愛、幸福、感謝の言葉をもつ花々のブーケを、高く高く、後ろへと投げた。勢いあまってよろけてしまった私を、さっと彼が支えてくれる。
「アオイ、大丈夫?」
「うん。ありがとう」
お礼を告げれば、もう見上げないと見つめられない瞳が、ゆるりと弧を描きながら細くなる。それは雄弁に、彼の気持ちを語っていた。
きっと今、みんなの視線は次の花嫁候補だろう。だから私は、そっと目を閉じた。一瞬、息をのむ音。唇に、やさしい温度が触れる。
今日は私の、二度目の結婚式。
もう何度目かになるキタカミへの訪問。泊まる場所はいつからか、スグリの家が当たり前になっていた。
「いらっしゃい、アオイさん」
「ユキノシタさん、ヒエさん。今回もお世話になります」
「あら、そんなにかしこまらないでいいのよ? アオイさんはスグリちゃんの大事な人だもの。自分の家だと思って、ゆっくりしてちょうだいね」
「あ、りがとう、ございます」
うう……。スグリに恋人として大事にされている自覚はあるけれど、血縁からそういうことを言われると、なんだかその、は、恥ずかしいな……。なぜか最近、こういうことヒエさんにもユキノシタさんにも言われるんだよなあ。なんでだろ?
挨拶もそこそこにお風呂とご飯をいただいて、洗いものを手伝う。それが終わればスグリの部屋へ。これも、いつもの流れとなっている。
「アオイお疲れ。いつもありがとな」
「お世話になってるんだもん、これくらいはしないと」
「それでも言わせて? ありがとう」
「はーい。どういたしまして」
「……ん」
「わっ? もー、くすぐったいよー」
「アオイ、いいにおいする……」
「使ってるものは同じなんだけどなあ」
スグリの体は、この数年で私をすっぽり包みこめるくらい大きくなった。その体をかがませてまで肩口にぐりぐりと押しつけられる頭を、そっと撫でてあげる。……なんだか、大きくて甘えん坊さんなポケモンみたい。
「……」
「スグリ? どうし……んむっ」
さらりと奪われた唇が、触れられては離れ、離れては触れるを繰り返す。そうしているうちに息苦しくなり、酸素を求めて開いたはずのそこは、スグリのものでふさがれてしまった。大きな舌が侵入してきて、口の中を余すところなく舐っていく。
「んっ、ぅ」
「……は。……にへへ、顔真っ赤。かわい」
「……スグリは、かわいくなくなった、よね」
自分ばっかり息があがっているのがなんだか悔しくなって、首のほくろを甘く噛めば「わぎゃ!?」と彼特有の悲鳴があがった。
「ちょ、アオイ……あんま煽んねえで……」
「先に仕掛けてきたのはスグリでしょ」
「うっ……それは、そうだけど……そう、なんだけど……。今日シたくなるのは……困る」
「困る? どうして?」
「あ、や、その……俺は困んないっていうか、シたくないわけじゃ、ねんだけど。むしろシたいけど。明日は朝早いから……今日は、我慢、しようかなって」
「……ふーん?」
言葉とは裏腹に、スグリは私を離す気がないくらいに密着してくる。隙間がなくなったことで、彼の一部が熱を帯びていることに気付けないほど、私は初心ではなかった。
「……体のほうは、我慢がきかないようですけどー?」
「…………言わねで……」
「ふふっ」
そろそろ寝ようかと横になって、手をつないで。眠くなるまで、他愛のない話をする。最初は慣れなかった布団も、いつの間にか体に馴染んで。隣で寝ることも、いつからか当たり前になっていて。
「おやすみ、スグリ」
「おやすみ、アオイ」
おはようもおやすみも、いってきますもただいまも。普段の何気ない挨拶だけど、君とならそれだけで小さな幸せになる。君と共に過ごす日々は、そんな小さな幸せで溢れている。
「こんな日が、ずっと……つづけばいいなあ……」
「……」
私の手を握る力が、ほんの少し、強くなった気がした。
「――い。アオイ。起きて」
「んぅ……」
いや。いまとーってもきもちいいところなの。おきたくない。もうすこしだけ、あとちょっとだけねかせてよ。
「んん……」
「眠いのはわかっけど……。お願い、起きて?」
「やらぁ……」
「……んだば、強硬手段さとらせてもらおっかな」
「んー……? んむっ!?」
えっ!? なに!? とわけもわからず開いた目で捉えたのは、蜂蜜色を溶かした三日月。それがもっと細まると、口づけがさらに深くなる。
「ん、んぅっ……ふっ、ぁ、ん」
「……ふ。目ぇ覚めた?」
「…………誰かさんの、熱烈な起こし方のおかげで」
「にへへ」
そりゃ今までだって、キスで起こされたことは何度かあるけれど。なんなら起こしたこともあるけれど。でもそれは触れるだけとかリップ音をさせる程度のもので。今みたいな、深いキスで起こされたのは初めてだ。
「無理やり起こしてごめんな。でも、どうしても、アオイに見せたいものがあったから」
「……見せたいもの?」
「うん。外さ行くから、あったかくしてな」
「外……?」
窓を見やれば外はまだ暗く、けれどうっすらと夜明けの気配を感じた。
「……ずいぶん早起きだね?」
「…………お、俺、外で待ってっから」
「はあい」
……うーん……なんだろう。何か隠してる。絶対。……まあいいか。悪いことじゃなさそうだし。
さてと。さすがにパジャマで外に出るわけにはいかないよね。でもきっちり着替えるのもなーんか違うような……。
「……あ」
半分部屋着と化していた、スグリのお下がりである学園ジャージを手に取った。手早く着替えを済ませ外へ出ると、冷たい空気が肌を刺す。
「わ。思ってたより寒いや」
「カイリューさ乗ってくからもうちょい冷えるかも。平気?」
「大丈夫。……でもそんなに遠くに行くの?」
「や、遠くはねえんだけど」
「?」
促されるままカイリューの背に乗り、スグリに後ろから支えてもらう。「着くまで秘密にしたいから、目つぶってて」の言葉を聞き入れ、冷たい風と暖かい存在に包まれること数分。
「……着いたよ。目開けて」
「わ、あ……!」
目の前に現れたのは、雲海のように広がる朝靄と、遠くにはキタカミの里をぐるりと囲む山々や木々。それらを昇りはじめた朝日が照らし、幻想的で美しい景色をつくりあげていた。
「きれい……」
「この景色を、アオイに見せたかったんだ」
「ありがとう! すっごく素敵……」
忘れないうちにとスマホロトムで手早く写真におさめ、きちんと目にも焼きつけておこうと視線を戻す。
「アオイ」
「ん? なあ、に……」
呼ばれて振り向いたその先には、星のように瞬いたり、蜂蜜みたいにとろけることもあったりと、様々な色を宿すと知った月色。それが今、かつて同じくらいの位置にあった頃、エリアゼロでのあれこれを終えてブルーベリー学園へと戻ってきたあのときと、同じ色をしていた。
「……アオイ」
「……はい」
君の呼吸の音が、朝の空気に溶けていく。
「俺と……結婚、してください」
君のその言葉が、私の中に溶けていく。
「……はい。よろこんで」
「わ、わやじゃ……! ほんと? ほんとにほんと?」
「ふふ。うん」
「…………あっ!!」
「ん? どうしたの?」
「こっ、これ出すの忘れてた……! それに他にもいろいろ言葉考えてたのに……! ううう……かっこつかね……」
少ししょんぼりとしたスグリが、わたわたと取り出した小さな箱。彼はそれに手を添えて私の前で跪き、その蓋をゆっくりと開く。その中には、朝日を受けてきらきらと輝く指輪が。
「…………綺麗……」
「……指さはめても、い?」
「……お願いします」
「ん」
宝物を扱うかのように、左手がそっとすくわれる。指輪はするりと引っかかることなく、私の指にぴったりとはまった。
「わあ……」
はめられた石は小ぶりだけれど存在感があって、角度を変えるとわずかに色が変わる。私の名前と同じ青に。スグリの髪色に似た菫色に。今空を染めあげる朝焼けの色に。
これは後から聞いた話なのだけれど、この石はてらす池の結晶――つまりテラスタル結晶を、スグリが加工したものだったらしい。さすがお面職人の家系だななんて変な感心をしてしまったのは、スグリには内緒。
「アオイ」
「ん?」
「絶対……絶対、幸せにするから」
「……違うよ」
「へっ?」
「一緒に! 幸せになるの!」
「! わやじゃ……」
こうして私達は、かつてと同じ朝焼けの中で、恋人から婚約者になった。
「で? あんた達式はどうすんの?」
「あー……」
「うん……」
「なによその煮えきらない返事は」
「だって白無垢のアオイもドレスのアオイも俺はどっちも見たいし、絶対両方綺麗に決まってるからわや迷ってて……」
「スグリ……。スグリもきっと、どっちでもかっこいいよ!」
「アオイ……」
「こんのバカップ……いいえバッカネズミ! なにいちゃいちゃしてんのよ手え出るよ!」
「わやっ!?」
ぷるぷるしだしたゼイユを二人で宥めつつ、思考を巡らせる。迷っているのは本当のことだから。
キタカミにはユキノシタさんとヒエさんがいるし、オーガポンとのことをはじめ様々な思い出が詰まっている。スグリの生まれ育った地でもあるし。対してパルデアは今私達が住んでいる場所だ。私の冒険と宝物がたくさん詰まっている場所でもある。それにママやネモ達、お世話になった人がたくさんいるし。あと、ゼイユ達ブルーベリー学園の人も呼びたいなと考えているのも悩みの種だ。
パルデアで挙げるならユキノシタさんヒエさんには遠出をしてもらわないといけない。キタカミだと迷惑になるかもしれないからあまり人は呼べない。だからどうしても決めかねているわけだ。
……という話を数日後、ネモ達にもしてみたところ。
「だったらさ、両方やっちゃえばいいんじゃない?」
「へっ?」
「えっ? りょ、両方?」
「そう! だって結婚式を二回してはいけない、なんて決まりはないでしょう? だったら両方でやっちゃえばいいんじゃないかな!」
「なる、ほど……?」
「ええ? いや……うーん……ちょっ、とそれは……どうなん?」
「あれ? だめなの?」
「だめっつーかなんつーか……同じ人と二回、ってのはあんま聞かねえちゃんだな」
「そっかあ……。名案だと思ったんだけどなー」
「どこが?」
「……いや、名案どころか妙案だべ」
「えっ?」
「は?」
「お、おいスグリ何言」
「ありがとうネモ!」
「いいってことよー!」
これでアオイの白無垢姿もウェディングドレス姿も両方見れる!! わや嬉しい!! とはしゃぐスグリを見て、私はあることに気付いた。
「ねえボタン」
「なに」
「もしかしてそれが実現したら私……スグリのかっこいい和装と洋装、両方見れるの……?」
「アオイまで何言ってるん?」
「どうしよう! すごく、すごく嬉しいかも……!」
「お前ら似たものカップルちゃんかよ……」
そんなこんなで慌ただしくも楽しい日々は過ぎていき、準備も着々と進んでいった。
そして今日は、キタカミでの結婚式。
スグリの家の一室で、ゼイユとヒエさんに着物を着付けてもらいながら、式の流れを頭の中で整理する。
「ふふ。アオイさん、緊張してるわねえ」
「へえ。あんたも緊張とかするのね」
「ひどい!」
「こら動くな」
「うっ……」
「大丈夫よ。教わった通りにやればいいだけ。きっちりしたものではないし、多少間違ってしまったって誰も文句は言わないわ」
「ヒエさん……」
「『いい式だった』って、最後にそう思えればいいの。だから気を張りすぎずにね」
「はい!」
「だから動くなっての!」
そんな緊張も心配も、袴姿のスグリがあまりにもかっこよすぎて、どこかにふきとばされてしまった。ついでに式の流れもふきとんでしまいそうになったことは、誰にも内緒。
「アオイ……わや綺麗……」
「スグリもすっごくかっこいいよ!」
「ほんと? にへへ。嬉しい」
「あんたら隙あらばいちゃつくのやめなさいよ」
キタカミを彩る、色とりどりの花々の冠を被ったオーガポンを先頭に、花嫁行列はゆっくりと進んでいく。
スグリと初めてバトルをした、公民館前。
一緒に水浸しになるまで遊んだ、落合河原。
キタカミセンターまでの、この道のりだけじゃない。キタカミの里には、どこに行ったってスグリとの思い出がある。どれも全部、私にとって大切な宝物。
「アオイ、気ぃつけてな」
「ありがとう」
石階段を、スグリの手を借りながら、一段一段上っていく。
今屋台は出ていないけれど、目を閉じれば祭囃子が流れ、景色が浮かぶ。ラインナップの増えた、お面の屋台。キタカミそばの特盛を、スグリ一人で完食するようになったのはいつだったっけ。別々のかき氷を食べて、色付いた舌を見せあったこともあった。
だけど、一番の思い出は。
『アオイ……いっこあげる』
提灯で照らされた、きらきらのりんごあめ。オモテ祭りに訪れるたび一緒に食べたけれど、最初の思い出は色褪せず、私の心の深いところに、大切にしまわれている。
「……スグリ」
「ん?」
私と、出会ってくれて。
私を、好きになってくれて。
私をあなたの、家族にしてくれて。
「ありがとう」
「……俺も。ありがとう、アオイ」
式は滞りなく進み、今私達の目の前には、三つの盃がある。三三九度の盃といって、盃は、小さいものは過去を。中くらいのものは現在を。そして大きなものは未来を表すらしい。これにお酒――お神酒を注いでもらい、私とスグリで一杯……ではなく一献ずつ、三回に分けて飲む、という儀式だ。
巫女服に身を包んだ管理人さんの娘さん――シズネさんが、まずは小さな盃にお神酒を注ぐ。スグリが綺麗な所作でそれを飲み、次は私の番。中くらいの盃は私が先に飲み、スグリがまたそれを飲む。大きい盃は、最初と同じ順番で。うう、上手くできたかな……。練習はしたけど、スグリみたいに綺麗にできた自信がないよ……。
「アオイ」
オーガポンと、シズネさん含む巫女さん達が神楽という舞を踊る中、スグリからそっと声をかけられた。
「どうしたの?」
「大丈夫。ちゃんとできてたよ。あんまり綺麗だったから、見とれちまってた」
「! ……スグリには、お見通し?」
「にへへ。だって俺、ずっとアオイのこと見てたから。それくらいわかるよ」
「……もう」
視線を神楽に戻すと、舞はすでに終わっていた。
それから誓いの言葉を述べて、指輪の交換はパルデアでの式のときにしようということで省略。
最後に、ユキノシタさんとヒエさん、オーガポン。それとともっこ達、モモワロウと一緒に写真を撮ってもらった。ちょっとわちゃわちゃしちゃったけど、それもいつか遠くない先、大切な思い出になると思う。
そしてたくさんの人……これ、キタカミの里の人達全員いるんじゃない? ってくらいたくさんの人に見守られ、キタカミセンターを後にする。
「アオイ」
「ありがとう」
そしてまたオーガポンを先頭に、花嫁行列は進んでいく。彼女の歌うように弾む声が、風に乗って聞こえてくる。
「ふふっ。オーガポン、楽しそう」
「んだな」
石階段を降りるときに繋いだ手は、そのままで。
「ユキノシタさん。ヒエさん。ゼイユ。改めて、よろしくお願いします」
タタミに正座をし、ゆっくりと手をつき、頭を下げる。教わった通りに、できているかな。下げたときよりもゆっくりと頭をあげるとそこには、みっつのあたたかい笑みがあった。
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
「アオイちゃん、スグリちゃんをよろしくね」
「スグ。アオイを泣かせたら承知しないわよ。あんたの嫁である前に、あたしの大事な友達なんだから」
「わかってる。そんなこと、絶対しない」
「ならいいのよ。……アオイ。スグのこと、頼んだからね」
「……うん!」
そうして、キタカミでの――一度目の結婚式は、終わりを迎えた。
話は、ほんの少し遡る。
キタカミ式の準備は概ね終わり、パルデア式の準備を進めていた、ある日の夕飯時。
「サムシングフォー、かあ……」
「……ああ、結婚式んときに花嫁が身につけると幸せになれる、ってやつだべ? それがどうかした?」
「や、新しいものと青いものは用意できそうだけど、古いものと借りたものって難しいかもって思ってさ。じゃあなくってもいいんじゃないかなー、なん、て……」
「…………」
あ、あれ? スグリ、怒ってる……? な、なんで。
スグリは無言で席を立つと、どこかから白い箱を持ってきた。そのまま私の足元に跪き、箱を開ける。
「ス、グリ……これ、は」
「あのドレスに似合うと思って、買ったんだ」
箱の中身は、汚れひとつない、真っ白な靴だった。
「サムシングニュー。新しいものは花嫁の……二人の未来さ表すものなんだって」
驚きで固まったままの私の膝に、箱が――靴が、乗せられる。
「アオイと一緒に、いつまでも、どこまでもいけますようにって願いをこめて。これを君に、贈らせてほしい」
「……ってことがあって」
「そうなの。ふふ。スグリくん、素敵なことするわね」
「……うん」
サムシングオールドは、先祖や伝統を表すもの。それを探しにママの元を、コサジタウンの家を訪ねた。スマホロトムの検索結果を見ながら、候補をどんどん挙げていく。
「うーん……何がいいかしら」
「ママのママ……おばあちゃんからもらったものとか、あとはママが着けたベールとか、そういうのはどう?」
「んー……。ああ、そうだわ!」
「?」
一度自室へと入っていったママが持ってきたのは……アクセサリーケース?
「……うん、これにしましょう。アオイ」
「ネックレス……?」
ぱっと見の作りはシンプルだけど装飾は細かく、存在感を主張しすぎないけれど、埋もれたりもしない。どんなものにも合いそうな、素敵なネックレス。
「それはね、昔パパからもらったものなの」
「……ええっ!? ま、待ってママ! そんな大切なものもらえないよ!」
私のパパは、私が物心つく前に亡くなっている。そのパパからもらったものを、娘とはいえ私がもらっていいはずがない。だって、だってパパとママの、大事な思い出の品のひとつでしょう?
「大丈夫。パパとの思い出は、ちゃんとママの中にあるから」
「でも……」
「それにね。パパがくれた一番の宝物は、今ママの目の前にあるの」
「え?」
「あなたよ、アオイ」
「!」
「あなたの幸せに繋がるなら、きっとパパも喜ぶと思うから。だから……ね?」
「うん……うん。ありがとう、ママ。絶対、絶対大切にする。絶対、スグリと、幸せになるからね」
「アオイさん。お久しぶりです」
「タロ! わざわざ来てくれてありがとう!」
「いえいえ。お会いして直接お渡ししたかったですから」
事前に調べておいたカフェを案内し、テラス席で向かい合う。ここのカフェ、タロが好きそうなかわいいメニューが豊富なんだよね。
「サムシングボロードは、既に結婚している人から何かを借りて、その人の幸せにあやかるんだって」
「そのようですね。……あの、アオイさん。ひとつお聞きしたいのですが」
「なあに?」
「どうしてわたしなんでしょう? 最近だと、友人や家族、未婚の人からでもいいらしいですよ?」
「うん。人との絆を表すものでもあるみたいだから。でも、そっか。気になるよね」
「あ! うれしくないわけではないんです!」
「わかってる。……えっとね。サムシングボロードの項目を見たときに、真っ先に思い浮かんだのがタロだったんだよ」
ネモ、ペパー、ボタンは友達。だけどみんなまだ結婚はしていなくて。それはゼイユやネリネ、アカマツにも言えることで。
もちろんその中の誰かから借りることも考えたけれど、サムシングボロードの条件で、最初にぴったりと当てはまったのがタロだった。
「…………」
「タロ?」
「な、なんだか気恥ずかしい、ですね……」
「もー! そんなこと言われたら私も照れちゃうよ! 話題変えよう話題! えっと、サムシングボロードで借りるものは、アクセサリーやハンカチが多いみたい」
「そのようですね。ということで、これをお貸ししようと思います」
タロがかわいいカバンから取り出したのは、真っ白なハンカチ。それには、とある刺繡が。
「ねえタロ。この花って……」
「気づいちゃいますよね……。それは……あやめ、です」
「そう、だよね。そっかあ。……そっかあ。タロは今、とっても幸せなんだね!」
「うう……恥ずかしい……。違うのにすればよかったかなあ……」
「そんなことないよ。ありがとう!」
ハンカチの中では、タロとそのお相手の色をイメージしたのであろう桃色と紫のあやめが、そっと寄り添いあっていた。
サムシングブルー。何かひとつ、青いものを。花嫁の純潔をあらわし、人目にあまり触れない場所につけることが多いという。
「うーん……青いものかあ……」
指輪はとっくに選んであるし、他のアクセサリーに関してもそうだ。青ければなんでもいいみたいだけど、それがかえって難しい。
「うーん…………ん?」
そんな中、ふと目についたのは。
「……きれい」
サテン生地でできた、青いリボンだった。
「スグリこれ見て! すごくきれいだと思わない?」
「わやー。きれいな青だなー」
「でしょでしょ! 思わず買っちゃった! ……でも、どこにつけようか? それともブーケに結ぶ?」
「んー……そうだ。俺にいいアイデアがあっから、任せてくれる?」
「え?」
スグリへ託したリボンは、ガーターリングになって帰ってきた。いや、確かにドレスは裾が長めで脚は隠れるけど! ……まさか、まさか。でも一応確認しないと……。
「あのー、ですね。スグリさん。ひとつ、いい、ですか」
「いいけど。なんで敬語?」
「……ガータートス、したいの?」
「…………がーたーとす?」
……ん? あれ? これもしかして私、いらないことした?
「し、知らないならいいの! 忘れて!」
「いや気になるから。ブーケトスとはまた違えの?」
「え、ええっとぉ……」
抵抗むなしく、結局話すことになってしまった。
ガータートス。余興のひとつで、簡単に言えばブーケトスの新郎版。いろいろ調べているうちに知ったのだけれど、そこまで有名、というか誰もが知っているという感じではないらしい。
「へえ。そんなのがあるんだな」
「えっと、それでね……。新郎が、新婦の、左脚のガーターリングを、手を使わないで取るの」
「……は?」
「ドレス捲ったり、中に頭を入れたりして……その……く、口で、取って。それで、投げて。キャッチできた人が、次の新郎になれる。そんな感じ……です」
「…………」
「…………」
ち、沈黙がきまずい……。
「……アオイ」
「なっ、なあに?」
「それ、余興だしそんな有名でもないんだべ? だったら別に、無理してやらなくてもいいってことだよな?」
「そう、だね」
「ん。だったらやらね」
「だっ、だよね! 恥ずかしいもんね!」
ほっと胸をなで下ろしたのは一瞬。続いたスグリの言葉に、私は開けた口をふさぐことができなかった。
「まあそれもあるけど。アオイが身につけてたやつを……それも結構際どい場所につけてたのを、他の男に見せて挙句触らせるなんて、考えただけでぞっとする」
「へっ?」
「ドレスに頭さつっこんで、口で外すってのはなかなかエ……ちょっと、やってみてえなとは思うけど」
「えっ?」
「てことでアオイ。サムシングブルーさ見せるのは、俺だけにしてな?」
「え、ぁ、は、はあい……」
にっこりと微笑んだスグリの、その月色の瞳の奥は。
全く。みじんも。笑ってなどいなかった。
その代わりに、煮詰めた蜂蜜色を、宿していた。
新しいもの。古いもの。借りたもの。そして青いもの。サムシングフォーはそれで全部。だけど、もうひとつだけあるらしい。
「……銀貨? 靴に?」
「うん。これにはそう書いてあるね」
サムシングフォーについて載っているサイトのひとつを、スグリと共に見る。どこでも書いてあることは大体同じなんだけど、いくつかのサイトでは靴の中に銀貨か、それに近いものを入れるというのがあった。
「銀貨かあ」
「歩きにくそうだよね」
「気にすんのそこなんだ? いや、気持ちはわからなくもねっけど」
うんうんと首をひねるスグリ。わあ、私以上に悩んでる。……そういえば、サムシングフォーの話をしたとき、スグリちょっと不機嫌になったんだよね。もしかして……ううん、きっとあれって。
「……あのね、スグリ」
「ん?」
「たとえジンクスにあやかれなくても、これから先隣に君がいるなら、それで私は幸せなんだよ?」
「……え」
「もちろんママやみんなの好意を無下にするつもりはないけどね。これは、この気持ちは、今、ちゃんと。伝えないといけないなって」
「アオイ……。うん。俺もだ。俺も、これから先隣にアオイがいてくれるなら、それで……それだけで幸せ」
「……えへへ」
「にへへ……。アオイ、好きだ。ううん。好きだけじゃ足んね。アオイ……愛してる」
「……私も、愛してる」
そして話は、現在へと戻る。
今日は私の……スグリと私の、二度目の結婚式。
「アオイ、すっごくきれい……!」
「ええ、とても」
「そう、かな? えへへ、嬉しい」
「そうね。あたしの次くらいにはきれいだわ」
「おお。ゼユい」
「ゼユい、とは?」
「なによそれ」
「もしかして、ネモい、のゼイユ版?」
「ん。まーそんなとこ」
「……へーえ? ふーん? うふふっ。バカにしてるのはちゃーんと伝わったわ。ここがめでたい場でよかったわね。ねえ? ボ・タ・ン?」
「えっちょ、目ぇ怖」
「あ、あーっ! ふ、二人ともそろそろ会場に行こう! それじゃアオイ、また後でね!」
「うん」
ネモ、ボタン、ゼイユ、ネリネが退室し、待合室が急に静かになる。スグリはもう、入場したかな。……ああ、なんだか、落ち着かないな。
「アオイ」
「……ママ」
「とってもきれいよ。ネックレスも、よく似合ってる。パパもきっと、そう言ってくれるはず」
「うん……ありがとう」
「それじゃベールをおろすから、少しかがんでちょうだい?」
ふわりと、ベールがおろされる。これをあげることができるのは、スグリだけ。
「素敵な花飾りね」
「うん。ぽんかんの花とももの花。あと……」
ぽんかんの花はオーガポン。ももの花はモモワロウ。それと、テラパゴスをイメージした装飾をつけてもらった花飾り。私とスグリにとって、特別な思い出のある子達だ。
「アオイ」
「なあに?」
「前にも言ったけど、あなたはママとパパの、大事な大事な宝物。どこにいたってなにをしていたって、あなたがわたし達の大切な娘であることは、決して変わらない。どうかそれを、覚えていてね」
「……うん」
「じゃあ行きましょうか」
大きな扉の前に、二人で立つ。この先には、大切な人達が、そしてスグリが、待っている。
「……ねえ、ママ」
「なあに?」
「あのね。私を産んでくれて。私を、大切に育ててくれて。私をママの……ううん。パパとママの娘にしてくれて……ありがとう」
「……! ……もう。入場前に泣かせないでちょうだい」
「えへへ。今言いたくなっちゃったから」
正面へと向き直る。扉が、開いた。
ママのもとを離れ、赤い絨毯を、ゆっくりと歩く。
その先で待つ、愛する人から贈られた、まっさらな靴で。
「アオイ」
差し出された手に、自分のそれをそっと重ねる。
手を引かれるまま、彼の隣に並び立つ。
見つめ合って。頷いて。
大切な人達に届くように、スグリが深く、息を吸った。
「みなさん。今日は俺達のためにご足労いただき、ありがとうございます。この良き日を迎えられたこと、大変嬉しく思います」
そっと伺い見た月は、強く、輝いている。
「俺、スグリは。アオイさんを妻とし、病めるときも健やかなるときも、互いを支え合い、高め合うことを。そして彼女を、生涯慈しみ愛し続けることを、誓います」
彼に倣い、私も言葉を紡ぐ。
「私、アオイは。スグリさんを夫とし、病めるときも健やかなるときも、互いを支え合い、高め合うことを。そして彼を、生涯慈しみ愛し続けることを、誓います」
二人で深く、お辞儀をする。あたたかな拍手が止むころに、私が入ってきた扉がゆっくりと開き、そこには。
「えっ、お、鬼さま……!?」
「リングガールだよ。調べてたときにね、やりたそうにしてたの。それに、オーガポンなら私達にぴったりでしょう? 練習もすっごく……わや頑張ってくれたんだ。あとでたっくさん、褒めてあげようね」
「わやじゃ……」
「ぽにっ! ぽにおーん!」
めいっぱい着飾った彼女が、元気いっぱいに笑う。彼女の纏うぽんかんの香りとともに運ばれてきたのは、一対の指輪。私達の、結婚指輪。
「ありがとう、オーガポン」
「ぽに!」
「大役さ果たしてくれて、ありがとな」
「ぽに……ぽにお!」
「わっ!?」
「わやっ!?」
「ぽにぽに! ぽにおーん!」
オーガポンはリングピローをスグリに渡すと、私達に順番に抱きつき、満面の笑みをこぼす。そしてくるりとターンをして、ぽてぽてちょこん、とネモの隣に座った。
「……」
「……ふふっ。スグリ」
「あ、指輪……。……アオイ、手を」
「……はい」
恭しくとられた左手の薬指に、するりと指輪が通される。ひっかかることはなくぴたりとはまったそれを、今度は私がスグリの手に……薬指に、はめる。
顔をあげ、目を合わせると、その瞳は、幸せの色を宿していた。きっと、私の瞳にも、同じ色が宿っているだろう。
片足を少しだけ下げ、うつむく。私の顔を覆っていたベールが、スグリの手によってあげられる。
肩に添えられた手は、わずかに緊張していた。大丈夫だよともう一度目を合わせて微笑んで、そっと閉じる。
そっと、唇を重ね合わせるだけ。これまでたくさんしてきたこと。そしてきっと、これからも。
だけど私は、このキスを。
この瞬間を。
一生、忘れない。
「みなさーん! 用意はいいですかー?」
私のその呼びかけに、挙手で返事がかえってきた。それを確認し、彼女達に背を向ける。
「せー……のっ!」
愛、幸福、感謝の言葉をもつ花々のブーケを、高く高く、後ろへと投げた。勢いあまってよろけてしまった私を、さっと彼が支えてくれる。
「アオイ、大丈夫?」
「うん。ありがとうスグリ」
お礼を告げれば、もう見上げないと見つめられない瞳が、私だけのお月さまが、ゆるりと弧を描きながら細くなる。それは雄弁に、彼の気持ちを語っていた。
きっと今、みんなの視線は次の花嫁候補だろう。だから私は、そっと目を閉じた。一瞬、息をのむ音。唇に、やさしい温度が触れる。
「……ふふっ」
「……にへへ。よっ……と」
「きゃあっ!?」
急にスグリに抱えあげられ、ついさっきまで見上げていた顔が、今は下にある。
「もう! びっくりした……」
「ごめんな。アオイがあんまりにもめんこいから、つい」
なにそれどういうこと? 首を傾げてみても、かえってくるのは愛おしい微笑みだけ。
「アオイ。一緒に、幸せになろうな」
「……うん!」
心の中で、もう一度誓う。
君との、永遠の愛と幸せを。
願わくば。君も、同じことを考えているといいな。
「スグリ。……愛してる」
「俺も。世界中の誰より、君を、愛してる」
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