二卵性
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現パロ

現パロ(?)の大学生リオセスリがおたまの水龍を拾う小話
ヌヴィリオになるでしょう

カン、カン、と高い音が鳴る。外付け階段を登りきってドアの鍵を開けると、玄関マットに封筒が落ちていることに気がついた。ドアポストにねじ込まれていたらしいそれは折り目がついていて、ブーツを脱ぐついでにしゃがんで拾い上げる。
……パレ・メルモニア……重要なお知らせ?」
奨学金の関係だろうか。ルームシューズ代わりのサンダルをつっかけて、荷物を床に置く。狭い部屋ではなんでも手が届く範囲にあり、三歩歩いた先にあるデスクのペン立てから鋏を手に取った。安物のチェアに腰かけて、封を開ける。
分厚い立派な封筒の中には、これまた手触りのいい紙が入っている。眉根を寄せ、リオセスリは文面を睨んだ。
「パレ・メルモニアが所有している資産の相続について……?」
相続、ともう一度繰り返す。天涯孤独の身なれば縁もゆかりもない言葉のはずだが。
――当該不動産に係る相続手続を進めるにあたり、必要書類の確認及び委任状へのご署名が必要になります。つきましては、誠にお手数ではございますが、当事務所までご来所くださいますようお願い申し上げます。
何かの詐欺だろうか。
とはいえ、こんな貧乏学生を騙したところで得られるものなんてないだろう。犯罪の片棒を担がされる可能性も頭をよぎったが、送り主はあのパレ・メルモニアだ。記載されている電話番号は知っているし、事務所の住所も足を運んだことがある場所だ。
「とりあえず行ってみて確認するかな……
ついでに言えば、当該不動産とやらもリオセスリの知っている場所である。
街と通りの名前からして間違いではないだろう。当時は誰も住んでいない、寂しげだが佇まいは立派な屋敷だったが。
何年も前の不法侵入の罪に問われでもしたらどうしたものか。ため息をついて手紙を放り投げた。



リオセスリは親の名前も顔も知らない、孤児である。
ほんの赤子の時分に孤児院に預けられたらしい。孤児院と言っても、行政に認められているものではない。身寄りのない子供を養子にしている夫婦に引き取られ、そこで養育されたという話だ。
そこでの思い出は悪いものばかりではない。衣食住は保障され、教育を施され、虐待をされることもなかった。だが、未来が幸せだったかというとそうではない。
養親が人身売買に手を出していることに――育てた子どもを売ることで利益を出していることに気づいた子どものリオセスリは、証拠を集め、通報した。幸いだったのは、警察がきちんと機能していたことだろうか。養父母は逮捕され、子どもたちはみな保護され行政の管理下にある孤児院に引き取られた。
――リオセスリ以外は。
リオセスリは通報したことを隠さなかった。そうすれば、関係した大人たちの恨みは自分に向くと思っていたからだ。多数の大人に――しかも子どもを買うような金持ちに恨まれて、孤児院でのうのうと暮らしていけるとは思わなかった。養父母だって裁かれたとして、いつかは刑務所から出されて自分を探すかもしれない。
なのでリオセスリは一人逃げ出した。
子どもの足で一人きり、どこに逃げたって結果は変わらなかったかもしれない。それでもこの逃亡はなぜか成功した。
リオセスリがそのときにたどり着いたのが、育った街から離れたこの町の、ぽつんと佇む古びた屋敷だった。

「懐かしいな……
授業のない週末、リオセスリは巡水船を乗り継いで、屋敷を訪れていた。
パレ・メルモニアの事務を担当しているメリュジーヌは顔見知りだった。なぜこんな相続を、放棄できないのか――そう数時間は話し込んだが、向こうも頑なである。法的に問題ありません、税務上の処理はこちらで執り行いますので負担もありません、どうか受け取ってください。そう繰り返され、ならばと出した提案が、一度物件を見に行くことだった。
案内は断った。よく知っている場所だったし、なんとなく一人で見たい気分だった。あとは町のよろしくない知り合いに出会ってしまうと気まずいというのもある。進学以前の素行不良を知って幻滅してもらえれば相続も取り消しになるかもしれないが、ついでに奨学金もなくなるのは困るからだ。
子どものころはそびえたつように見えた門扉も、今はそうでもない。屋敷も思ったより小ぢんまりとしていた。合鍵できちんと扉を開け、中に入る。
庭は荒れ放題である。バブルオレンジの木が実をつけていて、しかし不思議とそれをついばむ鳥の一匹も見当たらない。そういえば夜分も、虫やカエルの鳴き声一つも聞こえなかったことを思い出した。水場があるというのに。
庭の奥へ向かう道は草木が生い茂っていたので、リオセスリはまず建物をの中を確認することにした。三つほど錠を開けてようやく扉を開く。中はひんやりとして埃っぽいが、カビのにおいはしなかった。
かつてのリオセスリ少年はもちろん鍵など持っていないので、窓から不法侵入したのだった。鍵のかかっていない窓はどこだったか――探してみたが、どれもきちんと閉まっている。
……あのひとが閉めたのかな」
だんだんと記憶が蘇ってきた。
埃の積もった桟をなぞり、リオセスリは呟く。
そうだ。この屋敷には誰も住んでいなかったが――誰かの気配は、常にしていたのだ。
あのひとと、その誰かのことを呼んでいた。名前も顔も知らないので、そうするしかなかったのだ。
窓も、そうだ、最初は鍵が閉まっていた。庭のバブルオレンジの実をもいでへたりこんだ子どもを誘うように、風が吹いていた。顔を上げればカーテンが内側からそよいでいて、窓が開いていることを教えたのだ。
軋まない床の上を慎重に歩く。誰かがいるなら知らせなければならなかったが、喉が渇いて声が出なかった。パレ・メルモニアから鍵をもらった今の自分には正当性があるはずだ。それなのにまるで盗人のような心持ちで、ドアを一つ一つ開けて確かめる。
誰かいてほしい。
見つかりたくない。
息が荒くなりそうなのを必死に抑える。
ベッドルームのある寝室、あるいは客室。本が積み重なる書斎。広々としたバスルーム、長らく使われていないキッチン、空の貯蔵室、ランドリールーム――
無謀な少年が探検したときと何も変わっていない。
勝手に読んだ本のしおりの位置さえ、きっとそのままだった。ドクドクと激しくなる鼓動を抑えるように胸の前でこぶしを握り、息を吐く。誰もいない?本当に?
この屋敷を急に相続すると言われた理由はさっぱり分からないが、あのひとが関係していないとは思えない。もちろんリオセスリのように勝手に侵入して住み着いている存在なのかもしれなかったが、なんとなく、この屋敷はあのひとのもののように思っていたのだ。
もし今の自分に正当性があるならば、書斎を漁ってみてもいいのかもしれない。リオセスリは再度二階の書斎に向かおうとしたが、その場に踏みとどまった。
――水音がする。
ばっとカーテンを開ける。奥の庭には噴水があるが、動いていないはずだ。水音がするわけがない。
だが、窓から覗いてみれば、水が噴きあがっていた。生い茂った草木に遮られていて全貌は分からない。リオセスリは急いでキッチンの奥の裏口の扉を開けた。苔むした石畳を滑らないように歩き、噴水のもとへ向かう。
リオセスリがここにいた間一度も動いていなかった噴水が、天へと水を噴き上げている。汚れのない白い大理石に水が降り注ぎ、透明な水面が揺らめいている。そこに、青い何かが浮かんでいた。
……は?」
おもちゃかと思った。
だが、それは動いていた。ぱちくりと目を瞬かせ、リオセスリを認めたのか、すいすいと泳いでくる。
首が長い。鳥……、ではない。濡れてつやつやした皮膚は鱗とも爬虫類のそれとも違う。印象としては水棲の哺乳類だろうか。だがリオセスリの知っている生き物でこんな色形をしたものはいない。
強いて言うなら、龍だった。
絵本で見た、水龍だ。
それにしては小さく、顔も動きも愛らしい。前ヒレらしき部分を噴水のふちにかけたその生き物は、よいしょよいしょと這い出ようとしていた。そしてぺしゃりと地面に落ちる。
「うわっ、だっ、大丈夫かあんた!?」
思わず駆け寄って抱き上げる。明らかに水棲の生き物なのだ、地面で歩くための足も見当たらない。芝生に落ちたそれはリオセスリが抱き上げると、くるる、と喉を鳴らしていた。
「びっくりした……。あんた、ここに住んでるのかい」
小さな水龍っぽい生き物は、リオセスリの言葉を理解しているのかいないのか、すりすりと長い首を擦りつけてくる。
「かわいい……
つい呟く。だってかわいい。Tシャツがべしょべしょに濡れたが、全く構わない。犬とか猫とか好きな男には効果が抜群だった。
とはいえいつまでも水から上げているのも乾いてしまうだろう。そう思って噴水に戻してみたが、ぎゅう!と抗議の鳴き声らしきものを上げたそれはまた前ヒレを縁にかけて脱出を試みていた。再び落ちる前に抱き上げる。
「あんたなあ、危ないだろう」
るるる……、と歌うように喉を鳴らしてすり寄られると叱る気が萎んでいく。そもそもリオセスリは飼い主ではない。しかしいかに未確認認生物UMAであろうとも、かわいらしい生き物が傷つくのを見過ごすわけにはいかなかった。
「どうしたもんかな。ん、なんだいおちびさん」
首を伸ばした生き物に顎をつつかれる。ずいぶん人懐っこい、野生で生きていけるのだろうか。いや、そもそも澄んだ噴水で生きていけるとも思えない、いったいどこから迷い込んできたのか。あのひとのペットなのかもしれないが、やはり家には人の住んでいた痕跡が見当たらない。
迷った挙句、リオセスリは人を頼ることにした。

正直に言えば、この町の治安はよろしくない。
流れ着いたばかりのころ、町をさまよっていたリオセスリに絡む大人は少なくなかった。養父母のように子どもを売りさばいていたわけではなく、単純に労働力や手駒として後ろ暗い組織に引き入れようとしていたのだろう。それを言葉巧みに躱していたが、身寄りのないリオセスリを守るものはない。
やがて、リオセスリは地下闘技場に立つことになった。
そんなに金がほしいなら儲けさせてやるよと言ったのだ。筋骨隆々なファイター相手に立ち向かう子ども、という構図は度々あったらしい。もちろん彼らは儲けられるなんて信じていない。ただ小生意気なガキを痛めつけられればよかったのだ。
そうして自分だけが全財産と命を懸けた試合で、リオセスリは勝った。
ボロボロになって最後まで立っていた。だがリングを降りれば相手は一人じゃない。賞金をぶんどって走って逃げようとして、小さな人影に阻まれた。
「ひどい怪我なのよ。こっちに来て!」
その言葉を疑わなかったのは、彼女がメリュジーヌだったからだ。

「久しぶりね、リオセスリ」
「どうも、看護師長。繁盛してるのかい」
「しても困るのよ。それで、慌ててどうかしたの?」
町の唯一の診療所――その主はメリュジーヌだ。シグウィンという名の彼女はなぜか看護師長と呼ばれているが、曰く「昔の名残なのよ」ということだ。長命のメリュジーヌであるから、以前は従軍看護師だったとかそのトップだったとか軍のお偉方も逆らえなかったとか、様々な噂が飛び交っている。そのどれにも彼女が頷いたことはないが。
「いろいろあってあの屋敷を訪れていたんだが……、とりあえずこの子を診てくれるかい」
「まあ!」
上着に包んでいた小さな生き物を見せると、シグウィンは声を上げた。
「まあまあまあ、どこで見つけたの?」
「だからあの屋敷だよ」
「そうなの!ちょっと待っててね、二人でお話ししてくるのよ」
ひょいと水龍っぽい生き物を抱え上げたシグウィンは、診療室へ姿を消した。あの反応からすると、心当たりがあるってところだろうか。リオセスリは濡れたTシャツの前で腕を組む。
メリュジーヌという生き物自体、人間ではない不思議な生命体だ。他の国では見かけることもないらしい。水龍の眷属であり、彼とともに長い時を生きている――そう言われているが、現代を生きる人間にとっては御伽噺のようなものだ。
とはいえ、メリュジーヌが長生きなのは事実である。シグウィンに年齢を訪ねたところ「レディにそういうことを訊いちゃいけないのよ」とたしなめられたので実年齢は不明だが、町の一番の年寄りの祖父よりも年を重ねているらしいと聞いたことがある。これもまた、噂にすぎないが。
だが積み重ねられた知見は本物だ。正体不明の生き物について相談する相手としては、リオセスリの知っている中で一番の適任である。
はたして、十分ほど経ったのちに、シグウィンは診療室から顔を出した。
「おまたせ、リオセスリ。ヌヴィレットさんとお話し終わったのよ」
「ヌヴィレットさん……?」
「うん、ヌヴィレットさんよ」
何のことだろうかと首を傾げている間に腕の中に押し付けられる。この小さな水龍っぽい生き物の名前だろうか?かわいさに反してなんだか厳めしい。
「ヌヴィレットさん……ってのは、種族名かい?それとも個体名?」
「個体名よ。キミもヌヴィレットさんって呼んであげて」
「あ、そう」
ミスマッチな名前を付けられたヌヴィレットさんはるるる……、とリオセスリの腕の中で機嫌がよさそうにしている。まあいいか、とリオセスリは考えを放棄した。
「それで、この子は一体?」
「ヌヴィレットさんよ」
「じゃなくって。どういう生き物なんだい?」
「頑丈で長生き。ご飯は食べないけど、清潔な水があるといいのよ。水道水でも浄化できるから、あんまり気を使わなくていいかもね」
「うん?」
「数日なら水がなくっても平気よ。でもお家に帰ったら水槽に入れてあげてね」
「待て待て待て……、まさか俺が連れて帰ると思ってるのかい?」
「そうでしょう?」
飼育方法のようなことを言われて混乱するリオセスリに、シグウィンはかわいらしく首を傾げた。
「いや、あの屋敷にいたんだぞ?勝手に拾って帰るわけにはいかないだろう」
「そういえばあのお屋敷、リオセスリのものになったんじゃなかった?」
「なっ……、なんで知って」
「もう、誰が後見人になったか忘れたの?ウチにもちゃんと連絡が来たのよ」
そう、彼女はリオセスリが学校に通う際に後見人にもなってくれた恩人である。よく考えれば知っていてもおかしくはない。
「ええと……、パレ・メルモニアから?」
「まあね。ウチだってメリュジーヌだもの、連絡くらい取ってるのよ。とにかく、ヌヴィレットさんがついていきたいって言うならお願いしたいの。キミだってペットを飼いたがってたじゃない」
「あんな狭い部屋で飼うつもりはなかったんだが」
「ヌヴィレットさんはちょっと狭いくらい平気よ。ね?」
ヌヴィレットさんはこくこくと頷いている。言葉が通じてるのか?とリオセスリは再度疑問に思った。
「もしかして、ヌヴィレットさんはメリュジーヌの仲間なのかい?」
姿かたちは大きく異なっているが。半分冗談で尋ねたのに、シグウィンは否定しなかった。
「んー、そんなところね。大丈夫、大きくなるかもしれないけど、お家に入らない大きさじゃないから」
「大丈夫なのかそれ……
「まあ、いざとなったらお屋敷に引っ越しちゃえばいいのよ」
「もらうかどうかも決めてないんだがね」
それに大学からも遠く、通学できる距離ではない。ヌヴィレットさんが卒業まで大きくならないことを祈るしかない。
と、自然とヌヴィレットさんを飼育することを受け入れている自分に気がつき、リオセスリは肩を落とした。
「わかったよ。これも一応パレ・メルモニアに連絡しておいたほうがいいよな?」
「うん、ちゃんとサインもしてね」
「だから相続はしないからな」
「もう、頑固なんだから。ヌヴィレットさんのためにも考えてあげるのよ」
なんでそこでヌヴィレットさんが出てくるのか。あそこで生まれたわけじゃないだろうし……、ないよな?そう見つめてみても、ヌヴィレットさんはつぶらな瞳で見つめ返してくるだけだった。