トビハネ
2026-06-13 22:25:56
10795文字
Public 二次創作
 

火鼠と皮衣(サンプル)

9/26(土)のミルキィホームズwebオンリー『ギルティ収穫祭』で頒布させていただく予定の新刊のサンプルです。
グランドヨコハマ峡谷の川原に20の脱いだアルセーヌ様の皮が落ちてるのを見つけてしまったラット君の話。
R-18(サンプルでは微量)、皮モノの要素が含まれます。
また、本編には立場交換(一時的)、女装描写、アルラト(アンラト)等の要素が含まれます。

追記:6/16 3点リーダの個数と助長な表現を調整しました。また、公開部分を増やしました。

「は~~~っ……ヒマだな……

 枯れ葉が舞い散り、首元を北風がくすぐる季節。
 根津は両手を頭の後ろで組み、砂利道を踏み鳴らしてグランドヨコハマ峡谷の川辺を歩いていた。

「ここんとこの二十里の授業は真面目過ぎるっつーか、ぶっちゃけつまんねーんだよな」

 普段の教師は軽快な語り口で教科書の内容を解説しているのだが、最近はこれまでの内容の振り返りが主となってきたため、彼にとってはただただ退屈で仕方なかった。

「ノートは適当に取ってるし、別に外の空気吸ってきたってどーってこたあねえだろ」

 小石の一つを爪先で小突くとカツンと音を立てて飛んでいき、ガチャリと音を立てて砂利の中に埋もれる。少し歩いた先で同様に小突き、小石を蹴飛ばしてはまた少し歩くのを、根津は繰り返していた。
 時々風が吹くと襟首の中に寒風が入り込み、ぶるりと震える。

……マフラーか何か持ってくれば良かったか」

 そうぼやきながら、目についた足元のそこそこ大きな小石を思いっきり蹴り飛ばした。宙を飛ぶそれは根津の背丈より高く、さぞ小気味のいい音が鳴るのだろうと感じた。
 しかし彼の予想に反し、遠く離れた場所に落ちた小石は砂利を弾き飛ばすようなそれとは異なる、『ぽすん』と、まるで厚手の布か何かを思わせるような音を返した。

「ん?何だ、ゴミにでも当たったか?」

 音の原因を確かめようと、小石の落ちた方に向かって砂利道をザクザクと歩いて行く根津。
 その途中で周りを見回し、ふと歩みを止める。

「そういや、ここって

 グランドヨコハマ峡谷。それはかつて自分たち怪盗帝国が宿敵ミルキィホームズと相対した決戦の舞台であり、彼女たちを挑発するための犯行予告映像を撮った思い出の場所であった。

「ははっ、懐かしいな……そうそう、ここら辺でカメラ構えてたんだっけ」

 吊り橋に括りつけられた生徒会長を助けたくば此処に来るようにと語る首領アルセーヌの映像をうまく撮ろうと、スリーカードの皆で試行錯誤した時を思い出す。

「しっかしアルセーヌ様も思いきった事したよなあ……それにトゥエンティもトゥエンティだ」

 アルセーヌが自らの正体である生徒会長の姿を晒して誘い出すという作戦を提案し、怪盗としてのアルセーヌの姿に文字通り『変装してなりきって』演じる事となったトゥエンティ。普段の騒々しい調子とは打って変わって、落ち着いた様子ながらも気品と威厳を崩さない、まさしく女王としての完璧な役割を果たして見せていた。
 他者の姿に変装出来る彼の能力トイズは共に過ごす間に見慣れていたつもりであったが、異性の、しかも自分たちの仕える女王であるアルセーヌの姿に立ち振舞いも含めて完璧になりきる光景には、尊敬と恐怖が半々に入り交じる複雑な畏怖の念を抱いていた。

「そうそう、ここで撮ったんだった」

 横長のソファに横たわり、カメラのレンズ越しに妖艶な視線を向けた『女王』の姿は今でもハッキリと根津の脳裏に浮かぶ。

 本物の女王と違わない、挑発的ながらも真っ直ぐ貫かれるような瞳の煌めきを思い浮かべて根津の鼓動が早くなりかけるも、辺りに広がる無数の石ころが目に入ると、一呼吸して平静を取り戻した。

……この辺に落ちた気がするんだけどな」

 過去の情景から現実に意識を戻し、奇妙な音の主を探そうと崖の周囲を念入りに調べる。

「ん、何だあれ」

 岩陰に、砂利の色とも土の色とも異なる、異質な色合いのものがちらりと見えた。近寄ってみると、人間の肌の色をした塊であるように見え、思わず後退る。

「げっ、も……もしかして、し、死体……とかじゃない、よな……?」

 数歩下がった後に、もしそうであるならば辺りに何かしらの匂いが立ち込めているだろうと考え、北風の冷たく済んだ香りを吸い込み、違うなと判断する。

「何なんだよ、あれ」

 恐る恐る近づいて、肌色の塊の全容を確認せんとする。爪先一つ分開く程まで近寄ると、それは大きくうねるように皺の寄った、ゴムともビニールともつかない材質の何かであるように見える。触れてみると、妙に手に馴染む感触であり、どのような物体なのか皆目検討もつかない。

「思ったより軽いな……おっ、広がるのか」

 イベント用のテントか何かが飛ばされてきたのかと思って、両手で掴んで持ち上げてみる。すると肌色に紛れて、艶のある空色の毛のようなものが見え隠れした。

「ん?これ、どっかで……

 どうも見覚えのある気がする毛の束を捕まえてみると、金色の冠型の飾りの他に、二つの小さな穴と一つの大きな穴が開いた肌色の袋もついてくる。

「いや、まさか……

 訝しみながらも足元の肌色の物体を持って立ち上がると、おおよそ人型と呼べる形に広がり、胸元には二つの膨らみが確認できた。


 それは紛れも無く、撮影を終えてカットを告げた直後、トゥエンティが脱ぎ捨てた『アルセーヌ』の皮だと判明した。


「うっ、うわあああああっ!!?!」

 根津は理解が追いつくよりも早くそれを投げ出し、悲鳴を上げながら大きく後退して尻餅をついた。

「はぁ……はぁっ……!!」

 異様な物体が身近な人物のものであった事に動揺し、呼吸が激しく乱れる。『有り得ない』と『そうとしか思えない』の二極を行ったり来たりする頭の中は、徐々に後者の方向に収束した。
 荒い吐息を片手で抑えながら、ゆっくりと近づき、震える手で『マスク』をつまみ上げ、表をまじまじと見つめる。

(どう見ても、アルセーヌ様だ……

 目の位置にぽっかりと穴が開いている以外は、アルセーヌの顔そのものだった。
 地面に広げた『全身タイツ』の方も作り物にしては妙に生々しく、所々に砂粒や土埃が付着した、一糸纏わぬ姿の女体の皮がそこにあった。

「まさか、ずっと、ここにあった……ってコト……!?」

 あの時撮影を行って脱ぎ捨てられてから数年の月日が流れる間、この場に打ち捨てられていたという事実に身震いする。
 根津を悩ませているのはそれだけではない。これらの『皮』をどうするかである。一度広げてその姿を理解してしまった以上、見なかった事にして帰るというのは、とてもではないが出来なかった。

(下手にこのまま置いといて、他の奴等に見つかるのも嫌だしなあ……

 あまりに生々しい姿の女王の皮を見ず知らずの他人が拾って持ち去る光景は、例えそれがただの脱皮殻であったとしても、想像しただけでぞっとさせられる。様々な可能性を想定して、根津は決意した。

「盗られたら怖いし、俺が持って帰っとくか」

 皮の両手と両足をお腹の位置に畳み、四角く折り畳んだ上にマスクを重ねて抱き抱える。人目を気にしながら、思い出の峡谷を後にした。



 学生寮に帰ってきた根津は真っ先に浴室に向かうと、シャワーで皮を洗い始めた。全ての土汚れが落ちた後も、ボディソープを泡立てて皮の外側も内側も入念に綺麗にする。泡を流しきった後はタオルで雫という雫を拭き取り、ベッドシーツの上に広げて寝かせた。

「しかし、なあ」

 マスクと皮を見下ろしながら横に座り、腕組みしながら唸る根津。川辺に打ち捨てられていたそれは、数年もの間そこにあったにも関わらず傷一つついていなかった。
 全身タイツのような構造のそれは背中の部分に大きく開いている亀裂が存在していて尚、きめ細やかで透き通るような肌の質を保っていた。まるで生きているかのような血色で、人間の肌と全く変わらない手触りの皮は不気味でありながらもどことなく温もりを感じる。皮の近くに落ちていたマスクもやはり本物の人肌のようで、特徴的な空色の長い髪は勿論、冠型の髪飾りも付いていた。

「見事なもんだよなあ」

 これが元々は一人の成人男性の身体の一部から出来ているであろうという事を認識した上でも、あまりに色気と気品のある女王の裸体を強く意識させられた。中身を失ってぺったりとしている胸の部分も、潰れていて尚その圧倒的な大きさを感じさせる。

「綿でも詰めたらもっとこう、ちゃんとした感じになるのかな……

 背中の亀裂の部分からのっぺりした腕の内側に手を突っ込んでみると、妙に自身の肌に馴染むような感覚を覚える。


「も、もしかして、これ着れるんじゃね?」


 根津は強烈な背徳感に襲われながらも、目の前に広げられた女王の皮を自分が被ると一体どうなるのかという好奇心がそれを上回った。

「いや、でも、それは、流石にちょっと……でも……なあ……

 敬愛する『女王』を身に纏うという行為への畏れを感じて咄嗟に否定の言葉を口にするも、それとは裏腹に自身の制服のボタンを一つずつ外していた。
 上着、シャツ、ズボン、下着と順にベッドに脱ぎ捨てた根津は、いつの間にか目の前の皮と同様の一糸纏わぬ姿になっていた。

「うーん……ぬ、脱いじまったからには、もう、仕方ないし……な?」

 見苦しい言い訳を溢しつつ、意を決して右足を通し始める。

(んっ……な、なんだろ……この感じ……

 自身の爪先が皮の爪先に達すると、ぴったり収まった足の指先からくるぶしを通って、ふくらはぎにかけて徐々に吸い付くような密着感に包まれる。
 反対の足も同様に通すと隙間無く吸い付き、床に立っている足裏の感触が普段と少し変わっているように感じた。

「よいしょ…………

 腰の部分を掴んで持ち上げると、太ももから股下部分が一気に密着する。

「んっ…………んぎぃ……っ!!?!」

 股の間がじわりと熱に包まれほんの一瞬漏らしたかのように錯覚するが、直後に肉を貫かれるような痛みが走り、軽く悲鳴を上げる。
 痛みは幸いすぐに収まり、臀部に皮が吸い付いて自身の肉体が緩やかに膨らんでいる感覚を覚え、肉の下の骨が変形して骨格ごと矯正させられているかのような感触に戸惑う。

(こ、これって、もしかして……女に、されてる……?)

 見下ろした時に常にそこにあった物が無くなっている光景にゴクリと唾を飲みながら、股の間の見えない部分に指を沿わせると、男体にはある筈の無い『隙間』の感触が微かな湿り気と共に指先に伝わる。

(ああ……俺、アルセーヌ様を……履いてるんだ……!)

 女王の皮を纏った事で自らの肉体が女王へと変えられているという現実に高揚を隠せないままに、右手を空っぽの腕の中に通していく。指先に到達するとまるで手先を揉み込まれているかのような感触の後に、明らかに自身の手とは違う、女性の手の形に変わった。密着感が右肩まで侵食すると腰の部分から胸元にかけて皮が吸い付き、鈍い痛みと共に内側の骨の形を変えられる感触に眉をしかめる。骨格の矯正が収まると、心臓がドクンと一瞬だけ強く脈打ち、その鼓動を合図に胸元で何かが膨らみ始めるのを感じた。

(む……胸が……ボヨヨンに……

 萎んだ乳房の中に柔らかい肉の塊が充填され、器が満たされた後も内側から水風船を膨らませられているかのように緩やかに膨張していき、やがて見下ろした視界が覆い尽くされて足元が全く見えなくなる程の大きさの双丘になった。

(うおお……すげえ……!)

 未知の光景に圧倒されていた根津は、ふと左手を通し忘れていた事に気付く。グローブを嵌めるようにグッと引っ張って密着させると、もはや両手両足に自身の面影は無く、正面に真っ直ぐ伸ばした両腕は気品溢れる女王の両腕だった。

(腕……アルセーヌ様の、手だ……

 天井の照明にかざしてみるとほんのり赤く透けていて、血の通った自分の身体が女王のそれに矯正されている事に多少の恐怖心と奇妙な興奮を覚えつつあった。
 丁度首から下が全てアルセーヌの姿になったところで、シーツの上に置いてある『マスク』を手に取る。敬愛する首領の顔を被る事に一瞬躊躇しつつも、思いきって被った。
 喉、唇、頬、鼻先、両瞼、額、項の順に痺れを伴う微かな熱感が走り、一気に密着していく。喉周りが特に熱を帯びて変形させられていく感触があり、指でなぞってみると喉仏が無くなっていた。

「んっ……あー、あー……すげえ、アルセーヌ様の声だ……!」

 喉から発した可憐な声が肺と頭蓋骨を響かせ、自身の声帯からアルセーヌの声が出る事に背徳感を覚えつつも、すべすべした肌触りの喉を何度も擦って変化した声を純粋に楽しんでもいた。

「んー、んー……うふふ…………えへへ……

 普段聴いている声が自身の内側から自身の思うままに発せられているのは斬新な体験であったが、少しばかり恥ずかしくもあった。

(せっかくだし、鏡で見てみるか)

 乳房の揺れる感触に最大級の背徳感を覚えながらも、根津は姿見の前まで歩いて、鏡像の中の自分と視線を合わせた。

「うわあ……すげえ……本当にアルセーヌ様だ

 目の前に居るのは、紛れもなく女王だった。
 髪の乱れた裸体であっても尚気品と威厳は損なわれておらず、両足を合わせて片手を口許に添えてみると、思わず一瞬目を逸らしてしまう程に艶麗であった。
 鏡の前に歩いてきた自分が女王に仕える異性の部下であった事が自分でも信じきれないくらいに、肌の質感や肉付きや骨格までもが完璧に『アルセーヌ』そのものに矯正されていて、彼女のそれとは異なる藍色の瞳のみが自身であった名残を示していた。

「あ……そっか、目のとこは穴が開いてたもんな」

 唯一の差異に気づくと、自分という人間が敬愛する首領の姿を思うがままに動かせている状況への背徳感がますます増していく。

「動いてる……!アルセーヌ様が、動いてる……!」

 頭を左右に傾けたり、その場でくるりと回ってみたり、可愛らしいポーズを取ってみる。自身が意図して行った動作の全てが鏡の中の『アルセーヌ』に反映され、思わず恥ずかしくなってはにかんだ表情すらもありのままに映し出された。

「しっかし着るだけで身体の形まで変えられるっつーのは、アイツの皮、だからなのかな……

 老若男女を問わずあらゆる姿に身体を変えられる騒々しい身内の顔を思い浮かべる。彼の肉体の一部を今まさに着用し一体化しているという現実を自覚してしまい、根津の興奮は一瞬にして覚め、自己嫌悪に陥った。
 しかし、視線を下ろした先に広がるあまりに巨大な乳房に、根津の頭蓋骨に格納された全脳細胞の思考を持っていかれる。

「い……いいよな、ちょっとくらい……

 胸元で揺れる双丘を見下ろして、根津は触れてみようと両手を伸ばす――


 突然、扉を叩く音が響いた。

 根津は驚いて飛び上がり、慌てて服を着ようとする。しかし自身の制服を着ようにも乳房のあまりの大きさにボタンを止める事が出来ず、ズボンも些か窮屈だった。
 ノックの音がどんどん激しくなる。
 裸のまま慌てふためき、クローゼットの中の着れそうなものを片っ端から引っ張り出して捜索する。だが、その何れもが双丘で引っ掛かる。普通はそうだ。男子生徒の部屋に規格外のバストサイズに対応した女性用の衣服がある筈もない。
 未曾有の危機のあまり、壁の向こうの怒鳴り声の内容が頭に入らない。
 いっそ窓から外へ逃げ出すかと試みた瞬間、背後から扉が蹴破られる音が聞こえ、ドタドタと複数の足音が近づいてくる。

「見つけたぞ、よくも学院から抜け出して……何だ貴様は?!」

 探偵学院の用務員にして怪盗帝国の同僚、石流が部屋に入るなり大きく取り乱しながらも、刀代わりの箒を突きつける。

「わーーーっ!!お……俺俺!!俺だって!!」

「そんな口振りの女など知らん!!学生寮に素っ裸で忍び込むとは何たる不届き千万!!今すぐ叩き斬ってくれるっ!!」

 両手を付き出し首を横に振って弁解しようとするも完全に不審者だと誤解されており、鬼気迫る表情にたじろぐ根津。

「む……?その髪飾り……貴様!!アルセーヌ様の姿でなんたる蛮行を!!許せぬ……!!万死に値するっ!!」

「だからちげーんだって!!俺!!お・れ・な・ん・だ・っ・て!!」

 振り下ろされた箒を根津は紙一重で躱し、狭い部屋で一方的な乱闘が巻き起こる。

「美しくないスクリームが聞こえて来てみたらホワイ!?アルセーヌ様?!」

「何事ですか、全く……あら?」

 学院の教師である二十里と生徒会長アンリエットが部屋に入ってくると、目の前の光景に驚く。

「アンリエット様!!こやつはいたいけな青少年の部屋に不法侵入を計り、あまつさえアルセーヌ様の御姿を穢す露出狂の変態痴女です!!私の手で始末を……

「いや、だから!!俺だっつってんだろ!!ほら……!!」

 既の所で受け止めた箒を振り払い、首元の皮膚を引っ張って開いた隙間から指を引っ掛ける。慎重に隙間を広げながら『マスク』を取り外すと、怯えた表情の根津の顔が露になる。

……詳しく説明して貰いましょうか?」



 人生の中で一番最悪の三者面談だ、と根津は思った。三者面談の意味を履き違えていそうな気もするが、とにかく最悪である事は確かだった。

「つまり、貴様は川辺で拾った皮を着て不埒な目的で楽しもうとしていただけと」

「いや……そんなつもりじゃなくて……まさかこんな風になるとは思ってなくて……

 バスタオル一枚を身体に巻いた状態で正座させられている根津は、見苦しい自己弁護を続けていた。

「だ、だってさ……ちょっと足通したらぴったり引っ付いて、そっからどんどん全身がこう、覆われたというか……なんか尻もデカくなるし……胸のところとか、こう……水風船作る時みたいにびゅーって膨らむし……あと、その、アレが無くなって……

「そこまで説明しろとは言ってない」

 仮にもアルセーヌを模した裸体である故か、真後ろの壁を向いて直視しないように窘める石流。
 一方根津の真正面で言い訳という名の生々しい感想を聞いていたアンリエットは、足元に置かれた『マスク』を徐につまみ上げ、まじまじと観察する。

「髪が乱れていますわ」

「だ、だって!しょーがねーだろ!アルセーヌ様の髪の整え方知らねえし……

「せめて櫛で解かしたりは出来ませんでしたの?」

「俺の部屋にある訳ねーだろ!……いえ!!無い、です……

 やや想定外の方向からの注意に萎縮する根津を横目に、膝の上に置いたマスクの髪を撫でてため息をつくアンリエット。
 申し訳無さそうに縮こまっていると急に背筋をなぞられる感触があり、吃驚して振り替えると二十里もまた興味深そうに自身を見ていた。

「まさかまだ残ってたなんてネ」

 意外そうに眺める二十里と目を合わせないようになんとなく顔を逸らす根津。

「本気で変装した時、たまにこういうスキンが出来てしまう時があってね……しかしこんなに長く保ってるとは、ベリーミステリアス……

「な、なんだよ……あんまジロジロ見んなよ」

 こうした残存品が出てしまう事自体が彼にとってレアケースらしく、舐めるように観察される。

「しかも美しい僕以外が着てもビューティフォーに変装出来るなんてネ」

 自身の一部を他人に着られた事など一度も無かったので、目の前の異質な状況にただ感心して喜んですらいる呑気な二十里。

「つまり美しい僕が美しい僕に変装し、美しい僕のスキンを脱げばッ……!!着せたラッツを美しい君にして……美しい僕同士で夢の僕・オンリー・トゥナイトに……

「やだよ!!ぜってー着ねえかんな!!」

 キラキラとした期待の眼差しで迫られ、思わず飛び退く根津。

「しかしながら、根津の話が本当だとすれば、これは由々しき事です」

「ええ、そうですわね」

 後ろを向いたままの石流と真っ直ぐこちらを見据えるアンリエットに詰められ、根津はその場で固まってしまう。

「試験前にも関わらず授業を抜け出し、学院の外に出て遊び歩くなんて、探偵学院の生徒としてダメダメにも程があります」

「美しい僕のエクセレントな復習の授業をサボってエンジョイするとは、なんたるギルティッ!!」

 至極真っ当な説教に、何も言い返せなくなる根津。

「本来であれば二十里先生にお仕置きをしていただくところですが……うーん、そうですわね……

 膝の上のマスクを撫でながら何やら楽しそうな笑顔を浮かべるアンリエット。こういう時は大抵ろくでもない目に遭う事を身をもって知っている根津は、ただただ震えていた。

「では、こうしましょう」

 アンリエットが根津の方を見て、穏やかに微笑みながら提案した。


「根津さん、貴方には当分の間、わたくしとして過ごして貰います」

……へ?」

 理解の追い付かない内容に、真の抜けた返事しか出来ない根津。

「ですので、貴方はこれからわたくしになって貰います」

 子供のような笑顔で告げるアンリエットの言葉の意味を把握しかねないながらも、厄介な事態になった事だけは察した。

「その間、決して『わたくし』を脱がないように……いいですわね?」

 持っているマスクを根津に手渡し、妖しく微笑むアンリエット。

「え……いや……ちょっ………!?」

 戸惑う根津の目の前でアンリエットは立ち上がると、その場で制服を脱ぎ始めた。

「アンリエット様?!い、一体何をなさるつもりなのです……!?」

 振り返って様子を見ていた石流が激しく狼狽し、土下座の姿勢で床に顔を伏せた。

「Ohhh……!マーベラス、なんてマーベラス……流石は麗しのアンリエット生徒会長……!!」

 二十里はこの状況を見守りつつ楽しんでいるようで、伸ばした乳首を目隠しにしながらも生徒会長をの見えざる美貌を賛美していた。
 突然の出来事にただぼうっと眺めていた根津も、制服を脱ぎ終えたアンリエットが下着に手を掛けた辺りで思わず両手で目を覆う。
 しばらくすると何も見えない根津の隣を足音が通過し、ベッドの方で布の擦れる音がした後に再び足音が戻り、何やら目の前で服を着替えているような気配を感じた。

「もう目を開けてよろしいですわ」

 その言葉に従って手を退けて見てみると、根津の正面には自分の制服を着た『自分自身』が居た。
 恐らく彼女の持つ幻惑のトイズによって自分に『成って』いるのだろうと、根津は直感で理解した。

「そんなに授業が退屈なのでしたら、代わりにわたくしが貴方として授業を受けてきて差し上げますわ」

 自分と同じ姿の相手に脱いだ制服を渡され、理解の追い付かない頭で目をぱちくりさせる。
 アンリエットは『根津』の姿で微笑むと、一呼吸して口を開いた。

……ま、アルセーヌ様がどーしてもどーしてもサボりたいって仰るから、俺様が仕方なく授業に出てやってるってだけだかんなー?」

「は……はぁ……っ!?」

 自分と同じ声色と調子で一方的に告げられ、呆気にとられて固まった根津は、部屋の外に向かっていくアンリエットの背中を見つめる。

「じゃーなー!二十里さん、石流さん、後はよろしく頼むぜー!」

 そう言い残すと、アンリエットは扉を閉めて廊下を走っていってしまった。
 しばらく沈黙していた三人だが、ベッドの方を見た根津が信じがたいというような様子で呟いた。

「う、嘘だろ……アンリエット様、俺の……俺のパンツ、履いてったんだけど……

 まさかと思い渡された制服を調べるとアンリエットの下着も入っているのを見つけて戦慄する根津。

「頼むから早く着てくれ……否!着て、戴けないでしょうか」

 土下座で顔を伏せ続けている石流に促され、まずい事になってしまったと自身の軽率な好奇心を後悔しながら、根津は覚悟を決めてレースのついた下着に足を通して履いていく。

(うわっ……な、なんつーか……全部ぴっちり引っ付くんだな……

 本来の身体では有り得ない局部周りの密着感に禁忌を犯したような感情になり、下着の触れる感触から布の下の具体的な形状を理解させられ、一気に赤面する。
 畳まれた制服の上のブラジャーを手に取り、腕を通していくも、どうにもうまくいかない。

「ちょっ、これ……ホック、どうやって留めりゃいいんだ!?」

「お困りのようだね、レディ?」

 背中の後ろで二つに分かれた留め具を合一させるのに苦戦していると、見かねた二十里が手を貸す。

「助かるぜ、サンキュ」

 礼を伝えて双丘の位置を整えると、さらさらとした手触りの肌着を着て、いよいよ制服のワンピースを身に纏っていく。

(ん、いい匂い……

 首元から甘美な香水の匂いがふわりと香り、ネクタイを結んでいる間に、開いた窓から入ってくる風が脚の間を通ってスカートを踊らせる。襟元を整えると、先程結んだネクタイが胸の谷間で挟まれているのが見えて、少しばかりのいけない気持ちで支配される。

「あれ、靴下は……そっか、好きじゃないって言ってたもんな」

 冷たくなった素足にローファーを履かせると、固い靴の慣れない感覚でぎこちない歩き方になる。

(さて、後は……

 着替えと一緒に渡された『マスク』を被り、目の位置を合わせると吸い付くように顔に密着して、喉の突起が平たくつるつるになっていく。

「失礼」

 姿見の前に立つと二十里に呼び止められ、マスクに残っていた髪飾りを外される。

「僕の物で恐縮ですが」

 二十里がポケットから取り出した櫛で乱れた髪を梳かされ、鏡の中の自分が徐々に気品を帯びていく。綺麗に整えられると薔薇の花飾りのついたリボン付きのカチューシャを被せられ、視線で正面を見るように促される。

「これが…………?」

 瞳の色を除いた全てが生徒会長そのものとなった根津は、まだ実感の湧かない表情で困惑している自分の顔と目を合わせていた。

「着替えたか」

「ああ、なんとかな」

 顔を伏せていた石流がようやく立ち上がり、根津の方に振り返る。

「会長室に戻りましょう、『アンリエット様』」

「お、おう……

……『アンリエット様』?」

「えっ……あ、ああ!……はい……い、行きましょう、か……

 納得いかない表情の石流と状況自体は楽しんでいる二十里に付き添われ、昼休みのチャイムの鳴り響く中根津は寮を後にした。



☆続きはギルティ収穫祭で