ポートマフィア本部ビル内、会議室。中也は首領である森に呼び出されてそこを訪れた。同じく招集がかかったのか、先客がいた。1人は尾崎紅葉。幹部であり、中也の直属の上司でもある武闘派だ。そしてもう1人はポール・ヴェルレエヌ――といってもそこには地下と繋がった画面が表示されているだけだが――日頃は地下に引き篭もって決して地上には顔を出さない暗殺術の達人である。
中也は内心期待を膨らませた。この面子、デカい仕事の話に違いない。出世のチャンスだ、逃すわけにはいかない。
定刻になると、この会を催した森が漆黒の長外套を翻して入ってきた。後ろにはいつも通り異能のエリスを引き連れている。森は集まったメンバーを確認すると満足そうに頷き、席に着いて机の上で両手を組んだ。
「やあ、今日は集まってくれてありがとう」そして中也に向かって「中也くんは初めての参加だったね。来てくれて嬉しいよ」と労いの言葉を述べた。
「いえ、こちらこそお呼びいただき光栄です」
中也の目礼を大様に受け入れ、森は再び全員へと視線を向ける。
「さて、みんな忙しいだろうから、早速だけど本題に入らせてもらうよ。議題は前回同様『中也くんと太宰くんを交際させる方法』だよ」
森は大真面目にそう言った。紅葉もヴェルレエヌも突っ込む気配はなく、それどころか予め知っていたかのように次の話を待っている。……きっと聞き間違いだろう。そうに違いない。中也はそう判断した。
「首領、恐れながら上手く聞き取れなかったので、もう1度お願いできますでしょうか?」
「あれ、そう? 『中也くんと太宰くんを交際させる方法』だよ。君たち2人揃って素直じゃないからいつまで経っても進展しなくて、見てるこっちがヤキモキしちゃうからいっそ介入してしまおうと思って」
聞き間違いではなかった。しかも森ははっきりと“君たち”と言った。当然、当事者は同じ名前の別人ではなく中也のことで、その相手で“太宰”と言えば、心当たりは1人しかいない。中也は太宰と付き合いたいなどとはまっっっっっったく、これっっっっっっぽっちも思っていないが、マフィア内で付き合っているだの両思いだのという噂が流れていることは把握している。なにを言っても照れ隠しだのなんだのと相手にしてもらえないので、最近ではもう訂正することさえ諦めているくらいだ。付き合ってはいないものの特別な関係であること自体を否定するつもりはなく、幸い勘違いされて困るような想いを寄せる相手も他にいない。結果、あまり本気で訂正する気がないのも原因のひとつであることに、中也自身は気づいていない。
「そういうのは、本人のいないところでやるものでは……」
「なに言ってるの! こういうのは本人の意志が重要なのよ!」
エリスが両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねると、赤いスカートが上下にひらめく。
「そうですけど」
「ちなみに前回の会議では太宰くんが参加していたよ」
森がさらっと付け足したことで、中也に動揺が走る。それはつまり、太宰は中也と付き合いたいということか……!?
重ねて言うが、中也は太宰と付き合いたいわけではない。しかしこれが、太宰の方が付き合いたいというなら話は別だ。あれこれと可愛げの欠片もない言動を繰り返す太宰だが、もしやあれは好意の裏返しだったとでもいうのか。そう解釈すると、途端に太宰が可愛く思えてくるのだから不思議だ。性格はムカつくが、顔は悪くない。身体も骨ばっていて抱き心地は悪そうだが、上に載っているのがあの顔なら問題なく勃つだろう。太宰が付き合いたいなら、態度次第で考えてやらなくもない。
中也は気を抜くとついニヤつきそうになる頰の筋肉に力を込め、必死で平静を装う。百戦錬磨のポートマフィア首領および五大幹部に対してどれだけ効果があったかは怪しい。
しかし続いたエリスの言葉ですぐに中也は顔を引き攣らせることとなった。
「どうすればチュウヤとキセイジジツを作れるか、楽しそうにあれこれ策を巡らせていたわ」
「き、既成事実!?」
「ああ、それは組織の長として止めておいたから安心してくれたまえ」
「しかし、あやつの案はなかなか的を射ていたぞ。多少強引な手段でも取らねば、付き合うなど夢のまた夢じゃ」
今まで黙って事の成り行きを見守っていた紅葉が口を出す。机に乗り出したため、頭の簪が僅かに揺れる。
「まあまあ、そこまで言わなくても……」森が軽く嗜めると、紅葉は「ふむ」と少し思案するような間を取った。
「では中也、今から太宰に好きだと伝えてこい」
「はぁあぁあっ!?」
あまりの有り得なさに中也は素っ頓狂な声を上げてしまった。しかしすぐに首領や上司に対して失礼な物言いをしてしまったことに気づき、咳払いで場を取りなす。
「あ、いえ、失礼いたしました。しかしそんなことできるわけないでしょう!」
「何故じゃ?」
「それは、えと、」
「ちなみに太宰の方はお前に告白 せるつもりだぞ。『僕が折れるなんて絶対ありえない!』と豪語しておった」
「あんの莫迦……!」中也は拳を握り、どうにか怒りを鎮める。「というか! そもそも俺はあんな奴のこと好きでもなんでもありませんので! 付き合うとかそういうのはあり得ません!」
「今の関係が心地いいのはわかる。しかしそうやっていつまでも認めないでいると、そのうち取り返しのつかないことになるぞ。これは兄として弟を想っての発言だ」
画面の中、ヴェルレエヌが訳知り顔で頷く。最初は仕事だと思っていたから気にしていなかったが、こんなくだらない会にわざわざリモート参加しているとなると、日頃地下に閉じこもっているという話も本当だかわかったものではない。実は中也が思っているより地下生活をエンジョイしているのではないか。
「あんたに何がわかるんだよ!」画面を倒さんばかりの勢いで中也が食ってかかると、「わかるとも。お前はさっき『太宰がその気なら付き合うのも悪くないな』と思っただろう」としたり顔で続けられて怯んでしまう。
「別にそういうんじゃ……」
「誤魔化しても無駄だぞ、我が弟よ。お前はわかりやすいからな」
「はいはい、中也くんも認めたところで、本題に戻るよ!」
話がひと段落したと判断したらしい森が手を叩いて注意を惹きつける。中也としてはまだ納得していなかったが、こちらの分が悪いことは自覚しているため唇を噛み締める。
「太宰くんの案では『①中也くんに媚薬を盛って密室に閉じ込める』、『②異能力で太宰くんとイチャイチャする幻覚を見せる』このふたつが有力だと思ったんだけど、中也くんはどっちがいいかな?」
「は?」有り得ない2択に中也は間抜けに口を開けた。無礼を謝罪するまで思考が回らない。が、そこで終わりではなかった。
「おい、『③ハニートラップを仕込んで幻滅させる』が抜けておるぞ」と紅葉が文句を言い、「④の催眠術案はいつの間に消えたんだ?」とヴェルレエヌが涼しい顔で問う。
「は?」中也は再び同じ音を漏らした。
「もう! 中也くんの童貞が絶対ほしいからハニートラップはダメって太宰くんが言ってたでしょ。催眠術は異能力者本人に『そんな莫迦げたことに能力を使うわけにはいかない』って断られちゃった」
「童貞がほしいだけならいくらでも方法はあるじゃろう」
「その交渉は首領殿がやったのか? 俺が改めて交渉する。まだ廃案にするには早い」
「いやいやどっちにしろ効果的なのは①か②でしょう。蒸し返さないでくれるかな」
組織のトップたちは、本人をほったらかしにして和気藹々と意見を交わす。その雰囲気はまるで放課後の学生のようだ。実際議題はそれっぽいのだが、如何せん出てくる案に学生のような可愛らしいものが全くない。冗談じゃない! この人たちに任せていたら一体どんな目に遭わされるか。
「今から太宰に交際を申し込んできます!」
背に腹はかえられない。中也はそう宣言して会議室を飛び出した。残された3人が満足げに顔を見合わせていたのは言うまでもない。
× × ×
一目散に駆け出して、太宰の執務室に滑り込んだ。太宰はちょうど書類仕事の最中だったようで、乱入者が中也だとわかると途端に顔を顰めた。
「ちょっと中也、ノックぐらいしたらどうなの!?」
全力疾走したため肩で息をしていると、持っていた万年筆をビシリと突きつけられる。
「あー、悪い。ちっと急ぎの要件で……」
とにかくこのままではダメだと慌てて駆け出した所為で、どうやって切り出すかを考えていなかった。適当な出まかせで誤魔化したが、急ぎの告白ってなんだ。間違ってはいないのだが、どういうことか説明しろと言われると難しい。いや、太宰も前回の会議に参加していたのなら、事情を説明してもいいのか? だが、異能力だのハニートラップだのを嬉々として語るくらいだから、中也がすんなり告白したのでは納得しないかもしれない。
悩んでいると、「とりあえず座れば?」と雑にソファを勧められる。断る理由もないので素直に従うと太宰は奥に引っ込み、しばらくして戻ってくると目の前の机に牛乳瓶を置かれた。
「なんだ、これ」
「客人が来たらお茶くらい入れるのが普通でしょ」
「どう見ても茶じゃねぇだろ」
「中也は成長期だからカルシウムが必要かなって」
目が明らかに笑っている。はっ倒してやろうかと思ったが、一応これから交際を申し込もうとしている身。ぐっと堪えて牛乳瓶の蓋を取り、一気に呷り、そして顔を顰めた。
「なんっだこれ!?」
思わず自分の手に持った牛乳瓶を見る。どこからどう見てもそれは牛乳瓶だ。蓋もきちんと閉まっていたし、中身も牛乳に見える。が、粉っぽくて不自然に甘い。脱脂粉乳? 低脂肪乳? と頭を悩ませる。
「粉ミルクだけど」太宰がしれっと言った。
「なんっつーもん出してんだ手前は!?」
「えー、だってお子ちゃまの中也には牛乳はまだ早いかなって」
中也の反応が満足のいくものだったらしく、太宰は口許に手を当て、ぷぷぷと笑っている。
冗談じゃない! 誰がこんな男と付き合うものか!
例の会が次も開催されたのは言うまでもない。
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