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ナガレ
2026-06-09 21:38:52
4608文字
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赤い糸の話(鉢竹)
タイトルそのまま。そこに運命はなくても情はある……みたいな雰囲気を書きたかった。
「たけやせんぱい、知ってますか?」
生物委員会の活動中、一年は組の二人が話しかけてきた。今日の活動は壊れた虫籠の修理と新たな籠の制作(そろそろ新しい仲間が増える頃だと直感が告げるので先に作っておくことにした)だから、話し相手になる余裕もある。知ってるって何が? と聞き返せば、運命の恋人達にはお爺さんが足に縄を結ぶんですよと教えてくれた。くのいち教室で今一番熱い話題だと小耳に挟んだらしい。
しかしそこはまだまだちびっ子の一年生。運命も恋人もぴんと来なかったそうだ。幼気な瞳で恋人って何ですかと問われ、それ俺に聞くことじゃないよな
……
と思いつつも、友達とはまた違う好きな人のことだとそれっぽく答えておいた。じゃあ運命は? と、続けざまに質問が飛んでくるのはお約束。難しいこと聞いてくるなぁと答えに窮していると、運命とは僕とジュンコのことだと隣から助け舟がやって来た。助け舟を出したつもりはないだろうけど、助かった。孫兵ありがとうな。ちび達は何とも言い難い微妙な顔をしてるけど。
二人にどうやって説明しようか思案していると、それって明の国に伝わる昔話だよね? 僕も聞いたことあると、い組とろ組のちび達も雑談に参加してきた。二人とも物知りだなと褒めると、揃って得意気な顔になるから一年生は可愛い。もちろん三年生も可愛い。よい子の後輩達、みんな可愛い。
「えー! 二人とも知ってるんだ! どんな話か教えて!」
「いいよ! えーっと、確かね、昔々、足に赤い縄を結ぶ神様がいて
——
」
こうなると、あとはおしゃべりの時間に突入である。四人とも完全に作業の手が止まった。集中力も切れかけていたし、今日はこのあたりで解散しようか。話に区切りがついた頃を見計らって、終わりにするから道具を片づけるぞと告げると、よい子達は元気よく返事をして片づけを始めた。
道具の片づけと返却終えて、飼育小屋の施錠を確認したら、本日の委員会活動は終了。お疲れさまでした。遊び盛りの一年生たちは校庭に向かい、三年生は運命のお相手と語らうためどこかに姿を消した。
そんな中、残された自分はというと。
「運命ねぇ
……
ないな」
ふと頭に一人の人物の顔が思い浮かんだが、それはないと秒で消え去った。俺とあいつが愛と恋とかそういう名前の仲だとしても、あいつの運命の相手は俺じゃない。だから結ばれた赤い縄なんてものは存在しない。
それでも、自室に戻って裁縫道具の中に赤い色の縫い糸がないか探してしまう程度にはその話が自分の中に引っ掛かっていたのだと思う。
「三郎、雷蔵。おはよ」
「おはよう」
「おはよー
……
」
翌朝、顔を洗いに行くため部屋を出ると、同じタイミングで隣の部屋の戸も開いた。揃って顔を出したのは、五年ろ組の級友・鉢屋三郎と不破雷蔵だ。三郎は目が覚めてるみたいだけど、雷蔵の方はまだ眠たそうでぽやぽやしている。
「
……
ん? 八左ヱ門、足に何かついてる」
欠伸をした時に下を向いた雷蔵が、俺の足に付着していた“何か”に気づいた。つられるように三郎の視線も下を向いた。
「糸くずか」
「
……
寝る前に繕いものしてたからついたのかな。恥ずかしい」
そう言って足に引っ付いていた糸を指で引っ掛けると、糸はあっさりと取れた。たとえ足首に二重に絡んで蝶結びされていたって、ちょいと引っ張ればすぐに切れる、縄よりもずっとずっと細い縫い糸。それ見たことか。ここに運命なんてものは存在しないのだ。
*
「たけやせんぱい、知ってますか?」
「何が?」
委員会活動の最中に一年生が話しかけてきた。数日前にも同じようなやり取りをしたことをぼんやりと思い出す。この間は一年は組の二人だったけど、今日は一年い組とろ組のちび二人だ。作業の手を止めて返事をすると、二人はニコニコしながらそれぞれ俺の左側と右側に座って続きを話してくれた。
「南蛮にもあるんですって!」
「運命の恋人!」
「運命の恋人?
……
この間の月下老人の話か。南蛮にも似たような話があるのは知らなかったなぁ」
そう答えると、竹谷先輩にも知らないことってあるんだ!と二人はきゃっきゃ騒いでいる。そのはしゃぎ声につられて、残りの一年生二人も何の話をしているのかとこちらにやって来た。こうなったちび達は止められないし、止まらない。今日の委員会活動は終わりになりそうだ。
……
こら孫兵、まだ終わってないから勝手に帰るな。
「左手の
……
何指だったっけ?」
「小指」
「左手の小指に赤い糸が結んであって、その先には運命の人がいるんです」
「それはロマンチックだね」
珍しく孫兵が自ら雑談に入ってきた。ジュンコの左手の小指にある糸の先には僕がいるねとうっとりしているが、よく見ろ蛇に手はない(という野暮なツッコミは入れないでおく。一年生達もいつものことかとスルーしているし)
「でもさ、恋人って何?」
「友達とは違う大好きな人のことじゃなかった?」
「しんべヱとおシゲちゃんみたいな?」
「ぼくたちにもいるのかなぁ」
「えー、糸なんて見えないよ」
「いつか見えるようになるんじゃない?」
「僕には見えてるよ。ね、ジュンコ」
「大きくなったら見えるのかな
……
」
自分達の小さな手を握ったり開いたりしては、糸が見えないか確かめようとするちび達。一年生のお前達にはまだ早いんじゃないかなと言いたい気持ちはあるが、矛先がこちらに向いても困るので口を噤むに徹する
——
ことにしたかったんだが。
「たけやせんぱいには糸ありますかー?」
「え、あー
……
どうだろな。無いと思うぞ」
ほら来た。お前達、盛大に人選を間違っている。そういうことは他の人に聞きなさい。そんな不満そうな顔で見られても、先輩は他の答えを持っていません。本日の委員会活動はこれで終わり。はい、解散。お疲れさまでした。
さらなる質問が飛んできては困るので、半ば強制的に委員会活動を終わらせて解散した。本当はもう少し小屋周りの修繕を進めておきたかったが、明日以降挽回すればいい。生物達のお散歩騒ぎが起こらないことを祈ろう。大きな穴は塞いだから大丈夫だと思いたい。
何か忘れているような気もするけど、それが何かをなかなか思い出せない。思い出せないってことは喫緊じゃないだろうし別にいいかと、思考の外に追いやった。
他所事を考えていても足は勝手に長屋に向かうし、ぼんやりしていても体はいつもと同じ動きをする。部屋に戻るとまず虫達の様子を見て、餌を与えて、汚れていた籠の掃除をして。みんな問題なしと判断して一連の作業を終えると、いつもなら制服を少し緩めて一息入れるところだが、次に向かった先は何故か文机の前だった。完全に無意識だった。
はたと気づけば、目の前にはいつも以上に散らかった文机。机の上に広がる裁縫道具を前に、あほかと自分で自分にツッコミを入れるしかなかった。ここに運命なんてものはありゃしないと分かっているのに、ちび達に焚き付けられたのかこの様だ。
左手の小指からだらりと垂れるのは赤色の縫い糸。これを指の付け根に結んだのは紛れもない己だ。糸の先は宙ぶらりんで、開けたままの部屋の戸から入ってくる風に吹かれて揺れている。これが色白のほっそりとした女人の指先なら絵になるんだろうけど、生憎これは武骨で日に焼けて、切り傷やささくれもある男の指だ。自分でも何をやっているのやらと呆れてしまうが、どうしてだか解く気にはなれなかった。
いつか見えるかもしれない赤い糸。今ここに結ばれているのは偽物の赤い糸だけど、ある日突然本物の赤い糸が見えるようになり、その先を辿っていったらそこにいるのは
——
「何してるんだ?」
「三郎」
外に向かって手を伸ばしていると、よく知る顔が戸の向こうに立っていた。先日出た課題を回収するから委員会活動に行く前に持ってこいと言われていたの、すっかり忘れてた。何か忘れている気がしていたのはこれのことだったのか。
ほらやっぱり忘れてたあとは君だけだからさっさと出せと三郎があきれ顔を見せたので、手間をかけさせた詫びに茶菓子を出してやるからと部屋に招き入れた。
……
何だその訝しげな顔は。お遣いの駄賃で貰った、町で評判の良い店の堅焼き煎餅のお裾分けだよ。
「で、裁縫道具を散らかして一体何を?」
「何ってほどじゃないんだけど、生物委員会の一年生達に恋人って何ですかー、運命って何ですかーって聞かれてさぁ。この間は明国の赤い縄で、今日は南蛮の赤い糸。あいつらの中で旬の話題らしい」
その真似事だと言うと、赤い縄、糸
……
と呟いたきり神妙な顔をして三郎は黙り込んでしまった。おーいと呼びかけても、顔の前で手をひらひらと振ってみても反応を示さない。まぁ、いいや。課題ここ置くからなと、取りに来たであろう課題を机の隅に置いたら三郎がやっと口を開いた。
「
……
君がそういうものを信じているとは意外だな」
「どうだろ。見えたことなんてないし、見えたとしてもこの先には誰もいないだろうなって」
風に吹かれて揺れる糸の先。そこで視線が交わった。ここに運命なんてものは存在しない。じゃあこの先には未だ見知らぬ誰かいるのかと問われると、
「誰かいたら面白いんだけどな」
限りなく自嘲に近い一言に何を思ったのか、どこかむすっとした表情の三郎は糸を捕まえて、その先を自分の指先に結んだ。自分の、左手の、小指に。
——
左手の小指に結ばれた糸の先には運命の恋人がいる。
俺と三郎、二人の左手の小指同士が結ばれているのを認識した瞬間、顔がかっと熱くなるのを自覚した。
「もしかして三郎、運命とか信じてる
……
?」
「さぁな。でも、誰かいたら面白いんだろ」
事も無げにそう言うから、そのまま文机に突っ伏した。額のあたりからごんと音がしたけど気のせいだ。顔どころか首まで真っ赤だし、見られたら絶対に揶揄われる。今の自分は、火にかけた鉄瓶よろしく頭からしゅうしゅうと蒸気が出ているに違いない。顔を上げることが出来ない俺に追い打ちをかけるが如く、三郎はさも愉快そうに言った。
「どうせなら、足も繋いでみるか?」
あの時は糸くず扱いしたくせに!
赤色の紐はどこだ無いなら巾着の紐でも抜くかとか何とか言いながら人の裁縫道具を勝手に漁る三郎を、少しだけ顔の向きを変えて横目に見やる。頬に触れる天板がやけに冷たく感じられて、熱冷ましにはちょうどよかった。あとな、お前も隠れてないところ赤いぞ。この位置からだとよく見える。
仕返しがてらそれを揶揄ってやりたいけど、そんなことしたら倍返しどころじゃすまないし、消耗戦の末に負けるのはきっと俺。口を滑らせてしまわないようにきゅっと引き締めたが、緩む顔そのものは誤魔化せなかったのか、視線を感じた三郎がこちらを向いた。
……
にやけ笑いなんかしてません。してないったら、してない。あまりにしつこいと、その堅焼き煎餅返してもらうぞ。
「詫びで貰ったものだから返さん」
「はいはいそうですか。俺、まだ食べてないんだよなぁ。おいしい?」
「評判になるのもわかる。はい半分」
「ありがと。
……
あー、確かにこれは売れるわ」
ここに運命なんてものは存在しないけど、これはこれで悪くないのかもしれない。
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