okanon
2026-06-16 19:59:07
7259文字
Public モスファイ
 

遠い昔の僕たちへ【🍷☀️】①

学パロモスファイ「海に沈む夏空」の続編です。
付き合ってるモスファイが、神話の世界に迷い込むお話
URL: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28200374

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 (一)
 
 ——キーンコーン カーンコーン
 
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、クラスメイト達が我先にと荷物を持って教室を飛び出していく。彼らの向かう先は部室かはたまた友人の元か……
 そんな彼らを帰り支度をしながら見送ったモーディスは、慣れたように隣にやってきた気配に顔を上げた。
 
「モーディス、この後の予定は?」
「特にはないな」
「なら、さっきの授業でちょっと聞きたいところがあるんだけど……
 
 ファイノンとモーディスが通う高校の夏休みが終わり、二学期が始まった教室は普段の賑やかさを取り戻していた。まだまだ日没までの時間は長く、カラッとした空気と容赦のない日射しがジリジリと弱冷房の教室を熱していた。
 モーディスの向かいの席に座ったファイノンは彼の説明を聞いてしばらくペンを走らせていたが、徐々に体にまとわりつく様な熱気に負け、ペンを手放してしまった。
 
「あ、暑い……もう二学期も始まったっていうのに、季節が移り変わる感じは全くしないね」
「まだまだ暑さは続くらしいからな……残暑どころではない」
「はぁ……どうして教室のクーラーはまとめて管理されてるんだろう……うぅ……冷たい水を浴びたい……
 
 そう言って机に突っ伏してしまったファイノンは、ふとあの日見た青い海のことを思い出した。
 自分がモーディスへの想いを自覚し、手放そうとした日のことを。そして、自分が捨てようとした想いを彼が正面からぶつかり、拾い上げてくれた日のことを。あの時彼と共に沈んだ海の水は、とても冷たく心地よかった。
 キラキラと太陽の光を反射する水面を思い浮かべていたファイノンは、何か思いついたのかガバリと体を起こした。
 
「ね、モーディス。いい事思いついたんだけどさ」
……お前がそう言う時は、大抵くだらん事を思いついた時だろう」

 嫌な予感がしたモーディスは、呆れた表情を浮かべながら広げたペンやノートを片付け始めた。この様子では、もうファイノンの勉強が進むことは無いだろうと判断したのだ。筆箱に仕舞われるペンを目で追いながら、ファイノンは構わず話を続ける。
 
「水泳部から聞いたんだけど、今日は顧問の先生が放課後用事があるみたいで、自主練してるんだって。そういう日は、他の生徒も少しだけプールへ涼みに行ってるらしいんだ。もちろん、練習の邪魔をしない程度にね」
「ほう、それで?」
 
 モーディスが続きを促すと、ファイノンは目を輝かせながら身を乗り出す勢いで言った。
 
「僕達も行ってみないかって話しさ!」
 
 
 更衣室の隅に荷物を置かせてもらい、タオルを持って階段を上ると、プールサイドでは水泳部員と数名の生徒が賑やかに過ごしていた。部長が笛を鳴らす音、水面を強く蹴り上げる水飛沫の音、ホースで水を掛け合い楽しげに響く笑い声。最初は乗り気では無かったモーディスも、いつの間にかその空気に当てられたのか、どこかソワソワしていた。
 水泳の授業は一学期のうちに終わっており、当然水着など持ってきていない。話によるとプールへ涼みに来る生徒は、皆足を水につけたりホースで水浴びをする程度なんだとか。
 
「モーディス!ビート板を貸してもらったよ!これを床に敷いて、座ったらいいよって」
 
 水泳部員に声を掛けに行っていたファイノンはビート板を片手に戻ってきて、その内の一つをモーディスに渡した。
 二人並んでプールサイドに腰をかけ、揺らめく水面に足を浸す。ひんやりとした冷たさが足先から伝わり、モーディスは思わず息を漏らした。
 
「ふふ、来て良かっただろう?」
「あぁ……お前が半ば無理やり連れてきたのも、分からなくは無いな」
「こんなに気持ちいいなら、普段も使えたらいいのにね」
「ふん、水泳部に入部でもするか?」
 
 「それも悪くないかも!」とファイノンが冗談を笑い飛ばし、楽しげに笑う。彼が足をばたつかせ上がる水飛沫を見ながら、モーディスは眩しそうに目を細めた。
 
……随分笑うようになったな」
「え?何か言ったかい?」
「いや、子どものようにはしゃぐなと言っただけだ」
「え!はしゃいでなんかいないさ!」
 
 そう言って不服そうに頬を膨らませたファイノンを、モーディスが笑ってあしらう。すると不意に、彼の髪の毛先がキラリと光って見えた。太陽光に照らされ分かりづらいが、よく見るとそれは金色へと色が変わっていた。
 モーディスはファイノンの特異体質——髪が金色に変化すると発熱すること——を思い出し、思わず身を乗り出した。
 しかし当の本人は、不思議そうにモーディスを見返している。
 
……!ファイノン、貴様また不調を隠して……!」
「モーディス?急にどうしたんだ」
……?髪が金色に染まり初めている。熱は出ていないのか?」
「ええ?別になんとも……わっ!」
「なっ!?」
 
 二人が互いに顔を見合せていると、不意に誰かに背中を押されたような衝撃を受け、ファイノンとモーディスはバランスを崩してしまった。体は傾き、まるでプールの水面へと吸い込まれるように。
 水面にぶつかるその一瞬、モーディスが振り返った先には誰もおらず、次の瞬間には派手な水飛沫を上げながら水に全身を包まれることになった。
 
 学校のプールの深さはおよそ一.二mから一.五mほど。落ち着いて立ち上がればすぐ水面から顔を出せる深さになっている。なっているはずなのだが。
 
(なぜ水面があんなにも遠い……!)
 
 モーディスの体はプールの底につくことはなく、体は水中に浮かび視線の先には水面と思わしき光がゆらゆらと揺れていた。
 明らかな異常事態に焦っていると、重い制服を誰かに引っ張られる。振り向くとファイノンがモーディスを見て頷き、上へと指さした。
 
(とにかく水面に出よう)
(ああ、分かった)
 
 視線だけで会話をし、二人は水面に向かって泳いだ。水面に近づけば近づくほど、冷たかった水が温く、そして次第に熱くなっていく。——それはまるで、一日の終わりに疲れを癒す、風呂のように。
 
「ぷはぁ!」
「はぁ、はぁ、ファイノン、無事…………
 
 モーディスが振り返った視界の先、ファイノンの向こう側に、見慣れた風景は広がっていなかった。
 石造りの太い柱で支えられた高い天井と、プールよりも広い大浴場。そして見慣れない服装に身を包み、こちらを不思議そうに見ている人々。
 
……は?」
 
 思わず間の抜けた声が漏れたモーディスは、気づけば広い大浴場のような温泉の中で、ファイノンと二人並んで座り込んでいた。大勢の人が集まっていた場所では、そんな二人の異様な姿は嫌でも人の注目を集めてしまう。
 
「あれ、ファイノン様とモーディス様?」
「おいおい、今どこから現れたんだ?」
「なんだか見慣れない服装だけと……
 
 呆然と座り込む二人を囲むように人が集まり、徐々に注目が集まっていく。モーディスが呆然と目の前の状況を飲み込めないでいると、隣で同じ様に呆けていたファイノンが勢いよく立ち上がった。
 
「やぁ、突然驚かせてすまない!モーディスとどれだけ長く潜れるか勝負をしていて……これ以上やると迷惑になるし、行こうか、モーディス」
 
 そう言ってモーディスの方を向いたファイノンは、何度か瞬きをして「僕に合わせて」と、合図を送ってきた。右も左も分からない今は、流れに身を任せるしかない。
 
……ああ、さっさと行くぞ」
 
「なんだいつもの勝負か」と人々が納得しかけている隙に、ファイノンはモーディスの手を引いて歩き出した。その歩みに迷いはなく、勝手知ったる我が家のように進んでいく。そして先程の機転とも合わせて、ある可能性がモーディスの頭に思い浮かぶ。
 
……お前、ここがどこか知っているな?」
……まぁ、そうとも言える……かな?」
 
 その曖昧な返事に眉をしかめていると、人通りの少ない廊下を通り抜け、いつの間にか石造の建物から出ていた。思わず空を見上げた先には雲を浮かべた青空が広がっており、それを背景にするように異質な像が地上を見下ろしている。
 まるで太陽のように大きな球を四本の腕が支えている巨大な像。
 
「あれは……?」
……黎明のミハニ」
 
 モーディスの疑問に答えるようにファイノンが呟く。
 
「君も聞いたことがあるだろう?遠い昔、神話の時代。多くの国が暗黒の潮で災厄に呑まれる中、オクヘイマが最後の拠点となった理由。オクヘイマを照らし、永遠の昼をもたらす黎明の象徴……
 
 そう言って振り返ったファイノンは、困ったように眉を下げて続けた。
 
……僕達、神話の世界に来ちゃったみたいだ……
 
 
 (二)
 
……つまり、今いる場所はお前の記憶にあるオクヘイマの通りで、俺達はプールに落ちて神話で語られる世界に来てしまったんじゃないかと?」
「おそらくね。街の雰囲気的にも、最後の火追いの旅の途中って感じかな?」
……頭が痛くなりそうだ」

 ファイノンからある程度の予想を聞いたモーディスは、到底信じられない状況に頭を抱えていた。
 大浴場を離れた後、ファイノンがどこからか調達してきた現地の服に着替えて、二人は一息つける広場——ケファレのアゴラ——でベンチに座り状況を確認していた。
 広場には多くの民衆が集まっており、雑談に花を咲かせる夫人達や、向かいにある壁画に向かって祈りを捧げる集団もいる。まるで物語のような光景にモーディスはため息をつきそうになった。
 
「さすがの君も参ってる感じ?」
「当然だろう。右も左も分からない状況で……お前は余裕そうに見えるが?」
「まぁ、見慣れた場所ではあるからね」
 
 そう言って広場を眺めるファイノンはどこか懐かしそうに微笑んでいた。もう二度と戻ることはないと割り切っていた世界が、今は彼の目の前にある。それは彼にとって喜ばしいことなのか、それとも——
 
 そこまで考え、胸がざわついたモーディスは誤魔化すようにファイノンの手を握った。
 
……とにかく、今は帰る方法を探すぞ」
「ああ、そうだね。でも手かがりを探すにしても何からすればいいか……
 
 二人がウンウンと頭を悩ませていると、どこからか「いたー!」と元気な少女の声が聞こえてきた。声の聞こえた方を見ると、ちょうど赤髪の少女がこちらに向かって駆けてきているところだった。
 
「あれって……トリビー先生?」
「二人ともここにいたのね、ライアちゃんが言ってた通り!」
「トリビー……トリスビアスか。俺達を探していたのか?」
 
 オンパロスの神話にそんな名前の黄金裔がいたなと記憶を掘り起こしていたモーディスにトリビーは頷いた。
 
「遠征でオクヘイマを離れているはずのファイちゃんとモスちゃんが、突然ピュエロスに現れたってちょっとちた騒ぎになってるの。その話はまだここまで広がってないみたいだけど……大きな騒ぎなる前に、二人を連れてきてほちいって、ライアちゃんに頼まれたんだよ?」
「ぴゅえ……?」
「あはは……トリビー先生、僕達ちょっと特殊な状況で困っていたんだ。……良かったら、話を聞いてもらえるかな?」
 
 聞きなれない単語に頭を捻るモーディスにファイノンは苦笑いをしつつ、トリビーに協力を頼んだ。
 
「もちろん!それじゃあ早くライアちゃんの所に行こ!」
 
 頷いたトリビーは二人を連れ、アグライアがいるという英雄のピュエロスへと向かった。
 
 
 滝が落ち、跳ねる水飛沫の音が轟く。トリビーに連れられ、ファイノンとモーディスは謎の技術で浮かぶエレベーターに乗り、英雄のピュエロスへたどり着いた。ミハニの光を受け黄金に輝く温泉——ピュエロスを背に、見覚えのある金髪の女性が佇んでいる。
 
「ライアちゃん、連れてきたよー!」
「ありがとうございます、師匠」
 
 そう言って振り向く女性を見て、モーディスは目を見開いた。テレビや雑誌などで見かけたことのある有名ブランドのデザイナー、アグライア。記憶にある彼女よりもずっと表情が乏しいが、人目を引く美貌は変わらず健在している。
 モーディスがじっと彼女の様子を伺っていると、隣にいるファイノンが一歩踏み出し前に出た。
 
「ここに招いてくれてありがとう、アグライア。僕はファイノン。そして隣の彼はモーディスだ」
……姿形だけでなく、名前も同じなのですね。ですが私達の知っている彼らでは無い、と……
「僕達は所謂別の世界……いや、遠い未来かな。とにかく全く別の場所から来たんだ。プール……冷たいピュエロスみたいな物に二人で落ちて、気づいたらここに。……どうしてこんなことになったのか、どうやったら帰れるかも分からない状況なんだ」
 
 ファイノンの話を聞くとアグライアは一度目を閉じ、一つ呼吸をした後ゆっくりと目を開いた。瞼から覗く瞳は鋭さを持ち、二人を見定めるように貫く。
 
「これまであなた達の行動を、金糸を通して見ていましたが……モーディスは常に動揺が伺えました。ですがファイノン、あなたはこの場所をよく理解しているようでした。そして師匠や私のことも。……その理由は?」
 
 ひりつく空気を察して、モーディスはファイノンを庇うように前に出る。それをファイノンは「大丈夫」と一言で制し、じっとアグライアを見つめた。気づけば二人の周りには金糸が漂っており、様子を伺うように揺れている。
 
……さっきも言った通り、僕達は遠い未来から来たんだ。この時代が、現実味のない神話になる程に。だからモーディスはこの時代のことを知らない。でも僕は……君が知っている"ファイノン"と、同じ記憶を持っているんだ」
 
 周囲の金糸は、変わらず漂っている。

……モーディス、あなたからの進言はありますか?」
……俺はお前達のことは知らないし、この世界のことも分かっていない。だが……以前から"黄金裔"のことはファイノンから聞いている。火追いの旅にその身を捧げ、再創世を果たそうとする者達だと。そして……信頼し、大切に思う仲間だったのだと」
 
 金糸は変わらず漂ったまま。それを見たアグライアは薄く微笑み、歩み寄るように一歩前に出た。
 
……この金糸を通して、あなた達の"誠実さ"を見ました。あなた達の言葉に、嘘偽りはないのでしょう」
「アグライア……!」
 
 ファイノンが嬉しそうに声を上げると、アグライアは頷きトリビーの方へと向いた。
 
「師匠、彼らにここで過ごすための部屋を案内していただけますか」
「ふぅ、良かった!あたち達、少しだけドキドキしたのよ」
「火追いの旅に反対する元老院の者が、身内に化けて近づくことなど容易に想像できます。その可能性を排除するために……少々試させていただきました」
 
 アグライアが軽く手を振ると、漂っていた金糸がスルスルとどこかへ消えていった。見えなくなっただけで、今も至る所に金糸が張り巡らされているのだろう。
 
「そうだろうと思ったよ。君はとても慎重な人だからね」
 
 そう言ってファイノンが肩をすくめると、アグライアはどこか表情を緩めるように言葉を続けた。

「本当に彼らと喋っているかのようですね、師匠」」
「ね、ライアちゃん!そういえば、二人のことはなんて呼んだらいいかちら?こっちの二人と同じだと、ややこちくなっちゃうち……
 
 そう言ってトリビーはファイノンとモーディスを見上げた。確かに、遠征中の彼らが戻ってきた時、同じ名前で同じ顔が並ぶとなると問題が起きそうだ。
 モーディスは呼び方など何でもいいだろうと腕を組んでいると、隣で顎に手を当て考えていたファイノンが呟くように案を出した。
 
……君は"メデイモス"でいいんじゃないか?オクヘイマの人達はそう呼んでる人が多いし。僕は……そうだな、やっぱり"カスライナ"かな」
「おい、それで本当にいいのか?」
「はは、構わないさ。特に他の呼び方もないしね」
 
 ファイノンがそう言って笑うのを、モーディスは呆れたながら受け入れるしか無かった。本人が良いと言うのだから、仕方ない。
 話が纏まったところで、ファイノンとモーディス——改めカスライナとメデイモスは、一度英雄のピュエロスを離れることになった。
 
「お二人の事については、民たちには上手いこと伝えましょう。無事帰れるよう、私たちも方法を探してみます」
「通り道のことなら、あたち達の方が詳ちいだろうからね!これからよろちくね!」
 
 トリビーに教えて貰った部屋へ向かいながら、二人は並んで歩く。アグライアは、人気のない少し離れた場所にある部屋を用意してくれたらしい。
 しばらく歩いていると、突然メデイモスは歩みを止めた。
 
……ファイノン、これ以上ここで無茶をするな」
「え、何がだい?」
 
 不思議そうに振り向いたファイノンは、なんの事だか見当もついていないようでキョトンとしている。
 
「アグライアの不信を一人で受けようとしただろう。あの時、一歩間違えればどうなっていたか……
「彼女なら大丈夫だって思ったんだ。不可思議な存在の僕達だけど、それでも信じてくれるって」
「はぁ……その自信はどこから来たんだ」
「うーん、そうだなぁ……本当に、漠然と信じてもらえると思っていたんだ」
 
 そう言うとカスライナはメデイモスに寄り添うように近づき、そっと指を絡めるように手を握った。
 
「君が僕の記憶を信じてくれたようにね」