小話倉庫(深上)
2026-06-10 21:52:12
5570文字
Public 悠アキ/haruwise
 

『こんなの頭おかしくなるって!』(悠アキ/haruwise)

3.0の兄の腰をじっ……と見てたら頭の中で悠真くんが騒いでたので、文字に起こしたらラブコメでした。

「アキラくんさ、僕があんたに告白した男だって分かってる?」
 遊びに来た悠真は部屋に入ってきた瞬間立ち尽くしたかと思うと、なぜか恨みがましい目でそう吐き捨てた。振り返り、改めて腕を組んで仁王立ちをする執行官を目にしたアキラは首を傾げる。
「来るなり藪から棒に、なんなんだ」
「それはこっちのセリフ」
 むすっと不貞腐れたような顔で睨みつけてくる悠真にますます困惑して、アキラもまたその場に立ち尽くす。
 ただ、部屋の片付けをしていただけだ。コレクションがたまってきたので、飾るものと保管するものにせっせと分けていた。この時期はじめじめするので、保管場所の湿気対策も必要だ。
 湿気のせいか部屋がほのかに暑いので上着を脱ぎ、裾をぱたぱたと揺らして空気を送っていた。そこまで思い至って、アキラは自分の状態を見下ろす。悠真の視線が露わになった腹部に集中していることを悟りはしたが、だからなんだ、と開き直る。
「ああ。でも君は、僕と付き合いたいわけではない、とはっきり言ったはずだよね」
「言ったよ? ただ好きなだけで許してほしいって」
「だったら僕のあれこれに口を出す権利はないと思うけれど」
 普段あまり出さない素っ気ない声が溢れてしまい、少しだけ後悔する。黙り込んだ彼との間の微妙な空気を無視して、止めていた作業を再開する。出て行くかと思いきや、部屋にさらに踏み込んできた彼は後ろ手で扉を閉じ、ゆっくりと近付いてきた。
……怒ってる?」
「いいや?」
 振り返りもせず、作業の手も止めずに即答する。それでも彼はめげずに言葉を重ねてくる。
「告白したこと? それとも、付き合わなくていいって言ったこと?」
「だから、別に何も……っ」
 言葉の途中でぐいっと手を引かれて、危うくコレクションの一部を床に落としてしまうところだった。手から溢れたボンプの置物を危なげなくパシッと掴むと、悠真は棚の空いたスペースにそっと置いてアキラに向き直った。
「それだけ眉間に皺を寄せて、怒ってないは嘘でしょ」
……だからと言って、君にここまで責められるいわれはない」
「だから僕の前で無防備になってもいいって?」
 金色の目に宿る怒りに身を引きそうになるのをぐっとこらえる。
「ここにいるのは一応、あんたに懸想するれっきとした成人男子なんだよね」
……勝手な話だよ」
「僕の気持ちを分かっていてそういう振る舞いをするあんたも、相当勝手だと思うけど」
「話のすり替えはやめてくれ。僕は怒ってなんかいないし、君の言動に対しても何も思っていない。それでいいじゃないか」
 掴まれた手を半ば強引に振り解いて、再び彼に背を向ける。つう、と額から汗が垂れてきたのを拭こうと裾を持ち上げた瞬間、露わになった腰を後ろから両手で掴まれてさすがにビクリと体が震えた。
 ぐ、と力を込められて、彼のグローブに肌が引っかかる。いた、と呻きそうになるのをこらえ、非難の視線を背後に向けると、返ってきたのは獰猛な獣に似た眼差しだった。
……あんた、他にも自分に気がある相手の前でこんな無防備晒してるんじゃないよね?」
「さぁ……そんな機会もないからね。考えたことも、ないかな」
 低い声に平静を装って返すと、ああそう、と吐き捨てられた。彼の束縛から逃れようと身を捩ったところで、彼の左手がアキラの肩を掴んだ。まるでがっつりと獲物を捕らえるかのように。
 悠真、と焦った声を上げて後ろを見ようとしたアキラの目に飛び込んできたのは、悠真が形のいい口を大きく開き、八重歯がきらりと光を反射するところだった。

 *

「あれ、珍しい。お兄ちゃんがタートルネックの服着てる」
 涼やかな声が聞こえて、店の端でしゃがみ込んでビデオを物色していた少女はぴくりと顔を上げた。
(おお……今日は二人ともいる。ラッキー)
 六分街にあるビデオ屋は、少女にとって唯一無二の癒しの場所だった。いわゆる推し活である。ここのビデオ屋の店長たちに会うべく足繁く通い、今では常連として認知されるようにもなった。
 妹の方は天真爛漫でこちらまで笑顔になるし、兄は時々ふっと目尻を緩める様があまりにも色気に塗れている。正反対の二人なのに、やはり兄妹だけあるのか醸し出す雰囲気がそっくりで、その二人が身内の距離感で話しているのを見るのは最大のご褒美なのだ。最近はボンプの店番しかいなかったので、久々にレアを引いた気持ちだった。
(もちろんボンプちゃんたちも可愛いんだけどね!)
 心の中でそう付け加えつつ、二人の会話に耳を傾ける。そういえば兄の方も来店時は見かけなかったが、スタッフルームにでも居たのだろうか。妹は二階に居たようで、階段をとんとんと一段ずつ下りてくると兄の前で立ち止まり、上から下までジロジロと訝しげに視線を動かしている。
……凶暴な猫に思いっ切り噛まれてしまって」
「ええ? うちのクロは引っ掻くことも首を噛むこともないと思うけど」
「うちの可愛い黒猫じゃなくてね」
 言いにくそうに首筋を擦っている相手に何を思ったのか、妹はにっこり笑って機敏な動きで手を伸ばし、首を覆う布地をめくって兄の首筋に隠されたものを暴く。
「うーわ……これはまた……
(どえぇっ!?)
 見た。狭い店内だからか、ここからでも見えてしまった――首筋にガッツリと刻まれた歯型を。慌ててめくられた部分を元に戻す兄の前で、妹は呆れたように腰に手を当てる。
「あー……もしかして、悠真?」
「な、んでわかっ……
(えっ、お兄さん恋人いるの!?)
 失言を隠すようにぱっと口を押さえ、真っ赤になって動揺している兄の姿を見て、さらに動揺するのはこちらだ。常連でも狙っている輩はそこそこいる、と聞いている。自分はただのファン、常連以上の認知は不要の隠れオタクのため、彼らに対してそういう熱は持ち合わせてはいないが、この兄妹はそれはもう人気があるのだ。本人たちはさっぱり自覚がなさそうだが。
「えー、だって悠真、お兄ちゃんのことそういう意味で好きなんでしょ? 熱烈な視線で見てる時あったし、ついにやったかーって」
「ついにってなんだ、ついにって」
 服を整えていた兄は、ぱん、と一度シワを整えるように布地を叩くとカウンターにもたれ掛かり、店番のボンプの頭を優しく撫でた。ンナ! とにっこり笑顔を見せる可愛いボンプとは裏腹に、彼の口からは恨み言のような低い声が零れる。
「それに悠真とは、付き合ってすらいないし」
「あれ? 告白されてなかった?」
「どうして君は僕の個人的な事情をそこまで知っているのかな」
「だって悠真が言ってたし」
「彼がどこまで話したか知らないけれど。僕はね、告白と同時に『付き合いたいとは思わない』と言われたんだよ。……こちらの気持ちを返す隙もなく、勝手に完結させられたんだ」
(うわー……お兄さん、あんな顔もするんだぁ……
 むすりと唇を尖らせ、不機嫌を隠そうともしない様子に状況を忘れてついどきどきしてしまう。もはやレアどころではない、スーパーレアだ。そしてここに自分が居ることにじわじわと居た堪れなさを覚え始めてきたのだが、彼らの話は止まらない。妹はにやっと人の悪い笑みを浮かべたかと思うと、弾むような声でずばりと指摘した。
「つまりお兄ちゃん、拗ねてるんだ」
「拗ねてなんかないさ」
「えー? だってさ、話聞いてるとつまり、自分の気持ちを言わせてもらえなかったことに怒ってるんでしょ? お兄ちゃんの答えがどちらなのかは、今はあえて聞かないけど」
「まあ……そう、かな?」
「そうだよ。悠真が自己完結したのがずるいってなってるんじゃん。まあね、悠真もちょっと自分の都合しか考えてなさそうな感じはあるけど。限界だとしても、好きな相手噛まないでしょ……あーあ、そこまでチキンだとは思わなかったなぁ。見込み違いだったかも」
「リン、君、今までもちゃっかり悠真の相談相手になっているね?」
「私からお兄ちゃんを奪おうって言う輩には、徹底的に面接が必要なんですー」
「やっぱり楽しんでいるじゃないか……どうせ報酬をたんまりもらっていたんだろう」
「人聞きの悪い! 貰えたとして、ルミナスクエアのティーミルクくらいだし」
「買収されてる……
 頭を抱える兄と、小悪魔の顔でずいずいと迫る妹。店内に兄妹の恋バナが咲き乱れる中、少女の内心には先ほどから興奮と疑念が湧き出していた。
(悠真って、まさかあの有名人じゃないよね……?)
 この新エリー都において、名前を聞けばほとんどの人間が頭に思い浮かべる対ホロウ六課の執行官。その人気のほどは、六分街の一部に熱烈なファンがいる程度のこの兄妹とは比べるべくもない。
 そんな有名人のスクープを意図せず盗み聞きの状態で得てしまい、少女はその場に固まってしまう。けれどずっとしゃがんでいるのも辛い。せめてここに客がいますよー、とアピールするべきだろうか。よし、と立ち上がろうとした少女の行動を止めるかのように、目の前で前触れなく扉が開いた。
 まず見えたのは黄色い靴底が目立つシューズと、浅葱色のズボン。
 とん、と大きい一歩で店内に入ったその人物は、脇に居た少女にすぐに気付いて横目でにこりと笑みを見せた。カチン、と立ち上がることも忘れてその場で固まる少女に視線をやったのは、恐らく一秒にも満たないだろう。相手はまるで何も見えなかったかのように、すたすたとカウンターの方に歩み寄っていく。
「アキラくん、リンちゃん。やっほー」
「うわ」
「出た!」
「二人して開口一番にそれは酷くない!?」
 頬を引き攣らせながら兄妹の前で立ち止まったのは、他でもなく、紛れもなく、少女が俄かに思い浮かべていた相手で。
(ほ、ほっ、本物のマサマサだーーーーー!?)
 驚愕のあまり体をぴくりとも動かせなくなった少女を置き去りに、店の中の雑談の声は大きくなる。
「現時点であんたに向ける私たちの好感度はマイナスだから」
「あ、リンちゃんはそっちに付くんだ。ちぇ」
……僕としては、あんなことをしてくれた後普通に、まったく悪びれもなく来る君の方にドン引きなのだけれど。悠真、僕に対して謝罪の一つはないのかい?」
「悪いと思ってないからねぇ。言ったことは全部本心だし」
「しばらく出禁にしてもいいよ、お兄ちゃん」
「えー、アキラくん撤回! お兄ちゃん権限で撤回して!」
「だんだん、君の情緒が心配になってきたな……
 先ほどまでのむっとした表情はどこへやら、今は憂いを帯びた柔らかさを滲ませている兄に、かの有名な六課の執行官様は晴れやかすぎるほどに満面の笑みを向ける。
「どうあっても、僕があんたのことを好きだって事実は変わらないしねー」
……開き直っちゃった。どうしよう、お兄ちゃん」
「仕方ない。ここはもう、しっかり腹を割って話そう。悠真、少し上に来てくれるかい?」
「あんたからのお誘いなら喜んで。……あ、そういえばここ、大丈夫?」
 流れるような仕草で彼の手が兄の服に伸び、裾をめくり上げた。そこにくっきりとついている手形に、ひゃ、と漏れそうになる悲鳴を少女は寸でのところで腹に力を込めて耐える。
「あちゃ、しっかり痣になってる。やっぱりグローブは外した方が良かったかな」
「っ、君は、本当に……!」
「な、何それお兄ちゃん!? 首だけじゃないの? 悠真、あんたうちのお兄ちゃんに暴行とか……!」
「掴んだだけだって! でもアキラくんってば細いし白いし、ちょっとぐっとしただけでここまでなるとは思ってなかったんだよ〜!」
 ぎゃんぎゃん騒ぐ二人の前で冷静に服を元に戻すと、兄の方はすう、と表情を消して天下の執行官様の肩に静かに手を置いた。
……よし、このことも含めて、今日は君の価値観や倫理観辺りを中心にじっくり話し合おうか」
「アキラくんとじっくり……!? 喜んで!」
「あー駄目だこれ……こほん、私も同席させてもらうからね。変なことはしないように!」
 そうして連行——もとい二人にぐいぐい押されるように二階に行ってしまった男の背中を、唯一のビデオ屋の客である少女は呆然と見送った。ぱたん、と二階の扉が閉まる音が聞こえて少し経ってからのろのろと立ち上がり、長時間同じ姿勢を取っていたことが原因でふらつく足取りのまま、ずっと握り締めていたビデオをカウンターに置く。ンナナ! と少女のことを初めから認識していたボンプは驚くこともなくいつもの慣れた手つきで会計を済ませ、扉を出る瞬間まで笑顔で見送ってくれた。
 外に出た少女はすう、と一度息を吸い込むと、全速力のダッシュで店から離れた。誰も居ない路地裏で急停止すると、スマホを取り出して高速で文字を打ち込み始める。
(む、むりーーーーー! 今の情報量を一人で抱えるのは無理だよおおおぉ!!)
 ごめんなさーい!! と心の中で誰に対してか分からない謝罪を絶叫しながら、衝動のままにインターノットのスレッドを一つ立ち上げ、胸のなかに渦巻く思いの丈をたっぷり綴った文章を投下したのだった。

 *

「浅羽隊員、インターノット上で出回っている噂のことですが」
 後日、直属の上司からそんな呼び出しを受けた悠真は『コンプライアンスとは』から始まり『H.A.N.D.職員が取るべき模範的な姿について』『セクハラ防止のために』という研修を立て続けに受けさせられた。
 その間も終始、彼はまるで恋人ができたばかりのようなほわほわした表情を浮かべていた――と指導官から報告を受けた柳は、眼鏡を外して眉間の皺を揉み、深いため息を零したのだった。