ミニハンターペットが観用少女っぽい話。愛情を糧に存在しているが、もしそこに一滴でも恐怖を贄として与えられる事があれば、一滴分の恐怖を具現化したハンターの姿となる。
お人形さん、お人形さん。いったいなにでできてるの。一日三回のミルク、七日に一回の砂糖菓子、それからご主人様の愛情。でもね、ミルクもお砂糖も、本当はそんなもの必要ない。全部ご主人様からの愛情をもらうための口実。本当はね、それ以外はいらないの。それさえあれば。なぁんにも、いらないの。
綺麗。見ているだけで、気持ちが安らぐ。美しく、愛しい。
なのに、怖い。
ああ、それは正しいのかもしれない。
ただ見られるためだけに存在する、まるで主人からの水しか受け付けない植物のような存在。主人が見て、そして見ていなくても、主人の事だけを見ている存在。もはや生き物というより、人形のようだ。
ずっとこちらを見ている存在、それは恐ろしい。
だがそれは抗い難い程に輝かしく、恐怖心だけではとても手放す事などできない。
だって愛しているのだ。
今も膝の上に収まって、美しい鱗を纏った尻尾をぴるぴると遊びながら、大きな琥珀の目は、こちらを一心に見詰めている。赤い大地のような髪を撫でれば、今度は可愛い舌をぴるぴるさせる。
愛してしまった、この恐ろしい生き人形を。
金儲けの目的で投資した相手が、純真な眼差しで見詰めてくるのだ。こちらがその相手にただうっかり惚れた事だけでは話は済まない。その後ろめたさを気付かれて、この視線が逸らされるのが怖い。そのせいで今見詰められる事も怖い。
そんな八方塞がりな感情が、遂に確かな恐怖心として、この可愛い人形に届いてしまったというのか。
その夜、人形の定位置である、いわば観葉植物の植木鉢のような椅子、そこに座らせた小さな影は、月の光でぐんぐん大きくなり、やがてこちらに覆い被さる程に成長した。
「……ルキノ。」
人形の姿に、主人はその美しさと同時に感じる恐怖に、内心が激しく明滅しているようだった。
人形は、いくら自分こそが主人にと望んでも、自分の気に入った人間相手にしか目を覚さない。そして眠ったままの彼らを、彼らの創造主、庭師は決して譲ってはくれない。気に入った人間相手に、そこにどんな理由があるかは人形にしか知れないというのに。
だが逆に、ノートンのように金儲け目的でも、人形を目覚めさることができれば、目的達成の機会があるのだ。
人形の涙は朝露のような宝石となる。希少価値は天国の涙と呼ばれる程。それは注いだ愛情の、人形からの応えだという。つまり愛を与えられない人形は、そんなもの主人に渡さない。そもそも愛されるための人形なのだ。愛を返してもらおうなど、人形がそこに愛らしく存在しているだけで、充分ではないか。
ノートンはルキノを愛してしまった。金ヅルだと思っていたただの人形に、その鱗の美しさに、髪の柔らかさに、つぶらな瞳に。
では今のこの状況が、ノートンが目覚めさせて愛してやまない人形、ルキノからの、ノートンへの答えなのだろうか。恐怖への、答えなのだろうか。
ノートンは覚えがあった。人間の背丈を優に超える人形の事を。
人形の主人は、月に一度、人形の会に参加する事を義務付けられている。人形に関する情報交換の場として、後輩が先輩に相談する事が、気軽にできるわけだ。あるいは人形が粗末に扱われていないか互いに目を光らせて警戒するのだ。問題のある主人は、人形に近寄らせない。
集まった主人が様々なのは勿論、人形も様々だ。衣類や宝飾品、持ち物などで主人の趣味が多少表れる事はあるが、揃って小さく丸みを帯びている。
しかしナワーブという主人、すなわちその人形のジャックは、逸脱していた。人形の姿が、主人の背を遥かに超えていたのだ。ノートンよりも更に高い。
ナワーブとジャックは、ノートンが直接話した事がなくとも、他の主人達に遠巻きにされ、ひそひそと噂立てられていたから、ノートンにも彼らの名前が分かった。
ノートンは特に興味もなかった。人形は自分の主人以外に愛情や興味を感じないが、ノートンも興味のない事には大概だった。
本当はこんな会にも足を運びたくはないが、人形を所持する上での義務であるし、こうして遠巻きに耳をそば立てて、聞くともなしに成る程と思う事もある。ひとえに自分が人形の主人であるため、そして愛しい人形のためである。
だからナワーブにジャック、変わり者に近付く気も、さらさらなかった。ただ自分の人形を愛でるだけである。
逆に近付いて来たのは向こうの方だ。しかも人形ひとりで。
本来こんな事はあり得ない。人形は主人にしか関心がないし、主人に支持されないと行動しない。能動的に何かするわけではないのだ、人形だから。
しかしジャックはひとりで来た。ノートンの元に、というより、ルキノの舌が気になるようだ。ルキノ自身は主人にしか関心がないので、ただノートンに抱かれて機嫌よく舌を出していただけだが、ジャックはそれを目で追っているような仕草を見せる。
ノートンは驚きで、ただ愛しい人形を抱き締めながら、ジャックを見上げる事しかできなかった。
「……ああ、ごきげんよう。」
しかもジャックがノートンに話し掛けてきた。それはノートンの存在に今気が付いたといったふうだったが、そもそも人形は喋らない、喋ったとしても主人以外に向けるなんて。
ノートンが思わず呆然と見詰めると、ジャック意に介さない、人形のような無関心さで振り向いた。その視線の先には。
「悪いな、うちの人形は好奇心が強くて。」
「ナワーブ……。」
知らない相手に名前を呼ばれても平然としている。噂される事に慣れているようだ。
「……本当に人形なのか。」
人間二人で、背の高い一人の人形を見遣る。そうは言っても人形の方は、ただ一人の主人の方しか見ていない。
「教えてやろうか。」
「え?」
「何食ったらこんなにデカくなんのか。」
「え、いや、人間じゃないんだから……。」
人間でも、食えば成長するというわけでもあるまい。思わずノートンはナワーブを見遣る。ジャックと比べずとも、自分より身の丈が低い。悪いとは思ったが、不躾な視線を送ると、タイミングが良いのか悪いのか、ジャックが彼の頭上から懐いた。
「うわっ。おいっ。」
それで余計にナワーブは縮んだものだから、なんとも言えない。この人形も、主人より小さかった事があったというのか。
「……でも、そうだな。ミルクと砂糖以外を与えると、人形は変質するという話なら、所有者なら聞いた事のある内容だろう。」
「一日三回のミルク、七日に一回の砂糖菓子、か。」
しかしナワーブは笑っただけだった。まとわりつく人形を押さえ込んで、今は大人しくさせて腰を抱いている。
「けど、一つ欠けてるだろ。」
主人から人形への愛情。それがあるから人形は存在を維持できており、主人のそばに居続けてくれるのだ。しかしノートンの性格から、それを口にするのは憚られた。
「ミルクも砂糖も、本当は全部愛情を得るための口実なんだよ。だからそこに一滴でも混ざれば、人形は主人に応えた姿となる。」
「一滴?」
何が。
「恐怖だよ。」
変わった姿の人形の主は、尚も笑っていた。だからその人形が、その時本当に恐ろしいものに見えた。
「何処へ行っても何をしていても後から付いて来る、ただただ純真な気配。恐ろしいだろう、そんなの。」
今その人形を抱き寄せている張本人が、冷静な声でそう告げる。
この主人も、生き人形の美しい純粋さを愛しながらも、恐れていると言うのだ。そして恐れながらも、また愛しているのだ。
人形が人間の話に興味なんかあるわけないので、ジャックはすっかり飽きていた。そのせいでナワーブは引き摺られていったし、ナワーブもそれ以上ノートンに何か言う事もなく、されるがままになっていた。
その光景だけ見ると、どちらが主人か分からない。しかしよく考えてみれば、餌と言えばそうだが、見方を変えれば衣食住を与え、身の回りの世話を焼いているのだ、こちらが従者と言われても、なんら可笑しい事はない。
ノートンは腕の中のルキノを見た。ジャックにちょっかい掛けられても、ナワーブと話していても、こっちを見上げて大人しくしている、こちらだけを見詰めて。
それが至極恐ろしい。
ノートンはルキノの顎をさすった。柔らかい。しかし恐ろしいのだ。
人形は自分とは違う。人間は直向きな感情を、何か一つに変わる事なく向け続ける事はできない。
だからもし、愛しながらも恐れたならば、それにお応えるというのだろうか。人形が主人の愛情に応えて愛らしく在るように。
ノートンは月を後光にする愛しの人形を見上げた。普段の丸みはない。だがノートンが愛した美しい鱗も、大きな目も、赤い髪もそこにある。
そっと手を伸ばす。火傷痕のあるノートンの顔を逸らす事なく一心にじっと見下ろし、同じように火傷で荒れた手を伸ばされても、避ける事なく擦り寄ってくる。
だから主人は気付いてしまった。いくら生き人形が存在として不気味でも、自分と同じでなくとも、思わず忌避する程に一心でも、それを主人が恐れても、それを人間は愛してしまう。
目の前に在るルキノは巨大な体、獰猛な足踏み、鋭い爪で、ノートンを恐ろしい姿で見下ろしていた。それでもノートンは、確かにその姿に恐怖しながらも、愛していた。
そして思い出す、あの生長した異形の人形を。どんなに恐れられてその姿になったとしても、それでも主人に愛されていたあの姿を。ああ、だってそうじゃないか。人形がひとりでに主人のもとを離れ、しかも他者に関心を向けるなんて。主人に愛されているから、自由に過ごしていてもそれが揺るぎないと分かっているから、だからあの人形は気儘に動けているのだ。自分の声を主人以外に聞かせたりしても、それで見捨てられたりしないと、絶対的な自信があるのだ。
ルキノがノートンに、いつものように擦り寄った。拒絶されるなど思いもしていないような純粋な仕草、甘え。
伸びた顎髭がつややかだ。抱き締めた大きな体はいつもの丸みのある体よりがっちりしていて、つい、力を込め過ぎてしまった気がする。だけどルキノは嫌がらなかった。普段なら潰してしまそうで、押し潰れてしまいそうで、ノートンはそれも恐ろしく感じているのに。恐怖を体現した姿こそ、恐怖を感じない事もあるのだとノートンは知った。
その夜は硬い体を抱き締めて眠った。いつもなら、小さくて恐ろしくて、人形には椅子で眠ってもらっている。それをその夜は掻き抱くようにして主人は眠った。
次の人形の会、遠目に背の高い人形を見付けた。それは他の人形の大きさを軽々超すので目立つ。なんなら主人より大きいので。
しかしルキノは小さくノートンの腕の中で丸まっている。
あの夜は、目が覚めたらルキノは元通りだった。人形が恐ろしい姿に変わるなんて、ノートンは悪夢でもみたのかもしれない。
そこで足下から、カシャリとシャッターの音がした。
見下ろすと何かを持った人形が、ひとりでいる。なんだか前回も似たような光景に遇った。以前は見下ろしたのではなく、見上げたのだが。
「あ、あの、すみません……!」
後から急いで追い掛けて来た様子の相手は、この人形の主人だろう。人形を抱きかかえて、おどおどとこちらに頭を下げている。
「こ、この子は写真を撮るのが好きで、すみません、勝手に……。」
人形に対しての愛情は確かにあるのだろう、口当てをした主人はしかし、ノートンとは目が合わない。普段ならノートンは、こんな火傷を負った自分の顔など見たくないからだ、と卑屈に思っているところだが、人形の愛好家だ、人間の相手が好きじゃなくても頷ける。
「……あんたも大変だな。」
「い、いや……できればこの子の好きなようにしてあげたいのだけれど……。」
「それでこうして代わりにあんたが人間の相手を取り持つ事になる。毎回怖い思いとかしてるんじゃないのか?」
「……そう、だね。」
相変わらず目は合わないどころか口当てをした顔もこちらとは別方向を向いている。それでも主人は言った。
「でも、怖い思いをしても、この子の事が好きなので。」
ノートンはその言葉に、えらく満足した。
「あんたのその言葉が聞けてよかった。いいさ、あんたの人形のこと、気にしちゃいない。人形との時間を楽しもう、お互い。」
「う、うん……。それじゃあ……。」
そうして、あまり社交的ではなさそうな主人は、やはりそそくさと立ち去った。そういう意味では、彼の人形の方が社交的なのかもしれない。おそらく何か考えているわけではないだろうが。
ノートンはルキノを見下ろす。やはり何か考えているようなものは感じない。ただ主人からの愛情を疑わず、一身に受け取っている。
「そうだと良いな。」
ノートンはルキノの顎をくすぐった。ルキノが笑って零した涙は、宝石になった。
お人形さん、お人形さん。いったいなにでできてるの。一日三回のミルク、七日に一回の砂糖菓子、それからご主人様の愛情。でもね、ミルクもお砂糖も、本当はそんなもの必要ない。全部ご主人様からの愛情をもらうための口実。本当はね、それ以外はいらないの。それさえあれば、なぁんにもいらないの。だからね、その愛情に恐怖心が滲んでも、怖いまんま、愛していいの。
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