ゆべし
2026-06-12 19:56:19
4812文字
Public 銀色の夢
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ごま塩おむすびとありふれた日々

gntk夢
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さくらさくらさくらさくらさくらさくらさくらさくらさくらさくら「いってきます。ほら、神楽ちゃん前見て」
「行ってくるアル〜」
「夕方には帰ってくっから」
「はい、いってらっしゃい」
 朝、いつもなら銀さんも神楽ちゃんもまだ寝ている時間に起きて、三人は依頼である河川敷のお屋敷へ出発した。私は洗濯をして、そのあとはお弁当作りをする予定だ。一応、お昼ご飯は出ると言ってたけど、新八君も神楽ちゃんも食べ盛り。大工仕事は体力も使うし、余ったら夕飯に追加すればいいだけのことだと判断して作ることにした。
 洗濯物を干し終えると、台所からご飯が炊けた合図が響く。パカッと蓋を開ければ、甘い湯気が立ち上る。少しだけ冷ますため、お櫃に移して置いておく。その間、甘めの玉子焼きに赤いウインナーはタコさんに、とっておきのおかずはもちろんから揚げ。諸々作り終えたら、買っておいた沢庵を切ってお重に詰めていく。
「おむすびはシンプルに」
 昨日、ごま塩を買ったのはこのためだ。具の入った豪華なおむすびもいいけど、肉体労働中はシンプルなほうが食べやすい。せっせ、せっせとラップに包んでは握って、山盛りのごま塩おむすびを手提げ袋に詰め込んだ。


 外に出ると日差しは強く、たまに吹く風が気持ちいい。こんなにゆっくり過ごすのは初めてだ。大切な人のために時間を使えるのは幸せ以外の何物でもない。ふと、先を歩く人の姿に見覚えがあった。声をかけるか少し悩んで、いつも通りに接しようとひとつ深呼吸をした。
「お仕事、精が出ますね。土方さん」
……体は、もう大丈夫なのか?」
「体自体は大丈夫です。でも、なんだか疲れてしまって今、仕事はちょっと休業中なんです」
「その大荷物はどうした」
「お弁当です。今日は河川敷で万事屋のみんながお仕事なので」
「通りで美味そうな匂いがすると思いやした」
「沖田さん、あ、ちょっと!」
「荷物持ちするんで、俺にも食わしてくだせェ」
「おい、総悟! 仕事中だろうが」
「土方さんも、いかがですか?」
 ちょうどお昼を告げる鐘が鳴った。銀さんは機嫌を悪くするかもしれないけれど、賑やかなことは嬉しい。お客さんが増えても大丈夫な量は作ったから、喧嘩になることもないだろう。気がつけば荷物はお二人の手元にいってしまい、私は身軽になってしまった。
 前を歩く二人の背中を見ていると、あの日のことを思い出して胸が詰まる。悟られたらいけない。なんとかあとに続いて河川敷に向かう。たぶん、土方さんは一瞬私が固まったことに気づいただろう。沖田さんも気づいたけど、見て見ぬふりをしてくれた。荒療治くらいが今の私にはちょうどいいかもしれない。
「銀ちゃ───ん!」
「んだよ、神楽。昼飯もう少だから手ェ動かせ」
「あれ! お姉と税金泥棒たちいるアルヨ」
「はぁ?」
「本当だ。銀さん、あれ大丈夫……って、もういないし。神楽ちゃ─ん、すこし片付けてお昼にしようか」
「ヒャッホーイ! ご飯アル〜!」
 神楽ちゃんの元気な声が聞こえた。銀さんは?キョロキョロと探していると急に前を歩く二人が止まったからぶつかりそうになる。そこには銀さんがいて、私は少しだけ詰めた息を吐いた。
「テメーら何してんの?」
「見ての通りでさァ。さくらさんが重そうな荷物を持ってたんで、お手伝いしてたところですぜ」
「お手伝い、ね」
「悪ィな、万事屋。置いたらすぐに帰る」
「え──、食べていきやしょうよ」
「総悟、殺されてぇのか?」
 銀さんは許していない。私でも分かるほど空気がビリビリする。でも、この人たちはきちんとお仕事をしただけだ。何も悪くない。そう思っても心の奥底に広がる黒い感情は私を支配するために広がっていく。何か言わないと、口を動かそうとしても空気は震えない。
……荷物持ち、ごくろーさん。仕事に戻っていーよ」
「言われなくても……おい、総悟。荷物、万事屋に渡せ」
「ヘーイ」
「あの!」
 声をかければ、全員の視線が集まった。ビクッと肩が動いてしまう。大丈夫、だいじょうぶ。息を吸って、吐いて、鼓動を落ち着かせる。私が一歩踏み込むと土方さんと沖田さんは間を少し広げてくれた。私はそこを通って、銀さんの手を掴む。見上げた表情は酷く辛そうだ。
 土方さんと沖田さん、真選組のみなさんはただ職務を全うしただけ。取り調べだって、たぶんお手柔らかなほうだったと思うし、分からない知らないということには追求されなかった。ただ、体力的にも限界だったことは確かで、銀さんや万事屋の二人が思うところあるのも分かる。
 でもね、こうして怒ってくれることも、心配してくれることも嬉しくなってしまうの。ここには少なからず、私を必要と思ってくれる人たちがいるんだって。そこに肩書きなんて関係ない。
「銀さん、お疲れ様です」
「あ? お、おう」
「お昼にお弁当が出るって聞いてたんですけど、足りないかなって思って作ってきたんです。はりきって作ったら、思った以上の大荷物で……お巡りさんに助けてもらったんですよ」
……そうなの」
「だから、二人にもお礼がしたくて……一緒に食べてもらってもいいですか?」
「オメーがそうしたいなら、俺ァ止める権利はねぇよ」
「ありがとう、銀さん」
 話をしているうちに新八くんと神楽ちゃんが声をかけに来てくれた。荷物を引き取ろうとしたら、俺が運ぶからって銀さんが言う。これは……邪魔しちゃいけないやつだ。ごめんなさいと心の中で呟いて、私は神楽ちゃんに手を引かれ、先に行くことにした。




「どういう感情の持ち方したら、ひとりのアイツに声かけれるのかねぇ……
「声かけてきたのはアイツからだ」
「旦那ァ、見苦しいですぜィ。男の嫉妬は」
「嫉妬なんざするか。はなっからテメェらは眼中にねェよ」
「大した自信ですねィ」
……ま、荷物のことは礼を言う。あと、昼飯まだなんだろ? しょーがねぇから食ってけよ」
 さくらがいいってんなら、俺に拒絶する権利がないのは本当のことだ。二人が持っている荷物を受け取って、すでにギャーギャーうるさく騒いでるガキ共のところへ向かう。こっち来いよなんて、俺からは言ってやらない。言わなくても沖田辺りは勝手についてくるだろう。
 弁当を運び終えて、俺はさくらの右隣へ座る。左隣はすでに新八と神楽が陣取って、依頼先からもらった弁当を食っていた。俺もその弁当を開けながら、広げられているさくらが作ってくれたお重のフタに手を伸ばす。すると、やんわり止められた。代わりにお茶の入ったコップを渡される。
 アイツらの後ろを歩くさくらを見つけた時は肝が冷えた。俯いてるし、前で重ねられた手が少し震えているように見えた。どうせ沖田が強引に手伝うつって、土方も仕方なく付き合ったんだろう。鬼の副長はどうした。毒気抜かれてんじゃねーぞ。
「お二人も、どうぞ」
 さくらが指定したのはお重を広げたその下、俺たちよりも下の位置に座るよう促した。俺の目にもよく入る位置だ。土方は一瞬、口を開きかけたが沖田がお邪魔しや〜すと座り込んだので大人しく腰を下ろした。ホント、鬼の副長はどこ行ったんだっつーの。
「食べ物に罪はありません。お仕事をちゃんとしてる人にも。ね、銀さん」
……俺ァ、そうは」
「これ以上不貞腐れるなら、デザート無しですよ」
……わーったよ」
「ふふっ、ではどうぞ」
 パカッと開けたお重にはたくさんのおかずが並んでいた。唐揚げ、タコさんウインナー、玉子焼き、味付けは甘めに違いない。袋から出したごま塩おむすびをひとつは手渡しでくれる。二、三個そばに置いたあと、お重の下側にもお好きにどうぞと置いていく。
「俺ァ、許したワケじゃねぇからな」
「分かってまさァ。でも、さくらさんの作った弁当に罪はありやせんぜ」
……頂きます」
「どうぞ、いっぱいありますから」
「ゴラァア! サド野郎! その唐揚げはワタシのアル!」
「テメェのなら、きっちり名前書いとけクソチャイナァ!」
 確かにもらった弁当だけじゃ足りなかった。手渡された握り飯はとっくに腹ん中で、そばに置かれたモンに手をつける。乾いていた喉を潤して空っぽになったコップにさくらがおかわりを注いでくれた。今日は比較的に顔色がいい。昨夜は少し魘されてたみてぇだから、ひとりにするのはだいぶ心配だった。




「今日は調子良さそうだな」
……昨日、魘されてました?」
「まぁな。すぐ治まったから起こさなかった」
「銀さん、寝不足じゃないですか? いつも気にかけてもらって」
「たまたま目ぇ覚めただけだって。気にすんな」
 きっと、わざと出した話題。私の今がどんな状況なのかを二人の耳に入れるため。こんなに大量のお弁当を作っておいて、私はひとつも手をつけていない。気分が乗らない時に食べると全部吐いてしまうから、外では食べることができないのだ。
さくらさん」
「なんでしょう、沖田さん」
「このごま塩おむすび、めちゃくちゃ美味いです」
「それはよかったです。こんなにいい天気の日は水分補給も大事ですが、塩分も摂らないとバランス悪いですから」
「卵焼きは、ちと甘すぎやしねぇか?」
……
「ふふっ、それは銀さんに言ってください」
 河川敷に穏やかな風が流れる。スーパーで買った普通のごま塩で作ったおむすびを美味しそうに食べてくれる。甘いと言いながらも卵焼きを食べてくれる。取り調べの時も気を遣ってくれていたとは思うけど、あの空気感は普通じゃない。
 ぼんやりしていたら、また神楽ちゃんと沖田さんがから揚げをめぐってケンカを始めた。それを止めに入った新八君が二人に殴られちゃったから、お弁当用に入れてきた保冷剤に手ぬぐいを捲いて渡す。いつもの景色が、心にこびり付いた錆を取り除いてくれている気がした。
さくら、ほら」
「え?」
「食ってみろよ。うめぇから」
 銀さんから手渡されたのはごま塩おむすび。そういえば、最後に食べ物を口にしたのはいつだっけ?意識がお腹に集中するとぐぅう~といい音が鳴り響いた。銀さんだけならまだしも、土方さんにも聞こえたみたいで、盛大に笑われてしまった。
 本当に今なら食べられるかもしれない。受け取ったおむすびを少しだけかじって、よく噛んでから飲み込む。不思議と今まで感じていた不快感はなくて、もうひと口、もうひと口と食べ進められた。
「おいしい
「そうだろ、そうだろ。食えるだけ、食えよ」
「テメェが作ったんじゃねぇだろ」
「今夜は俺が腕によりをかけて作るんです~~~」
「それは楽しみです!」
……
「土方さん?」
 土方さんはぽつり、ぽつりと謝ってくれた。仕事上とはいえ、配慮に欠けて申し訳なかった。恐怖に恐怖を重ねてしまったこと。あの時のことは本当に上手く思い出せないのだ。どうやってあの船に乗ったかも、かぶき町に戻ってきた時のことも。屯所で取り調べされたことも内容はほとんど覚えていない。
 でも、ひとつだけ覚えている。銀さんたちが迎えに来てくれて、土方さんたちにお世話になりましたと頭を下げたあとのこと。私を見送るその顔が今にも泣きそうだった。
「いいんです、気にしないでください。土方さんは全うすべき職務を正しく全うしたんですから」
「それでも、だ」
「そうだぞ。簡単に許してやんなよ。これでも銀さん、まだ怒ってるからね?」
「二人ともそこまで。美味しいお弁当の前でケンカはなしにしましょう」
 ごま塩おむすびをひとつ完食して、あまり無理はせずに甘い卵焼きをひとくち食べる。
「ちょっと甘すぎたかな」
「俺ァ、このくらいがいい」
「だから甘ぇって言っただろ」
 このありふれた日々が変わらず、続きますように。