mk98LL
2026-06-14 21:16:53
8776文字
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けんこーだいいち!

禁止さんのところのうさぎな夏目ちゃんこと「うさ夏ちゃん」たちのお話。彼女たちが健康診断を受けている妄想。
※ノエルは健康診断を毎年最低限、不真面目に受けているので描写が適当です。
※うさぎだけど健診は人間基準。
※誹謗中傷や意見は受け付けません。全ては作者が見た夢幻です。


 とてとてとて。こつこつこつ。白いワンピースのような検査着姿のうさ夏ちゃんたちと、スーツ姿の的場さんが歩いています。

「びょーいんの、においしゅるっ」
「おはな、ちゅーん、てしゅるよね……
「びょーいんは、しぇーけつがだいじ。これは、バイキンやっちゅけるにおい」
 
 ちいさなおててでちいさなお鼻をおおうネザドワ夏ちゃんとロプイヤ夏ちゃんに、ハフロプ夏ちゃんが教えます。ものしりなハフロプ夏ちゃんの言葉に、二人とも「ほぇ~!」とまんまるなおめめをキラキラさせて、お鼻から手をどけました。

「じゃあ、じゃあ。いっぱいすーっはーってしたら、わたちのなかのバイキンもやっちゅけれる?」
「しゅごい……! びょーき、なんないね……!」
「しょれはむり」
「だめなの!?」
「しょっかぁ……

 くるくると表情を変化させて、とてとてなかよく歩いていく三人。そんな彼女たちを微笑ましく見下ろしながら、彼女達の飼い主である的場さんは、ゆったりとした足取りで後ろからついていきます。

「うさ夏さんたち、こちらですよー」
「「「はぁーいっ」」」

 真っ白な上下の看護師さんが、優しくドアの前から手招きしました。
 そう。今日は、うさ夏ちゃんたちの健康診断なのです。

 
 *****

 
「うさ夏さんたち、こんにちは。今回もよろしくお願いしますね。体調は大丈夫かな?」
「せんせっ、こにちわー!」
「こ、こんにちわっ」
「くるしゅーないです」

 的場さんのお家で暮らすようになってから、定期的に受けている健康診断。一番経験のあるネザドワ夏ちゃんはもう慣れたもの。ロプイヤ夏ちゃんもしっかりと先生にご挨拶し、まだ経験は少ないながらマイペースなハフロプ夏ちゃんにも緊張はありません。
 三人は的場さんと一緒に診察室に入り、くるくると回る回転椅子にちょこん、と座りました。向き合ったドクターが首から下げているものに、ネザドワ夏ちゃんが「あっ!」と声を上げます。

「それでは、まずは皆さんの体の中の音を聞きますよー」
「それ! おなか、もちもーちってしゅるの!!」
「そうですよー。ちゃんとドキドキしてるか、確認しますからね。それじゃあまずは……ネザドワさんから」
「はーい! がんばるます!」

 女性ドクターに促されて、ネザドワ夏ちゃんはぴろん、とワンピースの裾を持ち上げました。ドクターが聴診器を差し込みやすいように、けれど捲るのは控えめに。
 はじめてこの検査を受けたときは、元気なお返事をしながら服を全部脱ごうとしてしまい、それはもう大変だったのです。
 
「しぇんしぇ、もちもち、きこえゆ?」
……はい! とっても元気ですね。もういいですよー」
「やた――! あぃがとごじゃます!」
 
 ぺこり、とドクターにお礼をして、ネザドワ夏ちゃんはぴょん! と椅子から飛び降ります。そして、後ろに立っていた的場さんへ一目散に駆け寄ると、その足に抱き着き嬉しそうに跳ねました。

「まとしゃ、まとしゃ! とーってもげんきだって!」
「えぇ、聞こえていましたよ。元気で良かった」
「えへへー!」

 的場さんのスーツに頬擦りするネザドワ夏ちゃんを微笑ましそうに見ながら、看護師さんが薄いカーテンで仕切られた向こう側へ案内しました。そこには、身長と体重を測るための計測器が置かれています。うさ夏ちゃん達用の特別製です。

「一緒に身長と体重も計っちゃいましょう。お靴を脱いで、乗ってくださいね」
「!」

 身長と体重。その検査を前にして、ネザドワ夏ちゃんの表情はきりりと引き締まりました。なにせ、この検査でネザドワ夏ちゃんは絶対に成功させたい事があったのです。

「おねがいちまちゅッ!」

 気合い十分なご挨拶をして、まずは体重計に乗ります。こちらから針は見えないけれど、カラカラカラ、と計器が動く音が聞こえました。
 ご飯はきらいなお野菜があってもしっかり食べ、おやつはおかわりを我慢し、晴れの日はたくさんお外で遊びました。体重に問題はないはずです。
 さぁ、次は身長の計測。バーに合わせてまっすぐに立ち、踵はしっかり床につけました。姿勢を正したネザドワ夏ちゃんは、ふんっ!と密かに気合を入れて頭の先からつま先まで集中します。
 そう。ふわふわのお耳まで、ピンと立つように!

「はーい、測りますね」
(ことしこそは!じぇったい──!!)

 カコカコカコ……プスっ……

「はいっ、もういいですよー。うん、どちらも成長に問題はありませんね」
「おやそうですか、よかった」
「ネザドワさん、とってもよくできました!ロプイヤさんとハフロプさんが終わるまで、待っていてくださいねー」
……はい……あぃがと、ごじゃまちた……

 見なくったって、感覚でもうわかります。わかってしまったのです。
 ネザドワちゃんは『もえちゅきまちた……まっちろに……』とナレーションでも入らんばかりの様子でよろよろ、と計測器から離れると、力無い足取りで的場さんのところへ戻りました。

「詳しい結果は後で見せてもらいましょうね。……どうしました?」
 
 一方で的場さんも、先ほどとは打って変わって元気をなくしたネザドワの様子に、スーツの片膝を床につけ、屈んで顔を覗き込みました。身長と体重の測定は怖いことも痛いこともなく、ネザドワ夏ちゃんだって気合十分だったのに……いったいどうしたというのでしょう。
 的場さんの優しい声に、しょんぼり項垂れていたネザドワ夏ちゃんは、ゆっくりとお顔を上げます。それから、じわじわと大きなお目目が潤み出して……やがてぽりょぽりょと、大粒の涙を流し始めてしまいました。

「ゔぅ〜〜〜〜〜っ……!! ま゛と゛しゃあ……なんで、なんでぇ……!!!?」
「あぁ……ほらほら、大丈夫ですよ」

 ぴぇぇえん……! と泣き出してしまったネザドワ夏ちゃんを、的場さんは大きな手で掬い上げるように抱き上げます。
 親指で優しく頭を撫で、別の指で背中をさすってやると、ネザドワ夏ちゃんは小さな手で的場さんの指をぎゅうっ、と握りしめて叫びました。

「な゛んで……おみみ、はがってくれ゛な゛いのぉ゛!!!」
「そうですねぇ……残念でしたね」

 よしよし、と宥めながらその涙に的場さんの心の奥がチクリと痛みます。けれど同時に、「諦めていなかったのか……」と決意の固さに感心してもいました。
 ネザドワ夏ちゃんが成功させたかったこと。それは、いつものようにお耳の付け根に計測バーを突っ込まれるのではなく、ピンと立ったお耳のてっぺんから身長を測ってもらう事でした。
 「おみみだってわたちだもん!」という彼女の主張は真っ当なところではあるのですが、これは正確な計測を行う健康診断。ご機嫌や体調によってピンと立ったり萎れたりするお耳は、残念ながら身長と一緒にはできません。

「おみみのまんなかをぷしゅっ、てしゃれるこのくつじょく、いちゅかじぇったいに……!」
 
 たくさん泣いて悲しい気持ちは薄まったのか、ネザドワ夏ちゃんは早くもきゅっとこぶしを握り決意を新たにしています。的場さんは、痛々しい涙が止まったことには安堵しつつ。

(屈辱だったのか……あまりやらないでおこう)

 寝ているネザドワ夏ちゃんを相手にやっていたことがあるのは、ここだけの秘密。指先をふわふわの毛に挟まれる幸福感を思い出しながら、的場さんもまた決意を新たにするのでした。 

 
 *****


「ロプイヤさん、準備はいいですかー?」
「ひゃ、ひゃいっ!」

 垂れたお耳の下に大きなヘッドホンを付けられたロプイヤ夏ちゃんが、緊張しながら聴力検査の開始を待っていました。この検査では、きちんとお耳が聞こえているか調べます。音が聞こえたら、持っているリモコンのスイッチを押すのです。
 人間一人が入ったらもう狭くなってしまうそこは、個室というよりはまるで電話ボックスです。けれど全体的に大きな窓が嵌められていて、周りの状況がわかるので怖くはありません。
 いいえ、本当はちょっぴり怖いのです。だって、ここは検査のために防音されています。甲高い音と自分の声以外、よく聞こえないのです。

「それでは始めますねー」
 
── ピピピーーーーーーッ!
 
「あっ! ぼ、ボタン……!」

 ふわふわの耳を持ち上げて、看護師さんが優しく付けてくれたヘッドホンから音がします。
 長いもの、短いもの、少し低いもの、高いもの。ロプイヤ夏ちゃんは電子音に合わせて、ポチポチとリモコンのボタンを押したり、離したりです。

「あ、えと、あぅ……!?」

 カチカチ、と音に合わせてボタンを押すこの検査を、ネザドワ夏ちゃんはゲームみたいで楽しい!と気に入っていました。けれど、ロプイヤ夏ちゃんはちょっぴり苦手です。少しタイミングを間違えると、あわあわしてしまうから。
 あぁ、どうしましょう。また、音から少しはみ出して長くボタンを押してしまいました。
 ちゃんと聞こえているのに、お耳が悪いなんて事になったら、きっと的場さんに心配をかけてしまいます。そんなのはいやなのです。
 あせって、不安で、ロプイヤ夏ちゃんの見る景色がゆらゆらし始めました。
 下を向いたら、目から滲む涙が溢れてしまいそうで、ロプイヤちゃんはだめだめ! とがんばって顔を上げました。
 すると、ガラスの向こうが目に入ります。

「あ……

 順番待ちの椅子に座ったネザドワ夏ちゃんが、両手を振りながら口を大きく開けて『がんばぇっ、がんばぇっ!!』と言っています。隣のハフロプ夏ちゃんも、ネザドワ夏ちゃんの声に合わせてお耳をぴこぴこと動かしています。応援してくれているのです。
 そんな二人の後ろに立つ的場さんは、ガラス越しにロプイヤ夏ちゃんと目を合わせ、優しく微笑んで頷いています。
 それはロプイヤ夏ちゃんが寂しくなった時、泣いてしまった時。あの大きな手で頭を撫でながら『大丈夫ですよ』と優しく微笑んでくれる時の、大好きな的場さんの顔でした。
 
「んっ……がんばりゅ……!」

 きゅ、とちいさなお口を引き締めてこくんと一人頷くロプイヤ夏ちゃんは、その後もしっかりと検査を終えることが出来ました。
 付けたときと同じように看護師さんが優しくヘッドホンを外してくれると、ロプイヤ夏ちゃんはとてとてと早足に的場さんに駆け寄ります。

「まとしゃ……!」
「お疲れ様でした。頑張りましたね」
「ん……へ、へーき。もう、なんかいも、やってるもん……

 的場さんに保護されたばかりで初めて検査を受けた時には、検査ボックスにまだ窓はなく、今よりももっと怖くて、暗くて、狭いように感じて、ロプイヤ夏ちゃんは的場さんからなかなか離れずやだやだと泣いてしまったのです。
 でも今は、ハフロプ夏ちゃんも増えてもうお姉さん。だからだいじょーぶ、と少しだけ強がりを隠して言えば、的場さんは一瞬だけ目を見開いてきょとん、としました。
 それからすぐにあの大好きな微笑みを浮かべて、大きな手でふわふわのお耳ごと包むように頭をなでてくれました。

「偉いですね。……でも、まだ一人だけ離されるのは嫌でしょう。間違ったらどうしよう、と不安になるようなことは特に」
「ふぇ……?」
「知っていますよ。怖いと、嫌だと泣き叫ぶことはもうないのでしょうが……きみは頑張ったんです。良い子ですね」
……うん! えへへ……


*****


 看護師さんの持つ長く伸ばされた指示棒が、壁に張り出されたたくさんのマークのうち一つをコツン、と示します。それをじっと見ているのは、おたまのようなもので片目を隠して椅子に座っているハフロプ夏ちゃん。
 今は、視力検査の時間です。
 
「はい、これはどっちですか?」
「みぎ」
「ッ……つ、次にこれは?」
「? ひだり」
「ご、ごめんなさいね……ではこれはわかりますか?」
「えと……うえ、かも」

 問われるマークは、上下左右のどこかが欠けたドーナツのような、おなじみのもの。ハフロプ夏ちゃんは指示棒の先を追って真剣に答えていますが、検査を担当したり様子を周囲から見守る看護師さんたちは、思わず悲鳴を上げてしまわないように我慢していました。
何故かと言えば。

「それは、ひだり」ぴょこっ
……した、やっぱりみぎ」ぴくぴくっ 
「うえ……!」ぴんっ!
  
 無意識なのでしょうか。ハフロプ夏ちゃんの垂れ下がった片耳が、まるで矢印のように答えと一緒になってぴこぴこと動くのです。その光景はまさに可愛らしいの一言で、周りの看護師さんたちは胸がきゅーん! となるのを抑えながら検査に集中するのに必死でした。

「では、次は眼球の検査を行います。こちらへどうぞ」

 視力検査が終わり、おたまの目隠しを回収した看護師さんが別のドアを開きます。すると、進もうとしていたハフロプ夏ちゃんはぴた、と足を止め、少しだけ俯いてしまいました。何かを考えるように目を閉じて、くるりと後ろを振り返ります。
 とてとてとて。検査の様子を見守っていた的場さんのところまで行くと「ん、」と上に両手を差し出しました。

「まとしゃ、くだしゃい」
……ここまで頑張れましたし、あともう少し」
「やー」
……これじゃなくて、私が一緒に」
「まとしゃ、けんしゃのおへやはいれないよ。だから、そっちのまとしゃ、くだしゃい」
 
 とても、非常に納得のいかなそうな顔をしながら、的場さんが荷物の中に手に入れて取り出したのは、手のひらサイズのぬいぐるみでした。綿が詰められてもちもちとしたそれはなんと、的場さんにそっくり。ハフロプ夏ちゃんのたからもの「まとぬい」です。
 ハフロプ夏ちゃんは、頭を固定されたり目に光を当てられたりするこの検査が、まだまだ苦手です。だから、まとぬいくんを抱っこして検査を受けたいのでした。けれど的場さんは、ぬいぐるみではなくて自分が行けばいいと思っていたので、取り出しはしたもののなかなかハフロプ夏ちゃんに渡してくれません。
 近くにいたすっかり顔なじみのベテラン看護師さんに「……よろしいですか」なんてわざわざ確認までしています。ハフロプ夏ちゃんはきゅ、と眉を寄せて「まとしゃ、はやく」とちょっとだけおこです。
 
「ぬいぐるみ? えぇもちろん良いですよ。ハフロプさん、よかったわねぇ。検査頑張れますねぇ!」
「あい、がんばりましゅ。まとしゃ、ん」
…………どうぞ」 

 あぁ、的場さんのそのお顔といったら! 初めて首に鈴付きのリボンを付けられたネザドワ夏ちゃんのように、どんよりとしたお顔です。
 一方、無事にまとぬいをゲットしたハフロプ夏ちゃん。ぎゅっ、と小さな小さな的場さんを抱きしめます。それから看護師さんの待つ別室の方へ、てててててっと駆けていきました。別室に入る直前、くるりと的場さんを振り返ります。

「まとしゃ」
「!」
「いて、きましゅ。がんばりゅね」

 まとぬいを抱きしめながらも、その目は的場さんを見つめ、小さくも手を振っているハフロプ夏ちゃん。その姿に、かつては的場さんでさえ触れさせず震えて威嚇し自分の身を守ろうとしていたハフロプ夏ちゃんの面影はありません。的場さんは目を細めて、優しい声を返しました。

「えぇ、いってらっしゃい」

 
*****


「皆さん、お疲れさまでした! これが最後の検査です。このままお待ちくださいね」
「「「はぁーいっ」」」

 病院の色々な検査室をぐるぐる回って、様々な検査を終えたうさ夏ちゃんたち。やって来たのは、今まで入ったことのなかった新しい検査室。今回の健康診断から、一つ検査が増えたのです。「おおきくなったからですよ」と言われたからには、気合も充分。どんな検査なんだろうとワクワクしながら、三人はお利口に椅子に座っていました。
 やがて入ってきたドクターが、うさ夏ちゃんたちの背後に立つ的場さんとチラリ、と目を合わせます。的場さんもまたその目配せに微かに頷いて、何やら意味深なやり取り。けれど、新しい検査にわくわくそわそわしているうさ夏ちゃんたちは気付きません。
 ドクターはにこりと笑ってうさ夏ちゃんたちに挨拶をすると、準備は看護師さんに任せて三人からお話を聞き始めました。

「みなさん、今回の検査はどうでしたか?」
 
 「ぜーんぶ、ちゃんとできまちた!」と耳をピン、と立てて満面の笑顔なネザドワ夏ちゃん。
 「がんばれ、まちた……!」長いお耳の先で顔を隠しながらも、どこか誇らしげに笑うロプイヤ夏ちゃん。
 「からだにいろいろくっちゅけるの、おもちろかった」斜め上な感想のハフロプ夏ちゃんは、相変わらずマイペースです。

「あのね、あのね! けんしゃおわたらね、まとしゃとケーキやさんにいくのー!」
「いっちょにおひるね……よるは、ごほんもよんでくれるって」
「びょーいんのまえも、いっぱいあしょんでくれた。けんしゃがんばるためと、がんばったあとのごほうび。まとしゃ大さーびす」

 検査の前に的場さんと過ごした楽しい思い出と、この後に待つお楽しみの話題できゃっきゃとはしゃぎ心を浮き立たせる三人は、『最後の検査』のためにここに呼ばれたことなどすっかり忘れてしまったようです。
 ドクターがそのことを伝えると、三人はぴたり、と動きを止めていそいそと椅子に座り直しました。

「しょっか、けんしゃまだあった……
「しぇんしぇ、なにしゅゆのー?」
「それはですねぇ……前よりもっとお姉さんになった皆さんなら、がんばれるって信じていますよ」
「「「?? なにをー?」」」

 ドクターの質問にこてこてこてん、と三人が首を傾げた時、カチャカチャと用意をしていた看護師さんが「準備できました」と声をかけました。
 看護師さんは所々に留め具のついた、細いベルトのようなものを持っています。そしてドクターには、銀色のトレーを差し出しました。

「さて……それじゃあ皆さん、頑張りましょう。──初めての、血液検査」

 誰からいきますか?
 そう聞くドクターの指の中で、小さな注射器の針が、キランと光っていました。


 *****


「んゎぁぁああ!!!! いたかったぁぁぁあ!!!」
「ふぇっ……ひっく、いたい……ぐすっ……
「きゅーぼ……ゆけつ……へるぷみー……
「あぁ、みんな本当によく頑張りましたね……!」
「「「まとしゃーーーっ!!!」」」

 左腕の袖を捲り、小さな絆創膏を付けられた三人は、的場さんに抱き着いて三者三様に泣いていました。ネザドワ夏ちゃんが顔をこすりつけている袖口なんて、もうドロドロのべちょべちょです。けれど、的場さんは気にした様子もなく三人の背中をさすったり頭を撫でたり、たくさん手を動かしてそれぞれに言葉をかけていました。

「皆さん、本当によくがんばってましたね……! 検査結果は、いつも通り郵送いたします」
「ありがとうございます。では、私達はこれで。さぁ皆さん」
「「「しぇんしぇ、さよーならー……」」」
 
 帰りの挨拶も沈んでいるうさ夏ちゃんたちを抱きかかえたまま、的場さんは病院を出てきました。
 時間に合わせてやってきていた部下の人の車に乗り込み、後部座席にセットされた専用の小さなチャイルドシートに三人を座らせようとします。が、肩や腕に引っ付いた三人はいやいやと首を振って離れようとしません。

「まとしゃがだっこちててぇ!」
「おやおや……ずっと抱っこしていては、ケーキ屋さんに入れませんよ?」
「いいもん……ケーキやしゃん、こんどにしゅる……
「きょおは、おうちかえる……
「ずっとだっこちてて……よるはごほんよんで……

 うさ夏ちゃんたちは基本的には自由気ままですが、既に決まったスケジュールの変更、それも自分以外の誰かも巻き込むようなことはめったにしません。つまりこれは、彼女たちなりの精一杯のワガママなのです。
 それがわかっているからこそ、ワガママをぶつけられた的場さんは、彼女たちを胸元に引き寄せて抱きしめました。そんな可愛いお願いなら、いくらだって叶えてあげたいに決まっています。
 行き先を告げた車は、的場邸に向かって静かに走り出しました。大きな掌の中に小さな彼女たちを包んで、的場さんは甘やかすような声で尋ねます。

「では、夜は何の本を読みましょうか」
「「「……ねむれるもりのびじょ」」」
……かまいませんが、それでいいんですか?」

 息もぴったりな答えに、的場さんは首を傾げました。
 たしかあれは、お姫様が糸車の『針に刺されて』眠ってしまう物語だったと思うのですが……

「こくふく、しゅる」
「克服?」
「だいじなのは、いめぇじ」
「イメージ?」
「まずは、ごほんからなの……!」
……あぁ、なるほど」

 三人の顔に、さっきまでのぐちゃぐちゃべしょべしょの涙はもうありません。その代わり、乗り越えるべき新しい壁を見据えたような、力強い輝きが目に宿っていました。
 
……ふふ。頼もしいお姫様たちだ」

 血液検査の大泣きで疲れ切ったうさ夏ちゃんたちは、本を読んでもらうまでもなく今夜はぐっすり。
 三人で協力して注射器にウサギキックを叩き込むそれはそれは楽しい夢を見たそうですが、それはまた別のお話。





 おしまい。