ugr28
2026-06-08 20:05:32
3454文字
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おひさまの子


放生月毛は神妙な顔で艦内を歩いていた。
先日、管制室は大規模な歴史の残滓─白紙化した地球に突然現れる、白紙化する前の・・土地の記憶─を発見し、ここに珍しい素材がたくさん眠っていることを突き止めた。そのため、しばらくはここに滞空し素材集めに勤しむとの通達があった。
いくつもの部隊が組まれ、代わる代わる探索に出かける。残念ながら景虎さまはこの部隊に組み込まれず、放生月毛は暇を持て余すこととなった。
ならばやる事はただ一つ!
放生月毛は陽当たりのいい廊下を歩き、一つ一つ、部屋の配置と用途を確認する。そしてある部屋にたどり着いた。
……きっとここだわ』
扉の横にある開閉ボタンを鼻先で押す。戦闘の予定がないので、いつも身につけている額当ては外していた。
プシューッという機械音と共に扉が開く。そして部屋の中から。
「あっほうしょうつきげだ!」
「え?ほんと?」
「わー!つきげちゃんだ!」
ちいさな子供たちがわらわらとこちらに向かって走ってくる。
か、かかか、かわいー!!
目の前に広がる愛らしい光景に放生月毛の顔もほころぶ。
ジャック・ザ・リッパーにナーサリー・ライム、アビゲイル・ウィリアムズ。ジャンヌ・オルタのサンタ・リリィ。
子供たちは目をキラキラさせて、首や尻尾を撫でてくる。
小さくて柔らかいおててがとってもかわいい。幸せだ。
「あそびにきたのー?」
「こっち、おひさまがあたたかいよ」
『えへへ、おじゃまします』
子供たちに案内されて放生月毛は部屋の中へと入る。窓から太陽光が差し込み、とても明るくてあたたかい。
壁際に大きな机と椅子が除けてあり、部屋の中央には子供たちが持ち込んだクッションやブランケット、そして数多の絵本とおもちゃが広げてある。
本来、この部屋は机と椅子が並ぶ 会 議 室 ミーティングルームだ。しかし、かしこい子供たちは艦が滞空すると知ると陽当たりの良い空き部屋を探し、自分たちの遊び場を作るのだ。それを知っている放生月毛は、今回の遊び場を探しにきた──というわけだ。
「わたし、ひさしぶりにみつあみのれんしゅうがしたいかも」
「まぁ!すてき!おリボンとくしを持ってきましょう!」
ジャックちゃんが何かを呟いて、ナーサリーちゃんと一緒に部屋から出て行った。これもいつものことだ。きっとすぐ戻ってくるだろう。
放生月毛はにこにこ笑顔のまま部屋の中央へ歩くと、下から声をかけられた。
「こんにちは、ほうしょうつきげ」
『まぁ、その声はボイジャーく……ッ!えぇっ!?ろ、ロボさん!』
放生月毛は思わずすっとんきょうな声を上げる。目の前に座っているのは宇宙の旅人ボイジャーくんと禍つ神の太歳星君くん。そして二人の背もたれになっているのは孤高の狼、アヴェンジャーのロボさんだ。山積みになった机が死角となり、全く気づかなかった。
ロボさんはちょっと怖い。人間たちが嫌いだとはっきり言っていた。かといって放生月毛わたしたちともあまり交流しない。一匹でいるか、霊体化していることが多い印象だ。
その彼が、目の前で横たわっていた。ふかふかの身体が呼吸に合わせてゆっくり上下している。
『あの、ロボさん、こんにちは。おじゃましちゃってごめんなさい』
もしかして出て行った方がいいかしら?そう考えながらもとりあえず挨拶してみる。
ロボは顔を上げて放生月毛を見据えた。
……謝るな。別にここは俺の縄張りではない』
『そ、そうなのね』
『あの紙に頼まれて荷物の運搬と、ヘシアンが机の整理を行っただけだ。俺は少し休んだら出て行く。お前も好きにしろ』
『あ、ありがとう……
そう言うとロボは再び目を瞑った。
その隣では陽に当たっていたヘシアンさんが手を振ってくれた。こちらは気にしないで、という気持ちが伝わってきたので、放生月毛は安心して毛布の上に座った。
ロボさんはナーサリーちゃんや子供たちにはちょっとだけ優しい……気がする。本当に、なんとなくだけれど。
でもその気持ちはとてもよく分かる。ちいさく愛らしい子供たちは庇護対象なのだ。ここにいる子はみな英霊であり、世界を守る覚悟と自分の信念を貫く力を持っている。とても立派なことだ。
だけど、だけど。やはり彼らはちいさな子供。そばにいて守ってあげたい存在なのだ。
誰も傷つかないあたたかくて幸せな世界になってほしい。そんな世界は夢物語なのかもしれないが、子供たちを見ていると早くそんな未来が実現してほしいと思う。
そんな風に考え込んでいると、機械音が響き扉が開いた。扉の向こうに小さな影があった。
「ふふふ……ついに見つけましたぞ!」
「あ!ツタンくん」
そこに立っていたのは、最近このカルデアにやってきたエジプトの幼きファラオ、ツタンカーメンだ。分厚い本を手に持ち、頬を緩ませながら部屋の中に入ってくる。太歳星君くんが歓声を上げる。
「ついにこのひみつきちをみつけたね!おめでとー!」
「ボイジャー殿がヒントをくださいましたからね。こうして遊びに来れて感無量です」
少年たちが嬉しそうにハイタッチをする。なんとも微笑ましい光景だ。
放生月毛がその様子をにこにこと眺めていると、ツタンくんがこちらの方を振り返った。その大きな瞳と目が合う。
「ほ?この白いお馬さんは……?」
「ほうしょうつきげ、だよ。日本語でぱろみのつきげといういみなんだって」
「なるほど〜。イアフの色ですね」
とて、とて、とて、とて。すとん。
ツタンカーメンが放生月毛の横に座り、顔をのぞき込んだ。
癖のない白髪がさらさらと流れ、滑らかな肌からうっすらと香油が香ってくる。大きなおめめはニトクリスさまとお揃いのお化粧をしていてとても神秘的だ。
見つめられてちょっとだけ恥ずかしく思っていると、ツタンくんは急に目を見開き顔をこわばらせた。
「な……みまし、その心臓は!?どうして天秤がそのように傾いているのです?!」
その大声に、放生月毛はびくりと身体を震わせた。ボイジャーくんや太歳星君くんまで目を丸くする。
「ツタンくん?」
「どうしたのー?天秤って、なんのこと?」
二人が心配そうに声をかけると、ツタンくんは慌てて口を塞ぎ、首を振った。
『どうしたの?私、怖い顔してたかしら?驚かせちゃったならごめんなさい』
放生月毛は慌てて謝った。言葉が伝わらなくても、そうしなきゃいけないと思ったからだ。
胸の動悸を抑えながら、彼の様子を見守る。
「失礼をば……。大きな声で、怖い思いをさせちゃいましたね」
ツタンくんは顔を伏せたまま申し訳なさそうに声を絞り出した。
「ねぇ、ツタンくん……?」
「あはは。お二人もごめんなさい。びっくりしましたよね」
「ううん、だいじょぶ!」
「へーきだよ」
少年たちは顔を見合わせてにこやかに笑う。
しかしひと段落するとツタンくんは再び放生月毛の方を振り返り、その首に抱きついた。たっぷりとしたたてがみに顔をうずめて小さな声でささやく。
「汝の罪は……必要な罪だったのでしょうか。ならばどうか、汝の再生が輝かしいものでありますように」
その体温を感じながら放生月毛は戸惑った。あたたかくて嬉しいような、でもなぜか手放しには喜べない気持ちだ。
ちょうどその時、扉が開く音がしてジャックちゃんとナーサリーちゃんが部屋に戻ってきた。両手にはキラキラしたリボンと櫛、そして手持ちの籠にはにんじんが入っていた。
「つきげちゃん!みつあみしましょう!」
「かわいくしてあげるからね!」
走ってきたのか、二人は息が上がって頬を赤くしていた。
二人の様子を見たツタンくんが微笑みながら放生月のそばから離れると、入れ替わるように女の子たちがまわりに座った。アビーちゃんとジャンヌ・サンタちゃんも読みかけの絵本を閉じて一緒に混ざる。
そして少女たちは放生月毛のたてがみやしっぽをリボンで飾り付けをはじめた。楽しそうにおしゃべりをしながらも、真剣なお顔で小さな手を動かしている。
その向かいでは少年たちが仲良く並んで座り、ツタンくんは分厚い本を開いた。ボイジャーくんと太歳星君くんも気になったらしく、目をキラキラさせながら本を覗き込みはじめた。
あたたかくて愛おしくて、贅沢な時間だ。
かわいくしてもらったら、またいつものように景虎さまに見せびらかしに行こう。今日もとびっきり褒めてくださるわ。
ささやかな幸せを噛み締めながら放生月毛は静かに目を閉じた。