yoAi_mochii
3126文字
Public
 

【狛日】キミとの友情の証 エピローグ

愛島狛日
才能ゆえに友情の証と呼ばれるものへの違和感に気付き始めた狛枝くんのお話

――そうして、暗がりのコテージの中で、ボクたちのあいだにあった境界線は、ひとつ残らず融けていった。
狂おしいほど優しい熱の中へ、静かに、深く。

最後にどうやって意識を現実世界へと戻したのか。
その後の記憶を何ひとつ覚えていないまま、日向創は、あまりにも強烈な目覚めを迎えた。

……俺は、とんでもないことをしてしまった……!!)

カプセルの中でがばりと飛び起きた日向は、心臓がそのまま口から飛び出してきそうなほど激しい動悸に襲われていた。

新世界プログラムの管理権限。
アバター同士の接触ログ。
そして何より、あのコテージの床の上で繰り広げられた、あまりにも濃厚で破廉恥すぎる一部始終の記憶。
そのすべてが、脳裏に焼き付いて離れない。

早く次のシミュレーションを開始しなければならない。
万が一、あんなとんでもない記憶を抱えたままの狛枝を目覚めさせてしまったら――
そう考えた瞬間、日向の背筋を凄まじい悪寒と羞恥が駆け抜けた。

深い眠りから戻らない狛枝を目覚めさせるために、日向はもう何度も新世界プログラムへ潜っている。
友情だの、希望だの、気まぐれだの、本人ですらよく分かっていない言葉でごまかしながら、それでも最後には必ず、日向のところまで辿り着いてしまった。
そして日向もまた、何度もそれを受け入れてしまった。
プログラムの中でどれほど温もりを分け合っても、現実へ戻れば、そこにあるのは静かに眠り続ける狛枝の身体だけだった。
現実の狛枝は、指を握り返してはくれない。名前を呼んではくれない。
あの厄介で、腹立たしくて、どうしようもなく救いようのない声で笑ってくれることもない。

あの温もりに依存したままでは、いつか自分の方が壊れてしまう。
そう判断し、少しずつ距離を取るようになるのも日向だった。
それなのに、今回の狛枝もまた、しかもよりによって「友情の証」なんてふざけた理由で日向の前に現れた。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、あまりにも狛枝らしくて、呆れるほど自然に日向の懐へ入り込んできた。
友情なんて言葉では到底収まりきらない、もっとどうしようもなく切実な感情を抱いていることに、気づかれてしまった。

その時、日向の中で、ずっと必死に堰き止めていたものが音を立てて崩れた。
だって自分も、狛枝に求められることを、ずっと待っていたのだから。
距離を取らなければいけないと分かっていたが、あの白い髪が、あの歪な笑みが、あのどうしようもなく不器用な熱が、自分へ真っ直ぐ向けられた瞬間、全部どうでもよくなってしまった。

その結果が、これだ。
……俺は本当に、何をやってるんだ……!)

一度、深く息を吸った。
肺の奥まで無理やり空気を押し込んで、吐き出す。
そうしてようやく、日向は震える指先を握り込みながら、次のシミュレーションのスケジュールを頭の中で組み立て始めた。

次の開始時刻。
必要な調整項目。
前回から引き継ぐべきデータ。
狛枝の精神状態に合わせた環境設定。

そういう無機質な情報で頭を埋めていれば、余計なことを考えずに済むはずだった。

あの時、狛枝の脳波は確かに大きく跳ね上がった。
それまで何度試しても届かなかった場所に、ほんの一瞬だけ手がかかったように見えた。
けれど日向は、その先へ進むことを恐れてしまった。
狛枝が本当に目を覚ましてしまうかもしれない。
プログラムの中でだけ許されていた熱が、現実の狛枝にまで持ち越されてしまう気がして。
これ以上進んだら、もう取り返しがつかなくなる気がして。
自分の中に残っているこの熱と、彼の中に残っているかもしれない熱が、現実でぶつかってしまう前に。
無意識のうちにブレーキをかけていた。

結局、今回も同じ結果になるはずだ。そう思い込もうとした。

いつもなら、かつての仲間たちの目覚めを誰よりも待ち望んでいるはずなのに。
今回ばかりは、かつてないほどの恐怖と、今すぐこの場から逃げ出したい衝動が、日向の頭の中を支配していく。

「お疲れ様、日向クン。今回はどうだった?」

カプセルの並ぶ部屋の重い扉が開き、中の様子を見に来た苗木誠が、いつもの穏やかな笑顔で声をかけてきた。

……っ、ああ、順調だよ。もうすぐ、全員の意識が戻ってくるんじゃないかな」
日向は引きつった笑みを浮かべ、滝のような冷や汗を流しながら、どうにかそれだけを返した。

事前にコテージのカメラを切っておいた過去の自分を、今だけは全力で褒め称えたい。
もし接触ログなんてものまで精査されたら、色々な意味で自分の人生が終わる。
必死に平静を装っていた、その時だった。
壁を隔てた別室から、何か異常事態が起きたことを知らせるような、ひどく慌ただしい騒音と怒号が響き渡った。

『脳波に異常な急上昇反応あり! 完全に最終フェーズに入ったぞ!』
『まもなく起きます! 誰か、急いでストレッチャーを持ってきてください!』

騒然とした緊急事態を告げる声に混じって、廊下を無数の足音が激しく駆け抜けていく。
次の瞬間、見覚えのある未来機関の局員の一人が、血相を変えて部屋の扉を勢いよく開け放ち、顔を覗かせた。
「苗木さん、日向さん! 観察対象・狛枝凪斗が間もなく目覚めます!脳波の数値がとんでもないことになっています、早く来てください!!」

「よかったね、日向クン! やっと、やっと狛枝クンが――……って、ちょっと、日向クン!?」

苗木がぱっと輝くような笑顔を日向へ向けた、まさにその時だった。
本来なら、泣いて喜ぶべき瞬間だった。
何度も繰り返した修学旅行の果てに、ようやく狛枝が現実へ戻ってくるかもしれないのだから。
けれど今の日向の頭を支配していたのは、喜びではなかった。

あまりの羞恥と後悔と、今すぐこの場から逃げ出したいほどの逃避願望。
それらが一気に押し寄せた瞬間、日向の視界は文字通りぐらりと暗転した。
完全に意識が落ちる、その寸前、日向の脳裏に、なぜか最初のやり取りが蘇った。

『友情の証が欲しいんだ』

あの時、狛枝は確かにそう言っていた。
あまりにもふざけていて、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、頭痛の種でしかなかった言葉。
それなのに結局、自分は何を渡してしまったのだろう。

新品の下着どころではない。
友情の証どころでもない。
何度も繰り返した修学旅行の中で、必死に隠して、押し込めて、見ないふりをしてきたものまで、全部まとめて差し出してしまった気がする。
しかも、あいつはその記憶を抱えたまま目を覚ますかもしれない。
自分の顔を見るなり、あの厄介で、腹立たしくて、どうしようもなく救いようのない笑顔で、何かとんでもないことを言い出すかもしれない。

そう思った瞬間、日向の意識は今度こそ綺麗に途切れた。
白目を剥き、その場に卒倒しかけた日向の身体を、苗木と、騒ぎを聞きつけて駆け込んできた左右田と九頭竜たちが慌てて両脇から抱き止める。

「ヤッベェ、日向が倒れたぞ!」
「チッ、完全に意識飛んでやがる!急げ、ストレッチャーをもう一台――いや、二人分持ってこい!」
怒号が飛び交う中、追加のストレッチャーが、火花でも散らしそうな勢いで慌ただしく運び込まれてくる。

こうして、一人の幸運すぎる劇物の目覚めと、一人の不運すぎる管理者の気絶によって、ジャバウォック島の修学旅行は、あまりにも騒がしくて理不尽に――誰かにとってはこの上なく幸運な形で、幕引きを迎えるのだった。

狛枝凪斗の幸運は、最後の最後で、日向創の必死の抵抗すら軽々と踏み越えていく。


おしまい。