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【狛日】キミとの友情の証 05

愛島狛日
才能ゆえに友情の証と呼ばれるものへの違和感に気付き始めた狛枝くんのお話

ボクは彼のわずかな抵抗さえ絡め取るように、その太ももに自らの脚を重ね、体温を確かめるようにして後ろから抱き寄せた。
「っ……、あ……
日向クンが弾かれたように息を呑む。ボクを拒絶するための言葉は出てこなかった。
それを都合よく「許可」だと受け取ったボクは、はだけた襟元から覗く鎖骨へ――呼吸に合わせて微かに波打つ鎖骨へと、割り込むように唇を押し当てみた。

「こま、え……っ!?」

熱い肌へ容赦なく生々しい舌を這わせると、彼は今度こそ声を失い、シーツをぎゅっと握り締めた。
どうしてボクがこんな浅ましい真似をしているのか、自分でもさっぱり分からなかった。
これが日向クンの見せる友情の形なのだというのなら、ボクはきっと、どこまでも喜んで受け入れてしまうのだろう。
胸の奥で膨れ上がっていくこの衝動が、本当にそんな綺麗な言葉だけで片づくものなのか。

誰かを大切に思う気持ちなのか。
それとも、もっと名前のつかない、どうしようもなく身勝手で、醜い欲なのか。

分からない。分からないくせに、溢れ出す日向クンの体温と、部屋の空気まで柔らかく歪ませるような香りだけが、ボクの思考の輪郭をあっさり溶かしていく。
だからもっと近くで確かめたい。もっと深く、何ひとつ取りこぼすことなく。
そう願うほどに、ボク自身の息遣いまで乱れていくのが分かって、なんだが、余計に可笑しくて仕方がなかった。

……っ、こ、狛枝、待てって……!」
待て。その懇求の言葉は、確かにボクの鼓膜に届いていた。
聞こえているのに、今のボクはその言葉を、まともな意味で受け取れなかった。
受け取らなかった、と言った方が正しいのかもしれない。
干上がった喉に水を流し込まれたみたいに、日向クンの体温だけが欲しかった。
声も、呼吸も、困ったように逃げる仕草も、全部が目の前にある。
それだけで頭の奥が白く霞んで、日向クンの言葉は意味になる前に、どこかへすり抜けていった。

「ごめん、ごめんね……日向クン、ボク、もう待てないよ……
何度も繰り返すうちに、ボク自身、自分が何をしているのか分からなくなっていく。

「っ、く……っ、やば……く、くすっ……!」
そののたびに日向クンは、くすぐったさと、背筋を駆け上がるようなぞくぞくする感覚に耐えかねて、シーツへ反対側の頬を擦りつけ、荒く呼吸を乱していた。

――のだと、ボクは思っていた。

顔を背けるのは、きっと恥ずかしさのせいだ。
逃げようとするのは、ボクの中から溢れ出したこの巨大な感情に、どうしていいか分からなくなっているからだ。
そう都合よく解釈して、ボクはただ目の前の熱と匂いに意識を奪われたまま、日向クンの細かな反応をひとつずつ、自分にとって甘いものとして受け取っていた。
けれど、いつの間にか日向クンの息は、明らかに違う方向へ忙しくなっていた。

「ちょ、……っ、やめ……っ、だめ……!くすぐった……!」
堪えきれない声が、日向クンの喉の奥で小さく跳ねる。
それも最初は、拒絶とも懇願ともつかない、ひどく不安定な声に聞こえていた。
恥ずかしさに耐えきれず、ボクの迫りから意識をどこか別の場所へ逃がそうとしているのだと。
その身体がカタカタと不自然に震えていることに気づいた瞬間、ボクはようやく理解する。

……え?……日向クン?」
……っ、は…………お前、そんな舐め方って……
ボクが勝手に想像していた甘い声とは違う。
それは、喉の奥で噛み殺しきれずに漏れた、あまりにも場違いな忍び笑だった。

苦しそうで、恥ずかしそうで、それなのに妙に明るい。
こんな状況でそんな音を出してしまうところが、腹立たしいくらい日向クンらしくて、ボクの思考は一瞬だけ置き去りにされる。
そのせいで、ボクの動きもほんの少しだけ止まった。

――ぅ、ふ、ふふ……っ、はは!」
……っ、日向クン!?」
驚いたボクは思わず名前を呼ぶと、日向クンは慌てたように片手で口元を押さえた。
でも、一度こぼれてしまった笑いは、そう簡単には止まってくれないらしい。
「いや、ごめん……つ、なんだか……昔、実家の隣の人が飼ってたワンちゃんを思い出して……
――っ?!」
その言葉に、ボクの中で何かが妙な音を立てた。

「アイツ、すごく人懐っこいやつでさ。会うたびに尻尾振って、顔中べろべろ舐めてくるんだよ。お前、ちょっとそれに似てて……っ、はは……!」
日向クンはまだ笑いを堪えきれないまま、目尻に滲んだ涙を指先でゆっくり拭った。
その何気ない仕草まで、妙に腹立たしいくらい眩しく見えた。
……へえ」
ワンちゃん。
いま、日向クンは、ボクが彼に対して抱いている狂おしいほどの感情を、よりによって隣の家の犬の人懐っこさと同列に扱ったのかい?

「ボクのことを犬扱いするなんて、日向クンもずいぶん偉くなったんだね」
自分でも驚くほど低い声が出てしまった。
ボクみたいな腐ったみかんに、まともなプライドなんて持ち合わせていないはずだった。
希望の踏み台になることくらいしか価値のない人間が、何を傷つく必要があるんだろう。
それなのに今、胸の奥で何かがぼろぼろに砕け散るような音がした。
馬鹿馬鹿しいと思う。本当に、どうしようもなく馬鹿馬鹿しい。
自分でも呆れるくらい、全身からただならぬ不機嫌な気配がじわじわと立ち上っていくのが分かった。

「だから違うって!犬扱いしたわけじゃなくて、ただちょっと――
「じゃあ何?忠実で、従順で、呼べば尻尾を振って駆け寄ってくる存在に見えたってこと?」
「そこまで言ってないだろ!?そもそも、お前が急に俺の顔をめちゃくちゃ舐めてくるのが悪いんだろ!」
真っ赤な顔のまま声を荒らげる日向クンに、ボクはじりじりと這い寄る。
「へぇ、ボクのせいにするんだ?」
言いながら、ボクは自分の顎を日向クンの肩へ無造作に乗せた。耳元へ吐息がかかるほどの至近距離から彼の顔を覗き込む。
さっきまで笑っていたくせに、ボクの体温がじわりと近づいた瞬間、日向クンの肩がぴくりと大きく跳ね上がった。

その反応が、また腹立たしいくらい可愛かった。

ボクに顔中をベロベロにされて、怖がっているようにも見えるし、自分の醜態が恥ずかしくてたまらないようにも見える。
それなのに、その瞳の奥には、ボクを完全に拒みきれない甘さが残っている。
本当に不思議な人だ。
笑いながらボクのことを犬みたいだと言ったくせに、少し近づいただけでそんな顔をするなんて。

「ねえ、日向クン。そんなに嫌だったら、ちゃんと言えばよかったじゃないか」
ボクは耳元で囁くように、わざと声を落とした。
「別に、嫌だったわけじゃ……っ」
そこまで言いかけて、自分の言葉が盛大な墓穴を掘っていることに気づいたように、慌てて口を噤んだ。
一度こぼれ落ちてしまった本音は、耳の裏まで一気に染め上げた不自然な紅潮が何よりも雄弁に物語っている。

……ふうん」
ボクの脳内で、何かがピキリと音を立てて弾けた。
その一言だけで、さっきまで犬扱いされたことへの苛立ちも、場違いな笑い声に置き去りにされた思考も、全部まとめて別の熱に塗り替えられていく。
……ねぇ、遅いよ。日向クン。
そんなことを言われたら、ボクみたいなゴミクズは、また都合よく勘違いしてしまうじゃないか。

「じゃあ――そのワンちゃんは、キミに『こんなこと』までしたのかな?」
「う、わ!? んむ……っ!?」
言い返そうとした日向クンの声が、情けない悲鳴となってそこで途切れた。

それはそうだね。ボクが不意に距離を詰めたからだ。
さっきまで笑っていた唇のすぐ近くまで、乱れた呼吸が、触れるくらいの距離まで。
驚きに見開かれた日向クンの瞳が、すぐ目の前で揺れる。
その顔を見た瞬間、頭のどこかに残っていたはずのまともな理性が、これ以上は引き返せなくなると警鐘を鳴らしていたけれど。
ボクはそれを、聞こえなかったことにした。

弁解も、誤魔化しも、犬だなんて馬鹿みたいな連想も。
ボクの理性も、自分を縛りつけていたあらゆる常識や綺麗事も、まとめて吹き飛んでしまえ勢いで。
ボクは日向クンのうるさい口を塞ぐように、めちゃくちゃに唇をぶつけた。

……っ、ん……!」
ぶつかった瞬間、日向クンの身体が大きく跳ねる。いつもキラキラと輝いているその瞳が、衝撃を受けたように激しく揺れていた 。
その反応にほんの一瞬だけ、頭の奥で冷たいものが鳴った。
やりすぎた、かもしれない。 このまま突き飛ばされてしまうかもしれない。
そう思ったはずなのに、胸元を押し返そうとした手にも、ほとんど力が入っていない。
乱れた呼吸のまま、ボクと一緒にベッドへ沈み込んでいる。
日向クンは逃げ出すことも、怒鳴りつけることもせず、ただ眩暈でも起こしたみたいに、ボクの下で小さく息を震わせていた。
その弱々しい抵抗は、ボクを引き剥がすにはあまりにも足りなくて、むしろ縋りついているようにさえ見えてしまう。
そんな都合のいい解釈を、今のボクは止められなかった。

「んっ……ふ、ぁ……っ、こま、えだ……、ぁ、んむ……っ」
唇の形を確かめるように、触れては離れ、また触れる。
日向クンが息を探すようにわずかに顔を逸らすたび、ボクはその顎先を軽く持ち上げて、もう一度こちらを向かせた。

呼吸を整えるためのほんのわずかな隙間さえ、今のボクには惜しかった。
時々、堪えきれずに舌先で深くなぞると、日向クンの背中がびくりと大きく跳ねた。
その反応が腕の中で伝わってくるたび、頭の奥がじんと痺れる。
同じ男の身体のはずなのに、ボクの腕の中にある日向クンは、妙にしなやかで、熱くて、確かな重みを持っていた。
ほんのわずかに、けれど確実に震えている。
強く抱き締めれば壊れてしまいそうなのに、手放した瞬間、どこか遠くへ逃げてしまいそうでもある。
だから、少しだけ腕に力がこもった。

「んっ……しつ、こい……
顔を背けようとする日向クンの口元から、押し潰されたような甘い悲鳴が零れ落ちる。
文句の形をしているくせに、ひどく弱くて、甘い。その音だけでは、また胸の奥が焼けるみたいに熱くなった。
っあは――本当に、なんて声を出すんだろう。
その吐息を追いかけるように、ボクはもう一度、日向クンの呼吸の奥へ入り込もうとした。

「ちょ、……っ、や……っだ、め……!」

ひどく掠れた声が、切実な響きを帯びてボクの鼓膜を叩く。
ボクは日向クンの口唇へと割り込み、強引に熱い舌を滑り込ませた。
驚きに息を詰めたその隙間へ入り込み、想像を膨らませて色んな角度で舌を突き出し、お互いの輪郭を確かめ合うようにねっとりと絡め合う。
そうして触れれば触れるほど、ついさっきまで部屋に響いていた日向クンの楽しげな笑い声は、もうどこにも残っていなかった。