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べるどくん
2026-06-09 01:08:15
4420文字
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幕引き(初稿)
『にっくき逃亡史:補遺』のボツ案です。同人誌掲載のものと内容がちょっと違うのですが、もったいないので載せています。同人誌版の方が動きがあって好きです。もしお持ちでしたら、ここ変えたんだなあと思ってくださると嬉しいです。
(同人誌内『幕間』のつづき)
---------------------
「え?」
急激に意識が浮上し、真っ暗闇のなかで覚醒する。
そこは温かなベッドの中ではなく、もちろん傍らに横たわっていた彼もおらず、自分自身もしっかりと衣服と防弾ベストを着込んでいた。埃っぽい車内。俺が乗り回していたジープだ。後部座席を振り向けば、京介
――
ではない、兵部が横になって眠っている。
大きな音を立てないよう慎重に、運転席のドアを開けた。正直、まだ夢見心地だったからだ。ドアを開ければそこから白壁のコテージが見えて、月を映す海辺でもあるのかもしれないと思った。
「そんな訳ないか
……
」
眉尻を下げて、思わず笑みを作る。どうしようもない現実が無情を寄せてきて、そうするしかできなかった。
ただ、と先ほどまでの記憶を振り返る。夢というよりは、かつての記憶を思い出していただけに過ぎないように思う。俺と京介は南仏のコテージで一か月ほど暮らしていたし、あのあとどちらともなく帰り支度をして、パンドラのメンバーに連絡を取ったのだ。振り返ってみれば短い蜜月だったのだろうが、俺のなかでは色褪せることのない日々だった。
それなのに、少しだけ違うところがあった。
(また騙された
……
って、なんだ)
あんなこと、あの当時に言われたことがない。つまり自分の脳が勝手に付け足した言葉か、もしくは、京介のなにかが干渉したか
――
干渉。
「干渉
……
?」
唇がいやに痺れる。覚えがないのに冷や汗が滲んできて、嫌な予感が確信に変わってきていた。
さて、ここのところ兵部ときたら辛気臭いことこの上なかった。
俺は最近、病み上がりのあとから、実に様々なポカをやらかしている。ジープのメンテナンスのためにジャッキアップをしたものの固定が甘く、うっかり圧し潰されそうになったのは昨日のこと。一昨日は生水を煮沸して飲料水を作っていたところ、器具をひっくり返してやり直しになった。その前は貴重な卵を落として割ったし、その前の前は壁に車体を擦り付けてしまった。
俺は元々、粗雑な方で、それは年を取ってから顕著のように思う。こと戦闘に関しては臨機応変をようやく覚えたつもりだが、実生活の方は反比例して衰えていくらしい。
ただ、そんなポカも、毎度のように兵部がからかってくるから楽しいものだったのだ。
別の世界
――
虚数空間を通って、並行世界からやってきたという兵部は、にやけ面を晒しては俺をどう虐め倒すか常日頃から考えている。だからそう、ここ数日だけがおかしいのだ。俺がどんなミスをしても「ふーん」「お前がなんとかしろよ」「僕はここの住人じゃないし」と、これだ。
(今思い返してみれば、調子が悪いというか、様子がおかしかった)
そのとき、俺が気付かないだけで機嫌を損ねることをしただろうかと思い返したが、兵部に不利益を与えたつもりはない。それに兵部京介という存在は、飽きたら俺の前からとっとと行方をくらます奴だった。機嫌を損ねるのだとしたら、抱いてるときに調子に乗ったときくらい
……
だが、ここ最近は共寝もしていない。
そう、この状況が始まったのは、おおよそ二週間前。俺が風邪を引いて寝込んでいた頃からだ。
「あのときは
……
、確か、高熱でうなされて、夢を見て」
草むらで虫が鳴いている、寒々しい夜だ。一枚羽織ってくればよかったと思ったが、兵部の眠る車内に戻る気にはまだなれない。今日もなんとなく兵部と過ごしていたのに、彼はどことなく俺と距離を空けていた。今日は、視線がいくつ交わったのだっけ。
「
……
」
顎を撫でて考え込む。暗がりに目が慣れてきて、草むらの向こうに建物だったはずの瓦礫や、丘の暗い影が見えてきていた。
高熱での熱せん妄といえばそれまでだったが、それで片付けてはいけないような胸騒ぎがあった。肯定するように穏やかな風が吹き、足元の草原がざわめく。
広い宇宙に現れるブラックホール。似た空虚が胸の内にある。
「何をしている?」
「うおっ、兵部」
音がしなかったから、テレポートを使ったのだろう。空間湾曲後特有のオゾン臭が鼻につく。声に弾かれて振り向けば、ワイシャツ姿の兵部がそこにいた。
「起こしちまったか」
「寝苦しかっただけだ。
……
君は違うようだが?」
「ん
……
」
誤魔化すこともできた。今の俺なら。
それでも探るような視線をよこす兵部の姿がなんとも懐かしく、また俺も若い時分に戻ったような錯覚をしてしまったのだ。
「お前、俺の記憶消した?」
「
……
!」
気付かないふりをした方がよかったかもしれない、と、僅かに後悔した。だってこの兵部は、俺の世界の人間ではないのだから。彼のやりたいようにさせて、俺はそれを受け入れて世界ごと無くなっていく。それが互いの幸せはないのかと。けれど、そうしなかったのは直前まで見た夢のせいだろう。今あるものに手を伸ばさなければ、きっとその方が後悔する。お前のせいだぞ、京介。
尋ねた瞬間、兵部は目を見張って動揺した。
「
……
どうしてそう思う?」
夢に出てきた奴が教えてくれたから、とは言えない。
「経験則、かな」
「経験?」
「
……
京介はさ」
兵部の眉が更に寄る。こいつは京介の話をすると不機嫌になるので、あまりしたくなかったのが本音だ。
「俺の記憶をよく消して弄ってきたんだよな~
……
。それで耐性がついちまってるんだろうな、違和感だけはずっと残っててな」
「違和感って、なにか思い出したんじゃないだろうな」
「そこまでは。例えば、お前の様子が変だったり、俺の動きが本調子じゃなかったりさ、そういう所だ」
「
……
、確かにな」
もしかしたら逆上してくるかと身構えたが、兵部もおかしな距離感だったことは身に覚えがあるらしい。ということは、それだけ兵部が反省しているということで、そしてそれだけの大きな過ちを、彼は犯したということだ。
兵部が神妙な顔つきでジープのボンネットに腰かけるので、俺も倣って隣に座る。車体が揺れ、軋んだ音を立てた。砂埃の中を走り通したあとだから、またメンテナンスしなければ。
「なにを消したかは聞かないのか」
「別に。お前が消さなきゃならないと思ったんなら、きっと俺のためなんだろ?」
「
……
」
「え、違うのか?」
「違わん」
「だろ」
威嚇する子犬のような顔つきだ。俺が憤っていないか警戒しているらしく、解くために肩の力を抜いてみせる。
「気にしてねぇよ。お前がそういう顔してると、俺が滅入る。これでこの話は終わりだ」
「は
……
」
納得いかないようで、兵部が脛を蹴ってくる。それなりに痛い。
「舐めてんのか? 甘やかしてるつもりかよ!」
「違う違う! そうだな
……
嬉しいんだよな、今」
蹴り足が止まる。怪訝そうな顔で覗き込む兵部に、自分でも思ったよりもするりと言葉が出てきた。まるで以前から話したかったことのように。
「俺さ、お前とこうして世界中、旅できて嬉しいんだ。お前が来てくれて救われてる」
「
……
意味がわからん。僕はお前を曲がりなりにも傷付けたんだぞ」
それは俺の記憶と、心もという意味だろうか。優しさの滲む言葉ではあったが、険しい顔で言うものだからその差異に笑ってしまう。
「だって記憶を消したのは、お前も俺ともう少し一緒にいたいと思ってくれたからだろ? 消さなきゃ俺たちは喧嘩別れになってるかもしれない。そんなの寂しいじゃん」
兵部は虚を突かれたように口をあんぐりと開けて動かなくなった。頭の良い奴なのに、肝心なところで処理落ちするのは兵部京介の愛嬌のあるところだ。この様子だと思わず俺の記憶を消し去った、衝動的な犯行のようだが、今さら自分自身の本心を言い当てられて狼狽しているのだろう。どうだ? 俺も結構、二十年でお前のことをよく知ったつもりなんだよ。
「どんなお前でも幸せであるべきだと思ってる。お前も同じであれば嬉しい」
固まったまま動かない兵部の顎をくすぐって、視線を合わせた。
「な、どうだ?」
はく、と兵部の口が動く。餌を求めて池から顔を出す魚みたいで、指を突っ込んでやりたくなったが堪えた。ようやく考えが追い付いたらしい。
「君が」
「うん」
「望むことをできたらと思っている」
「
……
うん」
零れ落ちた飾り気のない言葉は、俺の胸をしたたかに打った。それでも一言も謝罪を寄せないのは彼らしい。俺も望んでいる訳ではないのを理解しているのだろうけれども。
「向こうの俺にもそうしてやってくれ。飛び上がって喜ぶと思うからさ」
兵部の目蓋が揺れる。向こうのヒノミヤの話をしたからだろう、肩が力み始めた。
「どうした?」
「いや。
……
いや、いい、いずれ分かるか
……
」
言い淀みながら意思を固めたようで、芯のある瞳が向けられる。
「向かいたい場所がある」
「へえ。こっちにもあるかな」
珍しいこともあるもんだと、車内から地図を持ってこようと身じろぐ俺の腕を掴まれた。
「具体的な場所はまだわからん。ただ、オフラーンス郊外
……
では、あると思う」
「なんだそりゃ。イマイチわからんリクエストだな」
「しょうがないだろ。引っ張られてる感覚があるだけなんだから」
今度は、俺が息を呑む番だった。
「
……
それって
……
」
「ここ最近になって意識の瞬断が増えてるんだ。恐らくは、そろそろだ」
「
……
そうか」
もしかしたら、この世の終わりまでいてくれるんじゃないかと思っていたが。そんな都合のいい甘い夢を見させてくれるほど、砂にまみれた現実は甘くないのだ。ここ最近の兵部の反応が鈍かったのも、俺への負い目もありつつ、意識の瞬断も原因にあるのだろう。
「寂しくなる」
「ふ。僕を堪能しておくようにな」
腕を掴んでいた手をやんわりほどいて、指と指を絡ませ合う。
そうか、もう帰ってしまうのか。それならやはり、今問い詰めておいてよかった。冷たい夜風は俺の胸にあったわだかまりをすっかり吹き去ってくれたようで、短くため息をつく。
「俺はもう十分に堪能さしてもらったよ。早く向こうに戻ってやってくれ、俺が待ってるから」
「君が?」
「俺が保証する」
「そりゃ結構なことだな
……
」
手を握っては開いてを繰り返す兵部の様子に違和感を持つ。
「お前、まさか喧嘩してる訳じゃないよな⁉」
「してねーよ! したとしてもお前に関係ないだろ!」
叫びが夜半過ぎに溶けていく。そこには別れに伴う湿った空気など到底なくて、思わず笑い出してしまった。兵部も釣られたように口元を歪める。
「安心したまえ、僕とヒノミヤの関係はすこぶる良好だ」
「どうだか
……
」
居丈高に宣う憎たらしい姿を、目に焼き付けておこう。俺がこの世でくたばるとき、走馬灯のひとつに加えてやってもいいさ。
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