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akarui_tonikaku
2026-06-13 11:19:42
6063文字
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数十年後のビリーの話。ビリイトですがライトは出てきません。モブ出てきます。
その町で「聖・ニコ=デマラ孤児院」を知らない者はいなかった。
町の一等地、誰もが羨むようなアクセス良好で環境のいい場所にその建物はある。
白亜の壁にはいくばくかの年季が入っているものの、庭の芝生はいつも綺麗に刈り込まれ、窓ガラスは陽光を反射してきらきらと輝いていた。
数名の職員が切り盛りしているにしては、あまりにも行き届いた環境だ。
この孤児院のシンボルは一人の知能構造体だった。
「ほらビリー! 次、ビリーがオニだからね! ちゃんと捕まえにきてよ!」
「おうおう、受けて立つぜ! この『スターライト・ナイト』から逃げ切れると思うなよ!」
黒い鋼鉄のボディは長身で、遠目から見れば圧倒的な威圧感を放っている。
頭部にはヒートシンクの役割を果たす白い頭髪が逆立っており、それが彼の体躯をさらに大きく見せていた。
しかし、その厳つい外見とは裏腹に、ビリーの内面は孤児院の子供たちと同等
――
いや、時折彼ら以上に幼く、純粋だった。
子供たちは誰も彼を恐れない。「ビリー!」と気軽に呼び捨てにし、おままごとの犬役に指名したり、鬼ごっこで全力で追いかけ回させたり、果ては彼の頑丈な腕をジャングルジム代わりにぶら下がったりするのが日課だった。
もちろん、彼の仕事は遊び相手だけではない。
毎日、玄関に入るとすぐに置かれている初代創設者「ニコ・デマラ」の銅像を、彼は特製のクロスでピカピカに磨き上げる。
それから奥にあるニコの肖像画のほこりを丁寧にはたきで落とし、額縁がほんの一ミリでも歪んでいないかをチェックするのだ。
「よし、今日も親分の顔はバッチリ男前
……
じゃなくて、美人だな!」
ビリーは満足げにアイライトを明滅させ、サムズアップを作った。
高い場所の電球交換や雨漏りの修理など、雑用もすべて彼の領分だ。
しかし、彼に課せられた最も重要な任務は「用心棒」である。
一等地に建つ孤児院の土地を狙い、時折ガラの悪い地上げ屋や、欲に目の眩んだ不埒な輩がやってくる。
そんな時、ビリーの戦闘用知能構造体としての本領が発揮される。
「おいおい、ここは子供たちの城だぜ? すっこんでな!」
目にも留まらぬ早業で銃を抜き(もちろん威嚇用のゴム弾や非致死性のジャミング弾だ)、あっという間に悪党どもを伸してしまう。
「お、覚えてろ!」と定番の捨て台詞を吐いて逃げ出す輩の背中を見送りながら、子供たちは「わああっ!」と歓声を上げてビリーに駆け寄る。
「ビリー、かっこいい!」
「やっぱり本物のヒーローだ!」
「へへん、まあな! スターライト・ナイトにはちょっと負けるが、この孤児院の平和は俺が守るぜ!」
胸を張るビリーを、少し離れた廊下の陰から見つめている少女がいた。
エミ、もうすぐ十六歳になる。
彼女はこの孤児院の門の前に、生まれて間もない頃、薄っぺらい毛布にくるまれて捨てられていた。
親の顔は知らない。この町では珍しくもない、ありふれた不幸な生い立ちだ。
けれど、エミは自分が不幸だと思ったことは一度もなかった。この温かい孤児院と、いつも笑わせてくれるビリーがいたからだ。
だが、十六歳になれば、孤児院や国の支援を受けながら独り立ちを始めなければならない。
もうすぐ、この居心地のいい場所を出ていかなくてはならないのだ。
環境が変わることへの不安と、ほんの少しの未来への期待。そんな複雑な感情が、ここ数日のエミの胸をちくちくと刺していた。
「あだっ!?」
「おっと、わりぃ!」
物思いに沈みながら廊下の曲がり角を曲がった瞬間、エミは硬い鋼鉄の胸板に正面衝突し、派手に尻もちをついた。
「大丈夫か?」と、グイと力強く、しかし驚くほど優しい加減で腕を引かれ、立ち上がる。
「ごめんな、よそ見してた」
「もう
……
歩きスマホはよくないよ、ビリー」
エミが服の泥を払いながら窘めると、ビリーは大きな身体を縮こまらせて、バツが悪そうな顔をした。
「何熱心に見てたの?」
「ああ、これだよこれ! 今週末、スターライト・ナイトの新作映画がやるんだけどさ。初回限定の入場特典が何種類もあって
……
どうにか無くなる前にコンプしたいんだけどよぉ。やっぱり毎日劇場に通うしかねえかなって、シフトを計算してたんだ」
スターライト・ナイト。エミが生まれる前から続いている、超長寿の特撮ヒーローシリーズだ。
ビリーはこの作品の熱狂的なファンで、新作は必ず初日にチェックし、グッズもほぼコンプリートするほどの情熱を注いでいる。画面を見つめる彼のアイライトは、まるで少年のように輝いていた。
エミはそんなビリーを見て、ふっと胸の奥が寂しさで綻ぶのを感じた。
「
……
一緒に行ってあげようか? その入場特典、ビリーにあげるよ。二人で行けば、ちょっとは足しになるでしょ」
「えっ! いいのか!?」
「うん。今週末、ちょうど予定もないし」
深い意味はなかった。もうすぐこの場所を出ていく自分の、ほんの少しの気まぐれ。あるいは、思い出作り。
「サンキューな、エミ
――
ッ! 持つべきものは話のわかる妹分だぜ! 助かる〜!」
子供のように大げさに万歳をして喜ぶビリーを見て、エミは張り詰めていた心が少しだけ軽くなり、自然と笑みがこぼれた。
週末の映画館は混み合っていたが、ビリーの熱量は周囲の熱気を遥かに凌駕していた
。 映画が終わり、ドリンクを片手に町を歩きながらも、ビリーのマシンガントークは止まらない。
「観たかよ、あの第三十五話のオマージュ演出! まさか初期の変身ポーズをあそこで持ってくるとは思わねえじゃん!? 俺さ、オイルの温度が5度くらい上がった気がするぜ!」
「はいはい、凄かったね。私はエフェクトが綺麗だなーって思ってみてたよ」
熱弁するビリーと、それを適当に、けれど心地よく聞き流すエミ。
入場特典の限定ステッカーを渡すと、彼は宝物を受け取るように大事そうに内ポケットへ仕舞い込んだ。
はしゃぐ彼を見ていると、年齢なんていう概念が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
その時だった。
「あれっ!? ビリーじゃないか! 久しぶり!」
人混みの向こうから、スーツをぴっちりと着こなした若い男が声をかけてきた。
手にはビジネスバッグを持っており、いかにも都会で働く若手会社員といった風情だ。
「え〜! こんなところにいるなんて珍しいじゃないか。あ、そうか、スターライト・ナイトを見に来たんだね。相変わらず大好きなんだなぁ!」
親しげに、そして懐かしそうに破顔する男に対し、ビリーのアイライトがパチパチと数回、不規則に瞬いた。内部のデータベースを検索しているときの癖だ。
「あー
……
たぶん、孤児院のやつ
……
だよな?」
ビリーの少し歯切れの悪い声に、スーツの男は苦笑した。
「そうだよ、ジェフだよ! 忘れたのかい? ほら、小さい頃にビリーによく『高い高い』をしてもらって、勢い余って建物の3階くらいまで投げ飛ばされて、先生に一緒にめちゃくちゃ叱られたじゃないか」
ビリーは申し訳なさそうに金属の眦を下げた。
「
……
わりぃ。俺、記憶モジュールのメモリーがさ、いつもカツカツで
……
。その、孤児院を卒業したやつの記憶は
……
全部消えちまうんだよ」
「え
……
」
ジェフと、そして隣にいたエミの声が重なった。
「消えちゃう、って
……
私たちのことを?」
エミの問いに、ビリーは少しだけ気まずそうに、けれどジェフの肩にそっと大きな金属の手を置いた。
「ごめんな
……
。でも、お前が孤児院を出た後も、そうやって立派な服を着て、頑張って働いて生活してんだなってことは分かるぜ。偉いぞ、ジェフ。がんばれよ!」
ジェフは一瞬、酷くショックを受けたような、それでいてどこか切ないような複雑な表情を浮かべた。しかし、すぐに大人の笑みを作って、
「うん、ありがとうビリー。またね」
と言って雑踏へと消えていった。
帰り道、エミは一歩前を歩くビリーの横顔を盗み見た。
普段はあんなに表情豊かな彼の金属の顔が、何の感情も読み取れなかった。
(ビリーは、忘れてしまうんだ)
自分がこの孤児院を出ていったら。あと数ヶ月して、十六歳の誕生日を迎えて、この町で一人暮らしを始めたら。
今日、二人で映画を観に行って、入場特典をあげて、一緒に笑い合ったこの日々のことも。
ビリーの記憶からは綺麗さっぱり消去されてしまうのだろうか。
エミは胸を締め付けられるような痛みを覚えながら、沈黙の中で帰路についた。
深夜。 静まり返った孤児院の中で、ビリーは最後の日課である深夜の見回りを終えた。
子供たちが寝静まった廊下を確認し、異常がないことを確かめてから、彼は屋上のベンチへと足を運ぶ。
冷たい夜風が、彼の白い髪を揺らし、日中の熱を持ったプロセッサを心地よく冷却していく。
ここで街の夜景を見下ろしながら佇むのが、彼の長年のルーティンだった。
ビリーはベンチに深く腰掛け、そっと自分の記憶モジュールへとアクセスした。
――
記憶モジュールの容量がカツカツなのは、本当だ。 だが、それは彼の基本スペックが低いからではない。
戦闘用知能構造体である彼のメモリは、本来なら数百年分の日常の記録など余裕で蓄積できるほど大容量だ。
それなのに、なぜ容量が足りないのか。
彼の中には、「絶対になくせない記憶」が存在するからだ。 それを、彼はあえて圧縮せず、最も贅沢な「最高画質」のまま保存している。
いつでも、あの時の空気、あの時の音、あの時の温度を寸分違わず引き出せるように。
さらに、万が一のシステムクラッシュや外的要因によるデータ破損があっても絶対に失われないよう、幾重もの厳重なバックアップを施し、メモリの大部分をその保護領域に割り振っている。それが彼の記憶モジュールを限界まで圧迫している原因だった。
ビリーは、夜空の下でその膨大な保護データの中から、いくつかのアーカイブを再生した。
何十年も前の大昔の記憶。しかし、彼の視界には、ついさっきの出来事のように鮮明な映像が映し出される。
『土地を買った? 孤児院を作る? 親分、正気かよ!? そんなことしたら、あんたが溜め込んできたディニーがほぼ全財産なくなっちまうんだぞ!?』
ホログラムのように脳裏に蘇る、昔の自分自身の驚愕の声。そして、その目の前で、守銭奴として有名だったニコ・デマラが、不敵にニヤリと笑う顔。
『あのねえ、ビリー。これは「投資」なのよ!』
『投資ぃ?』
『そうよ! ここで孤児院を建てて、身寄りのない子供たちにちゃんとした教育を受けさせるでしょ? そうしたら、その子たちが将来大成して、大金持ちになるわけ。そしたらその子たちが「あの時はお世話になりました〜」って言って、この孤児院に莫大な寄付をしてくれる! つまり、私たちは一度システムを作っちゃえば、あとは寝てるだけで勝手にお金が入ってくるって寸法よ! 孤児院がある限り一生ね!』
『はえ〜
……
』
あまりにニコらしい、けれどあまりに回りくどい「言い訳」に、当時のビリーは気の抜けた声を出すしかなかった。
ニコはさらに腰に手を当てて胸を張る。
『というわけで、あんたたちも孤児院が建った暁にはここの職員として働くのよ! なんせこの土地は一等地で激戦区だからね、すぐに他の悪い奴らが狙ってくるに違いないわ!これからの時代は不労所得! じゃあ、仕事の内訳を発表するわね。アンビーと猫又は子供たちの体調管理と生活指導。ビリーは用心棒兼、遊び相手兼、掃除当番兼、夜間の見守り兼、あたしの銅像と肖像画の管理兼
――
』
『おいおいおいおい! ちょっと待て親分! 俺だけ負担デカすぎねえか!?』
ニコの笑い声が、記憶の中で響く。
この孤児院を作った時、彼女は「投資だ」「不労所得だ」と嘯いていたが、それが彼女なりの不器用な優しさであったことは、今になってよく分かる。
実際に大成して寄付を送ってくれる卒院生もいたが、大半は日々の生活を営むだけで精一杯だ。
それでもニコは、子供たちが無事に巣立っていく背中をいつも嬉しそうに見送っていた。
ビリーは彼女のそういう、強欲の裏にある底知れない温かさを深く尊敬していた。
だからこそ、彼女が去った今でも、振り分けられた仕事を何一つ怠ることなく、責任を持ってこなし続けている。
ビリーはデータを切り替え、もう一つのアーカイブを再生した。
ノイズ混じりの記憶の中に現れたのは、自分と同じ、鮮やかな赤いマフラー。端正な顔つきに目元を隠すサングラス。そして黒いライダースジャケット。
いつも生意気な口を利くくせに、自分が「スタナイのコラボレストランに付き合ってくれよ」とノックノックにメッセージを入れると、どんなに離れた郊外からでもバイクを飛ばして会いに来てくれた男。
戦うための兵器として、ただそれだけの目的で造られた知能構造体である自分を、その男は「パイセン」と呼び、慕ってくれた。
それどころかそんな自分をそれ以上に想っている、と打ち明けてくれたのだ。
自分のこの無骨な鉄の手が、人を傷つけ、武器を握るためだけのものではないということ。
相手に求められて触れる時、自分の中の論理コアがショートしそうなくらい気持ちが昂るということ。
そして、許されて触れる相手の身体が、驚くほど柔らかくて、温かいということ。
すべて、彼が教えてくれたことだった。
『
……
パイセン。次の人には、もうちょっと加減して触ったほうがいいっすよ。俺は身体が丈夫な方だからいいすけど、普通の人間はヤワっすからね』
ある夜、ベッドの中で男が冗談めかして言った軽口。
彼がいなくなってから、長い年月が経った。
ビリーはそれ以来、人間の身体に「愛情」を持って触れたことは一度もない。
子供たちを抱き上げる時も、壊れ物を扱うように、厳密な出力計算を行って触れるだけだ。
あの時のような、論理コアが焼き切れそうな熱を伴う接触は、もう二度とない。
保護された記憶の再生を終え、ビリーは夜空を仰いだ。
今の生活は、間違いなく幸せだ。
ニコの残したこの大切な場所を守り、毎日可愛い子供たちと賑やかに戯れ、大好きなスターライト・ナイトも毎年新作が公開されて、限定グッズの多さに嬉しい悲鳴を上げている。これ以上の幸福がどこにあるだろうか。
でも。
「
……
なぁ」
ビリーの口から、駆動音に混じって、小さな呟きが漏れた。
「お前がいないのは
…
やっぱり
……
寂しいぜ、ライト
…
」
鉄の指先が、首元の赤いマフラーに触れる。
機械人の切ない呟きは、誰に届くこともなく、静かな街の夜風に溶けて消えていった。
それでも明日になれば、彼はまた眩しいヒーローの顔をして、子供たちの待つ玄関へと降りていくのだ。
ニコの銅像を、ピカピカに磨き上げるために。
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