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【狛日】キミとの友情の証 03

愛島狛日
才能ゆえに友情の証と呼ばれるものへの違和感に気付き始めた狛枝くんのお話

「狛枝……っ!」

ボクの唇を阻んだまま、日向クンは至近距離から、ひどく必死な、それでいて自分でも投げやりだと分かるような声を絞り出した。
気付けば日向クンはもぞもぞと身を捩り、ボクの下から逃げようとしていた。

「待ってよ、日向クン。話はまだ終わっていない……
だから反射的に、彼を逃がさないように手首を掴んで床へと組み伏せる。
自分でも驚くほど、指先には力が籠もっていた。
今ここで彼を逃がしてしまったら、二度と本当の答えを聞けないような、胸の奥で膨らみ続ける焦燥が、ボクを突き動かしていた。

夜の床はすこし冷たかった。床にれている日向クンの全身から微かな、けれど明確な振動が伝わってくる。不自然な震えだ。
そしてーー赤い。
よく見れば、日向クンの頬には不自然な紅潮がいまだ消えずに残っている。
こんな夜中だ。コテージの窓は半分ほど開いたままになっていて 、南の島のひんやりとした夜風がゆっくりと室内の空気を掻き混ぜている。
暑さのせいだとは言い難いじゃないか。
だとしたら、この顔の熱の正体は何なんだろうね――

「日向クン?顔、すごく、赤いよ……?」
……っ!それは、お、お前が……近すぎる、からだろ……!」

近すぎる視界のせいで、彼の瞳の奥にある僅かな色彩の揺らぎまでもが、はっきり見えてしまう。
呼吸に合わせて微かに開閉する、淡い色の唇。
妙に艶めいた光沢を帯びているそれは、今のボクには、まるで無防備にこちらを誘っているかのようにさえ見えて。
ボクが衝動に引き寄せられる気配を敏感に察したのか、日向クンはやけっぱちな声を上げ、完全に観念したようにボクの肩越しに天井を仰いだ。

「もうわかった!わかったよ!つまりあれだろう、パンツが欲しいんだろう?」
その目には、これ以上の追及から何とか逃れたいという切迫感が混ざり合っている。

「本当……?」
待ち望んでいたの朗報に、ボクは思わず日向クンを拘束していた手から力を抜き、少しだけ身体を起こした。
自由を取り戻したは日向クンは、ボクを突き飛ばして逃げようとはしなかった。
ただ、酷く乱れた呼吸を整えるように肩を上下させながら、ゆっくりと床の上に上体を起こす。
コテージの部屋には、小綺麗なソファもベッドもあるというのに。
ボクたちは床に直接座り込んで、至近距離で向かい合っている。客観的に見れば、なかなか滑稽で歪な光景に違いない。

「今履いてるやつは、流石に無理だけど……後で、別のやつを……っ」

日向クンは顔を背け、ぶっきらぼうにそう告げた。
その一点だけは譲れないと言わんばかりの強い意志が滲んでいる。
そこまで頑なに拒まれると、逆に気になってしまうじゃないか。
ボクとしては、キミがトイレにでも駆け込んで脱いで持ってきてくれる形でも、十分に妥協できたというのに。

「そんなにボクに、今すぐここで脱がされるのが嫌だったのかな?」
うっかり色々と言葉を省略したまま口にしてしまった。
――っ駄目だろう!? どう考えても!!」

案の定、日向クンは弾かれたように反論した。

「今日、最終日だから皆でまとめて洗濯しただろう?だから、明日……明日になれば、ちゃんと洗ったやつを用意するから……それで手を打て!」
半ば投げやりにそう言って、日向クンはどうにかこの場を収めようと新たな妥協案を提示してきた。
「ふん……
あまりにも焦りを含んだその言動に、ボクの脳裏に小さな違和感の火を灯した。
明日……そうか、明日、ね。

明日は、みんなと一緒にこのジャバウォック島を出る日。
明日になれば、この狂おしいほどに優しい修学旅行も終わる。まるで一夏の夢みたいだった時間は、幕を閉じてしまう。

……なるほどね。」
頭の奥でばらばらだったピースが音を立てて噛み合う。
「本当はさ」
ボクは床に座り込んで身を縮める日向クンの、すぐ横へと両手をついた。
逃げ道を塞ぐように顔を覗き込む。
――そうやって慌ただしい別れののドサクサに紛れて、うやむやにするつもりだったんじゃないの?」
「う、うう……っ」
喉の奥から、日向クンが小さな呻きを漏らして身を引いた。
……あは、図星だね。」
少なくとも今の反応は、言い訳を失ったような日向クンの反応は、そうとしか見えなかった。

何か秘密を抱えた日向クンは、こうしてボクにある事実へ触れてほしくないがために、もっともらしい譲歩をしたフリをして、今すぐこの場から逃げ出そうとしているんだ。
ボクの勘が何かに気付きかけている。それを本能的に察した日向クンも隠し切れない焦燥がはっきり伝わってくる。
だからボクは、あえて引き絞った弓の弦を緩めるように、ふっと表情を和らげてみせた。

「あのね、日向クン。ボクは言葉どおり、純粋な友情の証が欲しいだけで、別にそれがパンツじゃなくても構わないと思っているんだ」
そう告げた瞬間、日向クンの顔に、あからさまに救われたような安堵の色彩が走った。
「そ、そうだよな……っ!別に形のある物じゃなくたって、友達らしいことをするとか……そういう形でも、俺たちの関係は十分に証明できるだろ?」
……ふふ、そう来るんだね、日向クン。
ボクの差し出した譲歩に、まるで蜘蛛の糸にでも縋るように飛びついてきた日向クンを見て、胸の内で小さく、形容しがたい喜びが弾けた。

どうやら何かしらの理由で、本当に、日向クンには誰かにパンツを渡せない理由があるらしい。
少しメタな考え方だけど、そう仮定すれば、彼のこの異常な反応も説明がついてしまう気がする。
渡したくないんじゃない。渡せない。
その違いは、ボクにとってあまりにも大きかった 。

だって、そうだろう?
もし本気で嫌悪しているのなら、今すぐにでもボクを突き飛ばして、この部屋から追い出しても遅くないはずだよ。
不自然な言い訳を重ねてまで、ボクと違うやり方でボクとの関係を必死に守ろうとしているようにみえる。

「友達らしいこと、か……
ボクはわざとらしく考え込むフリをする。そして、ゆっくりと首を傾げてみせた。

……ねぇ、それって、どうやって証明するの?」

顔を近付け、さっきよりもほんの少しだけ近い距離で、声をとろけるように囁いてみる途端に、日向クンは完全に言葉に詰まった。
部屋中の熱をすべて集めてしまったかのように真っ赤に染まった耳の裏が、彼の胸の内の動揺をこれ以上ないほどに証明している。

「そ、それは……
日向クンは何かを探すように視線を泳がせ後、何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ!何かやってほしいことはないか!?何でもやってやるさ……もちろん、俺にできる範囲でだけどな!」
どこか必死で、覚悟して叫んだ日向クンの言葉に、ボクは思わず目を瞬かせる。

ずっと心のどこかで抱いていた淡い予感が、ここへ来て、にわかに確かな形を持ち始めていた。
キミは上手に隠しているつもりみたいだけれど、ボクの知らないところで、ボクという存在に対して随分と深い「情」を育ててしまっていたらしい。
そうでなければ、こんな無防備で都合のいい言葉が、あの警戒心の強いキミの口から飛び出すはずがないんだから。

……あは、本当に、キミは可愛い人だね。
ボクの、初めてのトモダチ。

ボクの口元が、歓喜のあまり抑えきれずに歪んだ。
きっと日向クンは、自分がどれほどボクを喜ばせ、同時に自分自身の逃げ道まで塞いでしまったのか、まだ理解していないんだろうね。

でもボクも同じだよ。すべての気持ちは、全部ーー全部、初めてだから!

この曖昧な距離でボクはさらに声を潜め、獲物の首筋に牙を立てるような声音で囁きかける。

「ちょうど……さっきからずっと――キミにやってみたいことがあったんだよね……?」
「お、お……