A田
2026-06-14 21:31:11
3839文字
Public れめしし
 

61話前に会ってた👿🦁の話③

ゲ…向けのマチアプに登録していたししが、れめと出会って狂わされる話

 
「お前、部屋の好みとかある?」
 金曜日の夜ということもあって、少し早い時間帯だが、部屋はそれなりに埋まっていた。
「んー、特にないかな。ケイ君に任せる」
……あっそ」
 さっき良い場所を知っていると嘯いていたくせに、ここに来るまでの間、レイメイはひどく静かだった。ホテルの選定も獅子神任せで、今もパネルには見向きもせずエントランスの内装を眺めている。
 とりあえず無難な部屋を選んで受付を済ませれば、既にレイメイはエレベーターの方へ移動していた。
 レイメイに続く形でエレベーターに乗り込むも、今になって後悔が押し寄せてきた。売り言葉に買い言葉であんなことを言ってしまったが、プライドなんてかなぐり捨てて逃げ帰るべきだった。
 ――セックスするのか、コイツと。
 チェックインまで済ませておいて何をという感じだが、目の前の男とセックスをする姿がまるで想像できなかった。
……
 整った顔立ちをしていると思う。
 紫色の髪に赤いカラコンなんて普通の人間が真似しようものなら大惨事になりかねない。それをまるで生まれた時からそうだったとでも言わんばかりに自分のスタイルとして確立している。さらにモデル顔負けの長身だ。
 この見た目なら、マッチングアプリなんか使わずとも選り取り見取りだろう。実際、初めて見かけた時は女性とホテルに入っていたし。
 ――あれ、コイツがネコだよな?
 女性と歩いていた時点で、まず間違いなくバイだろう。ということは、タチ志望なんだろうか。勢いに任せてここまで来てしまったが、改めて必要な会話が何一つ足りていないことに気付かされた。
「ハハッ」
 隣で漏れた笑い声に眉をひそめる獅子神に、レイメイは顔を綻ばせて、
「いいな、オレのこと考えてるって顔だ」
 まるで川原でキレイな石を見つけたような笑みだった。
 ――そんな表情も出来んのか。
 これまでのやりとりからして、レイメイは他人を破滅させるのが好きなタイプなのだと思っていた。だが、そういう奴らはこんな風に笑ったりしない。彼らの笑みは、もっと陰湿で下劣だ。
 ――マジで何なんだよ、コイツ。
 自分に意識が向いていることに喜ぶ辺り、ナルシストの毛があるのかもしれないが、それだけではこの男の異常性を語るには足りない気がした。
 知れば知る程、分からなくなる。まるで深淵を覗いているように底が知れない。
「お、着いたみたいだな」
 チン、と間の抜けた音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。
 さっさと下りるレイメイをよそに、獅子神は動くことが出来なかった。
 危ないものには近付かない。
 それは獅子神の人生において、絶対のルールだった。
 元々は生きていくために身につけた処世術の一つだったが、巡り巡って仕事にも活かされている。おかげで獅子神は若いながらに財を成し、投資家として過分な評価を得ている。
 にも関わらず、乗せられるような形だったとはいえ、危ない橋を渡ってしまった。
……
 廊下を歩くレイメイは獅子神がついてくると信じて疑っていないのか、あるいは獅子神が逃げてもいいと思っているのか、後ろを見ようともしない。
 このままエレベーターに乗っていれば逃げられるかもしれない。
 ――それでいいのか?
 ざわり、と胸が騒ぐ。
 それは久しぶりに母が電話をしてきた時に感じたものであり、ゲイのマッチングアプリに登録した時やアプリで知り合った相手と会った時によぎった違和感だった。
 ――いいに決まってんだろ。
 もう会うこともない相手に義理立てする必要はない。部屋代さえ払っておけば問題ないはずだ。そう思うのに、獅子神の意志に反して、足は前へ踏み出していた。
「もういいのか?」
 タイミング良く振り返ったレイメイの口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。
 ――クソったれ。
 獅子神が何を考えているのか、レイメイには全てお見通しなのだろう。その上で獅子神を泳がせて、反応を愉しんでいる。
「何の話だ? それより、先行くんなら鍵持ってけよ」
 精一杯の虚勢を張ってルームキーを押しつけるも、レイメイは受け取ろうとしない。
「入んねぇの?」
「入るよ。でも、ケイ君に開けてほしいんだ」
「はぁ? ガキじゃねぇんだから、それくらい自分でやれよ」
 言葉遊びの一種だろうか。だとしても、獅子神が付き合う道理はない。
「自分じゃ出来ないだろ。オレはケイ君に招かれたいんだから」
 一歩。
 レイメイが踏み込んだせいで、距離が縮んだ。たったそれだけのことなのに、息が詰まりそうだった。
「吸血鬼ってさ、招かれないと家に入れないんだって。初めて聞いた時はアホらしいと思ったけど、考えてみたら当然だよな」
 また一歩――
 レイメイが近付いた分だけ、獅子神は後ずさった。
 しかし、それもすぐに詰められてしまい、気付けば壁側に追いやられていた。マズイと思うより先にレイメイが壁に手を当て、完全に退路を断たれてしまった。
「他人の家に上がる時はおじゃましますって言うくらいだし、中に入るんなら、ちゃんと許可を取らないといけないよな」
 たかがラブホの一室に大層な言い方をする。そもそも、この男は伺いなんか立てるような輩ではないだろうに。
「それで、ケイ君はオレのこと入れてくれるか?」
 レイメイは獅子神の胸を指でトンッと突くと、おもちゃをねだる子供のように目を輝かせて獅子神を見上げた。
「オレは……
 吸血鬼なんてたとえをされたからなのか、あるいはこの空気がそうさせるのか。うっかり流されそうになって、慌てて首を振った。
「訳分かんねぇことばっか言いやがって。何でオレがお前のおふざけに付き合わなきゃいけねぇんだよ」
 肩を押して離れるよう示したが、優位を取られていることもあってビクともしない。
「初めて会った時はあんなに熱心に見てくれたのに、つれないな」
「オメー、気付いて……
 目が合ったのは一瞬だったし、再会したレイメイの反応からして認識すらされていないと思っていた。というか、レイメイが獅子神のことを覚えていたというのなら、この出会いは意図的なものなのではないか。
 ――いや、まさかな。
 いくらレイメイがヤバい奴とはいえ、さすがに考え過ぎだろう。
 ゲイ向けとはいえ登録者はそれなりにいるし、特定の人間にピンポイントで接触するなんて不可能だ。それならまだ出会った場所をうろついていた方が会える可能性は高い。
「もちろん。あの時、ケイ君がオレを見て、オレもケイ君を見たんだ。忘れられるわけないだろ?」
 どこか恍惚とした様子で微笑むと、レイメイは獅子神の頬に両手を添えた。
 そのまま覗きこむようにしてレイメイの顔が近付いてくるのを感じて、獅子神はせめてもの抵抗に顔を逸らした、が――
……オイ」
 その程度でやり過ごせるはずもなく、地を這うような声と共に、強引にレイメイの方へ顔を向けさせられた。
「何勝手に目逸らしてるんだよ」
 瞳孔が開き、剣呑な光を宿した赤い瞳に間近で射すくめられ、獅子神は否が応でも、この男に感じていた感情と向き合わざるを得なかった。
 怖い――
 必死で見ないようにしていた感情が溢れ出していく。
 獅子神が隠していたものを暴く赤い瞳が、子供のような笑みを浮かべながら冷静にこちらを品定めしてくる態度が、そして何より――獅子神が必死に守ってきた秩序を土足で踏み荒らすこの男が、恐ろしくてたまらない。
 今すぐ逃げ出したくなったが、壁際に追い込まれている上、この男が許してくれるはずがない。せめてもの矜持で、レイメイを睨みつけてやれば、
「うんうん、物分かりの良い奴は好きだぞ」
 レイメイは先程の剣幕が嘘のように満面の笑みを浮かべると、怯えた獅子神をなだめるように両腕で頭を抱きしめてみせた。
 あんな表情をした後に、どうしてこんなことが出来るのか。
 認めてしまえば言葉にするのは簡単なもので、獅子神は改めてこの男の底の知れなさに背筋が凍るようだった。
「そんなに怖がるなよ。これから二人で気持ちイイこといっぱいするんだからさ」
 レイメイは獅子神の手を取ると、まるで恋人同士がするように指を絡めて、キスをしてみせた。それ以上のことをするつもりで来たはずなのに、まるで遠い異国のやりとりのように現実味がない。
「あの時、ケイ君を見た時にピンと来たんだ。お前となら楽しくやれるって。だからメンドいけど、マチアプにも登録したんだし」
 さらりと種明かしされた真相は、獅子神がありえないと切り捨てたものだ。
 ――バケモンかよ。
 あの日、レイメイという男に出会った瞬間に、獅子神の運命は決まっていた。
 どれだけ足掻こうが、それすらも男を愉しませるだけでしかないというなら、獅子神に出来るのは、この悪魔みたいな男の筋書き通りに与えられた役を演じることくらいだ。
 そのためには、まず――
 離れるようにレイメイの胸を押せば、今回はさっさと離れてくれた。
 背中にレイメイの視線が刺さるのを感じながらも、獅子神は望み通り扉を開けて、一言。
「ほら、入ってこいよ」
 吐き捨てるように告げれば、悪魔の顔をした男の口元が耳元まで裂けた。
「ありがとな、良い子も大好きだぞ」
「そりゃどうも。オレはオメーみてぇな奴、大嫌いだよ」