asahito
2026-06-10 20:19:03
5274文字
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XYZ⑥

前作駒草太夫の現パロのお話はこちら⇒https://www.pixiv.net/novel/series/7583585 一部R18です
続編である今作の第1章(錦上京キャラ中心)はこちら⇒https://www.pixiv.net/novel/series/14625442 一部R18です
東方キャラが現代にいて、普通に人間として暮らしてたらを書いたお話です。

雪国ってカクテルが好きです。

 氷だけ残ったウイスキーグラスを片付けながら、私ははあとため息を吐く。不完全燃焼というか、酒の味を整えきれなかったのに客に出した気分というか。
 魅須丸のやつ、あそこまでさせておいていきなり帰るなんて一体何考えてるんだ。店主でありながら営業中は盛るんじゃないというお小言か。
 そりゃ、飲食を提供するのにそういった行為は不衛生で速攻保健所案件だが。前にあんたとカウンターで求めあったことはあるだろう。あれは閉店扱いでセーフだって言うのか。お誘いも合図も良く分からない女。それでも、私に身を委ねるのなら信頼はしてくれているだろうが。
 根本的に。魅須丸の考えが読めたことなんざ一回もない。相手の思考はある程度は読めると自負しているのに、あいつだけはよくわからない。
 考えが読めないのにこんな関係を続けてる方が、おかしかろう。
……
 何か危ない道を歩いているんじゃないかと思ってしまうので、思考を切り替える。読みたい本って何なんだろな。そんな魅須丸が夢中になるくらい面白い本なのか。
 私にとって本なんて最近じゃ電子書籍で昔好きだった漫画や飲食の本を読むくらいだが。なんとなく魅須丸の読む本は小難しそうだ。
 店主の勘だが今夜魅須丸が来たなら龍さん達は来ないだろう。じゃあ、今夜来る客は誰だろうなと予想すると、不意にドアが開きベルが鳴る。
 片付けも終わらないうちに来てしまうのは意外だった。考えに耽って足音にすら気づけなかったのか。
 慌てて顔を上げ表情筋を引っ張り営業用の面構えになると。その客は確かに龍さんではなかったが、正直意外な客だった。
「いらっしゃいませ。今夜はお一人ですか」
……こんばんは、駒草さん」
 魅須丸が飲み終えた後のウイスキーグラスの氷を流しに捨てつつ。私はその相手に歓迎の意味で笑いかける。
「私の名前、覚えててくれて嬉しいですよ磐永さん」
 その客は阿梨夜で。相変わらず仏頂面で生真面目な装いのままに私を見る。大人しく見えても眼鏡の奥に隠す鋭い眼光は。
 蟒蛇のユイマンとはまた違った、捕食者の瞳を持っている。コイツ、眼鏡外して私の前の行きつけのバーとかに連れてったら絶対他の女が放っておかないだろうな。
 グラスを流しに置き。魅須丸が使ったおしぼりの袋を片付けつつ、新しいおしぼりの袋を出す。
 阿梨夜は立ったままなので、お好きなところにどうぞと言うと真ん中あたりの席に座った。
 薄手のコートと鞄を横の椅子に置き、阿梨夜はスマートフォンを片手にふうと息を吐いていた。カウンターの上に置いた左手には、指輪は嵌められていない。
 一瞬別れたとかそういうのかと危惧するも。阿梨夜の表情は硬いにしろ絶望や焦りは見えなかったので、ユイマン関連で何かあったわけではないだろう。
「今夜はユイマンさんはお仕事ですか」
 綺麗なおしぼりの袋を差し出し、メニューの本を阿梨夜の近くに置いた。今夜はユイマンは来てないので阿梨夜一人で来たい理由でもあったのだろうか。喧嘩もなしに単独で来るとは考えにくいから、また仕事で遅れると言ってきたのか。
「彼女は仕事ですが先に帰っているはずです」
「じゃあ、おひとりで?」
 先に帰らせてうちのバーに自分だけ来るなんてどういう風の吹き回しだ。
 まあ、毎回毎回こいつらの喧嘩のたびにうちのバーを駆け込み寺なんかにされたら別料金徴収してやりたくもなるが。
「はい。気分転換に何か新しいお酒を飲もうかと」
 そう阿梨夜は答えメニューを眺めている。強い酒を飲ませると泣き出したりされるので、アルコールの量は常時監視しておかないといけない。
 正直新しいものを飲もう、と言う答えはあまり信じられなかった。コイツは新しいものより慣れたものをずっと食べるタイプに見えるし。
 新しい事をするなら、ユイマンに誘われてすることだろう。
「新しいものですか。ちょっと前に期間限定のハロウィンカクテルとかもあったんですが今は終わってて」
 コープスリバイバーもメニューにないけど作れますよ、と注文を促す。
「あのお酒ですか。あれは……
 決まり悪そうに阿梨夜は答え、少し顔を赤らめる。
「次の結婚記念日にユイマンと一緒に飲みます。ブランデーの在庫も心配ですし」
 結婚記念日のお祝いに作ったカクテルは。次はふたりの喧嘩の思い出のカクテルにもなり、阿梨夜には少しトラウマにもなってるのかもしれない。
 ブランデーの在庫なんざとうに復活しているが。特別な日に飲みたい酒というのもあるだろう。じゃあスネークバイトにしますか?と聞くのは流石に露悪的過ぎるだろう。
 適当に今のこいつの気分に合わせた酒でも見繕ってやるか。
「じゃあ、今の気分に合わせたカクテルでも。さっぱりしたやつが飲みたいとかあれば」
 学芸員という仕事に因み鉱石にちなんだ酒でも出してやろうかと思うが、ピンと来るものはない。
 いい加減うちの店のオリジナルカクテルでも作るべきかと思うが、そういうバーテンダーの大会に出たこともないしな。
「では……先ほど片付けていたグラスに入っていたものと同じものを頂けますか」
「え……これ、ウイスキーのロックですけどよろしいですか?」
 結構強い酒だし、オーソドックスだし、新しい味というのは微妙だが。阿梨夜がこのウイスキーを飲んだことがあるかは分からないし。
 ウイスキーひとつ取っても、これだけの瓶が私の後ろに並んでいるのだから。まだ味わったことのない酒は沢山ある筈だ。
 阿梨夜が開いていたメニュー表をさかさまから見て、ウイスキーのページまで捲る。誰が飲んでいたかまでは教えなければ、別に構わないだろう。
 誰かがカクテルを飲んでいて自分もそれを飲みたいと言い出す客は珍しくない。
「これの十八年ものです。飲み方も他にソーダ割とか選べますが」
「ロックで」
 指さして値段を確認させ、飲み方も確認する。この酒はシンプルだからこそ飲み方は様々だ。阿梨夜にはソーダ割で少しアルコールを薄めた方がいいと思うのだが、本人がそれで飲みたいって言うなら従うしか無かろう。
「かしこまりました」
 別のウイスキーグラスを取り出し、氷を準備する。さっき棚に戻した魅須丸お気に入りのやつをまた取り出すとはな。
 客にはどの酒を自分が飲んでいるかを示すために瓶を目の前に置くようにしているので、一旦阿梨夜の目の前に瓶を置く。
 茶色のキャップに、緑のラベルが貼られたデザインの瓶。希少な酒であり、複雑な味わいが特徴だが度数は高い。魅須丸が好むのは分かる気がするが。
「アイリッシュウイスキーがお好きなんですか?」
 変わった行動をする阿梨夜に興味が湧き。会話を続ける為に、まじまじと瓶を眺めているところ申し訳ないが質問を投げる。
「いえ、初めて飲むと思います……あまりこういうお酒を飲んだこともないので」
 地元が日本酒の酒蔵が多い地域ゆえに、酒といえば日本酒をイメージすることがほとんどだったと阿梨夜は言う。
「拘りだすと大変な酒ですがね。好きな人はずっとこればかり飲んでますよ」
 ここら辺の棚が全部アイリッシュウイスキーの棚であると教えると、阿梨夜は興味深そうにそれを眺めていた。
「父が、仕事の関係でよく貰って来たお酒がいくつかありますね」
……へえ。そりゃ羨ましい」
 かなり希少でプレミア物の酒もあるんだが。いったいこいつ、どんな家の出身なんだろうか。浪費癖があったり、贅沢品で着飾ったりしているわけではないが。
 一泊数万するホテルを平気な顔で予約して去って行ったり。物腰や仕草は正直ユイマンよりも厳しく躾けられている雰囲気がある。
 氷を削り始める。四角い氷を球の形にするためにナイフで表面を削るのは、失敗ができないが。少しなら会話は可能だろう。
「最近身なりや羽振りの良いお客様もいらっしゃるようになりましてね。もっと高いお酒もメニューに加えようか検討中なんですよ」
「繁華街が近いからでしょうか。派手に遊ぶ人は一晩で数百万も使ってしまうそうですし」
「どうでしょうねえ……うちにそういう客が来ると緊張しますが」
 苦笑しつつも、あの扇子を持った金髪の女の事を思い出す。あいつは一体何者だったのか。二度と来てほしくはないが、興味がない訳ではない。
 身なりの良さというか、何となく阿梨夜や袿姫と似た要素は皆無ではない。
 それに。私が誰かに似ているというあの女の言葉と。夏に阿梨夜に言われた私に姉がいるかという質問は。何か繋がりがあるような気がしてならない。
 守秘義務はあるから聞かないではおくが。あの金髪がその私に似ている奴を連れて来た時に阿梨夜がいたらどうなるんだろうな。
 ざくざくと氷を削っていき。最後に出来栄えを眺めグラスに入れる。この球は何点だ、魅須丸。そこにウイスキーを注げば先ほどあいつが飲んでいたものと同じ酒の完成。
「お待たせしました」
 うちの店のコースターを置いてその上にグラスを乗せると。阿梨夜はそれをじっと見つめ、ありがとうございますと礼を述べた。
「水もちゃんと飲んでくださいよ」
 すぐにミネラルウォーターを入れたコップも隣に置き、悪酔い防止の釘を刺す。
 阿梨夜はグラスを持つと軽く口に入れる。カラン、と氷が動く涼し気な音がした。泣き上戸だが酒を飲む姿はサマになる程度には、美形の類ではあるだろう。
「あ……
 声に振り向くと、阿梨夜が酒を少し飲んだ後。思った以上にアルコールが強かったのかコップの水で体の度数を薄めようとしたところ水が跳ねて阿梨夜の眼鏡に掛かったようだ。
 慌ててコップを置いて眼鏡を外すと、そのまま眼鏡をチェーンでぶら下げたまま酒をまた飲み始める。
「大丈夫ですか?」
「ええ、裸眼でも見えるので……
 眼鏡を拭くためのタオルでも探して来ようと思ったが、阿梨夜は眼鏡拭きでその水滴を拭っていた。眼鏡を外すとより鋭い目つきが強調され、美少年と呼んだ方がいい顔立ちが露になった。ユイマンはいつもこの顔を見ているのか。
「確かに、レンズ薄いですね。なくてもこの棚のラベルとか見えるんですか?」
「見えますよ。仕事で掛けているだけですし」
「あー。研究って細かい文字とか文献とか読みますもんね」
「それに眼鏡を掛けていた方が……学芸員っぽいじゃないですか」
 眼鏡が学芸員ぽさに繋がるかは私は分からないが。クラスの秀才は眼鏡というステレオタイプに影響されてるならちょっと化石のような古さではなかろうか。
 阿梨夜はまた酒を口に含み。その強さに苦戦しつつも味を覚えようとしている。
「いかがですか?きつかったら割り方もありますよ」
 変に倒れられても困るので助け舟を出すも。阿梨夜はゆっくり首を振る。
「ちゃんと飲めます……今夜は飲みたいんです」
 ユイマンと一緒に飲まずに、それでも酒を味わいたいなんで大丈夫かコイツ。ユイマンにこっそり連絡した方がいいんじゃないか。
 酒をさらに含む阿梨夜の顔は、少し苦痛に耐える様な表情だった。
「駒草さんにお話することではないですが……最近研究を進めていたものが、いきなり価値がなくなって。ユイマンに話すにしてもうまく説明がつかなくて」
「研究を打ち切られたとか?」
 企業との研究を進めていたが、利益が出ずに打ち切られるなんて言うのはよく耳にする。学問と民間企業の価値観が合わないのは、仕方ないにしても。
 学者肌の価値観は理解されにくいというのはあるだろう。
「そういうのではないんです。私もよく分からない……でも、確かに最初は学会を揺るがすような価値があったはずなんです」
 研究結果を盗まれたとか?断片的な話ではまったくつかめないが。阿梨夜が自分の仕事で悩んでいるというのは事実だろう。
「だけどいつの間にかその価値が消えていて。誰かがすり替えたわけでもないのに……本当に変な話で」
 また泣かれたら今度こそ洒落にならない。ユイマンが来る保証もない、阿梨夜の携帯奪ってユイマンに電話を入れるべきか。とりあえず、話を中断させないと。
「あの……私は研究とか、学問は分かりませんが。美味しい酒を貴方に提供できりゃ御の字です」
 そう言って酒を飲ませるのをやめさせると。阿梨夜は大人しく水を飲み始めた。あの時泣き出した恥ずかしさを覚えているのだろう。
……申し訳ありません。取り乱して。石一つの研究でこんな喚いてるなんで恥ずかしいですよね」
……
 たかが石一つで何時間も熱心にこちらの都合を無視して語り続ける奴を知っている以上は。それを笑うなんてできっこないだろう。
 私の首に掛かっているネックレスが魅須丸との始まりである以上は。
「それだけ貴方にとってその石が重要ってことですよ」
「重要というか……不変の石が力を持って役目を終えるなんてこと、本当にあると思いますか?」





 続く