ポほ
2026-06-13 22:53:25
12830文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

娘じゃねーし

三学期編第9話。引っ張ろうと思ったけどなんかもういいかなと思って色々種明かし(いうほど明かされてない)。なぜ真冬ママが都合よく来ていたのかはおいおい。
本当はトロプリのくるるんのお面をつけてることにしたかったけど、調べたら当時出ていなかったらしい 悲しいなあ(トロプリおもろいよ)
榴岡公園は私が近所に住んでいた頃は実際に不定期に週末に屋台が出ていたけど、食べ物系だけでお面屋とかはなかったと思うのでその辺は脚色。
ツッコミどころは多いと思いますが、結局不器用な両親が全ての元凶でしたとさ。

 お泊まり会の翌日の午前中。
 宗真、ヨツダ、海成、嵐士の四人はつつじがおか公園を訪れていた。
 仙台駅東口から徒歩十五分ほど。桜の名所として知られ、園内には民俗資料館もある。街中にありながら驚くほど広く、木々に囲まれた園内はどこか落ち着いた空気に包まれていた。
「ここが“かあさん”の思い出の場所なんか……
 嵐士が辺りを見回しながら呟く。
「意外と近所やったな。歩いて来れるやん」
「宗真くんのご両親、この辺でずっと育ったらしいからね」
 海成が説明する。
「ご近所さんで幼なじみだったとか。……あ、それでいうと樹くんと宗真くんも幼なじみか」
「小三からの付き合いって、そこまで幼なじみか……?」
 ヨツダが微妙そうな顔をした。
「十分だろ」
 宗真が笑う。だがすぐに公園の奥へ視線を向けた。
……にしても広いな。こんなとこに母ちゃんが偶然来てるなんてことあんのかな」
「でもまあ、今はしらみ潰しに探してくしかないやろ」
 嵐士の言葉に、三人も頷いた。

 そして四人は手分けして公園内を歩き回った。
 ベンチの並ぶ散策路。資料館の周辺。桜並木の下。噴水の近く。
 それらしい人影を見つけるたびに確認したが――。結局、真冬らしき人物は見つからなかった。
「はあ……
 宗真がベンチに腰を下ろす。
「駅前で昼メシでも食うか――
 そこまで言いかけて。
「あっ!」
 突然立ち上がった。
「屋台出てるっ!見てっていー?」
 視線の先には週末限定で並ぶ屋台の列。焼きそば、たこ焼き、ベビーカステラ。香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。
「おい、はぐれんなよ」
 ヨツダが呆れたように言った。
「まったく……ガキだな」
「でも、そういうところが?」
 海成が意味ありげにヨツダを見ると、嵐士もすかさず続けた。
「可愛くて仕方ない、やろ?」
「な、なんだよお前ら!」
 ヨツダの顔がみるみる赤くなる。その隙に宗真はすでに屋台へ駆け出していた。
「おーい!早く来いよー!」
「だから一人で行くなって!」
 慌てて追いかけるヨツダの後ろで、海成と嵐士が顔を見合わせる。
「わかりやすいなぁ」
「ほんまにな」
 真冬探しの途中だというのに。四人の周りだけは、いつもの賑やかな空気が流れていた。

 土曜日の榴岡公園は賑やかだった。週末ということもあり、並木道には家族連れや学生たちの姿が多い。桜の季節には早く寒々しい景色ではあるが、木々に囲まれた園内はどこか穏やかな空気が流れていた。
 そんな中――
「あれ?」
 ふと宗真の足が止まる。屋台が並ぶ一角だった。焼きそばやたこ焼きだけではない。スーパーボールすくい、射的、お面屋。色とりどりのお面がずらりと吊り下げられている。
(狐のお面って……
 宗真は思わず視線を逸らした。
(母ちゃんや赤星流のやつら思い出すな……
 なんとも言えない気分になる。

 その時だった。
 お面屋の前に立つ、一人の女性が目に入る。帽子を深く被り、どこか落ち着かない様子で商品を眺めている。
そして――
(あれは……!)
 嵐士の目が見開かれた。女性もまた、こちらに気づいたらしい。
 一瞬だけ身体が硬直する。
 次の瞬間。
「これください」
 慌てた様子で会計を始めた。
「おい宗真くん、その人もしかして……!」
 嵐士が叫ぶ。
「へ?」
 宗真が振り返った時には、女性は既にお面を手に取っていた。
 しかもよりによって――何年も前のプリ〇ュアのお面だった。
 女性はそれを顔に被ると、くるりと踵を返して走り出した。
「逃げた!?」
 海成が声を上げる。
「いや、怪しすぎるだろ!」
 宗真も反射的に駆け出した。
 だが相手は大人とはいえ女性。しかも運動靴ですらない。
 中学生男子(便宜上宗真も含む)四人に追われて逃げ切れるはずもなかった。数十メートルも行かないうちに追いつかれる。
「ちょっ――待って!」
 宗真が手を伸ばし、女性の腕を掴んだ。女性はびくりと肩を震わせる。逃げようとする気配はもうなかった。
 宗真は息を整えながら、慎重に口を開く。
「あの……
 胸がうるさいほど鳴っている。ずっと探していた相手かもしれない。でも違ったらどうしよう。そんな不安もあった。
「人違いだったらすみません」
 宗真は女性を見つめた。プ〇キュアのお面の奥に隠れた顔。その向こうにいる人物へ向けて。
「真冬さん……ですか?」
 沈黙。風が木々を揺らす音だけが聞こえる。やがて。お面の向こうから、かすかに声が漏れた。
……どうして」
 その声を聞いた瞬間。宗真の心臓が大きく跳ねた。聞き覚えはない。
 けれど――。なぜだか分かってしまった。
 この人だ。
 ずっと会いたかった。ずっと聞きたかった。自分を女の子にした張本人。
 そして――母親。
 真冬は、お面の奥で困ったように小さく呟いた。
……よりによって、こんなところで見つかるかなぁ」

 真冬の言葉が落ちた瞬間、周囲の空気が少しだけ重くなった。
 その時だった。
 どこからともなく、人影が現れた。狐の面をつけた集団。公園の木陰や通路の先から、ぞろぞろと姿を見せる。
 宗真たちは思わず身構えた。
「うわっ!?」
「赤星流の人達……!?」
 海成が後ずさる。
 しかし――
 真冬は面倒そうにため息をつき、お面を外した。
「あー、今日はもう帰っていいわ」
 狐面たちがぴたりと動きを止める。
「ひとりで帰れるし、最悪嵐士に送ってもらうから」
 そして宗真へ視線を向けた。
「今は親“娘”水入らずで話をさせて」
 真冬の言葉に、狐面たちは一礼すると散っていった。まるで最初から存在しなかったかのように。
(自分から追い出した癖に……
 嵐士は眉をひそめる。
(ボクの扱い適当やないか? 何か焦ってる?)
 真冬らしくない。どこか余裕がないように見える。
……立ち話もなんだから」
 真冬は振り返った。
「こっちに来てもらえるかしら」
 案内されたのは、公園の奥にある野外ステージだった。その舞台ではなく、観客席の方。
 石造りのベンチに腰掛ける。週末とはいえこの辺りは人通りも少なく、落ち着いて話ができそうだった。
 真冬は最初に嵐士へ目を向けた。
「久しぶりね、嵐士」
「ええ……まあ」
 嵐士はどこかぎこちなく答える。真冬は続けた。
「それに宗真のお友達の江沼くんに、ボーイフレンドの吉田くん……ね」
「えっ」
 海成が固まる。
「ど、どうも……
 ヨツダは反射的に頭を下げた。
「宗真とはいつも仲良くしてくれてありがとうね」
「えっと……はい」
 海成は曖昧に笑い、ヨツダも居心地悪そうに視線を逸らした。
(なんだこれ)
 宗真は困惑する。
(普通のお母さんみたいな感じで挨拶してるけど……どうなんだ?)
 真冬はそんな宗真を見て微笑んだ。
「それにしても、女の子の宗真が男の子三人に囲まれてるなんてね。 自慢の娘ではあるけど、いったい誰に似たのかしら」
「む、娘じゃねーし……!」
 宗真が顔を赤くする。
「てか、それは母ちゃんのせいで――
「宗真」
 真冬は穏やかに遮った。
「あなたが言いたいことは、だいたい分かるわ」
「え?」
「離れていてもお母さんだから」
 真冬は真っ直ぐ宗真を見る。
「その顔。“なんで自分を女の子にしたのか”って思ってるんでしょ?」
 宗真は言葉を失った。図星だった。
 少し迷ったあと、小さく頷く。
……うん」
 そして続けた。
「でも今は、オレでもだいたい分かるよ」
 真冬の目がわずかに揺れる。
……オレのため、なんでしょ?」
 しばらく沈黙が落ちた。やがて真冬は小さく笑う。
……まあ、そうね」
 そして。
 その笑みは少しだけ寂しそうだった。
「大嫌いだったの。月城流がね」
 嵐士が口を開く。
「でも、かあさんは月城流を潰すことが目的やなかったんやないですか……?」
 真冬の表情が変わった。すっと温度が消える。
……嵐士」
 静かな声だった。
 だが、その場の誰もが息を呑む。
「あなたは、もうあの家を出たでしょう?」
 嵐士の肩が僅かに揺れた。
「私はもう、あなたのお母さんじゃないわ」
 信じられないほど冷たい目だった。嵐士ですら言葉を失う。
 宗真は思わず立ち上がった。
「母ちゃん!」
 真冬が視線を向ける。
「そんな言い方ないだろ!?」
 宗真は珍しく怒っていた。
「昔は本当に親子みたいに優しくしてくれたって言ってたのに……!」
 真冬は目を瞬かせる。それから少しだけ口元を緩めた。
「ふーん」
 どこか意外そうな顔だった。
「あなたが嵐士の為に怒るなんて。二人とも、意外と仲良くなっていたのね」
 真冬は改めて全員を見渡した。
「まあ、質問には答えてあげるけど」
 そしてゆっくりと言う。
「正確には、月城流を潰したかったわけじゃないの」
「え?」
「私が嫌いだったのは、月城流の“仕組み”よ」
 風が吹く。真冬の髪が揺れた。
「男に生まれたら、その人生を縛るだけの、ね」
 宗真は黙って聞いている。
「あのひとも大変な思いをしたくせに」
 真冬の声が少しだけ強くなる。
「宗真に、同じことを強いてね」
「あのひとって……父ちゃんのこと?」
「ええ」
 真冬は迷いなく頷いた。
「だからあなたを守りたかった」
 宗真の目を見つめる。
「あなたの人生を。当主の役割から」
 そして小さく笑った。
……時間はかかったけどね」

 真冬の言葉に、その場の空気がわずかに揺れた。
「宗真。あなたの上にお姉さんが二人いる理由……だいたい分かるでしょう?」
「え? えーと……?」
 宗真が戸惑ったように首を傾げる。すると海成が、おそるおそる口を開いた。
「もしかして……跡継ぎになれる男の子が生まれるまで、ってことですか?」
 真冬は少し目を見開き、それから小さく笑った。
「嵐士から聞いていたけど、江沼くんは賢いのね」
 その言葉は肯定だった。
「まあ……そういうことよ。もしあなたが女の子に生まれていたら……末っ子じゃなかったかもしれないわね」
 宗真は言葉を失った。真冬はどこか遠くを見るような目で続ける。
「今はどうか知らないけど……あなたのお父さんは、そういう人だったの」
「そんな……
 ヨツダが思わず顔をしかめる。
「子供を、跡継ぎになれるかどうかでしか見てないみたいじゃないですか」
 その声には、宗真を思うからこその怒りが滲んでいた。
……そうよ」
 宗真は慌てて口を挟む。
「で、でも今は違う! 父ちゃん、ちゃんと反省してたし……!」
 海に行った日や昨晩のことが脳裏をよぎる。
 自分に謝った父の姿。あの時の申し訳なさそうな顔。それを思い出すと、どうしても今の父を否定しきれなかった。
「とにかく!」
 宗真は話題を戻すように声を上げた。
「最近、女から戻んなかったり、急に男に戻ったりさ。わけわかんないんだよ! 母ちゃんなら何とかできないの?」
 真冬は首を傾げた。
「何とかって……呪いを解くってこと?」
「え……
 宗真は言葉に詰まる。真冬は不思議そうな顔をした。
「あなた……男に戻してほしいって頼みに来たんじゃないの?」
「それは……!」
(なんでこんなことしたのか聞きたいとは思ってたけど、そこまでは考えてなかった……
 喉が詰まった。男に戻りたいのか。そう聞かれて、即答できない自分がいた。
 真冬はそんな宗真を見て、小さく肩をすくめる。
「なんだ、違うの」
 どこか呆れたような、それでいて少し安心したような声音だった。
「結局、女の子の生活に未練があるんじゃない」
「そ、それは……
 否定できない。女子の友達もいる。姉たちとも以前より話すようになった。それに今の学校生活は女子としての自分が積み上げてきたものだ。失ったものばかりではなかった。
 真冬はくすりと笑った。
「まあ、それもそうよね」
 そして視線を四人へ向ける。
「今だって男の子達に囲まれて、満更でもなさそうだし」
 宗真が嫌な予感を覚えた次の瞬間。
「そういうのって、逆ハーレムっていうのかしら?」
「違う!!」
 珍しくヨツダが大声を上げた。その場の全員が思わず振り向く。
 ヨツダは自分でも驚いたような顔をしたが、すぐに真冬を真っ直ぐ見返した。
……違います」
 きっぱりとした声だった。
「ここにいる全員……宗真とは、男の時に仲良くなったんです」
 海成も静かに頷く。嵐士も腕を組んだまま黙って聞いていた。
 ヨツダは続けた。
「別に女の姿だから好きとか、そういう話じゃないです」
 その言葉に、宗真は思わず目を見開いた。ヨツダは少しだけ照れくさそうに眉をひそめながらも、視線だけは逸らさなかった。
「宗真が宗真だから、一緒にいるんです」
 榴岡公園を吹き抜ける風が、桜の葉をかすかに揺らした。真冬はしばらく何も言わなかった。
 ただ静かに――まるで何かを確かめるように、四人の姿を見つめていた。

「良かったわね? いいお友達に恵まれて」
 真冬はそう言うと、宗真の後ろに並ぶ三人へ視線を向ける。
……でも、宗真が女の子になったお陰で跡継ぎもやめて、自由になれたでしょう?」
 宗真は少しだけ俯いた。
 確かに、そういう部分もあった。
 けれど――
「確かに、女の友達もできたり、オシャレしたり、こいつらからかったり、楽しいこともあったけど……
 宗真は顔を上げる。
「女なんて、別に言うほど自由じゃないじゃん」
 真冬が目を瞬かせた。
「え……?」
 宗真は言葉を続ける。
「母ちゃんも女なんだから分かるだろ? 毎月セーリは来て体調悪くなるし、その間はプールも温泉も入れねーし、家の風呂だって気ぃ遣うし!」
 勢いがつく。今まで胸の奥に溜め込んでいたものが、次々と口から飛び出していく。
「それにオレみたいな背ぇ低い女ってだけで危ない目に遭ったりもしたし!」
 海成が小さく目を伏せる。ヨツダも何も言わない。
どれも、実際にあったことだった。
「それに……そういう時に守ってもらったりして、友達だったはずのこいつらにドキドキして、わけわかんなくなったり……!」
 真冬はしばらく黙っていた。やがて小さく息を吐く。
……あなたが女の子になってから、そんなことがあったのね」
 その声は先ほどまでより少しだけ柔らかかった。
「怖い思いをさせたことは謝るわ」
 嵐士が隣でわずかに眉をひそめる。
……そこは律儀に謝る程度に良識があるんが、この人のタチ悪いとこやな)
 責任を感じているようにも見える。だが、それならなぜこんなことをしたのか。
 余計に分からなくなる。

 宗真は首を振った。
「それに母ちゃん、なんか勘違いしてるみたいだけど……
 真冬が顔を上げる。
「跡継ぎをやめたのは、オレが女になったからじゃない」
……どういうこと?」
 初めて真冬の表情が大きく揺れた。宗真は頷く。
「ほんとはオレも、それを理由にしたかった」
 苦笑する。
「でも響姉が、それはズルだからってさ」
 脳裏に姉の厳しい顔が浮かぶ。
「新月の……一時的にだけど、ちゃんと男に戻った時に、父ちゃんと話をつけたんだよ」
(響姉さん……やっぱり、そういうところは当主の器、か)
 嵐士も内心同調した。
 真冬は何も言わなかった。ただ、信じられないものを見るような目で宗真を見つめている。
 やがて、ぽつりと声が漏れた。
「それじゃ……
 握りしめた手がわずかに震える。
「私があなたを守るためにやってきたことって……
 真冬は呆然としたように呟いた。
「まるで、意味が……
 真冬は、さすがに堪えたらしく、俯いたまま動かなかった。
 重たい沈黙が落ちる。
 その空気を破ったのは嵐士だった。
「かあ……いや、宗真くんのお母さん」
 言い直しながら、嵐士は少し困ったように笑う。
「必ずしも、そうやないと思いますけど」
 そして宗真を見る。
……な、宗真くん?」
 真冬がゆっくり顔を上げた。
「え……?」
 宗真は頭を掻きながら、少し照れくさそうに言った。
「まあ……そうだな」
 視線を空へ向ける。
「女になったおかげで、色んな景色が見られた気はするし」
 ちなつやゆきと女子の買い物に行ったこと。
 新倉と二人で放課後寄り道をしたこと。
 生理や身体の変化に振り回された日々。
 そのお陰でちなつやゆきと親しくなったり、二人の姉ともより話すようになった。
 クリスマスの前にヨツダとの絆を確かめ合えたのも、この身体になってより彼との距離を縮めたこそだろう。
 男だった頃には知らなかった世界。
 楽しいことばかりではなかった。
 むしろ大変なことの方が多かったかもしれない。
 それでも――
「父ちゃんにも言われたんだよ。視野が広くなったとか、ちょっと大人になったって」
 真冬の瞳が揺れる。
「そ……そんなこと言っても」
 声が震えていた。
「あなたが良かったとしても、あの男(ひと)はどうせ納得しない……! きっと私のことも恨んでるはずよ」
 宗真は首を振った。
「そんなことない」
 はっきりと言い切る。
「父ちゃんも、オレに稽古を押し付けすぎてたことは反省してたんだ。 オレが女になって帰ってきた時に、自分への罰だと思ったって言ってたぞ」
 宗真は海へ行った日のことを思い出す。あの時の宗二の言葉は、心からの謝罪だった。
「それに父ちゃんは……ほんとは母ちゃんに帰ってきてほしいと思ってるはずだよ」
 真冬が息を呑んだ。
……どうして、そう思うの」
「だって……
 宗真は苦笑する。
「父ちゃん、昨日の夜中に一人で母ちゃんの写真見てたんだよ」
――!」
「それに、母ちゃんの居場所を聞いた時もさ。ここは自分たちの思い出の場所だから、絶対来るはずだって言ってたし」
 そう言って周囲を見渡す。
 榴岡公園。
 春になれば桜が咲き誇る場所。
 宗二と真冬が、まだただの幼なじみだった頃から通っていた場所。
「まさか、その話した次の日に本当に来てるとは思わなかったけどな」
 宗真は笑ったが、真冬は何も言えないまま、ただ静かに目を伏せる。
「まあ、女の身体になったのは大変だったけど、オレなりに結構いい思い出もできたんだ」
 海成。
 嵐士。
 ちなつ。
 ゆき。
 そして――ヨツダとの思い出。
 たぶん、この身体にならなかったら知らなかったものがたくさんある。
「だからさ」
 宗真は少しだけ照れながら笑った。
「きっと、母ちゃんのやったことに意味はあったんだよ。感謝……まで言えるかは自信ないけど、とにかくオレは母ちゃんには怒ってないから」
 真冬の肩が小さく震えた。
 長い沈黙のあと。
 かすれた声が漏れる。
「私を……
 真冬は信じられないものを見るような目で宗真を見つめた。
「私を……許してくれるの?」

 宗真は首を捻った。
「もともと母ちゃんだけが100%パー悪いってわけじゃねーし。謝るんなら、さっき酷いこと言った嵐士に言ってやってくれよ」
 嵐士がわずかに目を丸くする。真冬は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
……ごめんなさい。あれは八つ当たりだったの」
 そう言って、年甲斐もなくぺろりと舌を出す。嵐士は肩をすくめた。
……そんなことやろうとは思ってましたけど」
(ほんま、妙なとこで幼いっちゅうか……宗真くんのお父さんは、こういうとこが逆に好きやったりするんやろか)
 
 宗真は呆れたようにため息をつく。
「話戻すけどさ。新月以外に急に男に戻ったりとか、逆に新月なのに女のままだったりとか……ああいうのだけ困るんだけど。母ちゃんなら何とかできねーの?」
 真冬の表情が少し真面目になった。
「そのことなんだけど……私がやったことは、もう去年の三月で終わってるの」
「え?」
「三月って……宗真が初めて女の子になった時ですか?」
 ヨツダが尋ねる。
 真冬は頷いた。
「ええ。その時に、ちょっと細工をしただけ」
「細工?」
「どうしても女の子でいるのが辛くなった時に、三回までは男の子に戻れるようにしたの」
 その場の全員が固まった。
 嵐士が最初に反応する。
……前に言うてた『母の愛』って、それのことですか」
「ええ」
 宗真は青ざめた。
「え、ちょっと待て。三回?」
 慌てて指を折る。
「オレ、新月以外で男に戻ったのって……
 宿泊学習。
 クリスマス前。
 そこまで思い出したところで顔色が変わった。
「もう二回使ってんじゃねーか!」
 思わず叫ぶ。
「ていうかオレ、ヨツダが浮気したら戻るんだと思ってたんだけど、違ったか」
「おい」
 ヨツダが即座にツッコむ。
「俺がいつ浮気した」
 海成が苦笑し、補足する。
「正確にはさ。宗真くんが『このまま女の子でいる意味なんてない』って思った時なんじゃない?」
……あー」
 宗真は考え込む。海成は続けた。
「まあ、そのきっかけが樹くんだったっていうのは、あながち間違いじゃないかもしれないけど」
 宗真はさらに考え込んだ。
「えっと……宿泊学習の時は、ヨツダが海成のこと名前で呼び始め
て、それから岩切さんと踊ってるの見て」
「いや、あれはただのレクだから……
「クリスマスの時は、新倉さんと仲良くしてると思って」
「お前の勘違いな」
……あれ?」
 宗真は首を傾げる。
「結局ヨツダ絡みじゃね?」
「気のせいだろ!」
 ヨツダがとうとう声を上げた。そんな二人を眺めながら、真冬は少し面白そうに目を細めた。
「吉田くん?」
 ヨツダの肩がびくりと跳ねる。
「宗真のボーイフレンドって聞いてたけど、他の女の子にも随分モテるのねぇ?」
「お、お母さん!?」
 ヨツダは真っ赤になった。
「誤解です!」
 真冬はさらりと言う。
「私はあなたのお母さんじゃないわよ?」
「持ちネタみたいにしてますやんか……
 空気が少しだけ和らいだ。
 ただ、その裏で宗真は気付いてしまう。
――残り、一回。
 もし真冬の言うことが本当なら。自分には、あと一度だけしか残されていないのだと。

 宗真はふと思い出したように口を開いた。
「ていうかさ。そもそもなんで新月に戻るんだ?」
 真冬は少し考えてから答えた。
「それは……呪いの限界みたいなものかしら。『救済措置』とは別の、もっと根本的なもの」
「限界?」
 嵐士が腕を組む。
「逆に、新月になっても男に戻らんかった時もありましたけど。あの時の宗真くん、様子がおかしかったんです。一人称も変わってたし、妙にオシャレに気合入れたりして」
 宗真は思わず顔をしかめた。
「あれマジでヤバかったからな……
 しかし真冬は困ったように眉を下げた。
「それは……私にも分からないのよね」
 四人は同時に固まった。
「「「「えっ!?」」」」
 真冬自身も少し気まずそうだ。
「本当は宗真が嫌がってもっと早く呪いが解けるかと思っていたの。それでもあのひとの目を覚まさせるには十分だと思って。まあ、私は今の宗真が可愛くて気に入ってるから、戻らないままでいた方がいいと思ってたけどね。私が把握してるのは、さっき話した三回までの救済措置と、新月で男の子に戻ることだけ」
「もしかして、ボクが宗真くんの監視させられてたのって、宗真くんのお母さんでも把握しきれない変化がないかを確認させるため……?」
「ええ。まあ、あなたに呪いについて介入させる気はなかったから、本当に見守るだけだけどね」
……
 宗真が頭を抱える。真冬は肩をすくめた。
「やっぱり非科学的なことに頼るのは、人類にはまだ早かったのかもしれないわね」
「そ、そんな軽いノリで……?」
 宗真は半泣きだった。
「じゃあオレ今どういう状態なんだよ!?」
「うーん……
 真冬は少し考え込む。そして申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。今の私にはどうしようも……
「おい!」
「でも逆に考えてみて?」
 真冬は人差し指を立てた。
「あなたにはまだ一回、男の子に戻れるチャンスが残ってるじゃない」
「え?」
「本気で女の子でいるのが嫌になったら、きっと戻れるわ」
 宗真の目が少しだけ明るくなる。
「そ、そっか……!」
 嵐士は複雑そうな顔をした。
「若干無責任な気もしますけど……最終的には宗真くんが望んだ形にはなる、っちゅうことか」
 男に戻るのか。今のままでいるのか。
 少なくとも、その選択権だけは宗真自身に残されている。
 海成が静かに口を開いた。
「でも、呪いについては宗真くんのお母さんにもまだまだ分からないことがあるんだよね。新月なのに女の子のままでいた時がそうでしょ」
「うん」
「だったら、全然別の形になる可能性だってあるんじゃないかな」
 宗真は少しだけ考え込む。
 確かにそうだ。
 すでに予想外のことが起きていて、呪いをかけた張本人の真冬にすらコントロールできないことがある。
 ヨツダも頷いた。
「宗真。それまでは――
 宗真は大きくため息をついた。
「なんつーか……現状維持ってことか」
「そうなるな」
「なんだかなぁ……
 肩を落とした宗真だったが、不意に顔を上げた。
「あ、でもさ!母ちゃん!」
「なに?」
 真冬が首を傾げる。宗真は当然のことのように言った。
「うちに戻ってきてよ!」
 真冬の目が丸くなる。
「え……?」
「なんならさ、嵐士と一緒にウチ来いって!」
 今度こそ。真冬は本気で言葉を失った。

 真冬は首を横に振った。
「今更、私にそんな資格なんてない。それに、赤星流のみんなを放っておくわけにはいかないわ」
「なんだよ」
 宗真は呆れたように肩をすくめる。
「じゃあまとめてウチで面倒見るからさ! 嵐士なんか、もううちの居候に慣れてるし」
「宗真くん、そんな犬を拾ったみたいな言い方……
 海成が苦笑した。
「でもさー」
 宗真は気にした様子もなく続ける。
「赤星の人たちが近くにいたら、お互いセッサタクマ?して、いい感じになんじゃね? うちなんて門下生いないしさ。こういうのってなんて言うんだっけ……そうだ! 月城流と赤星流をさ、M&Mしたら?」
「M&Aな。M&Mはチョコだから。ていうか正確にはM&Msな」
「細けぇなぁ」
 ヨツダは額を押さえた。
 真面目な話をしていたはずなのに、気づけばいつもの空気になっている。
 真冬は少し呆然としたように四人を見つめていた。
 その横で、宗真が嵐士を指差す。
「ほら、嵐士もなんか言いたそうじゃん?」
「えっ!?」
 突然話を振られた嵐士は目を丸くした。
「いや……まあ……
 少しだけ頬を掻く。
「確かにそうなったら、ボクも嬉しいけども。響姉さんと毎日稽古できたら、お互い高みに行ける気がするしな」
「ほら!」
 宗真が勝ち誇ったように言う。
「そっちの次期当主様がこう言ってるんだしさ。響姉は脳筋だから聞くまでもなくOKだろうし」
「あとで絶対しばかれんで、それ」
 嵐士がぼそりと呟いた。
 しかし真冬は笑わなかった。ただ俯いたまま、小さく首を振る。
「でも私……
 声が震える。
「宗ちゃんに合わせる顔が……
 その瞬間だった。
――ふゆちゃん」
 聞き慣れた男の声が響いた。
 一同が振り返る。
 野外ステージの入口。
 そこに立っていたのは――宗二だった。
 
「ふゆちゃん……ほんとに来てたんだね」
 真冬の目が大きく見開かれる。
「え……?」
 さっきまでどれだけ強気だった母親が、まるで時間が止まったみたいに固まっていた。
 宗真は目をぱちぱちさせる。
「父ちゃん!? なんでここに!?」
「そりゃあ来るさ」
 宗二は少し照れ臭そうに笑った。
「昨日、宗真たちが聞いてきただろう? それにさっき嵐士くんが連絡をくれたんだよ」
「え、お前いつの間に……!」
「もっと褒めてくれてもええよ」
(赤星のやつ、宗真のお父さんの連絡先知ってるのか……!? 俺知らないけど。……あ、今は居候の身だし、緊急連絡先的な?そうだよな?)
 ヨツダが焦る中、宗二は周囲を見回した。
「それに……この場所なら、ふゆちゃんがきっと来ると思ったから」
 真冬は何も言えないまま、ただ宗二を見つめる。
――榴岡公園。
 春になると桜が咲き誇るこの場所。
 まだ何者でもなかった頃の二人が何度も訪れた場所。
 悩んだ宗二を真冬が励ました場所。
 夢を語った場所。
 そして――今はもう失われたはずの、思い出の場所。
 宗二はそんな真冬に向かって、昔と変わらない呼び方で言った。
「久しぶりだね、ふゆちゃん」
 真冬の唇が震える。
 その目には、今にも涙が溢れそうだった。
「どうして今さら私に会いに来るの」
 真冬は唇を噛む。宗二は少しだけ困った顔をした。
「今さらじゃないよ」
……
「ずっと会いたかった。……でも、合わせる顔がなかった」
 静かな言葉だった。
 けれど、それだけで真冬の肩が震える。
「ふゆちゃん」
 宗二は一歩だけ近づいた。
「私はね。君がいなくなった後、ずっと考えてたんだ。どうしたら君は出て行かずに済んだのかって」
……
「私が悪いんだ。結局それからも意地になって宗真に稽古を押し付けるだけで……宗真の気持ちを考えてやれなかった。もちろん、君の考えに寄り添うことも」
「それは……私も同じようなものよ」
「そうか。じゃあ私たちは……似た者夫婦だね」
 真冬は顔を上げる。
 宗二は笑っていた。
 いつもの、少し頼りない笑顔で。
「宗真が前にこんなことを言ってたんだ」
「え?」
「女の子になったことについて……『今が楽しいからいい、父ちゃんは気にしないで』って。子供って、親が思ってるよりも早く大人になってしまうのかもしれないな。あの悪ガキだった宗真に、そんなことを思う日が来るなんて思わなかったよ」
 真冬の目が揺れる。
「だから、ありがとう」
……え?」
「君のおかげで、私は宗真の気持ちに……自分の過ちに気づけた」
「そんな……
 宗二は続けた。
「もう、君が一人で抱え込む必要はないんだ」
 真冬は何も言えない。
 宗二はゆっくり手を差し出した。
「帰っておいで、ふゆちゃん」
 その瞬間。
 真冬の目から、ぽろりと涙が落ちた。
……馬鹿」
「うん」
「ほんとに、馬鹿」
「うん」
「今さらそんなこと言われたら……
 声が震える。
 宗二は何も言わず待った。
 そして。
 真冬は泣き笑いのような顔で言った。
……ほんと、宗ちゃんは変わってないわね」
 宗真は隣で腕を組む。
「いや、そこは『帰ります』じゃねーのかよ」
「うるさい」
「痛っ!」
 即座にデコピンが飛んできた。
 宗真は額を押さえる。
「母ちゃん!?久々の親子の再会でそれ!?」
「宗真が元気そうで安心したからよ」
「理不尽だろ!」
 そのやり取りを見て。
 海成が吹き出し、
 嵐士が肩を震わせ、
 ヨツダは小さく笑った。
 少なくとも。
 宗真がずっと聞きたかった言葉は、もう聞けた気がした。
 ――母親は、自分を不幸にしたかったわけじゃなかった。
 その事実だけでも、十分だった。