山茶花
2026-06-16 21:30:07
6714文字
Public [シルデュ]その他のパロディ
 

フローズン・ワルツ【266OP022】

氷の王子シルバー×人間デュース/メルヘン/6200字程度

※音楽や映画など、いろんな作品に影響されています。
※氷の世界の王子シルバー×人間(警察官)デュースのちょっとメルヘンなお話です。

以上すべて大丈夫な方はスクロール↓




 
 その唇に、くちづけられた途端。溶けるような、儚い冷たさが触れた。
 目の前に立つ、真っ白な青年は。淡く光るキャンドルに照らされて、にこりとほほ笑んだ――


 
 はあ、と溜め息を吐きながら。3か月前にひとり暮らしを始めたばかりの、自宅の鍵を回す。
 不良だった中学校時代からの夢を叶えて、警察官になったのはいいけど。
 学生時代から変わらず、昔、不良だったことで目をつけられたりして。それでなくても、ただでさえ要領が悪いってことで、目をつけられやすいのに。いろいろと、暮らしも仕事もうまく行かなくて。落ち込んでばかりだ。
「あ……。米、炊くの忘れてたな」
 空っぽの炊飯器を見て、溜め息をつく。何もかもに疲れて帰ってきて、すぐに米を炊き直したり、風呂を掃除してシャワーを浴びたり。そんな気力が出なくて。僕は何もかもを放り出して、一度。ベッドへと横になった。
 ——もう、なんか、やだな、いろいろと。誰にも言わない本音を抱えて、とろんと落ちる目蓋を閉じる。
 すると、ああ。まだ、やらなくちゃならないことが、たくさん残っている、のに。
 なのに。まだエアコンのスイッチも入れたばかりで、蒸し暑い部屋の中。僕の意識は、すとんと落ちていった。

……ス。デュース」
「ん?」
「デュース。目が覚めたのか? 俺のことが見えるか?」
「えっと、アンタは……?」
 目が覚めると。そこは一面、銀世界で。今って夏も始まったばかりじゃなかったっけか、と思いながら、僕が辺りを見回していると。
「みんな、デュースが来てくれたぞ」
「これがデュース?」
「思ってたより大きいね」
「聞いてたより青いね!」
「僕らよりあったかいぞ!」
 謎に真っ白な青年と。同じように白い服を身に着けた、銀髪の子どもたちが。僕を取り囲んでいた。
「あの、アンタらは……?」
……ああ。やはり。覚えていない、のか。……それでも……
「えっと……?」
 淋しそうな顔をした、一番背の高い青年は、僕に向けてお辞儀をした。
「俺はシルバーだ。デュース、シルバーと呼んでくれ」
「シル、バー?」
「ああ、そうだ。それにしても、君はなんだかとても、浮かない顔をしているな。疲れているみたいだ」
 そう言ってシルバーは、僕の手を引き。雪原の方へと僕を連れて行く。
「広場に行こう! みんなで雪遊びをすれば、嫌なことだってきっと忘れるさ」
「あっ、オイ……ここ、どこなんだ!?」
 僕が手を引かれながら叫ぶと。まわりの子どもたちが、口々に言った。
「氷の国だ!」
「シルバーは王子様なんだよ!」
「デュース、雪遊び何する!? 何が好き!?」
「い、いっぺんに喋るな! って、王子……!?」
 アンタそんな偉い人なのか、と僕がシルバーを見ると。そんな大げさなものじゃない、気にするな。
 今は君は楽しむことだけを考えてくれればいいんだ、と言って。
 そして。とうとう広場とやらに僕を連れていき。どうぞ、と雪の塊を差し出した。
「どうぞ、って言われても。……これ、どうしたら……
「なんでも、好きにしていいぞ。丸く固めて、誰かに投げつけて雪合戦を始めてもいいし。小さな雪ウサギや、大きな雪だるま。みんなでかまくらを作ったっていい」
 さあ、君はどうしたい? そう尋ねられて。僕は、思い出す。
 ……そういえば、この頃。与えられたことをこなすことばかりに精一杯で。自分がどうしたいか、とか。
 そんなこと、そんな気持ち。忘れてたな、って。
「じゃあ……全部、ってのはどうかな!」
 そう言って僕が雪玉を作ってシルバーにぶつけると。シルバーはそれを手で受け止めて、賛成だ、と笑った。
 それから。僕は、ゆきんこたち(ここが氷の国で、子どもたちも雪のように冷たいから、そうだと分かった)と、その氷の国の王子様であるらしいシルバーと。一緒になって、雪合戦を楽しみ。
 雪合戦に疲れたら、小さな雪うさぎを作って、その辺の民家の窓にそっと添えたりして。
 3段ある、自分の背よりも大きな背の高い雪だるまを作ったり。
 かまくらを作ろうとして、雪玉をかき集めようとして。屋根から落ちてきた雪に埋もれて、シルバーに助けてもらったり。
 そんなこんなで、雪遊びを思い切り楽しんだ。
 一通り遊び終わったあとで、シルバーが僕に尋ねる。
「デュース、楽しかったか?」
「うん、すごく。なんだか、小さい頃に戻った気分だったよ」
 なんていうか、不思議な夢だけど。すごくいい夢だと思う、僕と遊んでくれてありがとう、とシルバーにお礼を言うと。
 シルバーは、僕の手を取って、言った。
「君が落ち込んだ夜には、いつでも傍にいる。もし、また俺たちに逢いたくなったら、そのときは。鏡を見て、唱えてごらん。『レット・ニー・ホワイト』と。そうしたらきっとまた、俺たちは……俺は、いつだって君を迎えに行く」
「へ? これって、ただの夢……だよな?」
 僕の疑問には答えず。シルバーは、にこりと笑う。
「さあ、そろそろお目覚めの時間だ。また会おう、マイディア」
 そんな不思議な、銀色の夢の中で瞬きをすると。僕は、見慣れた部屋の中で、目が覚めた。
 今はまだ、夜中みたいだ。でも、不思議と身体はすっきりしていて。明日の暮らしのために、いろいろこなそうかという気分になっている。少しの間眠って、身体の疲れがリセットされたんだろうか。
 (……それにしても、不思議な夢だったな)
 レット・ニー・ホワイト、か。もし、またあの夢が見たくなる夜があったら、唱えてみようか。
 何も起こらなくても、僕がちょっと、ひとりで恥ずかしいだけで済むしな、と。
 そう思って。僕はまた、明日へ向かう準備をしたのだった。

 それから。また、今度は。書類にたくさんの不備があって、上司に『もう少し丁寧さや注意力を身に着けた方がいい』と厳しく叱られて。その書類の修正に追われて、残業になって。なんだかもう嫌になって、コンビニでやけ買いしたチューハイに溺れていた夜。
(こんな夜はまた、あの夢が見られたらな……
 そんなことを思って。そういえば、シルバーの奴、なんて言ってたっけ。
 鏡を見て。唱えてごらん。
「レット・ニー・ホワイト、だっけ……?」
 どういう意味の言葉なんだろう、と思っていると。
 パア、と、置いておいた全身鏡が、真っ白に輝いて。鏡面が、湖水のように揺らぐから。僕は、それを指先でちょっとつついて。それで。入れそうだ、と思って。鏡の中へと、歩みを進めてみた。
 すると。鏡の先はやっぱり、一面が真っ白な、銀世界へと繋がって。
「デュース、マイディア。来てくれたんだな」
 嬉しい、だけど悲しい。君が自らここへ来たということは、嫌なことがあったのだろうか、と。
 シルバーは心配そうな顔で、僕の頬を撫でる。
「不思議な匂いがするな?」
「あー……酒、飲んでたからかもしれない」
「酒! 酒の匂いか。なんの酒だ? ホットワイン? それとも、エッグノッグ?」
「チューハイだよ、ただの。……やけになって、ひとりで飲んでたんだ」
「何? それは良くない。酒を飲むなら、エッグノッグにしよう。それとも、ホットブランデー・モカがいいだろうか? それならホットチョコレートか、ミルクセーキにして、アルコールがダメな子も、暖炉を囲んで一緒に楽しめる」
 僕は、ああ、なんていうか。冬そのものが目の前に友達のようにしてあるみたいな、懐かしいなこの感じ、と思いながら、答える。
「そうだな。じゃあ今日は、エッグノッグを飲もうか、みんなで」
「いいな! それじゃあ、飲む場所を作ろう。デュース、君も手伝ってくれ」
 そうして、シルバーは何もない雪原へと僕を連れていく。小さな白銀色のサンタのような恰好をした、ゆきんこたちもついてきている。
「この辺りでいいか。見ていろよ、お前たち」
 そう言って、シルバーは。目の前の雪原に手をかざすと、氷の階段を作ってみせた。
「うわ、すごいな……!」
 目を輝かせてその様子を見ていると。シルバーは、さあ君も手伝ってくれと言って、僕の手を取り。
 氷の階段を一段ずつ上がっていく。
「て、手伝うったって、僕、何をすりゃいいんだ?」
「そのまま、手を繋いでいて。君のイマジネーションを借りる。幼い頃のことを、思い出すようにして」
「幼い頃のこと……?」
 僕は、そう言われて。そういえば、小さな頃。雪遊びが好きだったことを思い出した。
 雪が降る度に、毎日毎日、たくさん雪遊びをして。熱が出るくらいまで、遊んでたんだ。
 そのとき、毎日一緒に遊んでいた友だちもいて。誰だか顔がよく思い出せないんだけど、あれはええっと、誰だったっけ?
「いいぞ、その調子だ!」
 そう言って、シルバーは僕の手を引きつつ、階段を上がりながら。
 氷で出来たお城を作っていく。氷の結晶とつららで彩られた、透明な城が出来ていくのを見て。
 僕は、うわあ、と歓声を上げた。
「すごい! シャンデリアもソファも、ダンスホールも、階段も。何もかも氷で出来てる……!!」
「君と、俺だけのお城だ」
 そう言って、シルバーは城を作り上げ。最後の仕上げだ、と言って。
 パチンと指を鳴らし、僕の服を、シルバーの来ている白銀のドレスタキシードとお揃いの。
 ところどころに星空と雪の結晶があしらわれた、不思議な服に変えてしまった。
「シルバー、これ僕には飾りすぎじゃないか?」
「そんなことはない。舞踏会には相応しいドレスコードだ」
 舞踏会って、え? と僕が戸惑っていると。シルバーは、今作ったばかりのダンスホールの中へと歩みを進めて。
 そして、そこで手を差し伸べ、僕を待った。
「さあ、こちらへどうぞ、マイディア。……俺と、踊っていただけますか?」
「よ、よろこん……で?」
 僕、社交ダンスなんかやったことないぞ、と思いながら。それでも、なんとなく断れなくて、シルバーの手に手を重ねると。
 シルバーは僕の手を引き、リードし始めた。そうすると何故か、僕にも自然とステップが踏めて。
「あれ、なんでか……踊れ、る?」
「不思議だろ。冬の魔法だ」
 そう言って、シルバーは。そのまま、氷のダンスホールで、僕とくるくる踊る。
 いつの間にか小さなゆきんこたちが、ラッパを吹いたりピアノを弾いたりして、音楽を奏でてくれていて。
 その音が、なんだか。キラキラと、クリスタルのように輝く、トイピアノのような、美しい音色で。
 僕は、音楽に耳を傾け。冬の少し寒いくらいに涼しい風に身を任せて、夢のような時間を、踊り続けていた。
 やがて曲が終わり、シルバーが僕に一礼をする。僕も慌てて、一礼を返す。
 するとシルバーが、くるりと演奏をしていたゆきんこたちの方を振り向いて。
「みんな、お手伝いありがとう。みんなでエッグノッグを飲もうじゃないか。……こら、アルコールはなしだぞ、やんちゃものめ」
 そう言って、どこから出したのか、パチンとまた魔法を使うように、銀色のトレイに乗せたマグカップを、人数分召喚して。
 ひとつひとつ、子どもたちに配って分けて回っている。
 それを眺めていると、君もどうぞ、と。シルバーが、僕にもひとつマグカップをくれて。
 ありがとう、と受け取って、口をつけると。エッグノッグの甘みと暖かさが、冬の日の暖炉のように、僕を包んだ。
 それから、氷で出来たソファに座って。シルバーと話をする。
「この子たち、暖かいもの飲んで大丈夫なのか?」
「うちの国で出来たものなら、大丈夫だ。マシュマロ入りのココアなど、冬のホリデーに関わるものだけに限るが」
 俺も同じルールだ、とウィンクをして。僕と一緒に、ふたりだけ。シルバーは、アルコール入りのエッグノッグを飲んでくれる。
 僕は。ふと、言葉にしていた。
「このまま、目が覚めなかったらいいのにな……
 そうすると。シルバーは、どうして? と。優しく、僕の顔を覗き込んだ。
「君には、大切な夢があって。大切な人がいる。だから、毎日頑張っているんだろう?」
 俺はそれを知っているぞ、と。シルバーは、優しく僕を諭す。
「そう、なんだけど。なんていうか、それでも。……何もかもが嫌になって、疲れちまう日があるんだ」
 そういう日にここへ来ると、帰りたくなくなっちまう、と。僕が本音をこぼすと。
 シルバーは、そうか、君はとてもがんばりやさんなんだな、と言って。僕の頭をぽんぽんと撫で。
 肩をそっと、抱き寄せてくれた。
「シルバー……、手、冷たいんだな」
「すまない。人間のように、君を暖めてはやれないが」
 でも、こうして……一夜の夢の中で、傍にいて、話を聞いて。励ましてやることはできる。
 俺は、見えなくてもずっと傍にいて、君のことを、ずっと見守っているから。と、シルバーは言う。
「それなら、頑張れはしないか?」
「うん……。それなら、頑張れるかも。シルバーが、見守っててくれる、なら」
 僕がそう告げると。シルバーは。ならばこれを、と。
 ソファから立ち上がり、僕の目の前に跪いて。僕に、何かを差し出した。
 それは氷で出来た、透明なバラの花で。
「きれいだな」
「この花は、君にあげよう。でも、人の世界へ持って帰ると、溶けてしまうだろうから……
 そう言って。シルバーは、バラを小さく、小さくして。
 そして。オーロラ色に輝く宝石がついた、銀の指輪の中に、その花を閉じ込めた。
「おお……すごい」
「この指輪と、俺の想いを、君に捧げる。だから、デュース。君も、挫けそうになったなら、俺のことを、いつも思い出してくれ」
 そう言って。シルバーは、僕の左手の薬指に、予約だ、と言って。銀色の指輪を嵌めた。
……ありがとう」
 僕はそれを断る気にはならず。ぎゅっと、手を握り締めた。
 シルバーは頷いて。そして、僕の顎を、指先でくい、と引き。そして。
 そっと、冷たい唇で、くちづけた。
 その唇に、くちづけられた途端。溶けるような、儚い冷たさが触れた。
 目の前に立つ、真っ白な青年は。淡く光るキャンドルに照らされて、にこりとほほ笑んだ――

 そのとき、思い出した。あ。僕、このキスには、覚えがある、と。
 ……小さい、頃。よく一緒に遊んでいたのは。今よりも、もっと子どものような、少年の姿をした、シルバーで。
 僕は、たくさん一緒に雪遊びをして、大好きになったその子と、約束をしていたんだったな。
『デュース。大きくなったら、俺のお嫁さんになってくれるか?』
『うん! ぼく、なる! シルバーのこと、だいすき!』
『じゃあ、目を閉じて。誓いのキスをしよう。この気持ちを、忘れないように』
『うん!』
 そうして、僕は。あのときも、今と同じように。シルバーと、キスをしたんだ。
 そんな、僕は、忘れないように、なんて言葉さえ、すっかり忘れてしまっていたような、幼い日の約束を。
 ……シルバーは、ずっと忘れないで。それで。僕のことをずっと、見守ってくれていたんだな、って。
 冬が来る度に、窓に霜がつくのは。きっとあれは、僕のことを見に来た、シルバーの足跡だったんだな、って。

 そんな風に、心に何かがすとんと落ちたところで、今日の夢は、目が覚めた。
 スマホの時計を確認したら、もう早朝で。だけど、僕の指には、確かに、凍ったバラが閉じ込められた、銀色の指輪が光っていて。
……ありがとう、シルバー。ぜんぶ、思い出した。僕、頑張るよ」
 いつか、一面の銀世界だけが広がる、おとぎの国に向かう日まで。
 鏡の向こうだけで会える、冬の世界で待つ恋人が、今日もきっと、僕のことを見守っていてくれるから。
 だから、今日も頑張ろう、と。僕は、指輪にちゅ、とくちづける。
 そうすると。指輪が、なんだか嬉しそうに、きらりと冬の朝露のように煌めいた気がした。

 僕の恋人は、誰にも見えない。誰も知らない。でも、いいじゃないか。
 夜、鏡の前で魔法の呪文を唱えれば、いつだって会えるんだから。
 だから、ほら。今日も僕は、鏡の前に立って、唱えるんだ。
『レット・ニー……
 
*おしまい