えぬを
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乙嫁パロ2

rsmv_20250215公開

乙婿ルマの続編です。

不文律の誓いがあった。ただ、ブラッドリーだけの。
背を追い越したら。
黒星に騎乗できたら。
狩りが上手になったら。
歌は元からはるかに上手かったから、そこは及第だ。
そうして勝手に課した自らへの誓いを日々こなして、気づけば五年の月日が流れていた。
長いようで短いーーいや、ブラッドリーからすれば永遠とも思える年月だった。
マーヴェリックとの約束事として交わしたわけではない。
マーヴェリックと寝屋を共にするその日を夢想し、彼に相応しい傑物になってから、と自分に試練を課した。
マーヴェリックは狩りの腕前も、馬を駆るその手腕もブラッドリーよりはるか上手で。もちろんそれは生きてきた年月と経験分場数を踏んでいるからこそだけれど、だからといってそれを享受していては、同じ〝村長〟という立場として、マーヴェリックに相応しくはない、とブラッドリーは思ったのだ。だから、背を追い越し、マーヴェリックにしか懐かない黒星となんとか友情を育み、幾度も狩りに出向いた。それ以外にも超えなければならない壁はあったけれど、ブラッドリーが二十歳を迎える今日、マーヴェリックと初夜を迎えるのだと、なんとなく二人の暗黙のうちだったのだが。
「なんでマーヴがいないの……
暦の上で、ブラッドリーとマーヴェリックは月を跨いで互いの村へ交互に訪れることを習慣化していた。ここ数日はブラッドリーの村で過ごす予定だったのだが、朝からマーヴェリックの姿が見当たらない。黒星がいないということはどこかに出かけているのだろうが、それにしたって今日この日、特に夜は、遂に蜜夜を迎える手筈のはずなのに、とブラッドリーは嘆いた。
毎年恒例となりつつある、ブラッドリーの生誕時、マーヴェリックは不意に姿を消したかと思えば、大型の獣を仕留めて帰還するのが慣例となっていた。村人たちは大層喜び、その命の相伴をありがたくいただき、ブラッドリーの生誕祭は盛大に祝われるのが常であったにも関わらず。
流石に今日この日にマーヴェリックが不在という事実に対し、ブラッドリーは悲嘆に暮れた。
毎年ブラッドリーのために、泥に塗れた顔で、体中に枝や葉っぱをつけたまま、マーヴェリックは満面の笑みで戻ってくる。肩に大型の獣を担いで。
ブラッドリーが十五歳、マーヴェリックが三十七歳の時に、二人は互いに婿入りした。あれから五年、夫夫のそれらしい営みや関係性の進展はなく、おじとおいのような関係のまま、今日まで至っているような気がしてならないのだ。ブラッドリーは幾度も愛を告げてきたし、マーヴェリックもブラッドリーに純粋なる好意を抱いてくれているはずではあるが、ブラッドリーは温度差に懊悩することがままある。
もしかすると、初夜など端から迎える気のないマーヴェリックは、共寝を嫌がってどこかへ姿を消してしまったのかもしれない。マーヴェリックを覆えるほどに成長したブラッドリーが、村の端の厩舎で体を縮こませて嘆いていると、その脇腹を軽く小突いかれた。
「ちょっと、村長、邪魔」
「ナット……
ブラッドリーの村人の一人、今年十五になるナターシャだ。身体能力が抜群に優れていて、マーヴェリックの狩りにもよく同行する彼女は、その炎のような気性としなやかな体つきから、マーヴェリックから〝フェニックス〟という二つ名で呼ばれている。
子供を授かることのないブラッドリーとマーヴェリックは、彼女を養子に迎え、いずれ二つの村を統括する後継者にしたいと考えるほど、彼女は優秀だった。ナターシャはといえば、弓の手入れをするつもりで厩舎前を通りかかれば、村長であるブラッドリーが大きな体を小さくして暗雲を背負っているものだから、仕方なし声をかけたのだが。
「朝からしみったれた顔しないでよ。なにかあったの?」
……マーヴがいなくて」
「マーヴなら、夜明け前に黒星に乗って出かけたよ」
「夜明け前!?そんな朝早くから!?」
夜が明ける前から避けられていたのかと、ブラッドリーは衝撃を受けた。その様子を見て、ナターシャはすぐに嘆きの原因に気づいたらしく、弓の束をもう一度抱え直した。
「そういえば村長、今日生誕祭だもんね。マーヴなら、毎年の恒例で今夜のご馳走でも獲りに行ったんじゃないの?」
「いや、今日は……
躊躇いがちにその先を濁した年若い村長の言外の言葉に聡い少女は気づいた。
成人を迎える若き村長と、歳の離れた伴侶の間柄は、若干ややこしい。今は口さがない者は二人の睦まじさから口を噤んだけれど、マーヴェリックが婿入りした当時は、年齢が離れていること、マーヴェリックが年嵩であることを悪く言う者もいた。ナターシャからすれば、縁者になるだけで、年齢など特筆して問題視することではないはずなのに、何事にもいちゃもんをつけたがる者はいる。幸いにして、政略的な婚姻関係ではなく、互いに情を通い合わせての婚姻なのだから、むしろ互いの村にとってこれほどの幸福はない、とナターシャは思うのだ。
ただ、マーヴェリックはやはり年齢を気にしていたし、五年の年月を経ても、互いの距離感を未だ掴めずにいる風情のある夫夫というのは、側から見ればもどかしさもあった。
けれど、ナターシャは知っているのだ。
夜明け前、黒星に跨ったマーヴェリックとたまたま鉢合わせた時に、どこに行くのかと尋ねたのだ。
『マーヴ?どこ行くんです?』
『おはよう、フェニックス。いや、ちょっと野暮用で……
視線を逸らして行き先を誤魔化そうとするマーヴェリック、ナターシャはブラッドリーが哀れになって、マーヴェリックの行く手を阻んだ。
『また恒例の狩り?ブラッドリーの生誕祭で、マーヴが仕留める獲物は毎年凄い獲物だし、みんな喜ぶけど、ブラッドリーは今年成人を迎えるんですよ?今日ぐらいはずっと一緒にいてあげてくださいよ』
それこそ娘ほどに歳の離れたフェニックスからの怒れる正論に、マーヴェリックは困ったように笑った。
……充分に承知しているよ、フェニックス。狩りに行くわけじゃないんだ、本当に』
そうしてマーヴェリックの打ち合けた内容に、ナターシャは驚いて、やがて喜んだ。
『マーヴ、それじゃあ夜までには戻るんですね?』
『あぁ。僕だって、充分に〝待った〟からね』
マーヴェリックは晴れやかに笑って、黒星に跨って駆けて行った。
その内容をブラッドリーに伝えないのは、マーヴェリックが夜明け前に密かに村を抜け出したことから、それをブラッドリーには秘していることが分かっていたし、ただ単純に、熊のような風貌の我らが村長ががっかりと肩を落としている姿が面白かったからでもある。
「まぁ、流石に今日の今日、マーヴが戻ってこないなんてことはないだろうからさ。気軽に待てば?村長」
そう言い残して、ナターシャは鼻歌を歌いながらその場を去った。



生誕祭が始まっても、マーヴェリックは戻ってこなかった。
恒例となっていた狩りの獲物を汲みしての食事は、マーヴェリックの右腕でもあるホンドーが仕留めた獲物が彩りを添えた。
ブラッドリーは、生誕祭が始まっても戻らないマーヴェリックの行方をホンドーにも尋ねてみたが、『俺よりでかい獲物を探してまだ戻らないんじゃなか』などと嘯き、心配する必要はないと、ブラッドリーを酒宴の席から離さなかった。互いの村人達は、ブラッドリーの生誕祭に託けての飲めや歌えやの大騒ぎだ。
ブラッドリーは酒が過ぎる前に早々に退散した。婿入りしてから、隣にマーヴェリックがいない生誕祭は初めてだった。
宴席は久方ぶりに双方の村人がほぼ集う友好の場でもあり、主役がいなくとも、場は保たれる。
ブラッドリーが村長になってから、両親は外遊に出た。側から見たならば、後継者に跡を継がせてからの遊興娯楽の旅出にも見えるかもしれない。内情、国内外の情報収集でもあり、母キャロルの家族に会いに行くための旅でもあった。
それは、ブラッドリーとマーヴェリックに村を任せても良い、と思えるだけの信頼を得た証左でもあったからこそだ。
この国の婚姻関係は、領土問題が深く関わる。政略的で人身御供的な側面を持つ婚姻関係もあれば、翻って良好なものもある。
ブラッドリーとしては、マーヴェリックとの婚姻は後者であると信じているし、マーヴェリックもそうだと五年の月日でブラッドリーは実感している。
けれど、やはりそこに恋情は絡まなかったのかと、ブラッドリーは切なく思う。
恋焦がれていたのはやはり自分だけなのだろうか。親愛的な心のつながりはあると自信を持って言える。けれど、体のつながりを求めるだけの心持ちと恋情を抱いているのは自分だけだったのかと。
ブラッドリーが成人を迎える今日この日、例年になく、夜明け前から姿を消してしまったマーヴェリックの行動の真意が分からないまま、ブラッドリーは屋敷の離れに戻った。ブラッドリーとマーヴェリック夫夫の住処だ。ここまで来れば、人気もなく、酒宴の喧騒は遠い彼方だ。益々うすら寒い心地がしたけれど、あの騒乱の中にいては、マーヴェリックの不在は余計に堪える。
そうぼんやりと考えながら、離れの部屋に目をやれば、室内から灯りが漏れていた。
ブラッドリーは一瞬だけ立ち止まり、我に返ると慌てて部屋に駆け寄り、勢いよく戸を引いた。果たしてそこにはマーヴェリックがいた。
薄い灯りの中、部屋の中央に座し、座っている。片膝を立て、そこに腕を乗せ、俯き加減の顔が上がる。
マーヴェリックは、黒に近い紺色に、金のふちどりがところどころに映える衣装を着ていた。
顔布はしていなかったけれど、正しく五年前、マーヴェリックが婿入りしたままの姿で、そこに座っていた。
「ま、まーゔ」
ブラッドリーが固まったまま戸口で動けなくなるのを、マーヴェリックは笑い、顎で合図し戸を閉めるように促す。ブラッドリーは誘導のまま戸口を閉めると、しゃがみ込んだ。そのまま膝で、マーヴェリックに近寄る。
「ま、マーヴ、その衣装……
「懐かしいだろう?僕の村の納屋に仕舞い込んであったものを、取りに行っていたんだ」
「それって、……
「うん。それと、これも」
そう言って、マーヴェリックは自らの衣装の袖を、するりと捲り上げた。
手の甲から腕にかけて描かれた、花と葉と蔦の模様。
草花の汁で書かれた言祝ぎの模様だ。それは、交わりで汗をかいても消えない、初夜の印ーー。
よくよくに見れば、マーヴェリックが立てた膝から先は素足で、目を凝らせば足首にまで模様が描かれている。
……この模様が描けるのは、僕の村の巫覡だけだから。ある程度の時間が経たないと滲んでしまうから、乾くまで滞在していたらこんな時間になってしまった。すまない」
「マーヴ、その、それって、そ、の……
先程から惑い、言葉が紡げずにいるブラッドリーの頬は赤い。それを見て、マーヴェリックも同じようにほんのりと頬を染めた。
……あの日からもう五年だ、ブラッド」
……
「大きくなったね」
そう言ってマーヴェリックは、ブラッドリーの両手を握った。
……この日を待ち望んだのが、君だけだと?」
「、っ、マーヴ、」
「流石にもう五年も経ってしまったし、君はこれから男盛りだ。いざ初夜を迎えるにあたって、やっぱりその気にならなくなってしまうかもって。だから、少しでもあの日のままのことを再現できたらって……いや、おじさんが恥ずかしいな」
ブラッドリーは無言で勢いよく首を左右に振った。その勢いにマーヴェリックは笑う。
唾を飲み込んで、ブラッドリーは握られた手を強く握り返した。
「マーヴ……いいの?本当に……?」
……僕は、充分に待った。だろう?ブラッドリー」
そうしてその夜、ブラッドリーは花の名前を知るのだった。