音
――
ああ、あれは
……
水の精霊を呼ぶ調べだ
……
。
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