しちろ
2026-06-12 18:52:53
3310文字
Public LOM
 

ごしゅじんとぼくのはなし

主人公とサボテンくんのちょっとした話。

 もともとは、自分で書くためにぶら下げていた。
 自室の柱にかけてあるメモの話だ。
 明日の予定だとか、ふと思いついたとりとめのないアイデアだとか、人から教わった情報だとか、そういったものを書き留めておく。ごく普通のメモ。
 その日の夜も、いつものように用の済んだ一枚目を破って、二枚目にメモを書こうとした。
……あれ?」
 さらのはずの二枚目は、白紙ではなかった。メモ用紙の下の、隅っこあたり。ミミズがのたくったような字で、何やらこちょこちょと書いてある。
 書いた覚えは、もちろんない。寝ぼけて書いたのだろうか。そんなバカな。
 腑に落ちない気分のまま、二枚目を破って、三枚目にメモを書いた。ドミナの町で手に入れたばかりの情報をいくつか。リュオン街道に出没する盗賊、賢人に会いに来たという獣人の女性。それから、町に見慣れない男がうろついているという話。
 関連性はなさそうだが、どれも気になる。明日になったら、もう少し探ってみようか。

 翌日の夜。
 少々気の滅入る出来事があり、いつもより疲れて帰宅した。
 誰が聞いてくれるわけでもないのに、ひとりぶつくさ言いながら武装を解き、使いどころのない新品の鍋を机に置いた。
 まあ、件の盗賊は退治できたんだ。懐は少し寒くなったけど、リュオン街道はその分ちょっと平和になった。それでよしとしよう。 
 ……
 ……いつものメモ、見返そうか。気になることが、まだいくつかあったから。
「あれ、また……
 柱のメモの、下の隅のほう。また、記憶のない文字がにょろにょろと書いてある。昨日、たしかに破り捨てたはずなのに。
 さすがに不気味になって、辺りを見回してしまった。自分に夢遊病の気がないのなら、部屋に妙なモノがいたりするんじゃないのか。
……
……
 角に置いたサボテンと、目が合った。
 サボテン。そう、サボテンだ。見たところ、顔も手もあるけれど、サボテンなので微動だにしない。……しない、はず。
 まさかと思いながら、床に目をこらしてみた。ちょうど、サボテンの植木鉢と柱の間らへん――点々と、足跡のようなものが……ある気がする。
 この日、自分では、メモになにも書かなかった。
 代わりに、柱に釘を打ち直し、これまでより低い位置にメモ帳をさげてみた。



 ぼくのごしゅじんは、ふでまめのようなのです。
 こまめにめもをとったり、ほんになにかかきこんだり。
 だから、かべかけのめもちょうも、もともとは、じぶんのためによういしていたらしいのです。
 ごしゅじんは、へやのはしらに、ちいさなめもちょうを、ぶらさげていました。
 そのひのよていとか、なんかきがついたこととか、ひとにはいえないしょーもないこととか、そういったことをてきとーにかいていたらしいのです。
 いいなあ。
 ぼくもなにか、かいてみたい。
 さぼてん。そう、ぼく、さぼてん。
 さぼてんだって、かきたいことかいたって、いいじゃないですか。
 さぼてん、なめたらいかんですよ。
 しってるのです。めものよこ。ごしゅじんのぺんが、いっしょにぶらさがってる。
 ぶらさがったぺんも、はしらのめもも、ぼくにはちょっとたかすぎるけど。
 えいやとぺんをとって、おもいっきり、めもにてをのばした。
 やった。とどいた。
 えーと、なにをかいたらいいかしら。
 
 つぎのひのよる。
 かえってきたごしゅじんは、なんかいやなことでもあったのか、ひとりでぶつぶついっていた。よくばりなねこに、こっぴどいめにあわされたらしい。
 ひとのよって、せちがらい。こういうの、せちがらいで、あってる?
 ごしゅじん、いつもみたいに、めもをかこうとした。
 でも、きょうは、すぐやめちゃうみたい。あっちきょろきょろ。こっちきょろきょろ。
 さいごにぼくをみて、まさかな、というかおをした。
 しらんぷり、しらんぷり。
 ごしゅじん、ぼくがあるけるなんて、しらないから。
 しらんかおで、ねたふりしてたら、なぜか、めものばしょがひくくなっていた。
 ああ、なんということでしょう。
 これなら、ぼくでも、とどいちゃう。

 ◆

 盗賊を倒した翌日。また外出し、帰宅すると、柱のメモに新しい文章が書かれていた。

『たびのしょうにん にきーたと とうぞくを たいじしたらしい。
 とうぞくは ちょっとこわいけど にきーたも かなりのものみたいだ。
 にきーたって どんないきものだろう。どきどき』

 まさしく昨晩、自分が愚痴っていた内容だ。
 メモ帳に添えてぶら下げていたペンは使われた形跡があり、下の隅に書かれていた文字は曲がることも歪むこともなく、中央にしっかりと書かれていた。ああ、やっぱり、彼には高すぎたのか。
 床には、うっすらと鳥のような足跡がついていたが、気づかないふりをして、濡らしたモップでほこりと一緒に土を拭き取った。
「今日は、瑠璃っていう名前の男に会った」
 掃除をしながら、独り言を言ってみる。
「瑠璃は、町の住民を脅したりつきまとったりしていて、第一印象はちっとも良くなかった。良くなかった、というか、最悪だった。なぜそんなことをするのか、事情を聞いてみると、迷子の女の子を捜していると言う。だから、一緒に探すことにしたんだけど……
 話しながら、さりげなくこれまでよりも低い位置にペンを置いた。
 こっそり、サボテンの様子をうかがってみる。とくに変わりはないようだが……
 さて、どうなるだろう。

 ◆

 ごしゅじんは、きのうより、なんだかちょっと、たのしそう。
 そうじしながら、なんやらかんやら、こまごまとしゃべっていた。
 ごしゅじん、もしかして、ほかにおはなしするひと、いないのですか? こんなに、ひとりでおしゃべりしてるとか。いがいと、こどもっぽいところがある。
 ごしゅじんは、そうじがおわると、ゆかにひくいたなをおいて、そのうえにペンとインクをのせた。わなですか?
 しょーがない。
 さぼてんが、ごしゅじんのかわりに、たのしいおもいで、かいてあげちゃうから。

『どうくつで、おおきいおさるさんとたたかって、いわのあいだからおんなのこがでてきて、おんなのこはとってももじもじしていて、なにがなにやらさっぱりだったらしい』

 あさおきてきたごしゅじんは、ぼくのかいたにっきをみて、ぷるぷるとかたをふるわせていた。
 それから、おもてでおおきなはっぱをあつめてきて、ひもをとおして、はしらにかけた。
 さいしょのぺーじのたいとる、サボテン君日記。
 あれ。
 これ、もしかして、つうじあっちゃったって、おもっていいんですか。

 ◆

「本当に、サボテンが日記をつけたり、歩いたりするんですか?」
 サボテン君日記を見た双子は、半信半疑だった。自分自身そうだったし無理もない。しかも、その不思議な存在が自宅にいるとか。
「ほんとうに、不思議な家だなぁ。師匠はAF使いだっていうし、果樹園の木はしゃべるし、おまけにサボテンまで……
「歩くサボテンは、実際に見たことはないけどね。誰も見ていないときを見計らって、こっそり書いているらしい。二人とも、サボテンにいろんな話を聞かせてやるといいよ。一晩経ったら、日記のページが増えているかもしれない」
 バドが、「陰でずっと見張ってたら、日記をつけるところ見られたりしないかなぁ。」などと言うので、それは難しいかも、と答えておく。実は自分自身、何度か試したことがあるのだが、サボテンは勘がいいのか、どうにもばれてしまう。人に見られるのは恥ずかしいのか、歩けることを秘密にしたいのかは不明だけど。
「まあ、もし、サボテンが歩く姿を見せてくれるとしたら……
 双子と話す部屋の片隅で、サボテンがのほほんと耳を澄ませている。おそらく、この会話もしっかり聞いていて、あるいはあとで日記に書くのかもしれない。全てはサボテンのみぞ知る。
「彼自身が、みんなに歩いているのを見せてもいいと思ったとき、とかかもしれないね」