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もち屋
2026-06-10 12:38:33
2931文字
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ファイモス
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#2832
新しく歩み始めた輪廻は――なんだか全てが小さかった。
とある永劫回帰の世界が全部小さくて困惑するライナとあんまり変わらない殿下の話。短い。大体捏造
#2832
新しく歩み始めた輪廻は
――
なんだか全てが小さかった。
>>>永劫回帰#2832:
はじめ、世界は混沌の中にあった。虚空に立つケファレの躰から流れ出る時間や因果が歳月の波に溶け出し、光暦3870年まで押し流されていく。その間、僕にできることはケファレに記憶された世界が形作られていくのを眺めるだけの日々だ。
これまで2831回見つめていた世界は、どれ一つとして同じ道筋をたどることはなかった。どの世界も細部が少しずつ違っていて、小さな変化が時代を経るごとに大きなうねりとなって世界を書き換えていく。蝶の羽ばたきがやがて竜巻となるように。
だからなのかは分からないけれど、2832回目の永劫回帰はなんだか普段とは違った形が出来上がっていた。
一体どこから世界が分岐したのかは分からない。
やけに小ぢんまりとしたオンパロスの生命は、キメラのように頭が大きく身体が小さかった。いつだったかにディアディクティオで流行ったゲームのように単純化された造形にも見える。
そのように世界が創造されたとしても、世界の命運は変わらない。暗黒の潮によって彼らは飲み込まれていくし、黄金裔は火を追う旅を始めていく。ただ、その造形がやわらかくなっただけで、なんだか物語の世界を眺めている時のような気持ちになるのだから不思議なものだ。
光暦が進み、僕が生まれ、大きく育っていくさまを眺めるのもいつものことだったけれど、比率が違うからかやっぱり普段とは違う感覚がした。
小さくやわらかな腕は、自分の頭頂部に触れられないのではないかと思うほど短く、持っている剣はおもちゃのように細い。そんな刃では、星神に届くほどの怒りを醸成することは難しいだろう。
どうしてこんな世界になってしまったのかは分からないけれど、次に歳月の剣で巻き戻す時には、ちゃんとした比率の世界を創造するようにしなければならない。あれ、ケファレの創造は僕の記憶に依存するのだろうか。それでは、どうしてこんな世界が生まれたのか
――
ぐるぐると考えていると、こつん、と胸に何かが当たる。
なんだろうと見下ろせば、こちらを見上げてくる意志の強い金の瞳とかち合った。
「お前は、一体誰だ」
「
……
」
ああ、そういえばステュクスに捨てられたメデイモスを拾い上げたんだったか。
彼がステュクスに捨てられるのは何度目だろうか。赤子の時に捨てられた彼は、一万回以上の死を経験した後に孤軍と邂逅する。あらゆる道筋の一つではあるけれど、捨てられた場合は概ねそういう人生を歩んでいた。
だから、今回も同じだと頭では分かっていたのだけど。この輪廻の様子があまりにも他と違うから、放っておけなくてつい手を伸ばしてしまって。結果、自我を持ったメデイモスにこうして問い詰められる羽目になっている。
珍しく第二次性徴を迎える直前までクレムノスで育てられたメデイモスは、予言を恐れた王によってステュクスに流された。そこまではよくあることだ。けれど、小さく弱々しい姿になったメデイモスは、自分が知る彼よりもいっそう消えてしまいそうだったから。最近はもう彼らに介入しないと決めていたのに、反射的に介入してしまったのも、仕方のないことだった。
「
……
お前が助けてくれたのか」
「
……
、
……
、」
何かを口にしようとして、喉から漏れる音がうまく形にならない感覚がする。彼らに異変が現れているのと同様に、自分の身体にも異常が起きているのだろう。彼らから見れば自分は倍以上も背丈がある異形だ。彼らの尺度に合わせた大気で、自分の身体機構で正しく音が振動するという保証もない。
どうしたものか、と困り果てていると、こちらの声が出ないことに気がついたのか、メデイモスは身振り手振りで何かを伝えようとしてくれる。その様子をよく見ようと身を屈めたら、少し警戒されてしまった。やっぱり、なんだか世界はおかしくなっているような気がする。
「見たところ、お前は腕の立つ戦士のようだ。俺が生きていることを知った父上は、きっと許しはしないだろう。けれど、クレムノスの伝統に怯え、子をステュクスへと捨てた王朝は、いずれ内部からの反発によって瓦解することだろう。故郷に残してきた俺の友人は、その行為を決してよしとはしないはずだ」
だから、と続けてメデイモスが小さな腕をこちらに伸ばす。ガントレットのつけられていない腕は、なんだか久しぶりに見たような気がした。
「クレムノスへ共に来るのであれば、今回の礼をしよう。旅の仲間は多い方がいい」
きら、と黄金の瞳が光る。眩しいまでの輝きを秘めたまま、メデイモスは悠然と笑った。
返事をしようと口を開いて、うまく言葉が発音できずにまごついた僕の前に、メデイモスが一歩近づいてくる。
差し出された拳に応えるように拳を合わせれば、彼は鷹揚に頷いた。
◆
「全てが遊戯のようにやわらかく小さくなった輪廻、だと?」
「ああ。記憶にないか?」
噴水で顔を洗った時に唐突に思い出した、なんだか不思議な輪廻の記憶をメデイモスに伝えてみる。メデイモスは少し考えるように顎の下に手を当てたけれど、すぐに首を横に振った。
「俺の記憶にある限りでは、ゲームの世界のようにちいさくやわらかくなった輪廻というのは覚えがないが
……
」
「じゃあ、僕の思い違いかな
……
君が、珍しく大きくなってから捨てられて、
僕
カスライナ
がそれを拾った時のことなんだけど」
この言い方なら伝わるだろうか。生まれたときから見えていた世界がそうであったのなら、違和感を抱くこともないような気がするし。そう付け加えて見れば、心当たりがあったのか、メデイモスはゆっくりと瞬きをした。
「
……
身の丈三倍ほどの、言葉が通じない大男と、しばらく旅を共にしたことがある」
「あ、たぶんそれだ。僕はその時、何故か君たちに言葉が通じなくて苦労したんだ」
今思い出してみてもアレは一体なんだったんだろうか、と首をひねる。僕の認識がズレていたのか、それとも世界がおかしくなっていたのか。
「俺から見た世界に変化はなかったな。もしかしたら、永劫回帰に疲れすぎたお前が生み出した幻覚なのかもしれない」
「それはそれでなんか嫌なんだけど
……
まぁ、そういうこともあるか。観測者の数だけ、世界の形があるともいえるだけだし」
あれがもしも、カスライナが永劫回帰を繰り返すことに疲れ切って見ていた世界の認知の歪みだったとしても、彼らの在り方が変わることはない。
終わりへと向かう世界の中で、懸命に生きる彼らの姿は美しかったし、放っておけないと思ってしまった。それだけのことだ。
「僕としては丸っこくて小さな君にまた会いたいけどね」
「お前が大きくなればいいだけだろう」
「ははっ、それは盲点だった」
僕の軽口を鼻で笑い飛ばすメデイモスに、笑い返すと、ゆっくりとまぶたを閉じた。
きっと、彼らはもうこの歳月の彼方に統合されているのだろうけれど。時折想いを馳せる。
あの、小さな拳を託してくれた、丸くて愛おしい彼らが、この歳月の彼方のどこかで平穏を得られていますように、と。
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