2026-06-13 10:36:25
6350文字
Public 小説
 

また君に触れる

転生パロ漫画の、幕間の話。拓歪SSです。
転生なので年齢操作、ショ夕おに要素あり。
イチャイチャしているけど貞操は守っている。
※真相解明編のネタバレ(セリフなど)があります。


 真実を知ってから、多大なショックを受けたのは皆同じだ。けれど、たとえ作られた記憶であっても己の核である想い出であることは確かで、無理に忘れることなんて出来ないだろう。
 そして、教室で目覚めた時から今この百日目まで仲間と過ごした日々は、本物だったのだから。
 胸を張って、手を取り合って進もうと、誓ったのだった。

 異血を吸収することは、相手にとどめを刺すことだ。だが命を託される覚悟があった。一人、また一人と倒れる仲間に剣を突き刺していった。——胸が酷く苦しい。
「面影」
 隣で倒れた相手に駆け寄る。
 冗談めかして自分に言ったあの言葉は、どの程度の好意だったのだろうか。「好きになっちゃいそうだよ」なんて、まるで恋の始まりのような。
 ——どうして今、そんなことを思い出すのだろう。
 
 焦点の合わない瞳が揺れる。
「正直、疲れたよ……
 その言葉に動揺する。SIREIの言動への違和感、不信感から異様とも言える行動力で真実を導き出したのはこの男だ。そして真実を知った後、皆と同様に大切な人が存在していないこと——そして彼に精神的苦痛を与えていた家業ですら、ただの作り物だったことに、「死にたくなる」と言及するほど憔悴していた。
 ゆっくり眠ってくれ、なんて言いたくない。自分を見下ろす澄野の姿を認識しているのかいないのか、彼は震える声で続ける。
「来世は……海の中を泳ぐ貝になりたいな……
「静かに穏やかに……誰も殺さずに……生きたいよ……

 どうして今になって、そんなことを。
 決戦に挑む前まで、いつもの調子だったくせに、これが本音なのか。
 これはただの独白で、きっと誰かに聞かせるつもりはなかったのだろう。
 歯を食いしばる。どうか安らかに、望むとおりにいつかは穏やかな日々を過ごしてほしい——こんなことをする自分が、言える立場ではないが。
 そして剣を振り下ろし——


     *

 
「わーっ! お魚さんだぁ! 歪、お魚がたくさんいるよ!」
 繋いでいた手を引っ張る勢いで駆け出そうとする彼を、やんわりと嗜める。
「走ったら危ないからね。ゆっくりで大丈夫だよ」
 言われた彼は、すぐに面影の言うことを聞いて立ち止まり、隣り合って歩く。
 大きな水槽の前で、うわぁ、すごい、と目を輝かせる少年を、面影は微笑ましく見つめた。
「すっごいたくさんいる。キレイだなぁ……
「ふふ、そうだね。綺麗だね」

『次の日曜、水族館に行かない?』と誘ったのは、面影の方だった。
 彼が住むマンションの隣室に引っ越してきた家族が挨拶に来るより先に、廊下を探検していたらしい少年と出くわした。
 そして何故だか「一目惚れした」と求婚されてから、早いもので半年がたつ。
 男性同士であるとか歳の差が八歳もあるとかはまるで気にならないらしく、半年経った今もなお、少年——澄野拓海は面影歪にベタ惚れである。
(特別優しいことしてあげたとか、魅力的な振る舞いとか、してない筈なんだけどなぁ)

 求婚された直後に母親が拓海を連れ戻しに来て、そこで引越しの挨拶タイムに傾れ込んだ。その時点で拓海が面影にべったりだったものだから、母親公認の仲になってしまった。母親曰く「優しそうなお兄さんでよかったね」という評で、それがまるで世辞には聞こえず本心のようだったので、この息子にこの母親ありである。
 以来、宿題を教えてもらうなどと言って、夕食後に遊びに来ることも多くなった。両親が共に夜遅い時には、面影が拓海を預かった。そんな日は、出来合いの弁当を買ったりもしたが、手料理も振る舞った。拓海は上機嫌だった。
「やっぱり歪はいいお嫁さんになるよ。まぁオレの嫁なんだけど」
 と、ブレない男がそこにいた。


 なんだかんだで絆されて、子供に懐かれるのも未経験だったので、少し楽しくなってきて現在に至る。懐き方が結婚前提なのが特殊すぎるけれど、気にするのはやめた。どうせこちらは子供に手を出すつもりなど欠片もないのだから、これは近所のお子さんとの健全なおつきあいに過ぎない。
 水族館に誘ったところ、動物園はライオンが見たいとせがんで行ったことがあるが、水族館はまだないから行きたい。という返事だったので、バスで三十分ほどのところにある郊外の水族館にやってきた。
 あまり大きくはなく、新しくもないので、閑散とまではいかないが混み合うほどでもない。だから静かに生き物を見ることが出来る、お気に入りの場所だ。
 お出かけをするときは車だから新鮮、とバスに乗る時からテンションの高かった拓海は、水族館も楽しんでいてくれるようだ。
 面影は安堵した。自らの趣味で誘った手前、遠くまで連れてきておいて、相手が1ミリも楽しめなかったらどうしよう、と誘ってから少し悩んでもいたのである。

「退屈してない? 動物園と比べて地味でしょ」
「全然? イルカとかアザラシのショーも楽しかったし、ペンギンの餌やりも見られたし。魚もキレイだったし、ヒトデもさわれたし! あ、あと電気ウナギ!」
「ああ、ちょうど放電……ビリビリするところが見られてよかったね」
「うん。めちゃくちゃ楽しいよ。水族館もだけど、歪とはじめてのデートだし!」
「えっ?」
 そうか。大人になったら結婚すると言って憚らない拓海にとっては、これはデートだったのか。本人に言われてようやく気づいた面影は、自分の頬が火照るのを感じていた。彼の言葉に対する照れというよりは、その考えに至らなかった自分への恥じらいだ。だってつまり拓海にとっては、「歪の方からデートに誘ってくれた」ということになるのだ。
 
(朝から……いや、誘った時から上機嫌だったのはそういうわけか……
 この子の気持ちが将来もずっと続くなんて思い上がりは持っていないのだが、それでもこの半年ずっと自分に好意を伝え続けている彼の気持ちを少しはわかってあげるべきなのかもしれない。
「そうか。せっかくのデートなのに、私の好きな場所を選んでごめんね」
「ん? それって普通じゃないか? お気に入りの場所教えてもらえて嬉しいよ。オレ、もっと歪のこと知りたいもん」
 オレには難しいからってあんまり学校のこととか教えてくれないし、と唇を尖らせる。大人びた返答に動揺するも、子供っぽい仕草で軽減されて面影は苦笑した。
 
「そうだね。拓海君がそう言うなら、焦らないで少しずつお互いを知っていこう」
「オレはけっこう言ってると思うけどなー。オレの好きなゲームは?」
「スマブラ」
「ほら、知ってる!」
「お留守番の時に毎回持って来てたら、それは嫌でも覚えるでしょ……

 ・
 ・
 ・

 そして「歪が一番好きなところに戻ろう」と言って、手を引かれて辿り着いたのは、貝の標本と、僅かな数だが生きた貝類が展示されている小さな水槽のコーナーだった。
 可愛い海獣や鮮やかな色をして泳ぐ魚たちと違って、この水族館で一番地味だと言ってもいい場所だ。お陰で、日曜のため平日より親子連れの多い水族館の中でも、このコーナーだけは空いている。拓海の反応も薄かった気がしたので、先刻はほぼ素通りした場所だ。
……どうしてここが好きだってわかったの?」
「合ってた?」
「うん」
 後ろ髪引かれるような素振りを見せたつもりはない。繋いだ手に力も入っていなかった。なのに何故。
 彼は言う。
「ここにいる奴らを見た歪の顔、ちょっと嬉しそうでちょっと寂しそうだったから」

 まだ九歳。ゲームが好きで、勉強は好きじゃなくて、はしゃぐし、騒ぐし、拗ねるし、甘えるし。
 なのに細やかな気配りを自分に見せる。自分でも気づかない、些細な変化に気づいてしまう。
……そっか。私もどうしてこんなに貝に惹かれるのかわからないんだけど、なんだろう……。生き方に憧れるのかな。彼らも生物だからプランクトンとか、海藻とか食べたり、中には肉食の貝もいるけど、でも殆どはただ海の中で誰も傷つけずに穏やかに生きている感じがして」
「歪は、誰も傷つけたくないの?」
「うん。……多分ね」
「だから普段は怖いっぽいメイクしてるの?」
……うーん。あれは単にあのメイクが好きなのもあるし、声をかけられるのが面倒くさいから」
 
 以前は、男女問わず街中で声をかけられることが多かった。あのメイクを始め、生活の八割を以前から好きだった和服に変更すると、誰も声をかけてこなくなった。
 異物を見るような目で見られるようにはなったが、気にはならない。面倒ごとを避けられることの方がずっと快適だった。
 だが今日は、TPOを弁えて——隣に彼がいるから、メイクは無しでラフな洋服姿だった。
「オレ、やっぱり歪のこと好き。ますます好きになっちゃった」
「ふふっ。ほんと、素直に言ってくれるよね。照れちゃうなぁ」
「また子供扱いしてー!」
「してないよ、私も本当に照れてるんだから」

 そう。彼の言うとおり、子供扱いするべきではないのだろう。一人の成長期の人間で、ただ年下で歳が離れているだけで、自分よりもずっと純粋で鋭いのだから。
 だから彼を傷つけたくないから、流されるまま付き合っているのではなくて。
「私も、拓海君のことが好きだよ」
 彼が大きな目を瞠り、こちらを見つめる。
「でもね、ちゃんとお付き合いするのは拓海君がもっと大きくなってからね?」
 ぷぅ、と頬を膨らませ、掴んだ腕に頭突きをしてくる少年の、頭を撫でる。
「また、それだぁ〜……
「うふふ……。でもね、私の好きな生き物を見抜いてくれたことは驚いたよ。ますます好きになっちゃった」
……ほんと?」
「うん、本当」

 ・
 ・
 ・

 水族館内にあるフードコートで、ライスがイルカの形になった子供用のカレーと、ラーメンを食べる。
 お土産に何か買おうと売店をうろついて、貝殻のキーホルダーを手にした拓海がレジへと走って行こうとするのを止めた。
「それでいいの? こっちにもっと可愛いラッコとか、お魚とかあるよ」
「これは歪にプレゼントするんだよ。初めてのデートで初めてのプレゼント!」
……ちょっと声が大きいな……
 数人の客が振り返るのを、目で牽制しながら言う。
「好きじゃない? これ」
「ううん? 好きだよ。カワイイよね。拓海君も何か好きなの選んでよ。私が買うから」
「歪が買ったらプレゼントにならないじゃん……
「今日は私が誘ったんだから、私にプレゼントさせてくれないかな?」
「バスもご飯もおごってくれたのにー……
「当たり前でしょ。あと、交通費とか諸々の経費はありがたいことにお母様からいただいたお金です。ということで、お母さんへのお土産も選んでね」
 ということで、小遣いを貯めたとっておきのお金を放出する気満々だったのを、どうにか止めることが出来た。


      *


「まだそれ、付けてるんだ」
 歩いていて無くしたら嫌だから、とバッグではなくポーチにつけられた貝殻のキーホルダーを見て、拓海は呻いた。
「もうあちこち欠けて大惨事じゃないか? また新しいの買ってやるから、流石にそれはやめてくれよ」
「拓海君だって、部屋に飾ってるでしょ」
 互いに初めてのデートで買ったものを、未だ大切にしている。
「ずっと持ち歩いてはいないだろ……
「なんか、気に入ってるから。たまに見てニヤニヤしてるんだよ」
「オレがガキの頃のガサツさを思い出して?」
「ふふっ、まぁそんなところかな?」

 高校生になった今も、拓海は面影の部屋に通い続けていた。
 とはいえ、頻度は落ちている。面影は院生になって修士課程を終え、博士課程に進んでいる。拓海だって、部活動が忙しいようだ。
 それでも隙あらばやってきて、イチャイチャを楽しんで帰っていく。
 一応は、付き合っていると言えるのだろう。時間が合えばデートと称して映画やショッピングに出掛ける、健全なお付き合いだ。
 ただし成人するまで性行為はしない、それっぽいこともしないと長年厳しく言いつけて来たので、拓海もおとなしくそれに従っている。
 ——わけはなく、年頃の男の子らしく「キスぐらいはさせてくれ」と手を合わせて拝み倒されたので、面影もそこだけは許している。
 
(今どき、十代同士ならエッチもしてるだろうに)
 律儀に言いつけを守り、唯一許されたキスがどんどんしつこくなってきている男と唇を重ねながら、面影はぼんやりと思う。
(この子、童貞なんだよなぁ……
 そう思うとちょっと興奮する、と思いながら、舌を強く絡めて吸って、ぎゅっと抱きついた。うぐ、と顔を顰めるのが可愛い。
 ようやく唇を離すと、恨みがましくこちらを見つめてくるのもまた、可愛くて仕方がないのだ。
「なぁ歪、もうちょっとこう、触り合うとか、そのぐらいはしても……
「だーめ。我慢できないなら他の子にしたら?」
「するわけないだろ!」
 浮気などしないとわかっていてこんな戯言を言う自分は、意地悪だ。なのに彼は、自分を手放す気など、これまで一度もなかった。

 童貞なのは自分も同じで、この歳でこの顔で童貞とか、と拓海に嬉しそうに言われたことがあるが、彼と同様、自分も彼以外に興味が湧かないのが不思議だった。子供の頃からアプローチされ続けて、感覚が麻痺しているのだろうか。いつの間にか雁字搦めにされていたのかも、などと思いつつ、悪い気分ではない。
 乱暴に己の頭を掻き乱した彼が、少年から男に成長した彼の手が、耳を塞ぐように頭を抱え込み、再び唇を重ねてくる。
 舌で中を掻き回されて、情欲が湧き上がってくるのに、これ以上はしない、出来ない。もどかしさにすら昂ってしまう。
 ふと、耳元で貝殻が割れるような音がした。

『別の方法を考えよう。お前1人じゃなくて……オレ達みんなで』

「ッ……!?」
 同じ顔、同じ声。知らない場所。
 一瞬脳裏に浮かんだ光景に戸惑い、唇を離す。
「歪?」
 何かを思い出しそうな気配。水底に漂う貝。流れる血、痛み。
……ああ、ごめん、気持ち良すぎて……
 咄嗟に出た言葉は、誤魔化しにしては不恰好だ。けれど彼は微笑んで、
「あはは。よかった? 嬉しいな。……うん、オレもだよ」
 と抱きしめてくれた。

「ごめんね、我慢させちゃって」
「んー? なんだよ改まって。そう思うなら……って言っても続きはさせてくれないんだよな?」
「うふふ、そうだね。あと二年待てる?」
「何年待ったと思ってるんだ。そのぐらい待てるよ。仕方なくだけどな! 今もムラムラしてるけどな!」

 ああ、なんだか知りたいような知りたくないような、怖いような楽しみのような。
 彼はもしかしたら自分の知らない何かを、先に知っているのかもしれない。そう思いながら、背に手を回して抱き返す。
 体温、吐息。こんなにも近くにある彼の存在を感じて、失いたくないな、と古くなって欠けてしまった貝殻を思う。

 二年後を心待ちにしているのは、彼だけではない。
 傷つけることに臆病な自分を、傷つけてもいいから傍にいてくれと言ってくれたのは、彼だっただろうか。
 おかしい。傷つくことも傷つけることも平気だった——平気であろうとした日々があったような気がするのに、思い出せない。

 けれど今は。
 懲りずに重なる唇を受け入れて、水のように身体中に染み込んでくる愛情に、瞼を閉じた。
 
 きっと今の自分は、とても幸福なのだろうと。