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yammyzakkoku
2026-06-17 12:40:52
6866文字
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猫を拾う
猫を拾ってお風呂に入れてあげる夢小説です。
酸性雨が降る夜に猫を拾った。
ネコ、といっても厳密には猫の姿をした罪人
……
つまるところは元人間。
なので四つ足で歩かないし、にゃあにゃあ愛らしく鳴いたりしないし、あたしに媚を売ったりもしない。
猫は日がな、馬鹿みたいに大きな図体をベッドの上に放り投げて眠る。ついでにいびきがうるさくて、いつも酒臭い。
換気ついでに窓を開けると、猫がブランケットを巻き込んでベッドの隅に丸まった。ばさ、と翼が動いて赤い羽根がそこらじゅうに落ちる。
頭が割れそうなほど痛い、昨日飲んだ安物のアルコールがまだ残っているんだろう。たぶん。それは猫も同じようで、あくびついでに吐き出した息はつんと刺激的で酒臭かった。
「ね、仕事行くからお見送りしてよ〜」
「いやだ」
猫はドスの効いた低い声でそう呟いた。眉間に深く刻まれた皺が不機嫌だとこちらに訴えかけて憚らない。
黒猫の尻尾がたしたし、と不機嫌を訴えるようにベッドを叩いた。
「
……
起きろったら」
「
……
いやだ」
猫は頭からブランケットを被ると、器用に手だけ出して中指を立てる。黄色い肉球の愛らしさとは程遠いジェスチャーに顔を顰める。
あたしは猫を起こすのを諦めると、身支度を整えて外に出た。
「棚の下のお酒、飲まないでよ」
返事はもちろんない。部屋の奥から大きないびきが聞こえてくる。どうか仕事から帰ってくる前に、あの黒猫がいなくなっていますように。あたしはそう祈って扉を閉めた。
※
ルームメイトがいなくなるのはそう珍しいことじゃなかった。あの子が働いている区画は地獄でも指折りの治安の悪さだったし、本人だっていつ後ろから刺されてもおかしくないようなアバズレだった。
あの子は食べ方が汚くて口を開けて笑うとシンナーでかけた歯が見えて見窄らしかったし、ヤクの離脱症状でしょっちゅう部屋のものを壊した。
正直言って快適な生活を営む上でのルームメイトとしちゃ最低もいいとこだった。けれど、どうしても起き上がれなくて仕事に行けない日に私の背中を撫でてくれたのはあの子だけだったんだよ。
あの子がいつもみたいに「あばずれ!」と怒鳴って扉をばたんと閉めた時、あたしはまたかって思って追いかけもしなかった。いつものことだもん、って気にも留めないで読みかけの雑誌を開いた気がする。あの子は喧嘩をしても一週間もすれば腹を空かせて、ドアの横で待っている。何にもなかったみたいな顔してけたけた笑って、謝りもしないでご飯をねだるから。
でもあの子は、天使たちが現れる道を通りがかかって、標的にされて胸を槍で貫かれてほんとうに死んでしまった。
えいえんに会えないくらい遠くに。
最初はそんなもんかって、なんか気が抜けて。次にあの子の私物に埃が降っていくのを見て、ああ片付けなきゃなって思って
……
それであたしは、ふと空っぽの部屋でわんわん泣いて、泣き疲れて眠った後仕事に行った。
なんかしてないと気が狂いそうだったから仕事に行ったけど、砂漠の砂つぶよりも細かいミスがぼろぼろと降ってきて、案の定ろくに動けなくて周りの人たちを怒らせてしまった。
「今日はもう帰りなさい」なんて上辺だけの優しい言葉をかけられて職場を放り出されてたあと、あたしはその辺の売人からヤクを買った。
おどろくなかれ、地獄では適当なヤクが自動販売機で売っている。
これでもキメて、広くなった部屋でガンガン音楽でもかけて踊ったら少しは気分が晴れるだろうってそう思っただけ。
とぼとぼと歩いてたら雨が降ってきて、あたしはますます惨めったらしく最低な気分になった。
その時だった。
ゴミ溜めのなかに真っ赤な何かが広がっているのが見えた。
赤と黒と、白。水玉みたいに散らばる模様を辿ると、その先には翼に似つかわしくない黒い猫の姿があった。黒い毛並みが濡れて艶やかに輝いていて、そこだけ切り取ってみたら綺麗な絨毯のようにも見えたかもしれない。
まあ、現実はそんなにロマンチックじゃない。ゴミ溜めにはゴミ溜めたる理由があって、そこらじゅうから腐敗した何かの匂いがしていて、もちろんそこに寝っ転がっているんだから猫も同じように臭かった。
猫は誰かに強かに殴られたのか、口の端が切れて血を流している。近くに寄ってみるとすこしだけ鉄錆みたいな匂いがした。
そして、驚いたことに猫は服を着ていない。多分鞄とか靴とか、財布とかも何もない。(あたしが生きてた頃には、猫が服を着ている方が珍しかったけど)
そういえばこの辺には大きいカジノがあるから、そこで負けた奴が身包み剥がされてここに捨てられていたりするらしい。あの子がそんなこと言ってた気がする。と、あたしは一人勝手に納得する。
綺麗なものと汚いものの間に、真っ白なお腹が晒されてあたしはその無防備さに驚いた。
(このひと、このままほっといたら死んじゃうんじゃないかなあ
……
)
余計なお世話だろうし、声をかけたら物取りだと思われて殴られるかもしれない。だけど、見つけちゃったから素通りもできなくてあたしは膝を折って、そのゴミに塗れた猫に顔を近づけた。
「ねえ、おきて」
とたんにケモノの匂いと、むせ返るようなアルコールの匂いがあたしを包む。
彼(彼女かも)の真っ赤できれいな羽根は、ボロボロでとても空を飛べるようには見えない。そして猫の口元からは微かな呼吸音がしたので、どうやら死んではいないらしかった。
「おきて、猫ちゃん」
あたしは手を伸ばして、軽く猫の肩を揺さぶった。酸性の雨にまざるぬるりとした感触が気持ち悪い。揺らした拍子にあたりのごみが崩れて服が汚れたけど構うもんか。
「あ゛?」
唸り声がして彼の真っ赤な眉がぴくぴくと動き、瞼が開いて満月のような瞳がこちらを捉える。
猫はあの子とおんなじ目をしていた。 どれくらい、それを見ていたかわからないけどあたしはともかくそこから動けなくなる。
「あたしの家、ここの近くなんだ。おいでよ」
「
……
あ゛、あ゛ー
……
?」
猫は三回くらいゆらゆらと頭を振って、頷いているのか断っているのかよくわかんなかった。多分あたしが何を言っているのかも理解してないだろう。
むくりとあの子とは似ても似つかない声だった。他人だし、当たり前だけど。
「雨で溶けたくないでしょ、ね。」
「
……
あ゛ぁ、そう
……
だな」
猫の目はどこかぼんやりしていて、たぶんだけどここがどこであたしが誰なのかもよくわかってなさそうだった。
彼に立つように促すとふらふらとあたしの後ろについてくる。手を伸ばすと黄色い肉球がぶんぶんとあたしの目の前で揺れた。よかった、肩は貸してあげなくても大丈夫そう。
ゴミ捨て場からあたしの住む部屋までは歩いて3分もかからないくらいの距離だ。まあ猫がちんたら歩くから15分もかかっちゃったけど、別に急いでるわけでもないからそのままのろのろと歩調を合わせた。
そしてようやく部屋に着く頃、猫はべっちゃべちゃでぐちゃぐちゃになっていた。雑巾そのものって感じに濡れていて、見た人全員が可哀想だって思うくらいの惨めったらしさがあった。
まああたしも同じくらい濡れてるし、多分髪もメイクもどろどろだから同類だけど。
ただいま《アイムホーム》、とつぶやいても応えはない。
扉を開けたら暗闇が広がってて、さっと電気をつける。
「猫ちゃん、足拭くもの出すからちょっと待ってて」
「ああ
……
ぁ゛」
猫のとろとろとしていた顔がもうどんよりに変わってきている。彼は相当限界だったのか、そのまま玄関の靴が置いてあるところにうずくまってしまう。
地獄の道って汚いし、猫の足裏の汚れがすごく気になるけど、それどころじゃなさそうだった。
「
……
ぅ゛」
「ねえ、大丈夫?」
うずくまる猫の背中をさする。濡れた短い毛が手に絡んで、モップを触っているみたいだった。
毛に塗れてるから顔色もよくわかんなくて大変だなぁ、としょうもないことを考えているうちに彼の首の傾きがどんどん深くなる。
「だいじょぶ?」
「
……
ッう゛」
猫は口当たりを押さえると、そのまま一瞬息を止めて、おもむろに下を向いて、いっきに胃の中身を放出した。消化されてない何かたちが、ゆっくりと床を這う。
「嘘でしょ
……
」
あたしが言っても、もう遅い。玄関に酸っぱい匂いが立ち込めて、そのまま惨状になる。
ああ、最悪だなぁ。
つぶやく言葉とは裏腹になんか面白くなっちゃって、笑うしかなくなる。
猫はといえば全部を出し切ってスッキリしたのか、また玄関に倒れていた。
残されたのはあたしと、ゲロと、汚い野良猫。まだ笑いは収まんない。
※ ※
いいニュースと悪いニュースがある。と言われたらどっちから聞きたい?
あたしは正直どっちもそんなに興味がない。だって地獄に落ちることより最悪なことなんてほとんどないし、地獄にいるんだから善いことなんて高がしれてるんだもん。
まあ、いいニュースは幸いなことにほとんどの靴は靴箱に仕舞い込んでいたので被害を受けなかったってこと。
お気に入りの履き古したヒールがダメになったけど、もともと踵がすり減っていてもう捨てようと思っていたからノーカウント。
悪いニュースはゲロが本当にくっさくて泣きながら掃除する羽目になったってこと。猫は出すものを出してすっきりしたのか、玄関の隅でガアガアといびきをかいて寝ていた。流石に邪魔だからちょっと場所をずらしたけど、それでも起きる様子がない。
真っ赤な羽は、こんな狭苦しい場所じゃろくに羽ばたけなくて空をかいていてかわいそうだった。
あたしは早くもこのでかい猫を拾ったことを後悔しかけていた。
けど自分から招き入れた手前、放り出すわけにもいかないので、あたしは一旦全部のことを忘れてせっせと手を動かすことに集中する。
玄関をあらかた掃除し終えた頃にはだいぶ時間が経っていた。お腹だって空いたような気がする。
「猫ちゃん、おきて」
あたしは無理矢理もう一度猫を揺り動かす。彼の目はしっかりと開いてて、耳もぴくぴくと動いている。
「ねえ、起きられる?」
「できる」
呂律も結構回っている。でもやっぱりどこか目が虚なので、酒以外の何かが残っているのかもしれない。
「くさいから、お風呂入ろっか」
「ああ
……
」
猫は本当にされるがまま、さっきと同じようにあたしについてきた。足を拭くのはもう諦めた、後で床を拭けばいいや。
猫はふらふらとゆらめきながら歩くので、羽がそこらじゅうに引っかかって物を薙ぎ倒す。玄関からお風呂へのたった数十歩にも満たない移動なのに色んなものが壊れる。
ばたん、がちゃん、ばりーん。
途端にたくさんの音が溢れて、きたないハーモニーを奏でた。お風呂場に着くまであと何歩だろう。
バスルームにほかほかと湯気が漂っている。バスタブにお湯を張るのなんて何ヶ月ぶりだろう。シャンプーはひとつ、詰め替えるのが面倒でそのうち同じやつ使い出したから。あたしの好きな匂いじゃないけど、使い切るまでは無くならないから困る。
「猫ちゃん、おいで」
「ん」
あたしが猫足のバスタブに誘導すると、猫はそのまま足を上げてしっかりとバスタブの中に入っていった。彼の動きに合わせてどぷ、と重く水が揺れる。
「熱くない?」
「ちょうどいい」
「ならよかった。ちょっと背中触るよ」
ボディーソープを三プッシュ。彼の体に擦り合わせてみても、全く泡立つ気配を見せない。どんだけ汚いんだろ。
「なあ、ところで聞きたいんだが
……
あんた、誰だ」
「いまさらぁ?」
「返す金ならねえよ、見ての通り素寒貧だ」
見たらわかるよ、と口に出さないであげるのは優しさだろうか。
「いいから、溺れないようにちゃんと寄りかかって
……
触られたくないところは自分で洗ってよ」
「
……
」
猫はなんか言いたげにこっちを見てたけど、知らんぷりしてそのままシャワーで頭を流す。酸性雨の雨はちょっとべたべたしてるから。
あの子が酔い潰れて帰ってきた時や、客の返り血に塗れていた時もこうして温かいシャワーで流してやったっけ
……
血はタンパク質だから熱いシャワーを当てると凝固して落ちにくくなるって知らなくて、あの子に怒られたっけ。
「口のとこ、痛くない?」
「
……
慣れっこだ」
彼の口元の血はすっかり固まっていて、毛のあたりがぱりぱりになっていた。
手を動かしてるとだんだんざわついてた頭が冷静になってきて、あたしはこの状況がちょっとまずいんじゃないかなって思い始めていた。
だけと今更引っ込めることもできなくて、あたしは無心でボディーソープを泡立てた。ケモノの悪魔ってシャンプーじゃなくてボディーソープで頭洗ってもいいのかな
……
ちらりと猫の方に目をやると彼は特に気にする様子もなく(もしくは顔に出ないように演技するのが上手いのかな)ざぶんとバスタブに浸っている。
「なあ、つむじのとこが痒いから念入りに洗ってくれ」
「どこ?」
「知らねえ、探せよ」
そもそも猫につむじなんかあるのか。
わかんないけど頭頂部あたりを入念に揉み込む。耳の中には水が入らないように気をつけなきゃ。
水に濡れて毛が張り付いた姿は使い古しの雑巾みたいでちょっと面白い。赤い羽根は洗いやすいように前に傾けてくれているので、ぶつかることもない。猫は意外と気遣いができるみたいだった。
「流すよ」
「ん」
猫はなんの抵抗もなくあたしに頭を寄せてくる。こういうの慣れてるんだろうな、と感じさせる動きだった。
あの子はヒト型のつるっとした肌をしていたし、頭を洗おうとするとすごく嫌がった。触んないで、と思春期のティーンエイジャーみたいな金切り声をあげて、あたしの手を噛もうとする。していた、か。
「猫ちゃんは、どこからきたの」
「知りてえか?」
「
……
あんまり」
あたしがそう言うと、猫はぷるると頭を振った。その拍子にこっちにも思いっきり水がかかって服が濡れる。
「ちょっと」
「
……
いいだろ、別に」
おかしい奴だな、と猫はつぶやいた。
彼はおとなしく、ただあたしに身を委ねる。突き放すわけでも受け入れるわけでもないその距離感がありがたかった。
「あんた、ひどい匂いがするな」
「昨日から働きっぱなし汗かいたからね
……
きみを洗い終えたらあたしもシャワー浴びるよ」
主に目の前の猫ちゃんのせいだけどね。いちおう、ゲロ掃除し終えた後に身体を拭いて着替えはしたけど、染みついた匂いは消えないだろう。ゴミ捨て場に膝ついたりもしたし。
「先入りゃよかったのに」
「綺麗にした後にまた汚すのやだ。二度手間じゃん」
しゃこしゃこと泡だてたボディーソープが黒い毛に吸い込まれて消えていく。どれだけ泡だてても猫の身体はどことなくベタついているような気がした。
「
……
お痒いところないですか〜」
「もう自分で出来るから、あんたは上がっとけ」
「なんで? あたしちゃんと出来るよ」
「羽根は触られたくねえんだよ。わかるだろ」
「
……
わかんない」
「いいから出てけ
……
それとも」
ざばん、と猫がバスタブから立ち上がった。バスタブから浮かび上がるそれは、なんとなく未確認生命体っぽくて怖い。
強い力で手首を掴まれて、思わず身がすくんだ。猫は黄金色の目を細めて、ただ一言つぶやいた。
「襲われてえか?」
あたしはその言葉を聞いた瞬間、掴まれた手を跳ね除け弾かれたように立ち上がった。
ドアを開けて脱衣所に飛び出す。ばたんっ、と強く扉を閉めたせいで蝶番がバカになったかもしれない。
バスルームの扉がちょっとだけ開いて、そこに湯気でぼんやりとした猫のシルエットが浮かび上がる。
「ばあか」
それだけ言うとまたピシャリと扉が閉まった。あたしが何か言い返す余地もない。そしてのろのろと廊下に這い出て、冷たくなった足先を見つめる。
猫のがなるような笑い声が、シャワーの音に紛れて聞こえてくる。あ、揶揄われたんだと気づくのに時間はかからなかった。
開けっぱなしの脱衣所の方から水の音と、それにかき消されそうなくらい小さな猫の鼻歌が聞こえてくる。
あたしはそれに耳を傾けながら、バスタオルで跳ねた水を拭く。どれだけ拭いても奪われた熱は戻ってこない。
懐かしいような、知らないようなその曲を聴きながらあたしはぺたりと廊下に座り込む。
このまま目を瞑って、息を止めて、二度と浮き上がれないくらい深いところまで沈んでいけたらいいのに。
サビのリフレイン、気に入ってるのかうろ覚えなのか。猫はおんなじメロディを繰り返す。それしか音楽を知らないみたいに。
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