「クリスマスってこんなにキレイなんだねぇ」
せっかく付き合っているのだからクリスマスらしいことをしよう、とトガシを規模の大きいクリスマスマーケットにカバキは連れ出した。
大きな公園の一角に開かれたクリスマスマーケットは、小さなお店が軒を連ねて、イルミネーションがきらきらと光る。
混雑が苦手だろうトガシだが、初めて来る場所を物珍しそうに見てるのを、カバキは眩しく見つめた。思いのほか楽しそうだ。
「ホットワイン飲みます?」
いいね、と帰ってきたのでカバキは頷いてお店に向かった。
意図せず想いをつげてから結局そのまま関係は続いて、トガシに受け入れてもらっているような状況だった。
デートもする、カバキが望めば家にも来る。キスもする。泊まることだけがなくなった。必ずトガシは終電で帰っていく。気持ちよく触れ合うだけのことまではしている。カバキはそれでも満足だった。もっと繋がりたいという欲がないわけではない。それでも、今のままで十分、幸せだった。トガシがそれを受け入れてくれるのなら、それでいい、と思っている。何より拒まれないというのはトガシにも自分への好意があると思いたかった。でなければ一緒に居れるわけがない。
「はい、ホットワイン」
「あ、ありがと」
カップを渡すと、トガシは手を温めるようにカップを持った。
「さすがに冷えるね」
「混んできたし、少し離れましょうか」
他愛無い話をしながらクリスマスマーケットを離れて、公園の中を歩き出す。イルミネーションが遠ざかっていき、同じ公園なのに違う世界のようだった。
「ありがとう、クリスマスってすごいね。どこもかしこもきらきら」
「俺も都内のクリスマスなんてそんなに出かけたことないですけど、すごいですね」
一口飲むと、胸がじんわりと温まる。トガシも飲んで「へぇ」と声をあげた。
「これ、美味しいね」
「ですね」
微笑むと、トガシが目を伏せる。最近、目を合わせてくれないことが増えてきた。不安がじんわりと体に広がる。
何も言わずに付き合ってくれるけれど、何を考えているのだろうか。カバキはコートの右ポケットに手を入れる。渡すタイミングをうかがっているプレゼントがポケットのなかで静かに待っていた。
飲みながら歩いていくと喧噪がだんだんと小さくなっていく。静かな夜の公園のなかに踏み入れると、クリスマス感はすっかりなくなってしまった。
「捨てる?」
「あ、はい」
飲み終わったカップをトガシに渡すと、トガシも自分の残りを飲んで傍にあったゴミ箱に捨てた。
「クリスマスにデートって、自分には絶対ないなって思ってたから、ちょっと今日は嬉しかったよ」
トガシが微笑むので、カバキも嬉しくなった。
「俺も
……嬉しかったです」
カバキは今がいいかと、ポケットの中にあるプレゼントを出そうかと掴んだ。
「すごく
……いい思い出になった」
その声音のやさしさと、眉を寄せた少し困ったような表情の差が、カバキに嫌な予感をもたらした。ポケットのプレゼントをそのままにカバキは手だけを取り出すと、トガシのコートを掴む。
「トガシさんっ
……?」
「別れよう、カバキくん」
予感が的中してカバキは両手でトガシのコートを掴んだ。
「なんで
……何が嫌だったんですか? 俺、嫌なことしましたか?」
トガシは首を振る。その両手はコートのポケットに入ったままだ。
「ずっと考えてたんだ
……やっぱり、俺じゃカバキくんには見合わないよ
……」
「俺が好きだって言ってます。俺が一緒に居たいっていってるんです。見合わないとか勝手に決めないでくれますか?」
襟ぐりを掴んで睨んでしまう。どうしてこの人は勝手に決めるのか。
何も話さない、何も言わない。今も、目を合わせてくれない。トガシは視線を落としたまま、されるがままになっている。
「ついこの間もうちにきましたよね? 何も言わなかったじゃないですか。キスしてくれましたよね? 抱きしめてくれましたよね? ずっと嫌々やってたってことですか?」
「違う
……違うよ
……」
「何が違うっていうんですかっ!」
「嫌じゃない。ほんとに嫌じゃない。カバキくんとデートするのは楽しいよ。毎回楽しみだよ。苦手な場所も知らない場所もカバキくんと一緒なら楽しめる。キスも抱き合うのも気持ちいいって知ったよ。でも、君に
……甘えてるだけだと思った。こんなに君は俺に好意をくれるのに、俺は返せないから
……同じ熱はもてないから
……」
「それで良いってゆうてるやろがっ!」
トガシの顔を睨みつけながら叫ぶ。
「トガシさん、誰にも興味ないって言ってたじゃないですか。でも俺なら嫌じゃないんでしょ。俺と一緒にいると楽しいんでしょ? それって俺が特別ってことでしょ。だったらもっとゆっくり時間をかけたら変わるかもしれないじゃないですかっ!」
襟を掴まれたまま顔を俯かせていたトガシがやっと顔を上げた。
視線が合わさると、他人行儀な微笑があった。
「俺が、つらい」
「は?」
「君に見合う熱を持てない、俺が嫌だから。だから、別れたい」
怒りで手が震え始める。
「
……よりにもよって今日ですか? クリスマスの思い出にって? ふざけるのもたいがいにしてもらえますか? 俺はずっと、そのままのアンタでいいっていうてるんですよ! これ以上何も望んでない!」
「嘘
――そんなの無理だよ」
初めから諦めているとでもいった声音で言われて、頭に血が上った。胸倉をつかんだまま、思い切り右腕を振りかぶってトガシの頬に拳を打ち付けた。
頭が振れるほどの力で殴られたトガシが掴まれたまま流し目でカバキを見上げてくる。口角が切れてトガシの唇に血が滲んだ。
「
……気が済んだ?」
「
……アンタみたいな人と、付き合った俺が馬鹿でした
……」
掴んだ胸倉を捨てるように突き飛ばすと、支えを失ったトガシが尻もちをつくように倒れ込んだ。そのまま、カバキはトガシに背を向けて歩き出す。
カバキは振り返らない。
トガシは追ってこない。
「最低や
……さいっていやな
……」
ただひたすらに人が居ない方向を歩く。
「クリスマスやで
……なめくさっとるな
……」
楽しかった気分から、一気に絶望の底に突き落とされたようだった。
頭のどこかで薄々分かっていた。けれど、期待してしまった。会えば微笑んでくれる。キスをすれば応えてくれる。抱きしめれば抱き返してくれる。そこには本人が気づいていないだけで、好意があると思った。でなければあんな行為できるわけがない。トガシのことはよく分かっているつもりだった。時間がかかっているだけだと思っていた。いつかその好意に気づいて変わってくれると思っていた。
「予想以上に最低やな、ほんまに
……」
ポケットに手を入れて、思わず立ち止まる。取り出したのは、渡せなかったプレゼント。暫く見つめたあと、カバキは地面に叩きつけて、何度も踏んだ。
「はぁ
……はぁ
……」
息があがる。一段と冷えた夜気に白い息が舞う。空を見上げると、並木にイルミネーションが光っていた。次第に光が滲んでいく。
「大っ嫌いや
……クリスマスも、トガシさんも
……」
頬に流れた水滴を無視して、カバキは踏んでいたプレゼントを拾うと、しばらく眺めてからポケットにしまって歩き出した。
「大嫌い、大嫌いや
……あんな人、大っ嫌いや
……」
そう言わないと自分を保てないかのように、カバキはずっと呟きながら歩いた。
「
……ははっ、痛ぇ
……」
カバキがすっかり見えなくなってから、ゆっくりとトガシは立ち上がって口元をぬぐった。口の中に血の味がする。
殴られるかもな、くらいには思っていたが、予想以上の強さだった。
「あーあ
……ほんと、俺にはもったいなかったね
……」
楽しかった。知らないことをたくさん経験できた。だが、怖かった。知れば知るほど怖くなった。
彼といると世界がかわる。自分ではない何かになりそうな気がした。
「
……最初で最後のクリスマスかな
……」
楽しかったな、と呟いてトガシは歩き出す。明日学校で見られたときの言い訳を考えながら、カバキとは反対方向に歩いた。
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ポケットの中のプレゼントに私はなりたい。
次回はつこい。「自覚」
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