斜陽(ジョン+コンスタンティノス)

ジョンとコンスタンティノスがただ話しているだけ。

※史実の話をしてますが史実を参照していないふんわりうろ覚え描写





「相席をしても、構わないだろうか」
 見知らぬ男から声をかけられて、ジョンが思わず「許す」と許可を下してしまったのは、耳に慣れた滑らかなラテン語であったからだ。
 ジョンのように利用者の多い時間帯を避けて食事を取る者は少なくはない。昼下がりのまばらに埋まった席はまだ空白が目立ち、ジョンは陰気な話しかけるなオーラを醸し出しているのでわざわざ相席を頼む者はいないはずだった。とはいえ、ここは魑魅魍魎の巣窟カルデアであるので、兄を筆頭にジョンの都合など関係なく話に巻き込んでくる無礼な輩もいるが。
 無礼と一絡げにするにはまともそうな断りを入れた男は、ありがとう、と友好的な笑みを浮かべ、ジョンの正面に盆を置いて腰掛けた。
 ジョンは王族として染み付いた倣いで、それとなく同席者がどのような者かを観察した。
 なんら神秘のないブルネットにブラウンの眼。西洋人らしい顔立ちは整っている方に数えられるだろうが、国を傾けた絶世の美姫やら女神すら惚れさせる色男やらが当然に闊歩するカルデアでは没個性的とすら云える。服装は装飾過多な鎧でもなければ紐かと疑うような半裸でもなく、とくに時代性をうかがえない、仕立てのよい上品なスリーピーススーツ。食事のために彼が手袋を外したとき、武人らしい手をしていた。
 神の類ではなかろうが、どこぞの国の将軍と断じるには、ひときわ異色を放っている装飾品がある。両耳に下がる大粒の耳飾りは、一見ただのガラス細工のように見えて、おそろしく透明度の高い、天然の赤い石を大胆にも使った交易品であろうことをジョンは見抜いた。
 だいたい、サーヴァントの知識に依らず好んでラテン語を話せる者がひと握りなのだ。おのずと出身地域も身分も限られる。つまり、彼は魔術師か、聖職者か、ジョンのような高貴な身分のいずれかで、ますますジョンは顔をしかめた。
「何用だ。余が暗愚の王と理解していての申し出であろう」
「無論、承知の上だとも」彼は短い祈りを捧げると、さっそく器用に箸を使ってカツ丼のカツを摘み上げかぶりついた。「イングランドの王、ジョン・ラックランド。失地王だか欠地王だか、まあ、そのような二つ名であったかな。用件としては、一度、貴殿と会話を交わしてみたかったのでこれを機会とした、といった理由では不満かな?」
 ところで、本日のジョンの昼食はたまたま、レーズン入りの小さなパンとザワークラウトの簡素なスープだった。ジョンは贅沢を好みはするが、こうした腹の休まるような粗食もけして嫌いではない。対する彼は同じスープと、大盛りのカツ丼と、デザートは豆花だった。こいつ食べ合わせとか考えないタイプか。
 ジョンは尊大に鼻を鳴らした。
「ハッ、王に面会するのであれば先に名乗るのが礼儀ではないか? それとも愚王に差し出す名などないと?」
「これは失礼をした」と彼は箸を置いた。ただのブラウンと思わせた瞳が意思を持ってきらめく。
「うむ、あえて名を偽る必要もあるまいな。私は、マヌエル2世が四男――コンスタンティノス・パレオロゴス・ドラガセスと申す。ここカルデアにおいては、コンスタンティノス11世で通っている」
 ジョンは危うくパンを取り落とすところだった。
 パレオロゴス。ジョンが東ローマ帝国の名門貴族の家系だと思い出すより先に、英霊の座から転がり落ちた知識が東ローマ帝国の皇帝一族と語った。「ビザンツの? 最後の皇帝だと?」
「あえてながら、東ローマ、と名乗らせていただこう。まことささやかな違いではあるが」にこりと笑みを維持していたが、コンスタンティノスは少々気を悪くしたようだった。生前からの失言癖をこぼしてしまったことに気づいて、ジョンはわざとらしい咳払いをした。
 王と皇帝には実質的に、地位に大いなる差が存在する。そのうえ聖地コンスタンティノープルを統べる東ローマの皇帝ともなれば、教皇に並び立つほどの権力を集約する――たとえ国土が弱体化していようが内部が腐っていようが、千年の歴史を語り継いだ帝国の威光は揺るぎなく本物だ。田舎の小国の王でしかないジョンにとっては強くは出にくい相手ではあった。
……わ、悪かった。その……まさか東ローマの皇帝と相まみえるとは思わなかったから……」しどろもどろにジョンは弁明した。
「許す。私とて君から見れば若輩も同然だろうさ。幸いなことに、いまや我らは人理の影法師にして、同じマスターを掲げる星見台のサーヴァント。できればお互い遺恨を抜きにして気安く語らいたいのだが、いかがだろうか」
「構わぬ、が……
 立場が先刻までと逆転してはいたが、コンスタンティノスはおおらかに寛容を示した。「食欲が進まないのかい?」とジョンのパンをちぎる手が止まっているのを指摘する。ジョンは潰れてしまったパンのかけらを口に入れた。もそもそとした食感しかわからなくなった。
……して、いったい、余と何を話したいのだ、皇帝陛下は」
「うーむ?」コンスタンティノスはカツ丼をうまそうに食しながら首をかしげた。「とくには考えていなかったな。信仰でも、政治でも、歴史や文化でも、それこそ十字軍の話でも、なんでもいいとも。共通する話題のひとつやふたつはあるかと思うんだが」
「なんでもというのは、困る」どれも昼食の話題にするには重すぎないか? という発言はすんでのところでこらえた。まったくもって気軽じゃない。時代が異なろうが王も皇帝もろくでもないな、とジョンは考えを新たにした。
 しばらく話題を探していたコンスタンティノスは、ジョンの困惑なぞまるで気にしていない様子で、衝撃的な発言を投げた。
「そうだな。十字軍といえば、実は、君と相対するのはこれで初めてではないんだ。アンティオキア及びスノーフィールドの特異点、あのとき私も陰ながらだが出陣していた」ジョンが絶句したのにも構わずコンスタンティノスは続けた。「だから、神王の君とは敵対したことがある。あのときも十字軍と戦うなんて運命的だと思ったものだ」
 図太さだけをとれば、ジョンと違ってコンスタンティノスは皇帝の器にふさわしいだろう。ジョンが特異点の記憶を引き継いでいると知っているのか知らないのか。なんにせよ、ジョンがカルデアと敵対し、暴虐の限りを振り撒いた出来事を持ち出す時点でいい性格をしている、とジョンは思った。
……カルデアに仇なし、人理を破壊しようとした俺を監視にきたと? いい性格をしていらっしゃる」
 思っただけでは済まずすぐに口に出してしまうのがジョンの最低の悪癖ではある。
「まさか」コンスタンティノスはジョークと受け止めたらしかった。「それなら私だって監視されなければならないな。トラオムにおいて――この私ではないとはいえ、三つ巴のうちひとつ復権界域を造り上げ、兵士を指揮し土地を蹂躙し、一切の躊躇もなく人理に反逆する戦いに加担したのだから」
 さらりと語られるには血なまぐさい経緯を想像してしまい、吐きそうな心地でジョンはコンスタンティノスを見返した。――得心はいく。王たるもの、生まれながらに尊ばれ、頂点に立つ者である以上、少なからず暴君の資質を秘めているものだ。王の資質としては平凡より下を這っていたジョンであっても、やろうと思えば暴虐の限りを尽くすことはできた。賢王の才覚もなく狂える君主に身をやつすこともできず、半端な治世の結果得たものが、後世に尾を引くマグナ・カルタであるのは腹立たしいことこの上ないが。
 ジョンのように戦に不得手でもなく、コンスタンティノスはそれなりの実地経験を積んできたのだろう。姿勢を見ればわかる、常勝だった兄と似たような身体付きをしている。将とするには上背がやや足りないようなのが惜しいくらいだ。
――ま! 特異点の話はこれくらいにしよう! 恥をほじくり返したいわけでもないからな」コンスタンティノスは勝手に話し始めたにも関わらず勝手に話をぶった切った。ジョンとしても否はなかったが、なぜか別の嫌な話に飛んだ。「そういえば、ジョン王にも兄上がおありだったな。仲の良いご兄弟であらせられて羨ましいかぎりだ」
「は? どこが?」反射的に返したのをジョンは早々に後悔した。これだから失言王なんて無礼千万な渾名をマスターからつけられるのだ。
「よく一緒に過ごされているし、なによりリチャード王が君に頻繁に呼びかけているものだから、だいたいの者はそう認識しているとも」
 それはジョンが気まずさに逃げるとリチャードが持ち前の俊敏性を屈指して追いかけながら、カルデアの廊下の端から端まで響き渡るほどの声量で叫ぶからだ。戦場では鼓舞になろうが屋内では迷惑だとわからないのか、あの馬鹿兄上。というかだいたいの者ってことは全員ってことじゃないか、恥ずかしすぎるだろ、馬鹿。
 反論も忘れて目を白黒とさせるジョンにコンスタンティノスは微笑ましいという顔でスープを軽くかき混ぜる。
「聞けばリチャード王から指名されて王位を継いだのがジョン王だったそうだな」
……消去法だ、他にまともに政務を預けられる年頃の者がいなかったからだ」一応、別の兄の遺児も候補に挙がってはいたが、自分を尻ぬぐいに指名しやがったあの兄上、とジョンは思っている。
「かくいう私も兄上から帝位を受け継いだから、親近感があるな」コンスタティノスは親密さを込めた声色で云った。「八人兄弟の四番目だったんだが、人格者の長兄のほかはちっとも気が合わず――私が母上に贔屓されていたのが殊のほか響いたようでな。長兄が後継者に兄を飛んで私を選んだものだから、結局弟たちとは争う羽目になってしまった」
「待て待て。お前、他の兄弟を差し置いて帝位を掠め取った、そう聞こえるが?」ジョンは母上に贔屓されて、の部分で浮かび上がった感傷は意識的に押し殺した。
「そうとも云える。戴冠式もままならず慌ただしかった。だがまあ、兄上の期待を裏切って、たった三年の在位で私が国を滅ぼしたんだがな、はっはっは!」ひとしきり笑えないジョークを飛ばして、目まぐるしく落ち着いたコンスタンティノスはスープを飲み干していた。「リチャード1世亡き後、君はなかなか苦労したんじゃないか?」
「それは……そうだが」ジョンは実感を込めた相槌をうった。「だが、コンスタンティノス帝。お前が考えている理由ではないな」
「ほう?」ジョンが会話に乗ったからか、コンスタンティノスは興味ありげに眼を光らせた。
「お前が思うように、あれの後に継いだ者は余のような暗君でなかったとしても、誰しもが苦労しただろうよ。兄上は人気取りに関しては天才的であったからな。そのくせ頭っから爪先まで戦争に明け暮れた、バトルジャンキーの金喰い虫だ」ついでに莫大な身代金の件はジョンの裏切りが密接に関わっていたが、結果論であって知ったことではない。ジョンは舌打ちをした。
「民は王の凱歌に酔いしれていたが、兄上の在位中には国庫はとうに空になっていた。俺に押しつけられたのは遠い異国にとどろく名誉と憎悪、天文学的数値を叩き出した請求書、復讐に燃える隣国、供出した分が倍の財宝に変わって返ってくると欲をかく諸侯と聖職者だ! 馬鹿馬鹿しい。あんなもの、醒めてしまえば英雄譚がいかに夢物語か子供とてわかるというのに」
「もちろん、よくわかるとも。まさしく英雄譚のような輝ける王だ。戦場においては心強い旗印だったろう」コンスタンティノスは真逆の同意をうちながらも肩をすくめた。「君が直面したであろう現実的な請求書を考えると私も泡を吹きたい気分になるな」
「だが、うず高く積み上げられた嘆願書すらまともにさばけなかったのが余という暗愚だ」ジョンはスプーンを振った。「……余でなければいくらかましではあったかもしれん。金策ばかり講じて、愚策を連発したのは認めよう。そのくせ税を取り立てるはずの土地を次々と失ったのも痛手だった。戦をしようにも今度は兵士も食糧も金も足りぬときた。堂々巡りだ。虫けらどもは斜陽の差すのは余が暗愚なせいだと謗ったものだ。最後はご存じの、貴族どもが押し付けたマグナ・カルタだ――あれが巡り巡って余の唯一の功績となったのはまっこと皮肉なものだ」
 生前の嫌な思い出がまとめて吹き上がりそうになり、ジョンは首を振った。「やめだやめ! いまのは忘れろ、テムズ川でもボスポラス海峡でも構わん、叩き込んでおけ!」
「承知した」コンスタンティノスは云った。話題を変えようとしたのだろう。「しかし、リチャード王か。手合わせを願われて、シミュレーターで一度戦ってみたことがあるが。かの獅子心王は噂に違わず、敵にしてみれば恐ろしい強敵であったよ。あまりの進軍の速さにこちらは籠城戦に持ち込まれたんだが、まったく冷や冷やした」
「兄上相手に籠城戦とは……いや、勝敗は聞かぬ。兄上ならば堅牢堅固と名高いコンスタンティノープルに嬉々として侵攻しただろうからな。まったく、十字軍を率いた将らしくも……いやそうでもないか……
 兄リチャードの時代はまだ体裁を保っていたが、後の軍は目的さえ見失ったというのでジョンはほれみろと喝采を上げて唾を吐いてやりたかった。コンスタンティノスはさして気負いもなく「我が祖は十字軍から街を取り返した功績を讃えられ帝位を譲られたようなものだからな。獅子心王の侵攻はよく勉強になった」と宣った。
 話が十字軍に戻ってしまった。ジョンはようやく小さなパンを腹に収め、冷めてしまったスープをちまちまと口に運ぶ。コンスタンティノスはというと、カツ丼もほとんど空に近くなっている。「コンスタンティノス帝はずいぶんと健啖家のようで」ジョンが云うと、コンスタンティノスは照れたように眉を下げた。
「カルデアの糧食は限りあるとは理解しているのだが、どれも素晴らしく美味で、ついつい食べ過ぎてしまう。生前は、いくら腹を空かせていようと、味に難があろうと、まるで気にならなかったんだが」
「西方と東方を繋ぐ交易路の中心地を統べる皇帝陛下とあろうお方が、清く正しく質素に過ごされていたか」ジョンは盛大に皮肉ったつもりだった。
 口に出した瞬間に不味ったな、と思うのもジョンの悪い癖ではある。「悪かった。どこの宮中も不愉快な規則や慣例で縛られていることを、揶揄するつもりはなかった」
「ご指摘の通りだから気に病まずともよろしい」コンスタンティノスは鷹揚に流した。「食うに事欠くどころか、王宮の雨漏りすら満足に修繕費用を出さず、朽ちるに任せていたのを清貧と云い張っていたのだから」
「ハッ、つまらんジョークだ。俺とて酒と女とギャンブルに溺れるような放蕩は――」ぴたとジョンは言葉を取りやめた。「本気か? 東ローマ帝国の皇帝が雨漏りのする城で暮らしていたと?」
「恥をしのんで云えば本当のことだな」
 ジョンはコンスタンティノスをまじまじと見つめた。冗談を云っているようには見受けられなかった。
……後の世にこれ以下はない暗君と貶められた余ですら、臣下に眉をひそめられるような贅沢と遊蕩に耽る程度の気晴らしはあったのだぞ。皇帝の冠が聞いて呆れる」
「世の暗君というのは得てしてそういうものでは?」デザートの豆花をすくいながらコンスタンティノスは答えてから、訂正した。「愚かな君主の種類には、資金に困り果てて借金を踏み倒すことしか頭になく、帝冠から教会の聖遺物までことごとく質に入れ、質の悪い銀貨を連発する皇帝もいるとも」
「現実こそ質の悪い悪夢じゃないか!」ジョンは吠えた。「せっせと税を納める以外に脳がない虫けら共ができぬことを成すから、我らはどんな途方もない我儘も贅沢も許されるのだぞ! それが、庶民よりも悪い暮らしを強いられていた? 虫けら共にたかられ、責務ばかりを負わされて、それで王が務まるものか。そんなもの、滅びて同然だ。帝国なんぞ名ばかりの……
 激情の走るままに語ってしまってから、またしてもしまったと思ってしまうのが救いようもない。変わらず友好的に微笑んでいるように見えるコンスタンティノスの眼の色に、舐めるような炎がちらついたかと思えば、瞬きの間にそれは、初めからなかったかのように消し去られていた。
 コンスタンティノスは怒ったようにも傷ついたようにも見えなかった。ただ真面目くさって云った。
「君のご彗眼の通りだ。年々と領土を失い、四方すべてを敵に囲まれているというのに、かつての繁栄にすがって細々と延命していた。私の代で滅びるか、次の代か、そのまた次の代か、もはやその程度の国だったとも。それでも私の生まれ育った、私の愛する祖国だ」コンスタンティノスは「愛」に感情を乗せた。「私はせめて晴れやかに散って伝えられたことを誇りに思う。だが、君はまだ足掻くことを選んだのか」
「そんな崇高なものじゃあない」ジョンは心から告げた。ジョンには国を統べる気高き理想はなかった。極度の人間嫌いで、金や地位にたかる虫けら共が嫌いだった。人並みに家族は愛していたが、それだけだ。不自由な家族仲のかすがいにはなれなかった。王族であったから務めは果たそうとしたし、兄王が後継者になれと云ったからそのようにした。とうてい向いてはいなかった。向いていないなりに義務に奔走したが、理想のない王は、まったくもってろくでもなかった。
 カトラリーが置かれる鈍い音が耳に響いた。コンスタンティノスは告げる。唇は弧を描いてはいたが、意趣返しのようにジョンが指摘されたくなかったことを突きつけた。
「君は斜陽と云い表したが、君が藻掻き形作ったものは確かに夜明けをもたらした。まさしく、君が英雄たる所以だ。それは誇っていいものだろう?」