いしえ
2026-06-16 19:17:52
1568文字
Public 幽白腐
 

いぬは世界をあまくかむ/仙樹(画像SSを2フォント分+本文のみ版)

世界を肯定づけられるか否かの、仙樹における差異のSS。
あまにがい。シリアス気味でありあまさもあり…













[いぬは世界をあまくかむ]




「お前が居ると、世界も、存外と悪くないものにおもえるよ」
 シニカルぶってわらうくせ、そこに、やけにあまにがさを出す。忍の知る限り、それは、樹の習性くせのように思えた。こいつは、いつも、こうか、あるいは甘くしか笑わない。へらりと底の知れぬ口端に、むすり、反比例的に忍のそれは引き結ばれる。けれどどうせ刹那。お手上げとばかり、ちいさく息はき。ぷいと、背きながら言うも、たいがいあまにがい。
……オレは、お前と居ると、世界も少しだけ、悪くないと思うときもある」
はは、そうか」
 忍の、自身に赦し得るせいいっぱいのあまさを。流し目でもなく横目にみれば、ほら、またこの口端で、どうにもできぬ眼尻で、こいつはいつくしむのだ。くしゃりと、触れられてもいないくせ、つむじでも撫でられるを想像した大型犬ぶって。なきそうに、あまにがさを、かみしめるのだ。互いのことば絶妙合わぬを、全部、ぜんぶ識っていて、それさえいつくしむのだ。ああ、噛み締めたそれはさぞや美味かろうよ。
 樹は、あの日、“忍が居る世界”を、肯定した。忍が居ることで、ただその一点だけで、世界のすべてを肯定できたのだ。忍と逢うまえの無味な世界も、あのひ味付けられるためだけに育った食材なのだと、まあわるくはなかったのだろうと、肯定した。食材は、調理されてしまえばそのせい終える。悲観主義者のくせ、それを哀しむより、その調理のため食材がはぐくまれてきたを受け入れる。その妙な受け身の包容力が、樹には在った。いかんせん長命だ、いずれ忍の先立つときが来ても、自身に生きる意味なぞさしてほども無いくせ、思い出と生きるのもわるくはないと、墓守は思うのだろう。
 けれど、忍は違う。樹と居る時間、刹那刹那だけを、そうだまるきり、鎮痛剤に思えるというだけなのだ。世界に対して閉ざしたこころは、なにも変わらぬ。ヒトである、という残酷に裂きつく痛みを、緩和してくれるセラピストとしての樹に、ただそこに居るだけの彼に、だからこそ救われる時間がある。時に、それがすべてであればいいのにと、思ったとて全てではないことを、痛みで理解している。アニマルセラピー、だとかいう語を聞いたことがある。この大型犬は、ふわついてじゃれたがる髪に、なにを有するだろう。じゃれたがるくせ、近寄ってはこないそのふわ髪は、忍の手が来ようと来なかろうと、想像だけで眼を、細めるのだ。撫でてやれば、想像以上を、よろこぶのだ。いずれにせよ勝っている者というのは、ああたちが悪い。
 樹は、忍の居る世界に、自身を全振りしている。自己などなにも、どうでもいいと、“仙水”だけをすべて、優先できる。と、言うよりも。忍がそこに居れば、自身など、そこに居てもいなくても、なにも変わりやしないのだ。忍の居る世界に、肯定づけられたそれに、自身が居まいと、とんと構いやしない。だって、世界に、忍が居るのだから。樹にとって、そこに自身が絶対居る必要など砂塵もない。そしてそれは、忍が天寿を終えてもなお、彼の居た世界として、永劫肯定づけられる。だが、忍はそうは生きられない。忍は、“樹と居る時間”を選ぶ。選択、している。けれども。“自身が、樹と居る時間を選んでいること”を、決して、明確、言葉では認めない。素直でないと、言えばそれまで。けれど、それだけでは多分、ないのだろう。
 ふわがみに緩和された痛みは、今日も、きっと明日も、変わらずそれでも身を裂くのだ。
 その痛みが、現実的な事実と、なるのはそれより、幾らもあとになってからだった。そうして初めて忍は、樹のクセが、自然と減るものなのだと知った。それでもにがさを甘噛みするいぬは、永劫、墓守を引き受けた。





fin.


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