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【狛日】キミとの友情の証 02

愛島狛日
才能ゆえに友情の証と呼ばれるものへの違和感に気付き始めた狛枝くんのお話

https://x.com/kaname_tp/status/2061506079398445138?s=20
↑かなめちゃんから、この話の素晴らしいイラストをいただきました😭✨

「とにかく事情は大体わかった」
コテージの薄い扉を一枚挟んだ向こう側から、日向クンの酷く疲れ切った声が鼓膜を叩く。
明確な拒絶の形を取りながらも、その声にはどこか諦めにも似た響きが混じっている。
それだけでボクの胸の奥は妙に満たされたような錯覚を覚えてしまう。

「さすが日向クン。話が早くて助かるよ」
「助かってるのは俺じゃないぞ!いいから、お前はさっさと自分の部屋に戻れ」

なぜだか現在、ボクは日向クンのプライベートな領域であるその部屋へ入ろうとし、日向クンはそれを文字通り全力で阻止しようとしていた。
ボクたちは半開きになった扉を挟んで、なんとも奇妙な力比べが進行している。
少し開く。すぐ閉まる。また押す。また閉まる。
友情について語り合うには理想的な状況とは言い難かった。
もっとも、ボクたちの会話は最初から理想的だった試しがないんだけどね。

「これか!?お前が!夜中に!俺の部屋へ侵入してくる理由か?」
「酷いな、侵入だなんて人聞きが悪いよ。今は時間を気にするより重要なことがあるんだよ。ボクは希望について語っているんだから!」
隙間から覗く表情がますます険しくなる。
まるで頭痛と胃痛と理不尽な人生相談を同時に押し付けられているかのような、なんとも形容しがたい歪な表情。かわいそうに。
ボクなんかの相手を真面目にしてくれるから、日向クンはいつも余計な苦労を背負い込んでしまうんだ。それでも追い返さずにいてくれる辺りが、やっぱり日向クンらしいよね。
今でも謝るべきと思いつつも、そんな表情を引き出しているのが自分なのだと思うと少しだけ不思議な気分で、ボクの視線はその顔から離れることができなかった。

「だから、なんで希望の話から唐突にパンツの話に飛躍するんだよ!」
「言葉の表面だけを捉えちゃ駄目だよ、日向クン。パンツの話じゃないよ。ボクたちの『友情』の話をしているんだよ?」
「どこがどう違うんだよ?ていうか、絶対にあげないからな! 頼むから、もう帰ってくれ……
変だな。
ボクとしては、至極単純で明快な話をしていないつもりなんだけど。
ボクたちは希望のかけらを集めた。互いを知って、認め合って、少しずつ繋がってきたはずなんだ。
だから欲しい、その証。

「アレは、ボクたちの間に結ばれた友情の証なんだろう? だったら、どうして『交換』じゃなくて一方通行なんだい? ボクの疑問はそこにあるんだ」
「そんなことを俺に言われても困るよ、だってあれはそういうシステ……じゃなくて、えっと……そういう決まり、みたいなもんというか……
「システム?」
気付けば聞き返していた。
日向クンは突然口を噤んだ。体の動きが不自然に止まる。
しまった、とでも言いたげな表情がその顔にありありと浮かんでいる。
……あー、もう」
小さく漏れた声は、ボクに向けたものというより、自分自身へのものだった。
「日向クン?」
「いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「それは無理があると思うよ?この修学旅行って、何か特別なルールでもあるのか?」
「う!そ、それは……
「ね……ボクのことを本当に友達だと思ってくれているなら……いつもみたいに、ボクのぶつける醜い疑問にも、まっすぐ向き合ってほしいな」
「狛枝……それは、その……色々あって、だな……
日向クンの声が微かに上ずり、裏返った。
あれ、もしかして今、かなり動揺してる?でもボクも負けずに混乱してる。
ボクはただ、ボクたちの間にあるはずの友情の芽について確認しようとしているだけ。
でも日向クンは、まるで触れてはいけない秘密に、触れられたみたいな顔をしている。
日向クンは何かを隠している。本当なら踏み込むべきではない領域なのかもしれない。
そう思いながらも、一度気になってしまった以上、この場を諦めることはできなかった。

少し変な方向へ転がり始めた押し問答が、張り詰めたまま続いた、まさにその時だった。
ぐらり、と。
不意に、足元が大きく揺れた気がした。
そこは平坦なコテージの床だ。
躓くような段差もなければ、障害物だって何一つ転がっていない。なのにボクの足は見事にもつれ、盛大につまずいてしまった。
「あ」
自分でも意味が分からない間抜けな声が口から漏れる。
いつだってボクの人生を翻弄する、あまりにも唐突で、あまりにも理不尽な不條理の顕現。ボクの幸運(不幸)が、この状況を無理矢理にでも進めようと牙を剥いたのだ。

体勢を完全に失ったボクの体重が、半開きになっていた扉を文字通り勢いよく押し込んだ。
ボクを拒絶して必死に扉を閉めようと抗っていた日向クンの身体ごと、その向こう側にある空間へと巻き込むようにして、扉が乱暴に跳ね上がった。
何かに掴まろうとして伸ばした手は空を切り、そのまま身体が前へ投げ出される。
これは痛い。と脳の片隅で理解した時には、もう何もかもが手遅れだった。

「うわっ!?狛枝!」
日向クンの驚愕に満ちた悲鳴が耳に飛び込んでくる。
手首が強く引っ張られ、視界がぐるりと揺れた。
何が起きたのか理解するよりも早く、ボクたちの身体は二人揃って夜の冷たい床へと激しく倒れ込んでいた。
「っ、いたた……
日向クンが痛みに耐えるように低く声を漏らし、眉をしかめながら後頭部を押さえてる。
どうやら倒れた拍子に、床へ強くぶつけてしまったらしい。
一方のボクはというと、日向クンがボクの分の衝撃まで受け止めてくれたおかげで、服が少し乱れた程度で、どこにも痛みを感じていなかった。

「狛枝……お前、重い……
「ご、ごめん。でも……

言いかけた言葉が続かない。なんだか胸の奥がちりちりと焼けるような、申し訳ない気持ちになる。
ボクなんか生きる価値もないゴミクズに巻き込まれたせいで、日向クンに理不尽な痛い思いをしているのだから。
そんな自虐的な思考を巡らせながら、ひとまずケガの具体を確認しようと、ボクはゆっくり顔を上げた。
「日向ク……?」
そこで言葉が一回止まった。
見なくても何となく分かっていたはずなのに、実際に目にした光景は予想以上だった。
床に押し倒された格好の日向クン。その彼の身体を上から覆い被さるような格好になっているボク。どう考えても健全とは言い難い構図だった。
――いや、それよりも。
倒れこんだ拍子からずっと顔に感じていた感触。
硬い床とも、自分の身体とも違う。柔らかい、何かが。思わず視線を落としかけて、慌てて思考を止める。
男の子なんだから、もっと骨ばっているものだと思っていたけど、実際は違った。
……よく分からないけれど、日向クンって意外と柔らかいんだな。
そんな場違いな感想だけが頭に浮かんだ。

日向クンの顔も。体温も。呼吸も。そして――ふわりと鼻を掠めた匂いに、思考がまだ途切れた。
手を伸ばせば届く距離、なんて表現じゃ足りない、もうとっくに届いてしまっている。
ボクの腕は日向クンのすぐ横についていて、少しでも体勢を崩せば触れてしまいそうだった。服越しに伝わる体温が妙に鮮明だった。

さらにボクの持つ「不条理な運」の悪さ。
背後では、反動のままに跳ね返った扉が勢いよく閉まり、がちゃん、とやけに重苦しく金属音が部屋に響き渡った。
自動的にかかった鍵の音が聞こえる。ボクは思わず肩を震わせた。
その音はまるで、ボクたちをこの状況から逃げる道が完全に閉ざされたことを告げる合図みたいだ。

日向クンも同じように固まっていた。
何か言おうとしているのか、それとも何を言えばいいのかわからないのか、互いに言葉を失ったまま、至近距離で見つめ合う。
こんな距離に誰かといることなんて滅多にない。まして、それが日向クンならなおさらだ。
今までだって隣に座ったこともあるし、肩が偶然触れたことも何度もある。
けれど、こんな風に真正面から見つめたことは一度もなかった。

少し乱れた髪。驚きと困惑が入り混じった表情。
近すぎるせいで瞳の色まではっきり見えてしまい、呼吸に合わせてわずかに上下する胸元まで視界に入る。
見ようとしているわけじゃないのに、次から次へと目についてしまい、ボクは日向クンから視線を離せなくなっていた。
どうしてだろう。もう少しだけ近づきたい、そんな考えが頭をよぎる。
気付けば、少しだけ身を乗り出していた。

「っ、おい、狛枝、何をーー」

日向クンが何か言った気がした。
その声はひどく遠く感じられて、うまく頭の中まで届いてこない。
ボクの意識は別のところへ引き寄せられていた。
鼻元にふわりと漂う石鹸の匂いが、少しずつ濃くなっていく。
先ほどの攻防で少し汗をかいたせいだろうか。清潔な香りの奥に、日向クン自身の体温が滲んでいる気がした。ただの石鹸の匂いじゃないかもしれない。
そう思った途端、体温が上がってしまうように熱く感じる。
だからボクは気付かなかった。自分がどれほど理性を失い、その唇との距離を縮めてしまっていたのかを。

――っ」

とっさに、ボクの視界を遮るようにして、肉厚で柔らかな「感触」がボクの唇のすぐ目の前へと割り込んできた。
何が起きたのか理解するより先に、視界に飛び込んできたのは、見慣れた男らしい手。
日向クンの、掌だ。
あとほんの数センチで、互いの存在が触れ合っていたはずの決定的な距離を、彼の掌が静かに割って入っている。
頬へ伝わる、わずかに力のこもった指先の圧力が、ボクに現実を突き付けてくる。

「何を、やって……いるんだよ。」
先ほどまでの勢いはどこかへ消え、無理やり絞り出したみたいな掠れた声だった。

その掌のせいで、ボクの視界からは日向クンの顔の半分くらいが見えなくなってしまう。
残念ながら――ボクという最高に運の良いゴミクズにとっては、それはあまり意味を成していなかった。
日向クンの耳の裏側から首筋にかけては、まるで熟しきった果実のように真っ赤に染まり上がっている。
それだけはどうしても隠し通せていなかった。