ローエンの感覚が鋭かった話


「よぉ、また会ったな。最近街中でよく会うじゃん?」
……ローエン。さっき振りだね」

 夕焼けが綺麗に見え始めた頃、私が一人で『鹿狩り』でご飯を食べていたら同僚である友人がやってきて、目の前の空席にドカッと音が出そうな勢いで座った。他の席も空いてるんだけどね。
 ——よく会う?そりゃそうでしょうよ。同じ部隊で同じ訓練参加中なのだから、モンドの街中で何度も会うことは必須と言っても良い。
 
「お前またそれ食べてんのか。飽きねぇの?」
「鹿狩りでご飯といえばこれ、『ニンジンとお肉のハニーソテー』でしょ? 飽きるわけないよねぇ」
「って言っても、昔からそればっかりじゃん」
 
 ローエンは机に頬杖を付きながら、私が食べ進めている皿を指差してくる。今は皿の半分は食べたところで、『飽きない』と言ったばかりの口ではあるのだが、今日の訓練での疲れからか私のフォークは進まなくなってきていた。
 サラさんが私達の机までやってきて、「ご注文は?」とローエンに声をかける。彼は少し悩んでから『満足サラダ』と『アップルサイダー』を二杯注文した。
 
「ローエンってサラダとか食べるんだ。珍しいじゃん」
「あ? それはお前んだよ。ほら、そっちの皿よこせ」
「え、なんで」
「肉に飽きてきたんだろ? 見りゃわかる」

 私が思わず目をパチパチと瞬きする間に、ローエンは私の前からカトラリーと皿を奪い、早速肉を突き始めた。その後に運ばれてきたサラダは、自然と私の前に置かれてしまう。……こんなの、私はサラダ食べるしかないじゃん。
 ——うん、さっぱりして美味しい。今の口に合う……けれど、なんかすぐバレてたのが悔しいな。
 更に運ばれてきたアップルサイダー二杯についても、片方のグラスはローエンによって私の前へと置かれる。
 
「これ、お礼を言うべきなのかな」
「お前が決めたらいいんじゃねぇの?」
……ありがとう、ローエン」
——ん」

 短い返事と共にローエンがニカっと笑う。その笑顔は年相応な気がして、彼に似合ってる気がした。
 ローエンが大きな口で平らげていく肉はもう残りわずかになっていた。それを見た私は嬉しくなって、ふふっと小さく笑った。


 ***


……ん? なんだ? ——なんか化粧品が何か変えたか?」
「えっ、……変えてないと思うけど」

 食べ終わった食器はサラさんによって回収され、アップルサイダーを飲んでいたところで身に覚えのない話をされた。
 なんだろ、化粧品……保湿剤……ヘアクリーム?どれも特に変えた記憶はないな。んんー?と首を傾げていると、ローエンがグラスを机に置いてから、ガタガタと音を立てながら椅子ごと私に近寄ってきた。
 そしてあろうことか、彼は突然私の手を掴んできた。思わず私がビクッとして目を見開いて驚いているのにも構わず、袖口のボタンを外されてしまい、そのままローエンの鼻先に私の腕が持ち上げられる。

「ちょ、突然なに⁈」
「あぁ……これだな」

 ローエンが指差したのは、袖口に丁度隠れていた——虫刺されの跡だった。
「薬、だな?」
…………あぁ、昨夜虫に刺されちゃって今日何度か塗り直した。よく分かったね」
「そうだろう? 俺、毒とか薬とか当てるの得意だし」
 彼が自慢気にフンっと鼻を鳴らす姿はちょっとだけ可愛い……んだけど、さ。
「あの……そろそろ手を離してくれない?」
 私がそう伝えてもローエンは無視し続けて、なんならもう一度手首に顔を近づけてくる。なんだか恥ずかしくなってきたので自分から腕を引くが、掴まれた腕はびくともしなかった。
 
「もうローエン。そろそろ怒る…………ひゃっ」
「ハッ、可愛い声出るじゃねぇか」

 なんてことをしてくれるんだ。ローエンは私の虫刺され跡を、人差し指でツツーっと撫で、目を細めてニヤリと笑ったのだ。それには流石に怒った私はローエンの顔をキッと睨みつけ、もう片方の腕で握り拳を作ったところで、ローエンはようやく私の腕から手を離した。
 彼はそれで満足したのか、そのまま椅子から立ち上がり騎士団本部の方へ足を向ける。けれども「あぁ、」と何か思い出したようにまた私へと振り返る。

「それ、早く治ると良いな?」

 私の腕を指差したローエンはもう一度笑い、そのまま歩いて行ってしまった。その場に残された私は……先程撫でられた箇所の——なんともいえない感触が抜けず、もう消えそうだった痒みが戻ってきてしまっていた。
……誰の、せいで…………
 彼には届かない呟きと共に、予定よりも長めに薬を塗らなければならなくなったことに対して、小さくため息を吐いた。



『その彼は、ここに悪戯心だけを残して。』