めめた
2026-06-10 17:31:17
5009文字
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その瞳は力強く(柳そじ)

心配性な桜咲先輩と、お互いの事が大好きな柳生と木曽路


 キン――と大きな声が耳の奥を痛めた。驚かれるだろうとは思っていたが、そこまでとは。
 木曽路は苦笑いをこぼしながら、声の主とその横で顔を顰めた雲明を見た。
「そんな驚きます?」
「そりゃ……驚くだろ」
「驚きすぎですよ」
 瞠目する桜咲を雲明がじっとりと睨む。
 桜咲は隣の雲明の様子と向かいの木曽路の様子を見てなぜだか自分がおかしい様な気になって、一度咳払いをした。
「なんだって柳生と……
 雲明には伝えておくべきだと思った、そう前置きをした木曽路から、柳生と付き合うことになったと告げられた。たまたま隣にいた桜咲を追い払わなかったのは、木曽路にとって桜咲にも聞かれて良いことだと思ったからだろう。
「俺的には桜咲先輩がそんな反応するほうがビックリですけどね〜」
 あっけらかんと言う木曽路に、桜咲はやはり事実を飲み込めなくて雲明の方を見た。
「むしろなんで雲明は驚かねえんだ……まさか」
「流石に知りませんでしたよ」
 あらゆる情報を収集する雲明なら、本人から聞く前に事態を把握していてもおかしくはない。そう思って慄いたが、違ったらしい。
「僕としては、プレイに悪い影響が無ければ気になりません」
「流石ボス、ブレない」
 雲明と木曽路はすっかり普段通りで、桜咲はやはり自分だけがおかしいのでは無いかと狼狽える。
 けれど、当人は困っているわけでもなく、本当にただの報告をしただけだ。桜咲は木曽路が良いなら、雲明も納得するならそれで良いのか、と無理矢理に納得することにした。

「わざわざ呼び出して、なんなんだ?」
 しかしそれとこれとは別だった。
 桜咲にとって雲明は勿論、木曽路だって古道飼だって大事な仲間である。柳生だってそうだが、彼らはそれに加えて後輩な分、心配だってする。ただでさえ、一年生は色んなものを抱えていて、桜咲はそれらを目の当たりにしてきたのだから。
「お前、木曽路と付き合ってるらしいな」
 学校敷地の隅、桜咲がサッカーを再開する前に入り浸っていた人気のない場所に柳生をわざわざ連れてきて、桜咲は前置きも無しに告げる。
 柳生は目を見開いて、すぐに表情を戻した。
「ああ、もう聞いたのか」
 知らせることを事前に聞いていたのだろう。その余裕そうな態度がまた、桜咲は気に食わない。
「雲明に言うとは聞いたが、まあ桜咲にも言うよな。あいつは」
 それがどうした、と言いたげに柳生は桜咲を見据える。
 柳生は決して悪い奴ではない。避けられていた頃の桜咲に対して、対等に接してきた唯一と言っていい人物だ。怖いもの知らずなだけかもしれないが。
 けれど、柳生の素行が決して良いとは言えないこと、言葉を選ばずに発すること、短気なこと、などなど、桜咲は柳生の事を知っている。だからこそ、木曽路が心配だった。
 軽々しく笑顔で愛想を振りまいて、その裏で自分たちが気にも留めない事を気にしている。周りを優先して自分をおざなりにする――最近はそんなことも無さそうだが――見た目にそぐわず、繊細な奴だ。
 プレイに影響が出ないなら、と雲明は言ったが、影響が出てからでは遅いだろう。
「お前……木曽路のどこが好きなんだ」
 桜咲は聞き方を間違えたかと思った。まるで木曽路に好きになる要素が無いと思っている様な口ぶりだったのでは、と言い直そうとしたが、柳生はそんなこと微塵も考えないのかすぐに答えが返ってきた。
「顔だな」
「ハァ?」
 駄目だろそれは。と、恋愛経験の無い桜咲でも瞬時にそう思った。
「お前それは……もっとなんか、他に無いのかよ」
 柳生は僅かに首を傾げて桜咲を見やる。一瞬、柳生の目が鋭さを増したが、本当にほんの一瞬だけだった。
「あったとして、それをお前に言う必要はねぇだろ?」
 口角は上がっているが、声色は固かった。桜咲はそれぐらいで怖気づくたまでは無いが、今ここで喧嘩を始めるつもりも無い。
……過保護だなお前も。父親かよ」
「ち! 誰が!!」
「お前だお前」
 静かに落とされた言葉に桜咲は激昂したが、柳生はからかうように笑っている。やはり、ただの怖いもの知らずなのだろう。
 桜咲はすっかり毒気を抜かれてしまい、これ以上話しても何も変わらないだろうと確信した。
 結局のところ、柳生が木曽路にとって害にならないのならばそれで良いのだ。雲明だってそう言っていた。
「もういい。時間取らせて悪かったな」
 桜咲はそう告げると、一人でさっさと帰ることにした。木曽路が困った時、或いは柳生が困った時には雲明を巻き込んで何とかしよう。そんなことを思いながら歩き慣れた道を気怠げに歩いた。

 高級住宅街への道を連れ立って歩く。影が本人よりもうんと長く伸びていた。
「桜咲先輩がそんなことを……?」
 信じられないとでも言うように、木曽路はわざとらしくオーバーなリアクションを見せた。
「父親かよって言ったら怒ってたな、相変わらず短気な奴だ」
「柳生先輩が言います……?」
「なんだって?」
 ひええ、と言いつつも木曽路は全く恐れた様子も無く肩を竦める。
 咎めるつもりで頭に手を乗せると、木曽路は口角を上げた。
「それで、なんて答えたんですか?」
 数歩前に飛び出してから振り返った木曽路は、期待を込めた瞳で柳生を見上げる。つられて、柳生も口角を上げた。
「顔」
「へ?」
「顔が好きだって言っといた」
「おお……
 木曽路はまたもわざとらしくたじろいだ。
「なんだよ、お前にも言っただろ。事実だ」
 木曽路は数日前の柳生の言葉――恋人になるその瞬間の言葉を思い出し、顔に熱が集まるのを感じて両手で頬を押さえた。
「いや、ええ……? もっと言い方ってもんがあるんじゃあ……?」
「お前に言ったことと同じ事を言う必要はねえだろ」
 柳生はそんな様子の木曽路を見ながら、頬に添えられた手を奪い取った。
「お前だけが知ってれば良い事だ」
 木曽路の事が好きだと告げた。木曽路が笑っていればそれで良いと、そのために隣に居て欲しいし、隣に居させて欲しいと伝えた。
 柳生はもう、木曽路の追い詰められた顔も、苦しい顔も、悲しい顔なんて見たくなかった。辛い思いをするなら、とびきりの笑顔で胸を締め付けられる方がうんと良い。
 木曽路が笑うと、柳生は安心と同時に何度だって恋に落ちるのだった。
「それで? 木曽路は俺のどこが好きなんだ?」
 珍しく黙りこくってしまった木曽路の腕を引いて、顔を覗き込む。
「え、えと……え〜っ」
 先日想いを告げたのは柳生からで、木曽路はそれを喜び受け入れた。ふざけて聞いてみたが実のところ、木曽路が不和を生まないために許容をした、という可能性は否めずにいる。
 仲違い、軋轢、木曽路が苦手そうな事だ。柳生は好意を断られたとて、それでも木曽路が望むのであれば気にする事は無いのだが、木曽路は柳生にとっては妙なことを気にする性格だとは充分に理解している。
 女々しいとは思うが、木曽路にも好意を抱かれているということを知りたかった。
「か、顔! 顔、ですかね〜!」
 咄嗟にふざけて答えた木曽路に、柳生は唇を尖らせてあからさまに不機嫌になってみせる。
「ほぉ〜、そんなに俺の顔が好きか?」
 逃げられないように、けれど力加減はして、木曽路の腕を掴む力を強める。
 真面目に答える雰囲気では無かった。自分だって木曽路の顔が好きだとついさっき言った。けれど茶化されたのが妙に腹立たしくて悔しい。
 じっ、と目を見れば、それまで薄らだった顔の朱をみるみる濃く全体に広げて、背けようとする。
 おや、と柳生は胸のあたりを擽られた心地になって、さっきの不機嫌などすっかり忘れてしまった。
「おいどうした? お前の好きな顔だろ」
「ちょっと、勘弁してください……!」
 木曽路は逃げられない事を悟ったのか、逆に柳生の方へと凭れて顔を隠してしまった。咄嗟に受け止めようとした片腕が、木曽路に触れても良いものか分からなくなって空気を混ぜる。
「これじゃ見えないでしょ!」
 木曽路は無邪気に得意気だ。後ろで彷徨う腕の存在など知りもしないだろう。
 けれど先にくっついて来たのは木曽路だ。遠慮する必要もないのではと思えば、柳生は思い切りが良かった。
「ぶえ!」
 柳生の腕に押さえられ、木曽路は間抜けな声をあげてより強く顔を埋める。
…………
 抱き締めたのは良いものの、黙ってしまった木曽路に柳生もどうしたら良いか分からなくなり、しばらくの沈黙が二人を包む。
「柳生先輩」
 モゴモゴと胸から声が聞こえる。
「なんだ」
 今離すべきなのか、柳生は悩みながら緊張を悟られないように短く応えた。
「めちゃくちゃいい匂いしますね」
 予想していなかった言葉に、柳生は勢いよく木曽路の身体を引き離した。自身の二の腕の辺りを嗅いでみたが、無臭だ。
「肌触りも良くって……やっぱり良い生地? なんですかね?」
 木曽路の目線を辿ると、身につけたベストが目に入る。
「そうなのか?」
 制服と同時期に買ったもので、詳しいことは知らない。洗濯はしているが、柳生はそのやり方も知らないままだ。
「へへ、帰りましょ!」
 柳生の手から脱した木曽路は、また数歩前に出てから言った。
 腕の中に残る温もりが逃げていくようで、無性に焦燥する。
 いつだって沢山の人の輪の中に居た柳生は、人が離れていくのもただそういうものとして見送り、なんの感慨も無かった。それでも木曽路だけは、別だった。
「お前、家こっちじゃないだろ」
「そうですけど……送りますよ!」
 あっけらかんと言う木曽路を見て、柳生は桜咲の言葉を思い出す。
――放課後に寄り道ばかりしているらしい。
 それが何故なのかは知らないが、今日、木曽路と共に帰るならばと告げられた言葉が柳生に違和感を抱かせる。
 放課後にまっすぐ家に帰らない、なんてのは珍しい事じゃない。うどんを食べたり、喫茶店に行ったりもするだろう。
「帰りたくないのか?」
 ヘラヘラと笑っていた木曽路は僅かに迷いを見せる。口元の笑みだけは残したまま、視線は定まらない。 
「帰りたくないってわけじゃ無いですけど……
 柳生は木曽路の言葉が続くのを待った。視線はそらさず、うろうろとこちらを見ない目をただ見つめた。
「帰っても何かあるわけじゃないし、だったら、誰かと一緒に居たほうが楽しいじゃないですか」
 口角は上がっているのに、眉の下がったチグハグな表情には見覚えがあった。取り繕おうとするのに、表情は隠せない、木曽路はフィールドでは器用なものだが、人としては随分と不器用だった。
 柳生はそう思い、自分も人のことは言えないだろうかと自嘲する。
「じゃあ木曽路の家に行こうぜ」
 このまま柳生家に誘ったところで、帰りは木曽路一人だ。それなら柳生が赴いたほうがいい。迎えを寄こすことだって出来るのだから。
「俺の家!? は、ちょっと……
……ならその辺の公園だって、ラーメン屋でもベンチでもいいだろ。行くぞ」
 勝手に家に上げるのは良くないのだろう。柳生は分からないが、そういうものだと聞いたことがあった。
 これ以上何か言われる前に、木曽路の手を取って引っ張った。手を引かれて歩いていた木曽路はやがて、隣に並んで歩き始める。
「というか、こっちで合ってるのか?」
 よく考えなくても、柳生は木曽路家の場所を知らない。
 隣の木曽路を見て言えば、木曽路は何故だか嬉しそうな顔をして柳生の目を見た。
「柳生先輩のそういうとこが好きですよ、俺は!」
……それは……どういうとこだ?」
 唐突に再開された先ほどの論争への戸惑いを飲み込んで、柳生は首を傾げる。
 けれど、先ほどの表情は見る影もなく、さっぱりとした顔で笑う木曽路の姿は、柳生の疑問もすべて吹き飛ばしてしまった。
「ほらほら! ラーメン奢ってくださいよ!」
「木曽路お前……っ! 金目当てじゃねぇだろうな!」
 つられて笑いながら言うが、木曽路がそんな奴じゃないことはよく知っている。
 彼が楽しい時間を得られるなら、ラーメンくらいいくらでも奢ってやると思えた。柳生だって、まだ木曽路と共に過ごしていたいのだ。