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まきわ
2026-06-10 20:40:09
5749文字
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クロリン
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夜明けとコーヒー
先輩がタスレムで仕事始めて以降の話です
徹夜明けの早朝とコーヒーメーカーみたいな感じが書きたかっただけのシロモノです
タスレムと先輩の家については当然ながら捏造で海の夜明けもコーヒーメーカーもエアプです(?
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」
腰に手を当てて絵に描いたような怒り方をしているリィンの睨む先では気まずそうに笑うクロウが、そしてその横にあるデスクの上には未処理の書類束が積み上がっていた。
「いやーほら今大事な時期だろ?だから受けれるだけ受けたろーってとにかくこなしてたらいつの間にかこうなってた」
てへ★と効果音が付きそうな顔で言うクロウにリィンはため息をついた。
「あのな
…
」
リィンは呆れて額に手を当てつつ、処理を待つ請求書や報告書作成の為のメモなどが積み上げられたデスクを見た。
時間を作れたので仕事の様子を見がてら逢いに行こうと思い立ち、リィンは休みを取ってタスレムのクロウの事務所兼住居を訪ねた。
そんなリィンを出迎えたのが本人とこの書類の束だったというわけだ。
「ふう、とにかくちゃんと片付けなさい。洗濯、掃除、食事の準備は俺がやっておくから」
リィンは教官というべきか、母親というべきか迷うような言い方でぴしりと言ってクロウを机に向かわせた。
「くぅ
…
せっかくお前がいるのに
…
えっちしてぇ~
…
」
「あ、あのな
…
。そういうのは全部仕事を終わらせてからだっ」
「へーい
…
」
渋々と端末を開いたクロウを横目に見て苦笑しつつ、リィンは荒れ果てたリビングを見て腕まくりをした。
事務仕事ができないタイプではないし、ざっと見た限り必要な資料もなんだかんだで綺麗に纏めてはあるようだった。
その辺りなんだかんだマメで丁寧なのだ。
部屋も洗濯物が置きっぱなしになっていたり、埃が溜まっていたりはするものの物自体は一か所に纏まっている。
この辺り、きっとお祖父さんの教育がよかったのだろう。
「よし」
やるべきことをさくっと頭の中で纏めるとリィンはまず洗濯から取り掛かり始めた。
クロウが必死に端末と向き合っている間に洗濯、掃除、夕食の支度を済ませ、二人が夕食を終わらせる頃にはもう夜が更けていた。
「わりーな、全部やらしちまって」
二人分の洗い物を手早く済ませたリィンにそう言ったクロウは本当に申し訳なさそうにしていた。
「別に構わないよ。というかこんなことになっているなら来てよかった。たまに会った時くらい世話を焼かせてくれ」
「酔狂なヤツだな。たまに会った時くらい甘えさせてくれ~とかじゃねぇのかよ」
「
…
割と普段から甘えてる気がするしなぁ」
照れくさそうにはにかむとクロウは楽しそうにけらけらと笑った。
「んじゃ礼代わりにコーヒーくらい淹れるが飲むか?」
「うん、いただくよ」
クロウは頷いて返すとリビングの隅にある棚の上の機械にカップをセットした。
「
…
それは?」
その蓋を開けて中身を確認するとクロウはスイッチを押してからリィンを振り返ってにやりと笑った。
「コーヒーメーカーっていうらしいぜ。ルーレの工科大で学生が開発したものを今商品化に向けて調整中だってよ。ジョルジュが試作品をくれたんだがなかなか使い勝手がよくてな」
「へえ
……
」
リィンはクロウの隣まで来てしげしげとコーヒーメーカーを眺めた。
「ここにフィルターと挽いた豆をいれて、こっちに水を入れとく。そんでスイッチ入れたら出来上がりってわけだ」
「それだけでいいのか。すごいものだな
…
」
「どんなもんかと思ったが味もイケてるぜ。
…
ほれ」
カチっという音がして、据えてあったマグカップにコーヒーが注がれきった。
クロウはそれをリィンに差し出した。
「
…
ならお先に失礼」
遠慮なく受け取って口元に近付ける。
ふわりと湯気と共に香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
それをゆっくり吸い込みながらカップを傾ける。
「
…
ん、ほんとだ
…
美味しいな」
「だろ?」
何故か得意げなクロウに頷いて返しつつ、今はクロウの分をコーヒーを作っているコーヒーメーカーを見つめた。
機械のたてるこーっという静かな音が夜の穏やかな時間に心地よく感じる。
「商品化されたら俺も買おうかな」
「ジョルジュに言ったらファイナルサンプルあたりくれるんじゃね?」
悪戯っぽい顔で笑うクロウを軽く睨んで返す。
「さすがに俺がそんなわがまま言えないから。ちゃんと買うよ」
ふっと自然な沈黙が下りて夜らしい静けさの中二人でカップを傾ける。
すぐ隣にいる大切な人の体温と穏やかな沈黙と共にコーヒーを楽しんでいたリィンがふと顔を上げた。
「
…
夜は静かだな」
「リーヴスもこんなもんじゃね?」
「そうなんだけど
…
静かになると海の音が聞こえるなって」
「あー」
クロウが窓辺へ歩いて行ったのでリィンはそれに続いた。
窓の桟に寄り掛かるようにして窓の向こうを見てみたが、ここからは海は見えない。
ほんのりとした街灯に照らされた誰もいない路地が見えるだけだ。
「この海の音、オレなんかは生まれた時から聞いてるから慣れたもんだが、他所から来ると気になって気を病むヤツもいるらしいぜ」
「なるほど
…
。まぁ確かにずっとしてるから、一度変に気にしてしまうと駄目かもしれないな。そういえば俺も、小さい頃冬に峡谷から吹いてくる風の音が怖くて眠れなくなったことがあるな」
ぴぅーっという甲高い音が人の悲鳴のようで、たまに窓をがたがた揺らすのも怖かった。
「風の音は確かに海風でも怖がるヤツはいるかもな。しかしそれじゃ山籠もりなんかもっと怖かったんじゃねぇか」
「山籠もりの時は風どころじゃない、獣にしろ魔獣にしろ命の危険を感じて最初はろくに寝られなかったぞ」
そりゃそうだ、とクロウは楽しそうに笑った。
リィンは耳を澄ませて遠くから聞こえる波の音を聞いた。
山育ちで馴染みはないが、クロウが聞いて育った音だと思うと愛おしい。
同じリズムで聞こえてくる音にまったりしそうになってはっと顔を上げた。
「ほらそろそろ休憩は終わりだ。続き続き」
「ち、誤魔化せるかと思ったが」
「誤魔化してどうするんだまったく」
クロウはカップを持ったまままた机に向かった。
デスクは壁に向けて置いてあり、その横にデスクに背を向ける形でソファが置いてあるのでリィンはそこでくつろぐことにした。
「いつまでかかるかわかんねぇし寝ててもいいぞ」
端末に視線を注いだままかけられた言葉にリィンは首だけで振り返った。
「起きてるよ。せっかく来たんだから一緒に過ごしたい」
クロウはそれには笑っただけだったが、少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
ここまでの道中で読みかけていた本を取り出してコーヒーと共に楽しむことにする。
同じことをしていなくても、こうして同じ空間で穏やかに過ごせるだけで幸せなものだ。
クロウの指がキーボードを叩く音、リィンが本をめくる音、そしてかすかな波の音が夜の静寂に心地よく響く。
珈琲の最後の一口を飲み切ったところでリィンはテーブルにカップを置いてそっとクロウを振り返った。
集中しているらしいクロウは真剣な顔で画面を見つめていた。
(なんだかああいう表情は新鮮だな
…
)
平時では常に調子のよさそうな笑みを浮かべているクロウの、真剣な横顔というのはあまり見ることがない。
緊迫した状況下などではその笑みに少し救われることもあるのだが、なかなか見られない真摯な横顔には思わず目が惹きつけられる。
(
…
やっぱりかっこいいよな。
…
いやいつもそう思ってるけど、珍しい表情だとより実感するというか
…
)
心の中で誰に対してかわからない言い訳をしつつ仕事をするクロウの横顔に見惚れる。
このままクロウを見ているだけでも夜を過ごせそうな気がした。
「
…
すっげー視線を感じる」
「え」
画面から目を離さないままぼそりとクロウが呟いてリィンは思わず顔を赤くした。
「ご、ごめ」
邪魔をしたかと謝ろうとすると、クロウはこちらを向いて顎に人差し指と親指を当ててポーズをつけてみせた。
「ま、オレはイケメンすぎっからな~。見惚れるのも無理ねぇけど~」
「
……
否定はしないけど癪に触るな
…
。進んでるのか?」
クロウはカップを持って椅子を立った。
「順調だぜ。とはいえ仕上がるのはいい時間になりそうだしいつでもギブアップしろよ?」
「しません。
…
コーヒー、淹れるなら俺にやらせてくれ」
リィンもコーヒーメーカーの方に向かったクロウの後を追ってソファを立つ。
やってみたがる子供のようだとでも思ったのかクロウは小さく笑ってから挽いたコーヒーの入った缶と水の入ったボトルを棚から出した。
「それそっちに入れて、水はそこ。そうそう、んで閉じて。あとはそこ押せば終わり」
リィンの指がスイッチを押すと同時にこーっという音がして機械が動き始めた。
「
…
これだけでコーヒーが飲めるのか
…
。やっぱりいいなこれ」
「ジョルジュに伝えとくぜ。とはいえまぁ豆は挽いとく必要があるけどな。こいつが商品化したら挽いた状態のコーヒーも売られそうだが
…
そのまま置いとくとどうしても香りが飛んじまうしなぁ」
「マキアスがなんていうか聞いてみたいな。邪道だ、とか言うかな」
「どーかねー。あいつも結構丸くなったしな」
そんな会話を交わしている内にコーヒーが出来上がる。
「さて、あと少しやりきっちまうかね。もうちょっといい子に待ってろよ」
ぽんと頭に大きな手を置かれて苦笑する。
「はいはい、頑張ってくれ。何か手伝うことがあれば言ってくれ」
りょーかい、と手を振ってクロウは机に戻った。
リィンもやり方を反復しつつ自分の分を淹れてソファに戻る。
ちらりとクロウの横顔に視線を向けたが、自分達武人は視線には敏感なものだ。
邪魔になってはいけないので名残惜しそうに視線を外して本に戻ることにした。
こーっという音がして香しい匂いが漂ってくる。
これはなんの音だっけ
…
?とぼんやり思っているとかちっという音がして、コーヒーメーカーだ、と思い至る。
そして同時に目が覚めた。
「あ
…
れ
…
」
「なんだ起きたか」
一瞬状況を把握しそこねて数回瞬きをする。
クロウの家にいて、仕事が終わるのを待っていたのだと思い出して一気に頭がはっきりした。
「う
…
俺いつの間にか寝ちゃったのか
…
」
徹夜で付き合うつもりだったのに、悔しくて肩を落とすと膝にブランケットが掛けられているのに気付いた。
「ごめんクロウ、これありがとう」
「気にすんな、旅疲れもあんだろ。お前の寝息もいいBGMだったぜ。
…
おかげで片付いた」
マグカップを掲げて見せたクロウの視線がデスクの方を向いたのにつられてそちらを見る。
見ただけではわからないが、端末は閉じられているようだ。
「そうか
…
お疲れ様」
「ん。待たせて悪かったな。
…
お前も飲むか?」
昨晩から三杯目なので飲みすぎな気もしたが、リィンは今は気にしないことにして頷いた。
「あ
…
もう夜が明けるんだな」
窓の向こうはまだ薄暗いが、光が低いところから立ち上ってくるような早朝特有の気配があった。
「海から靄が上がってきてな、朝霧が出るんだよ。ほら見てみ」
手招きされてクロウと共に窓辺に寄る。
こうしている間にも朝日が少しずつ薄闇を払っていくようだったが、外の景色は確かに煙るようにぼんやりとしている。
まだ誰もいない路地をうっすらと霧が這い、朝日がそれを照らして煌めかせる様子は神秘的で、どこか異界じみている。
「ほんとだ
…
なんか雰囲気あるな」
リィンはクロウの胸に寄り掛かるように寄り添って窓の向こうを見つめた。
朝霧が出るのはユミルにもあることだが、海のそれは少し気配が違う気がした。
山ほど濃密ではなく、まだ海が寝惚けているようなぼんやりとした気配がある。
「まぁ港の方はもう漁師やらが働き始めて結構賑やかだけどな」
「そうだよな
…
海の人達は朝が早いって聞いた」
クロウはカップを窓の桟に置いてリィンを抱き寄せ、リィンの黒髪に顔を埋めた。
「あー
…
いーにおい」
「ちょ、な、なんか恥ずかしいからやめてくれ」
思わず少し身を引こうとしたが、しっかり抱き込まれて動けない。
ため息をつきつつ抵抗は諦めて、リィンも顔をクロウの胸に寄せた。
「あーねみー」
呟きながらクロウはリィンの頭に顔を擦り寄せ、そのまま額、そして唇にキスを落とした。
「もう
…
半分寝てないか?考えて行動してないだろ」
コーヒーの香りのする口づけを受けて思わず唇を軽く舐める。
「別にいつもしたくてしてんだから変わんねーよ。
…
なぁ」
「ん?」
クロウはもう一度、今度は少し長めに口付けるとそのまま間近で微笑んだ。
「なんかこう、同じ場所にいてくれるだけでいいもんだな。気分よく仕事できた気がするぜ」
眠たげな声で囁かれた言葉がリィンの胸を衝いた。
ぎゅうっと切ないような嬉しさが胸を締め付けてリィンはクロウの背中に腕を回して抱きついた。
「
…
俺も、一緒にいられて嬉しい。何をするでもなくても
…
こういうのもいいよな」
「ん」
やはり眠たげな声で答えてクロウはまた唇を重ねた。
そのままリィンの首元に鼻を擦り寄せている。
なんだかこのまま寝てしまいそうだ。
「クロウ、終わったなら少し寝よう。俺ももう少しちゃんと寝たいし」
両手で頬を挟んで顔を上げさせる。
クロウは少し窓の向こうを見て、頷いた。
靄が少しずつ晴れて夜が完全に払われようとしている。
徐々に街に喧騒が満ちていくだろう。
「明るくなって寝るのもいいもんだな。贅沢って感じだ」
「徹夜で仕事してただけじゃないか。ほら、ベッドに行こう」
手を引くようにして寝室へ向かう。
夕食後にシャワーを浴びて部屋着に着替えていたのでそのままベッドに入っても問題ない。
倒れ込むようにベッドに入るとクロウはそうしないと逃げられると思っているかのようにぎゅうっとリィンを抱き締めた。
「
…
起きたら市場に連れてってやるよ。いい魚が色々入るんだぜ」
「
…
それは楽しみだ。
…
おやすみ、クロウ」
「あー
…
おやす」
適当な挨拶を返すとほぼ同時に寝息が聞こえてきた。
頑張ったな、という気持ちを込めて背中をそっと撫でてやる。
自身も目を閉じながら、やはり事務仕事を溜めるのはよくないな
…
と自戒も込めて心に刻んで眠るのだった。
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