九保
2026-06-14 20:05:19
2404文字
Public
 

Rainy day

雨の日にかこつけて雪崩込むイトビリの話


新エリー都にも季節の移ろいが訪れる。

普段より湿度の高いスロノス区を筆頭に、都心部であるヤヌス区はもちろん、荒涼とした景色が特徴の郊外ですら、この時期は雲の立ち込める日が多くあった。

水場の少ない郊外で、雨と言えば貴重な恵だ。
思いっきり洗車ができると愛車を外に出し、全裸でずぶ濡れになりながら洗車を強行する走り屋や、貯水タンクの口を開け、数日分の生活用水を節約しようと試みる人間もいる。

例に漏れず、覇者たる称号を持つカリュドーンの子一派もその一つだった。
ルーシーは数日間しっかりと湯を張れるだけの水を確保しようとしていたし、(シーザーはそれに乗っかって、少女漫画のヒロインが入っていた泡風呂にチャレンジしようと密かに高価な入浴剤を準備していた)、パイパーは自慢のアイアンタスクをぴかぴかにしようと豪雨をものともせず道具を並べている。バーニスは、こんな雨の日は飲むっきゃないよね!キャンペーンなどと、取ってつけたような名前でニトロフューエルを振舞っていたし、唯一全身を長い被毛に覆われたプルクラだけが、憂鬱そうな顔をして自慢の尻尾が湿気に負けないようにとブラシを通していた。
カリュドーンの子各々が雨の日を楽しむ中、黒一点のチャンピオンはというと、一人荷運びの仕事の為、新エリー都を訪れていた。

雨だからと仕事が無くなるわけではない。
物流は常に動き続け、便利さを知った人々は物が届くのが当たり前だと思っている。
雨足の強さに高速道路をカッ飛んでいくことを渋り、配達を断念している同業者達が多いからこその稼ぎ時である。

今にも降り出しそうな曇天の下、辛うじて積荷を濡らさずに済んだライトだったが、省みもしなかった自分自身はずぶ濡れになっていた。
車の中なら別に誰にも迷惑はかからない。
それでも、大量の水分を吸って重くなった衣服は心地のいいものではないし、夏を前に下がった気温の中では、体が冷えていく一方だった。熱々のシャワーが浴びたい、芯まで火が通りそうな程熱いやつが。
しかし、その為だけにホテルに入るのも得策だとは思えない。気軽に湯を貰えそうな相手……考えたライトが連絡をしたのは、存外世話焼きな知能構造体だった。

「うぉっ、随分濡れてんじゃねぇか」

タイミングが良かったとしか言いようがない。
他の邪兎屋のメンバーは別の仕事で全員出払っていた。この雨で帰れないとは、ほぼ同時に連絡が来たばかりである。雨音に負けないくらい強く殴られた鉄製のドアが悲鳴と思しき音を立てて、慌てたビリーは急ぎ扉を開け放った。
トレードマークのサングラスを外し、赤いマフラーは水を吸ってその色を変質させている。
頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れのライトがそのまま事務所へ入ってこようとするのを、ビリーは入口でせき止めた。

「バカヤロウ! そんな濡れた状態で入れられるわけねぇだろ。服とりあえずここに入れろ、書類が濡れてたら俺がニコの親分にどやされんだよ」

「人目のある往来で脱げって言ってんですか?そりゃあ随分じゃないっすか、パイセン」

「全部とは言ってねぇだろ。少なくともその上着とマフラーはここに入れろって言ってんだ」

ずいとライトの眼前に突き出されたのは、どう控えめに見ても掃除用のバケツである。
中が汚れているわけでは無さそうだが、いかにもなブルーのプラスチックのそれに、ライトは不満そうな顔をしたが、ここはビリーに従うしかない。渋々とばかりにバケツに衣類を放り込むと、ドサリと鈍い音がした。

なんだかんだ素直に動く後輩に、満足そうにしたビリーが今度は乾いたタオルを手渡す。
がさりと毛羽立った硬めの手触りがするが、洗剤の匂いのするそれは清潔そうだ。
タオルを宛てがう前にと、ライトは頭をぶるりと大きく振るった。乱雑な動作に飛び散る雫が、ビリーにも跳ね返ってくる始末だ。

「犬かお前は。ちったぁ遠慮しろ」

「そのまま拭いてたんじゃ、布切れ何枚あっても足りないっすよ」

「そうかよ。ほら、靴も一回脱げ」

「仕方がないっすね」

逆さにひっくり返したブーツからは、汲んできたかのような水が零れていく。滴る靴下も同じくバケツに放り込むと、来客用と思しきスリッパがライトの前に揃えられていた。
それを濡らすのはいいんすか、と口に出しそうになったが、履くものを奪われてはたまらないと、ライトは飲み込んだ。

足元から拭いて、さすがに脱げなかったボトムの水分を切ろうと上から叩いていく。屈んで下を向いているライトの頭を、がしがしと掻き回すようにビリーが拭きあげた。

「パイセン、もっと優しくしてくださいよ」

「拭いてやってんだから文句言うなよ」

両手で掻き回すような動きだ。ライトの後頭部にビリーの指が絡む。ビリーに髪を掻き回されるのは、ベッドの上くらいだと思っていたのに。包まれた頭部が熱を持つ。

髪から首筋、タオルが首元を掴んで鎖骨を通った。顎がビリーの両手に包まれると、ぐいっと上を向かされる。

「水も滴るいい男とは言うけどよ、濡れすぎってもんだ」

ライトから移った水分で重くなったタオルに、ひと仕事やり遂げた充足感か、ビリーがここぞとばかりに笑ってみせた。

「早くシャワー浴びてこい、風邪引いちまう」

事務所の奥へと背を向けたビリーを、冷えきった腕が捕まえる。抱きすくめるように引き寄せると、相手を濡らす勢いで体を密着させた。

「お前!何すんだよ俺まで濡れちまう」

「いいじゃないっすか。どうせこの後二人とも濡れるんだ」

「は? どういう意味――

ビリーの言葉も聞かず、ライトは勝手に事務所の奥へと進んでいく。飼い慣らされた大型犬だと思っていた相手が、腹を空かせた野良犬であることに気付いたのは、ビリーが隅々まで貪られた後であった。



end.