紫呉葛
2026-06-16 23:01:54
6155文字
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【オキラス】Flower of Black Magic --ラスティ視点--【一枚の絵から】

貴方のイラストから小話を書かせてください分。‪もちぬ様のイラストより書かせていただきました分になります。何でも許せる人向け。ラスティ視点でいわゆる後編

ただ、この包み込む香りが心地よいと思った
だから
追いかけたくなった


鉛のように、身体が重い。
なのに心臓は焦るように鼓動を胸に轟かせ、深めた呼吸による宥めも跳ねのけてくる。
今夜は「月」という何処かの衛星と同じ呼称のつけられたルビコンⅢの追従光が満ちる日だ。
その影響は今夜の分厚い雨雲でも遮れないだろうと覚悟はしていたが、かつての傷まで疼かせてくる。
度重なる出撃で消耗しているはずの身体を休めたいが、動きを止めれば二度と動けなくなりそうな気分まで湧き上がり妨げてくる。
上着を無造作に椅子に投げて置いて、ベッドに倒れ込み、マシになる体勢を求めてごろんごろんと向きを変えていたが時間ばかりが過ぎて行く。
度々転がり込んでいた『上官殿の部屋』は、今夜の入室の許可は下りないだろう。頼りきりにするのも良くはないのだが。
枕に顔を半分埋めながら、瞼を微かに上げて、視界には別の部屋を描く。
冴え切った頭は容易に記憶を貼り付けてくれる。薄暗くした部屋。モニターの逆光に浮かび上がる背を向けた人の形。
彼の寝具に染み付いた香りが、肺を満たし、身を緩めさせる。
しかし現実は理性によって一定の境界を越えることはなく。
結局、意識は照明を落とした自室を視界に入れてくる。
いっその事、無理に寝るくらいなら動いて解消してしまおうと上半身を跳ね上げた。
ブーツを履き、上着を手に取る。
そうだな、手始めにスティールヘイズの様子でも見に行こう。
思いつくままに、ラスティは歩を進めた。


その場所に気付いたのは、整備士達との親交を深めるとの名目でバレンフラワーが収められている所を訪れていた時だった。
不意に、嗅ぎ慣れた香りが他の匂いに混じって降って来た。
いくら機体がある場所とは言えど、この場に居ないパイロットが纏う香りが漂うことは無い。換気も充分にされている空間だ。
ただその微量の香りは、ラスティの視線を上に向ける効果があった。
その時は運良くバレンフラワーの位置が整備の為に変えられていた。
ケーブルや機体の隙間と周囲に溶け込む色を持つその場所は、違和感をほんの少し覗かせる。
周りに悟られないように移動すれば、そこに足場のようなものがあった。
カメラの死角と手足を掛けられる箇所もある。
登れる。
だが、人が周りを彷徨いてる中でこれ以上探るのは止めておいた。
あまり不審な動きをすれば、この機体の主に見つかる。
また別の日に。それから突き止められる機会を日々伺っていた。


格納庫はヴェスパーのナンバー順に、二機を区切りに区画分けされている。
故に、ヴェスパーⅢの機体の前を通ることは偶然とは言い難い。
何気なくバレンフラワーの収まる格納庫を通り過ぎようとして、あの足場のことを思い出した。
今の時間の監視はカメラのみだ。そしてこの格納庫のロックの解除は出来る。
侵入のタイミングとしてはばっちりだ。扉にお伺いを立てれば難無く開いてくれたので中に入った。
中は暗く、点々と灯る非常誘導灯が一番明るい。それでも夜目の効くラスティにとっては歩き回るには充分ではあった。
近くには人の気配は無い。
だが敏感な嗅覚が、空気の流れに乗ってこぼれ落ちてきた微かな香りを捉える。
煙草と、その中に混じる香水。
彼は此処に居る。
機体の傍でもコアの中でも無く、あの場所に。
壁に向かう。
配管の頑丈さを触れて確かめる、使われているのは自機の格納庫と同じ素材と作り。これなら多少蹴りを叩き込んでもビクともしない。すでに試して知っている。
辿り着くまでの経路は光があるうちに複数の案を立てている。夜目の範囲で事足りる。
最初の跳躍。
ある程度高さを稼ぎ、縦に伸びる配管の壁との固定金具に足を乗せて。
手足をかけられる場所が一時的に途切れていれば、壁の溝に指を掛け、靴底を無理やり引っ掛けて。
横に跳ね、時に片手でぶら下がり、反動を利用して次のゴム製ケーブルに飛び移る。
匂いに惹かれるように、鉛のような体を無理やり動かす。
換気装置は全ての香りを吸い込み切れないでいる。
誰がこの先に待ち受けているのか分かっている、だが、用心するに越したことはない。
相手が不意打ちを狙って来ないとは限らない。そもそも本来は敵同士。彼が此方の背景を掴みつつも目を瞑ってくれているだけにすぎない。
機体の頭部より上まで来た。落とされれば流石に無傷では済まない。
こんな所で死ぬようなことになれば、悔やんでも悔やみきれない。笑い話にもならない。
するりするりと登り続け、あと一歩。
靴底が金具を叩く音を鳴らす。


嗅覚に語るは煙草と香水、そして微かにフィーカ。まだ先客が居ることを示している。
警戒心は残しつつ、手だけを先に出す。
「やぁ、オキーフ」
呼びかけて手を振る。どうやら、先制攻撃は無いらしい。
肩から上を出して対面する。
「こんな所に居たのか」
笑顔を向ければ、オキーフが一つ息を吐き出した。
どうやら、呆れられたらしい。たしかに此処は安々と登ってくるようなものでもないだろう。
それに、今日の雨による影響が強いようだ。いつもより眉間の皺が深く、気怠げさを隠そうとしていない。
「すまないが、手を貸してくれないか?」
身を引く、という選択肢もあったが、選んだのは彼の傍に留まることだった。直感的にそれが最善だと思えて。
それに彼ならば、はっきりと不可を突きつける。
ペリドット色が見定める。
「そこまで登って来たのなら自力で上がれるだろう」
此処に入っても良いと許可が下りた。
口実を、手を借りずとも登れることも見透かされていた。
一度身を下げて、ラスが軽く跳ねるように上に乗る。
両手と片膝を足場に乗せて一旦留まれば、狭さを和らげる為にオキーフが身をずらしてくれた。
身を軽く捻り、腰を下ろす。
彼の背に甘えるように軽くもたれ掛かる。
こうすれば、触れている面積によって此方の動きも把握しやすいだろう。
「休憩には、もってこいの場所だな」
格納庫内を一望する。扉も発見した時の位置も一方的に見えるものだった。登るだけの価値はあった。
だが緊張のバランスが崩れてしまったようで、体に一気に重さが押し寄せる。
気管をなぞるように走る圧迫感。それを誤魔化すように、笑い声を混ぜ込んだ。
「此処に辿り着いた奴は、お前が初めてだ」
落ち着いていると言うよりは抑揚が無いだけな褒めの言葉が贈られる。
同時に話すことを促された。「そうか」とだけ告げて口数を減らすはずだ。今までの雨に悩まされている彼ならば。
遠慮なくお喋りを続けさせてもらおう。
「それは光栄だな。記念に、フィーカを共にしても?」
怪しまれることなくこの場所に辿り着こうと思う者は早々に居ないだろう。
だが、ラスティの目には気になる物があった。
オキーフの傍に置いてある一つのカップ。
中にはフィーカが入っている。それも、飲みかけのものだ。予め少なくしているわけではないのだと、縁を彩る中身の跡がある。
「何も、口にできる物を持っていなくてね」
気前良く教えてくれるとは思ってはいない。頭痛の最中でも話して良いとなるような対価も無しともなれば。
反応さえ見られればいい。彼という人間を知りたい。
そうやって自分勝手に振る舞うだけで居られれば良かったのだが、ついつい顔を真正面から見ることのできない相手の様子を推し量ろうとしてしまう。
『ラスティ』は、痛みを消す方法なんて何も持っていないのだ。
「これで大人しくしろ。諸共落下したくなければな」
箱から一本を飛び出させた煙草が横から提示された。
このまま喋らせれば興味によって身を乗り出しかねない思われたらしい。否定はできない。
見透かされていることがくすぐったくそしてちょっと悔しくて、笑い声を零してしまった。
有り難くその記念品を人差し指と中指で挟んで引き抜いて。
常に持ち歩いているライターで火を点ける。
最初の一口の煙を肺に巡らせて、ふぅっと長く息と共に吐き出した。
オイルと火が混ざり、紙は燃え、白い煙の独特な匂い。
その奥底に潜む、背向かいの男の羽織る香り。


彩色を抜き取った一枚におさまる。
遠くを眺め、鋭い歯を乗せた唇は薄く端を吊り上げる。
二対の狼煙と二人の人間の纏う香りは、微かに零れる雪のように白を砕いて舞い散って。
伝えるのはこの重みだけ。一方的な気遣いだ。
その背は大きいだから、足場をもう少し広く取れば良いものを。
まるで雨宿りのようじゃあないか。


黙り続けるにはまだまだ月の影響は抜けきらず。
抗うように独り言を流していく。
未だ頭痛に眉を潜めているであろう彼の頭に響かない程度の大きさで、聞き流して良いものを。
―――貴方は、今基地内で噂になっている、オバケの話を知っているか?
―――何でも、妙な音が近づいてくるのに、原因となりそうな物は、どこにも見当たらないらしい
―――かく言う私も、一度その音を聞いたことがあってね……

換気装置の作り出す風の流れは背合わせの男の匂いを送り届けてくれる。
倦怠感がだいぶ薄れているのがわかる。どうやら、彼の部屋のベッドでなくても効果はあるらしい。
―――……貴方の『これ/煙草』は、味も香りも良いな
―――取り寄せ品だったな、安くはないだろう?今度、私の取っておきを用意しよう
―――安心してくれ、星外の、規格をクリアしたものだ。前の……この星の物は不評だったからな

登る紫煙を見つめる。
彼と同じ匂いは、かつて感心した情報までも引き出した。
「煙を……
眼差しを遠くへ、遠回しの本音を零す。
「このルビコンから遠い星にある祈りの一つに、煙を炊くものが有るらしい」
祈りと煙。思い浮かぶのは、地が焼かれ、銃が鳴き終え、倒れた機体が登らせる煙たち。近い場所で一人佇み何度も見てきた過去の姿。遠からず我々が辿ると予測される未来の姿。
「なんでもそれは、祈りを届けたい相手の食事になるそうだ」
どれだけの煙を浮かべることになるだろう。この星が煙一色に染まるかもしれない。
それが、この背後の男に引き金を引くことで為せるのならば、躊躇いなく煙らせるだろう。
だが、もし万が一。私自身が食べることになるならば。
「私は、食べるなら『これ/貴方の煙草』が良い」
指を焼かんと火を進める紫煙を、その満月色の瞳に映し込む。
なんとも虚しい妄想にすぎない。
「贅沢だろう?」
彼のことだ、「やめておけ」と窘めの言葉くらいなら返すかもしれない。
背中から伝わる感覚が少し長めに止まっている。
クッと少しそして長めの振動と強まる香り。
「あぁ、贅沢だ」
彼が笑うとは珍しい。思わずラスティも瞳を引き絞る。オキーフの声には柔らかさが乗っている。どうやら、痛みもマシになったらしい。
彼は言葉を続けてきた。
「お前のその話の元は、棺桶に身を沈めた後の食事としてだ」
それも、煙ではなく香りが対象らしい。
「なんとも、私にはもってこいな話じゃあないか」
この上ないご馳走になるだろう。
思わず瞳を緩めてしまう。
しかし、
「ラスティ」
次のオキーフの言葉に、再度二つの満月は遠くなる。
「お前にこいつを食わす気は無い」
オキーフは言い切った。
一体どんな表情で彼は話してくれているのか。
この狭い足場は振り向き相手の顔を覗き込むことを許してはくれない。
……酷いな……フィーカを淹れてくれる優しさのある貴方が」
貴方の目的は知らない。だが、背景が敵という立場にしかならないのであれば、彼の断りは真っ当だ。
そう思えれば、いずれ向ける銃の引き金は軽くなっただろう。
「フィーカも美味い飯も、人間として生きて楽しむものだ」
重みのある物言いは、しかし何処か祈りめいていて。
「それに、お前はこれ一本では足りんだろう」
普段の食べっぷりを一番知っている男の言葉だ。その言葉にも重みがある。無言になったな。真顔で想定本数と値段の計算をしたに違いない。うんざり顔もしただろう。
こみ上げてくる笑いに堪えきれなくなって、ラスティはからからと声を上げた。

必要ならばこの命を捧げる覚悟はある。だが、生き延びられるのならば、煙以外の食事を、できれば一番美味いフィーカを望みたい。


サービスとして受け取った数本目の煙草も残り半分になった頃には、どうやら雨は振り止んでいた。
雨宿りは終了で、オキーフの背が少し離れた。
調子は戻ったらしい、カップを持って立ち上がった彼は顰めっ面からいつもの無表情に変わっている。
雨は鳴りを潜めたが、月と言う星はまだ数時間ほど粘ってくる。この場で吸いかけを味わうことにしつつ、
「また、此処に来ても?」
次を押さえておく。
「好きなようにしろ」
許可は降りた。
オキーフは機体に背面に壁に向く。
彼の眼前には、切り取られたような真っ暗な空間がぽっかりと開いている。
男の一歩が、闇に反響する。
「なぁ、オキーフ」
呼びかければ、彼は立ち止まってくれた。
「オバケという奴は、自分がオバケなのだと、気付いていないことが大抵らしい」
そして振り向いてくれた。

「ごちそうさま」
吸い差しを掲げた。

「あぁ」
とだけ、オキーフは返してきた。
そうして真っ暗な空間の中に溶けて行った。


その姿を見つめていた。
その音を聴いていた。
やはり、そうだやはり、オバケは貴方だったな、オキーフ。
そして、貴方の事だ、もう自覚しただろう。


オキーフとあの場所で会ったことによって。
重みは消えた。
オバケも消えた。


グレースケールのようなこの先に。
満月の色を鋭く輝かせる。

「私も、貴方の元へ向かうとしよう」











「ということだ。オキーフ、あなたも気付いただろう?」
陽光昇る朝、灰皿に吸殻の花咲くオキーフの部屋にて。
「あぁ
オキーフは頭痛を堪えるように目元を手で押さえている。
彼は部屋に戻った後、依頼内容であるオバケの件を改めて読んだ。
そして、ラスティによってそのオバケの正体を知らされた。

あの時、オキーフはラスティに示すように壁にある隠し扉を開けて出て行った。
閉じれば隙間も見えないその扉の先には、人一人が歩ける壁中の配線用の空間があった。
誰にも見つからず、片手にカップを持ったまま歩いて格納庫に行き来できるその通路。
欠点は、中を歩いた時の反響が別の場所に響いてしまうものだった。静かに歩いたとしても、その振動が伝わって音になる箇所がある。
それが「噂のオバケ」の正体だった。

ラスティが居たからこそ気付いた事象。
オキーフだけでは持ち得ぬ事実。
これを報告しなければならない事、己の行動で妙な噂が広がりかけていたこと、それらで珍しくオキーフが頭を抱えている。
ラスティも思わず笑いつつも同情してしまう。
共に『対抗策/誤魔化し』を考えようじゃあないかと進言して。

……煙草一本とフィーカ一杯」
「それだけでは、私は満腹にはならないさ」



「『貴方』も、付けてくれるだろう?」



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