【スタゼノ】ダイヤモンドは永遠に

スタゼノワンドロワンライ 第258回お題「カジノ」「賭け金」
カジノで大儲けしたゼノが、スタンリーに婚前契約について語る話。

 自然光を取り入れた、柔らかな照明を含む大理石が敷かれたカジノフロアで、俺達は真っ昼間から酔っ払ってソファにもたれかかっていた。
 いつもならダイナーやモーテルで済ませる休日を、そんなイかれた場所で過ごすことになったのは、ひとえにゼノが先日職場のギャンブルで儲けたことに由来する。彼は職場での賭け事、彼いわくバスケットボールリーグのプール・ベッティングで大勝ちし、それを元手に持ち前の統計的記憶を使って観光客向けのカジノでポーカーに勝った。そして、色々な揉めごとを交わした結果、半日にして大富豪となったというわけだ。言うまでもなく連邦税と州税は引かれるが、一生今日の賞金で暮らせるくらいには稼いだのである。
 というわけで、ゼノはカジノの係員によって記念写真を撮られ、IDを確認され、自分から賞金の受け取り書類にサインし、馬鹿みたいな額の小切手を手にした。何に使うのかは分からないが、仕事中毒の彼がそれを無為にすることはないだろう。
「で、その金どうすんの? 研究資金にでもすんの?」
 そう言いながら、俺はウェイターが運んできたカクテル――ウォッカ・マティーニ(勿論、シェイクン、ノット・ステアード)を口元に運んだ。するとゼノは笑って、「どうしようかな」と頭を傾けた。俺はそれを見て、ちょっと、というか思わず彼の顔を二度見した。もしかしたら、この先一週間はそんなふうにしているかもしれないくらい迷う男が意外だったのだ。
「あんたって、研究以外に金使うことあんの?」
「おぉ、スタン。そりゃああるさ。今日だって君のためにカードを切っただろう?」
 ゼノはフロアを歩き回るウェイターからコスモポリタンを受け取って、そしてそれを煽った。
 彼の言うとおり、俺はよそ行きのスーツと靴、腕時計をプレゼントされ、このカジノに連れて来られていた。朝食の時にはいつも通りの破れたジーンズにTシャツ、それからフライトジャケットって格好だったのに、だ。
「研究には金がいるんじゃねぇの? ほら、あんたいつも出資者探してんじゃん」
 俺はマティーニのグラスにまた口をつけ、ゼノを見つめる。するとゼノは、まるで何かの告白をする前の夜のように目を伏せた。
「たまには無駄遣いをするのもいいだろう? 今日稼いだ金で世界中を飛び回るのもいい。君が見たことのない場所に連れて行ってあげるよ」
……へぇ、プロポーズ前の男みたいなこと言うんね」
 俺は目を細めてゼノを見る。すると彼は面食らった顔をして、その次に笑ってみせた。
「じゃあ、婚前契約を結ばないとね。僕としては不倫のペナルティを重くしたいな」
「俺は一途な男だぜ。そんな心配なんていらないって知ってるだろ、ダーリン?」
 俺達はいたずらを企てる子供のように笑い合い、グラスを手にキスをする。
 こんなのいつものじゃれあいだとは分かっていたが、非日常が横行するカジノにいると、それも叶うような気がした。もしこれがロマンチックコメディの一幕だったら、俺達は結婚してすぐにくだらないことで喧嘩して、今日ゼノの儲けた金がどちらのものか揉めるんだろう。だが、俺は金に興味がなかったし(そこそこ稼いでもいたし)、ゼノもそれは同じだった。
 それにしても、さすが結婚の首都と呼ばれる地だけはある。いつものジョークだとはいえ、ゼノが自分から結婚を意識するなんて、今までにはなかったことだ。まぁ、俺はずっと、いつこの恋人とパートナーになれるかってことを夢想していたのだけれども。
「そうだな、確かに君が浮気しているところは想像がつかないな。……君が不倫したら、僕は足がつかない方法で葬り去るけどね」
 唇を離しながらゼノは言い、俺はそこまで愛されている自分に喝采を送った。よくやったスタンリー・スナイダーって、よくそんな愛をもらえるまでの男になったって。
「流れからすると結婚式は来年かね。俺としては、今すぐにでもいいんだけど?」
 現実的に言うと、婚前契約書に署名するのは少なくとも半年前、理想的には十二ヶ月前と言われている。じゃなきゃ裁判で契約が無効と判断される可能性があるからだ。神はどんな愛の形でも受け入れるっていうのに、司法って人工物は非情である。
「君は愛のトンネルを潜りたいタイプかい?」
 君はせっかちだから、二十四時間営業のドライブスルー・ウェディングの方がいいのかなって、ゼノが俺の肩にそっと手を乗せる。するとじんわりと体温が伝わって、俺はその熱っぽさに、頭をくらくらさせてしまった。ただ触れられただけ、それだけなのに。あぁ、そうだ、そういえば、俺達って今日の朝空港でキスはしたけれど、まだファックはしていないんだった。観光客に混じって朝からカジノに入ったせいで、いつもみたいにはファックをしていないんだった。
「あんたを俺のものに出来るんならどっちでもいいぜ。一年でも、百年でも、一千年でも待てるし、今すぐだっていい」
 俺はまたゼノに唇を重ねる。うっとりとまばたきをする黒い瞳は、俺が何よりも愛するものだった。
 あんたのためなら、きっとどれだけだって待てるよ。何年お預けされたって、この思いが消えることはないって自信を持って言える。だってあんたは俺の初恋の人で、そんで今も一番で、それからこの先もその地位は揺らがないに決まっているんだから。
……それとも、結婚前に相性確かめとく?」
 唇に息を吹きかけて言うと、ゼノはさっきまでの親密さが嘘みたいに肩を震わせて、ぷっと吹き出した。俺のジョークがそんなに気に入ったん? それとも、ツボを間違えて外しちまった?
「もう散々婚前交渉はしてるのに、まだしたいのかい? まだ確かめ足りない?」
「あんたはしたくねぇの?」
 質問に質問で返し、俺は恋人の銀色の髪を撫でる。ゼノはソファに身体を預け、こちらをじっと見ている。湿りけを帯びた、どこか情熱的な瞳で見ている。
「そりゃあしたいさ。さっきからずっと君の視線が気になってた。君が僕を見る目が焦れったかったよ」
 そう言うと、ゼノは俺の耳元に唇を寄せ、久しぶりなんだから、いつもより僕を満足させてって囁いた。俺はそれに、そう来なくちゃってキスで返す。
 俺達はカジノフロアの隅で口付けあう。ここはカジノだ。みんなスリルと金に夢中で、俺達を咎める人間はいない。心地良い、地獄のような、夢のような空間だ。
(あぁ、終わりたくねぇな……
 これから先はいつものように彼が予約したホテルに行って、いつものように愛し合うんだろう。そしてきっと婚前契約も結婚もジョークで、俺達はいつも通りの夜を過ごすんだろう。ファック、ファック、ファック、それから愛の囁きをして、寂しいと抱き合って笑顔でそれぞれの職場に戻る。いつも通りの休日だ。いつもと少し違うのは、カジノで大勝ちしたことだろうが、だからといってそれで世界が劇的に変わるってわけではない。明日になればゼノはNASAに戻る準備をするし、俺も海兵隊に戻る準備をする。俺達は、カジノで大勝ちしたってことを除けば、ごく普通の恋人同士だった。
「期待しててよ、せんせ」
「勿論さ。君は僕を裏切ることがないからね」
 ゼノはまた俺にキスをして、そしてソファから立ち上がる。俺もそんな彼に続き、ホテルへと続くエレベーターへと歩く。
 さて、大富豪をどう楽しませようか。今日のあんたは積極的だし、ちょっと趣向を凝らす? でも、結局満足すんのは、いつも通りのやつなんだろうな。
 俺達は足をもつれさせながら、笑いながらエレベーターへ乗り込む。ゼノの考えはいつもと同じく読めなかったけれど、それでも俺は彼のジョークが本当になればいいのに、と思った。婚前契約、結婚式、そういう、普通の恋人達が経験するようなことを、身をもって知りたかったから。
 だって、ここは結婚の首都だ。今日くらい夢見たっていいだろう。今日くらい、あんたが俺のものになる夢を見たって、きっと許されるだろう。
 だからいいだろう、ゼノ。あんたを俺のものにさせてよ、俺をあんたのものにしていいから、俺のものになって。
 エレベーターのドアが閉まる。俺達はまたキスをする。まだ部屋には早いっていうのに、熱心にキスをする。まるで永遠を誓うみたいに、それこそ、神に誓うみたいに。


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