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【狛日】キミとの友情の証 04

愛島狛日
才能ゆえに友情の証と呼ばれるものへの違和感に気付き始めた狛枝くんのお話

いつまでも冷たい床の上で膝を突き合わせているわけにもいかないので、ボクたちはようやく、日向クンのベッドへと移動した。
場所が変わっただけで、日向クンの動きは目に見えてぎこちなくなった。
ベッドの端に腰を下ろした途端、まるで油を差していないロボットみたいに、肩から背中までガチガチに固まってしまっている。
必要以上に身構えている日向クンの姿は、どうしようもなく可笑しくて、くすぐったくなるくらい愛おしかった。
ボクはわざと子供っぽく首を傾げてみせた。

「日向クン」
「な、なんだよ」
「友達の部屋で一緒に寝るなんて、本当に不思議だね。」
……?」
「ボクには、そういう経験があまりないから」
何気なく言ったつもりだったけれど、日向クンの肩に入っていた余計な力が、目に見えてふっと抜けていくのが分かった。

「友達の部屋に遊びに来て、こうして同じベッドに並んで夜を過ごすなんて……どう振る舞えばいいのか分からなくて緊張しちゃうな」
……あ。いや、まぁ……そう、だな」
ぽつりと、日向クンは呟いた。
どこか遠い記憶を手繰り寄せるような、懐かしむようなひとりごとだった。

「俺も昔は、友達の家でゲームしたりとか、映画見たりとかさ……夜更かしして、くだらない話して……気付いたら寝てたりしたこと、あったよ」
「へえ……
「別に、変なことじゃない。普通の友達でも、そういうことはある」
日向クンはボクに説明しているようでいて、半分は自分自身へ言い聞かせているみたいに小さく頷く。

きっと日向クンは思い出しているんだね。
誰にとっても珍しくない、ありふれた記憶。
でも、ボクには少し眩しすぎるくらい幸福な記憶。
現に日向クンは、その記憶の中にボクを重ね合わせることで、目の前にいるボクを「無害な友人」の枠に当てはめたのかもしれない。
そうしてようやく納得したみたいに、彼はすっかり安心したような表情になっていた。

「じゃあ、これは友達らしいことなんだね」
……まあ、ぎりぎりな」
曖昧な許可だったけど、ボクは嬉しくて仕方ないんだ。
日向クンらしい、なんとも頼りない線引きだ。
拒まれなかったという事実だけで、ボクの胸の奥は少しだけ浮き立ってしまう。

「早速、さっきの約束通り……キミの『匂い』、確かめさせてもらうよ?」
そう告げて、ボクはベッドに横たわった日向クンの背後へ回った。彼の背中を抱き込むように、そっと腕を回す。
途端に、日向クンの身体がびくりと跳ねた。
驚くほど分かりやすい反応だった。

「日向クン、緊張してる?震えてるよ」
「っう、してない……
「嘘が下手だね」
耳元で揺れる掠れた声に、ボクも笑うつもりだったのに、なぜだかボクの指先まで少しだけ震えてしまう。
背後からから抱きしめる形になると、日向クンの体温も、呼吸の揺れも、さっきまでよりずっと近く感じられた。
ボクはゆっくりとその熱い首筋へと顔を寄せた。
日向クンはシーツをぎゅっと握りしめたまま、耐えるようにに身を硬くしているけれど、ボクを押し返す掌には、ほとんど力が入っていなかった。
拒絶はされなかった。

小さい呼吸に合わせて、シャツの襟元から覗く鎖骨のラインが、微かに上下している。
それだけの動きなのに、目はなかなか離せない。

「日向クン」
……今度は何だよ」
「ネクタイ、邪魔かもしれないね」
「は?」
「匂いを確かめたいのに」
「だから、……言い方!」

そう叫びながらも、日向クンは熟れた果実みたいに甘く熱を帯びた顔を伏せて、ボクの視線から逃げたくらいだった。
本当に嫌なら、ボクを床に突き飛ばせばいい。
床に転がして、今すぐ出て行けと怒鳴ればいい。
日向クン、そうしなかった。きっと自分にも、どうしてここまで強く拒めないのか、わかりきっていないかもしれない。
首筋に鼻を押し付けるだけでは、もう満足できなかった。
考えより先に、ボクの指先は彼の首元へ指を伸ばした。

指先がネクタイへ触れた瞬間、日向くんの喉が小さく上下した。
ボクはふと、子供の頃にもらった、数えるほどしかない誕生日プレゼントのことを思い出す。
あの時の、胸の奥がふわふわと浮き立つような期待もあったな。
触れてしまえばもう後戻りできないような、けれどどうしても中身を確かめたくてたまらない、あの純粋な高揚。
その時の記憶と重なるように、ボクはゆっくりと、まるで大切なプレゼントの包装を解くかのように、慎重にネクタイを外していく。
布が擦れる音が、床に落ちる音が、やけに大きく聞こえた。

「こ、狛枝……本当に、匂うだけなんだよな?」
日向クンの声が、少し低くなる。
不安なのか、警戒なのか、それとも別の何かなのか。
今のボクには、うまく判別できなかった。

「うん、日向クンは心配性だね」
「お前が……信用、できないんだよ」
「っあは。ひどいな」

ボクはシャツのボタンを、一つずつ、丁寧に、静かに開けていく。
先ほどからボクの思考を、理性を、感情のすべてを狂わせていた匂いが、はだけた胸元から一気に溢れ出して鼻の奥を満たしていく。
日向クンの健康的な体温を帯びた、不思議なくらいに柔らかな香りが、ボクの頭をくらくらと痺れさせた。
懐かしいようで、けれど初めて触れるもののようでもあった。

知っているはずがないのに、ずっと前から探していたものに、ようやく辿り着いてしまったみたいな、安心感。
思考が、またアホみたいに真っ白に塗り潰されていく。
欲しい。この匂いも、熱も、呼吸の震えも。
キミという存在を形作っているものを、何ひとつ取りこぼさずに確かめて、ボクの中へと取り込んでしまいたい。
ボクは我慢できずに、彼の剥き出しになった肌へと唇を寄せた。

「日向クン……ここ、すごく美味しそうに見えるよ」
「狛枝!?」
日向クンが勢いよく振り向こうとした。
けれど、ボクの腕の中にいるせいでうまく動けず、結局ただ肩を震わせるだけに終わる。

「な、何を言ってるんだお前は!?匂いを嗅ぐだけって話だろう!?」
「あれ?あれれれ?」
思っていた以上に、ボクはちゃんと笑えているみたいだった。

「ボクは別に、ひとつのことしかやらないなんて言ってないよね?」
「お前、またそういう小賢しいことを……っ! 」
日向クンは咄嗟に肘でボクの腕を押し退けようとするけれど、力が入らないのか動きが中途半端で、結局、逃げ損ねたみたいに息だけが詰まる。
困って、戸惑って、どう反応すればいいのか分からない。
ボクを引き剥がそうとする手は、力なく宙を迷ったあと、そっとボクの腕に触れた。
拒むためなのか、縋るためなのか。
どちらにも見える不器用な触れ方だった。

――本当に嫌だったら、ちゃんと止めてくれていいんだよ?」
日向クンの言葉を奪うように、ボクはさらに声を潜めて囁いた。