まきわ
2026-06-15 19:26:07
2672文字
Public クロリン
 

雨の幻影

学院時代のクロリンタメ口期です
雨に惑わされて不安になってしまう後輩君
傘は学院指定のものとかあるのかな…
みじかめ
トンネルをくぐると雪国みたいな書き出しになってしまった

リィンが校舎を出ると雨だった。
朝から降っているのでわかっていたことではあるのだが。
傘は当然持っているものの、なんとなく雨の中に入っていくのは憂鬱な気分になる。
部屋の中から雨音を聞いている分には悪くないと思うのだが、外に出るとなるとなんとなく憂鬱なのは恐らく山籠もり修行をしていた時降雨は命取りになったからではないかと思う。
雨音で魔獣の気配が掴みにくいし、体温が奪われる。
そんな中でも心を乱さず、正確に周囲の状況を把握できるようになることこそが修行でもあるのだが。
修行の甲斐あってか、リィンの感覚は校舎から出てこようとしている気配を一つ察知していた。
「お」
扉が開く音に続いてよく知った声が聞こえてリィンは空を見上げていた視線を後ろへ向けた。
「クロウ。まだ学院内にいたんだな」
「おう。昼寝してたら誰もいなくなってたぜ★」
「あのな
リィンのジト目を素知らぬ顔で交わしてクロウは隣に並んだ。
「おーおー景気よく降ってんな」
どこか楽しげに言うクロウのおかげか少し心が軽くなった気がして、リィンは傘を開いた。
「寮に帰るなら一緒に行かないか」
「ま、ここで分かれるのもおかしいしな」
クロウも言って傘を開く。
クロウの傘はどこか重たいネイビーブルーだった。
なんとなく彼は明るい色のイメージがあったので少し意外に思う。
傘を差して並んで歩き出すが、傘を差しているとどうしてもいつもよりも距離が空く。
雨音もあるせいか会話がしづらい気がしてしまう。
なんだか邪魔をされているような気分になって、道中リィンはいつもよりも口数が多くなってしまっていた。
……それで、エリオットが『そこはサビでも特に重要な部分だから絶対失敗しないようにしっかり練習するように』って怖い顔で言っててさ。エリオットの音楽に向ける想いは知ってるけど、あまりにも圧が強いから最初の頃みたいに誰かと喧嘩になるんじゃないかと心配になるよ」
「はは、ま、今は積み上げてきた信頼関係ってもんがあんだし大丈夫だろ。エリオットの音楽への思い入れは全員がよくわかってんだろうし。それにあいつもプロでもねぇお前らに過度な要求はしねぇだろ」
「うん、そうだよな
ふ、と視線を前方からクロウへ向ける。
肩に乗せるように差した傘はクロウの頭をほとんど覆い隠していて、薄く微笑んだ形の口元だけがリィンには見えた。
そこから聞こえてくる声はいつもよりも低く、どこか遠いようにも感じた。
(隣にいるの、クロウ、だよな?)
一緒に歩いてきたのだから、いきなり違う人間にすり替わるわけがない。
そんなことはわかっているはずなのに、雨で周囲と隔絶されたような異界感がリィンの心を不安で覆っていく。
「クロウ?」
無意識に歩みが遅くなって、少しだけクロウが先を行く。
呼びかけられてすっと振り返ったクロウは、やはり傘で口元だけが見えている。
うっすらと浮かべた笑みがいつもと違う気がする。
どうした?リィン
クロウだった場所を、他の何かが奪って占拠しようとしている。
そんな根拠のない不安と焦りでリィンは体を震わせて、ひゅうっと息を呑んだ。
っ!」
あとはもう、衝動に任せた行動だった。
不安に突き動かされるように自分の傘を手放して落とし、雨が降りかかるよりも先にクロウの傘の中に飛び込んで縋りつくように間近で顔を見上げた。
「うおっ
傘の下、驚いて目を瞠っているのは間違いなくクロウだった。
「あ……
紅い瞳を正面から見つめてようやくリィンは安堵の息を吐いて顔を緩めた。
リィンが顔を綻ばせた瞬間、クロウの顔が切なげに歪んだ。
傘を差していない方の手が支えるようにリィンの腰に回る。
クロウ?)
安堵すると同時に冷静な感覚が戻ってくる。
とんでもない距離にいることに気付いて顔が熱くなったが、同時にクロウの唇が小さく震えるように動いて何か、特別な気配を感じた。
(あれ?)
ただでさえ近かった顔の距離が更にまた少し縮まった気がする。
(クロウ?キスしようとしてる?俺に?)
まさか、という想いがあったしキス直前に漂う空気だって知っているはずもない。
それでも本能的にクロウの意図を汲み取った気がした。
ほんの一瞬だけ戸惑って、そしてリィンは目を閉じた。
腰に回された手に少し力がこもる。
気配が更に近づいて……
ごつっと額をぶつけられた。
「いたっ」
ったく、受け入れてんじゃねーっての」
呆れたような、ふてくされたようにも聞こえる声でクロウが言って、急に魔法が解けたように空気が変わった。
「ほら傘。どーすんだよ」
「あ」
我に返って横を見ると、可哀想に放り出された傘は地面に転がってびしょ濡れになっている。
慌てて拾おうと足を踏み出すとぐっと抱き寄せられて引き戻される。
「バカ、濡れるだろ」
「ど、どうしろっていうんだ」
「入れてってやるから動き合わせろ」
後ろから腹の辺りに腕を回されたままリィンはクロウとゆっくり傘に歩み寄り、屈んで手を伸ばした。
手と袖が濡れたが、さすがにそれはどうしようもないだろう。
屈む瞬間、少しだけクロウが傘を傾けてくれた気配がした。
傘で顔が見えなくて。本当に隣にいるのがクロウなのか心配になったんだ」
傘を拾い上げると、少し振って雫を払い落としながら呟くように言った。
思い返せば奇行でしかなく、今更ながらに恥ずかしくなってくる。
ざぁ、と雨の音だけが響く数秒間が少し気まずい。
また距離が離れるのが惜しい気がしたけれど他にどうしようもなくて傘を開いた時、ふっと首の近くでため息のような音がした。
ったく、甘ったれめ。おら傘閉じろ」
「え、でも」
「オニーサンは優しいから入れてってやるよ。これなら顔が見えんだろ」
横に並んで身を寄せてきたクロウを伺うように見上げる。
いいのか?」
「ま、このくらいは……いいだろ」
なんだか諦めたようなクロウの表情を不思議に思いつつ、リィンは嬉しそうに笑って傘を閉じた。
傘を提げて口元が緩んだまま傘を持つクロウの手に触れた。
「傘、俺が持とうか?」
「いいからほらしゃんと歩け」
武人同士だから動きを合わせて素早く移動することはできないことではなかったが、それでもあえてゆっくり歩いて二人は寮まで帰った。

なんだか嬉しくて腕を組みかねない勢いでクロウにひっついて帰ったリィンだったが、夜になってから自身の行動を思い返して悶え転がる羽目になったのだった。