Maisie_Lyju
2026-06-08 16:32:02
16075文字
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異世界転生ヒカセンは逆ハーを目指さない⑧

乙女ゲームの世界に転生しちゃった光の戦士(脳筋ララフェル)は逆ハーなんて興味ないので全力でアゼム(悪役令嬢)とエメトセルク(王子ってか魔王)をくっつけます!

7:光の戦士、歌姫(アイドル)をプロデュースする


「む。次は芸術の祭典?」
「そうなの。ウルテマ祭というのだけど」
 おいおい、この学園ほんま行事多すぎんか(いやしかし、同人でも学園ものは学校指導要領満たしてんのかい?!ってくらい行事多いもんなんだけど)。この前のナプリアレス杯からまだ一月も経っていない。
「まさかとは思うけど、行事は年間14個あるとか……?」
「もちろんそうよ。座に就く御仁が変わると内容も変わったりするんだけど、十四人の委員の名を冠した行事がそれぞれ執り行われるの。探究者の座、アゼム祭は昔は秘境へのサバイバル遠足だったんだけど、当代ではアゼム杯になって、鳥人間コンテストになっているわ」
 そう説明してくれるのは、植生学で同じ講義を受講してるマイアという女子生徒だ。
 マイアとは、元の世界でも会ったことがある、私にとっては馴染みある人物だ。エルピスの職員として兄と共に働いていた女性で、あの時は仮面をつけていたから顔はわからなかったけど、こちらで再び出会ったとき、声と雰囲気ですぐにわかった。マイアとはいくつかお使いを一緒にこなしたから。
※脚注 こちらニメーヤ様のオリジナルとなっていますが、この光の戦士は宇宙の果てでゼノスと殴り合った後にこの世界に来ており、ミソロジーオブエオルゼアを未プレイとなっています
「鳥人間コンテスト?」
「ええ。魔法を一切使わずに、いかに人を空に飛ばせられるかを競うの」
 意味わからんが、アゼムの考えることだ、それは絶対的に筋力にモノを言わす行事のはず……。だってアゼムってばエメトセルクの底なし魔力にえらい対抗心燃やしてるしな。
「多分だけど、確実にそれもわたしに声掛かるやつだよね?」
 わたしの問いにマイアは苦笑する。
「まぁ、そう、ね。あなたの運動能力の凄さと臨機応変さはナプリアレス杯で学園中の知るところとなったから……
「そんな毎度行事に出場してたら筋トレするじ……ん、ん、課題やる時間が取れないよ。それに、芸術祭ってわたしじゃないほうがよくない? アート方面には疎いよ? 絵とかまったく描けないし」
※この光の戦士は宇宙の果てで(以下略 ピクトマンサーのジョブクリスタルを未取得となっています
「あ、大丈夫、確かに作品展も同時に開催されるけど、それは十分作品が集まってるの。みんな一年間かけて準備しているから。メインイベントのオペラも半年前には演者もオケもオーディションをして、もう来週からゲネプロに入るところだから安心して」
 なんじゃそりゃ。テニスには釣り餌撒くまで人が集まらないのに、芸術となるとオーディションするレベルで人集まるんかい。みんな筋肉蔑ろにしすぎではないか?
「じゃ、私は何を手伝えばいいの?」
「じつはね……後夜祭の余興に出るはずだったダンサーが、練習中に怪我をしちゃって、出れなくなったの」
 そら見たことか! 筋トレを蔑ろにするからそうなるのだ!
 でもまぁ、わたしは踊り子もがっつり履修済みだからな。適切な人選ではある。
「もう本番までは2週間しかないのだけど、あなたなら一人でもきっと盛り上げられるわ」
 マイアは胸元でガッツポーズをしながら真剣な声で言う。
「一人?」
 オペラやるって言ってたから、舞台はそれなりの広さがあるはずだけど、そこで一人で踊れと?
「ええ……。本当は五人の女子生徒がピッタリと息の合ったラインダンスを披露する予定だったの。お揃いの華やかな衣装を用意して、随分と練習していたのよ? それが、直前になって、やっぱり盛り上げるには大技に挑戦しなくちゃって無理して……。トスからの多段肩乗りの練習中に、崩れて下段の子たちが打撲や捻挫を……。で、無事な子も自分たちだけじゃ無理って言って、結局五人ともが出演辞退することになっちゃったの」
 ま、まぁそうか……。ラインダンスは一人や二人でやるものじゃない。演目自体を変える必要があったわけか。それでオリヴィアに声がかかったと。
「事情はわかったし、ぜんぜん手伝うんだけど、わたしの踊りは武闘演舞だから華はないし、盛り上がるかわかんないよ? それでもいい?」
 わたしの言葉にマイアは少し眉を寄せる。
……うん、引き受けてくれるだけで充分よ。正直、あなたが最後の頼みなの」
 まぁ、こんな直前だもんね。
「わかった。後夜祭の余興、引き受けた」
 わたしの言葉にマイアはホッとした顔をした。
「ありがとう。本当に助かるわ。私、じつはウルテマ祭実行委員長だから……
 なるほど。本番二週間前のトラブルは堪えただろう。
 でも、そうなると、やっぱりさっきのちょっと悔しそうな顔はどうしても心に引っかかるよね。なんとかしてあげたい。
 ふむ。マイアの為にも、後夜祭に相応しい盛り上がる余興、精一杯考えてみるか。



「アゼムーーー!」
 私は学園の校舎の屋上にある空中庭園にやって来ると、そこにある塔のようなもののテッペンで腕を組んで瞑想? しているアゼムに呼びかけた。
 アゼムは器用に片目だけ開けて私を認めると、フンと鼻を鳴らして腕を組んだポーズのまま見下ろしてきた。
 アゼムの髪は相変わらず縦ロールのままだし、アーモロートは常に穏やかな風が吹いているから、そんな夕闇迫る塔のテッペンで赤マントと金髪縦ロールをたなびかせて見下ろしてきたら、悪役令嬢どころかラスボスの風情だよ。
「そんなに息を切らしていったい何事だ」
 アゼムは悠然と言う。
 いやいや誰のせいだと。
「あんたがちっともじっとしてないから学園中走り回らされたの!」
 私の文句にアゼムは怪訝な顔をする。
……何のことだ。わたしはもう随分前からここでこうしているが?」
 アゼムの随分前って10分なの? 時間感覚疑うわ。やれやれと肩をすくめたわたしに、アゼムは首を傾げる。
「だいたい、オリヴィア・ブライト、お前がそんなことを言えた口ではないと思うがな。ヒュトロダエウスはしょっちゅう誰ぞにお前の居場所を聞かれているが、大抵その人物がお前の所に辿り着く前にお前は移動してしまうので、ヒュトロダエウスは次の行き先を予測して答える羽目になっている」
 は? アゼムじゃあるまいし。わたしは普通に時間割りの通り講義室間を移動しているだけだ。走り回っているわけでもないし、学園の外に出掛けて行ったりもしない。まぁちょいちょいお使いしたりはするけど、いつもってわけじゃない。
 思わず首を傾げてしまったが、それがアゼムの首傾げと同じ角度なことに気付いてハっとする。いかんいかん。合わせ鏡状態だ。我々は魂を同じにしているので気を抜くとついつられてしまう。
「ゴホン。まぁ、それは置いといて、ちょっと頼み事があるんだけど」
「ほう? このタイミングだと……ウルテマ祭の後夜祭の舞踊の件だな」
 ぐ、話が早い。さすがアゼム。常に学園中どころかアーモロート中を走り回って異変を拾い上げまくっているだけある。
「そうなんだよね。わたし一人ではどうにも盛り上がらない気がしてならなくてさ。一緒にどう? しゃるうぃだんす?」
「わたしとお前の舞踊?」
「舞踊というか、武闘派の我々が組み手の演舞をすればそれなりに見映えすると思うんだよね」
「ふむ。そこに……美や革新はあるか?」
「美? 革新?」
「我々がやると、ただの戦闘に見えるんじゃないか? お前は火力に全振りしてしまいそうだし、見映えに頓着しなくなるだろう」
 ぐ!! それは、そうかも!! わたくしめ、そもそも人様に披露する為に踊ってはいません……。あくまでも敵をボコす為、相手がいるとどうしても……
「ウルテマをはじめ、この星の人間はやたらめったら芸術にはうるさいからな……。美と革新、もしくはそのどちかが卓越していなければ、皆納得しないんだ。後夜祭の出し物であろうとな」
「なるほど、つまり相当レベルが高いと」
 それもあって直前の選手交代が難航したわけか。
「ああ。メインのオペラも錚々たる面々だぞ。ソプラニストはウルテマ本人だし、テノールは学長だ。オケの指揮はエメトセルクだし、第一ヴァイオリンはヒュトロダエウスだからな」
 へー、なんかわからんが、学長まで出演するって、相当気合い入ってるな……
「ん……? じゃあアゼム、あんたは?」
「わたしはウルテマ祭は後夜祭も含め出禁でな」
 アゼムはサラリと言った
「え……はぁあ?! それを先に言ってよ!! なんで出禁なの!!」
 ナプリアレス杯といい、なんでどこもかしこも出禁なのか!
 アゼムは澄ました顔で肩をすくめる。
「無駄のない動きは芸術に値すると思ってわたしの戦闘型を披露したんだが、ウルテマが見映えに頓着しなさすぎて美しくないと言うので派手さを加えればよいかと思ったらうっかり舞台に物理的な穴を開けてしまった」
 見映えに頓着しないはそこからきてたのか……
 わたしは思わず眉間を揉んだ。光景が目に浮かんで頭が痛い。
 いや、なんなら私もやっていたかもしれない……。盛り上がらない客席に焦って空回りした挙句舞台を破壊……
 あかんあかん! わたしはアゼムと違って一般生徒、おんなじことしたら退学の可能性だってある!
「ありがとうアゼム、出禁は予想外だけど、無駄足じゃなかった……。同じ轍を踏むことは避けられた」
 言ってわたしは背を向け、ヨロヨロと歩き出そうとした。
 何か別の妙案を探さねば、と。
「まぁ、待て」
 アゼムが声をあげた。
「ん? あ! もしかして何か妙案授けてくれる?!」
 目を輝かせて振り返ったわたしに、アゼムはしかし無情にも首を振った。
「妙案はない。だが、一つアドバイスを授けてやろう。お前はなんだかわたしたちとは視点が違う物の見方をしているように思う」
 あ、うん、それはわたしが別の世界で生きた記憶を持つ転生者なので、どうしても……
「だから、美ではなく、革新なら。お前は皆をあっと言わせる舞台を見せられるのではないか?」
「革新……
「ああ。学園の誰も見たことのない物、そんなものを披露できれば、それは芸術と言えるだろう」
 誰も見たことがないもの……
 わたしは冒険者だから、たくさんのものを見てきた。
 遠い過去や、空の果てまで行って、聞いて、感じて、考えて、旅をしてきた。
 それを披露すればいいのだろうか。
 でもどうやって?
 絵が描けるわけではないから、あのエルピスの空の美しさを伝えることはできないし、物語を書けるわけでもないから、空の果ての孤独を表現することもできない。
 吟遊詩人の端くれだから、歌と楽器はできるけど、わたしはゴリラ詩人につき、ヤル気鼓舞する歌ばかりがなり歌ってきたから、風景や感情を歌に乗せるのも、多分難しい……
 うーん、と悩んでいると、
「あーーー! オリヴィアやっと見つけたぞ!」
 叫び声が上がって見ると、鳥類学のクラスで一緒の男子が肩で息をしていた。
「え、どうしたの、そんなに息を切らせて」
 わたしがびっくりしていると男子は肩を怒らせた。
「お前がちっともじっとしていないから学園中走り回らされたんだぞ!」
 え………
 わたしはチラリとアゼムを振り返った。アゼムは鼻で笑っていた。
 鳥類学のクラスメイトの男子は、なんと、鳥人間コンテストであるアゼム杯に参加要請をしに来たのだった。だがわたしは現在ウルテマ祭のことで手一杯、終わったら考える、と答えて辞した。男子はそれじゃあ遅いんだと訴えていたけど、それなら他を当たってくれ。



 ウルテマ祭の後夜祭について、妙案を思いつかないままにとぼとぼと暗くなり始めた学園の裏庭を歩いていた。泡ヒュに話をきいてもらおうと思っていたのだ。
 すると、どこからともなく……
 ──すんすん……くすん……
 と女の子が啜り泣くような声が……
 待て、待て、わたしはエオルゼアの英雄にして千年戦争を終わらせし者、紅蓮の解放者にして闇の戦士、その正体は星を救いし暁の英雄、なのだが! そのわたしにも怖いものはある。
 それは……怪談!!
 アラガントームストーン同人で大概の物語には動じないわたしだが、怪談の類いは苦手なのだ! ちゃんと弔ったはずがエッダちゃんの幽霊が出るって噂も聞いてるし、なんで星海に還れてないの! 意味わからん。それに、ゾンビーと違ってオバケは剣で切れないし殴れない。まぁ、アルバートは触れたけど……。とにかく普通のオバケは筋力でどうにもなるもんではない。わたしとは相性が悪すぎる!
 嫌だ! わたしには何も聞こえない!
 そう思って去ろうとしたら、
「くすん……くすん……っずず、ずび」
 ん? 今盛大に鼻すすった? ってことはオバケじゃない?
 わたしは注意深く啜り泣きの聞こえる場所を探る。それは裏庭の片隅の低い茂みの方から聞こえる気がする。
 わたしは忍び足で茂みに近付き、そうっとその向こうを覗き込んだ。
 そこには、小柄な青い髪の女の子が蹲っている。その髪型はなんとも独特で、耳のあたりでサイドテールにした髪がなぜか鳥の羽の形状に固められている。
……メーティオン……?」
 わたしの問いのような呼びかけに、女の子は顔を上げた。その目は濡れて目元と鼻は赤いけれど、確かにメーティオンで。
 メーティオンは元の世界では、古代でヘルメスによって創造された使い魔だった。けれど、ここにいるメーティオンは、初等部のものだが学園の制服に身を包んでいる。使い魔などではない、れっきとした学園の生徒だった。
……あなたは……?」
 メーティオンは不思議そうに頭を傾げる。
「あ、わたしは、ヒカ、じゃなくてオリヴィア・ブライト。ヘルメスの友人なんだけど」
 わたしの言葉に、なぜかメーティオンは悲しげな顔をする。
「ヘルメスの……?」
 ん? なんか不味かった感じ?
「と言っても、被ってる講義はないからね、すれ違ったら挨拶する程度だよ!」
 わたしの取り繕う言葉に、メーティオンはあからさまにホッとした。
「ヘルメスに……わたし泣いてたの、知られたくない……
 そう言って、ゴシゴシと目元を拭う。なるほど。わたしは茂みを回り込むと、メーティオンの向かいに腰を下ろして目線を近くする。
「言わないよ。安心して。それよりどうして泣いてたの?」
 冒険者としてこういうこっそり泣く子をどうしたって見逃せない。
「わたし、アゼム杯でヘルメスの鳥役する。でも……本当は……少し嫌なの……。毎日トレーニング、メニューがぎっしり……
 メーティオンはさっき拭ったばかりなのに再び涙を含ませた目で言った。
 お、おう、今度も鳥人間コンテスト絡みか。
 元の世界のメーティオンも宇宙を飛ぶために創造された使い魔だったけど、この世界では鳥人間として空を飛ぶことを求められているらしい。
「なるほど……。ちなみにどんなトレーニングなの?」
「えとね、」
 メーティオンはトレーニングメニューを言ってくれる。それは、体力作りや筋力作りとしてはごくごく一般的な、体育の授業の延長のようなもので、とくに過度なものでもない。ただ、頻度は毎日朝晩とのことで、確かに遊びたい盛りや、課題の多い学生には少々多いかもしれないけれど……
 でも、メーティオンがそんな理由でヘルメスから与えられた役目を嫌がるだろうか……
 そもそも、ヘルメスがメーティオンの時間や気持ちを考慮しないでトレーニングメニューを組むとも思えないし……
「うーん、そこまで酷いトレーニングメニューではないけど……、あ! 慣れてないのかな。いつからトレーニングはじめたの?」
「一年前」
 む、とっくに慣れているはずだな……。それで今更メニューがぎっしりと思うってことはやっぱなんか別の理由あるな。
 わたしはメーティオンの目をじっと覗き込んだ。
 ああ、絶望を知らない、無垢な目がそこにある……。このメーティオンには、悲しみや苦しみを拾い集めないで、ただ夢や希望を抱いたまま生きてほしい。
 だから、
「メーティオン、教えてほしい。いつから鳥役が少し嫌だって思ったの?」
 わたしは、このメーティオンを助けたい。
 メーティオンは大きく瞳を揺らせて、それでもわたしの目をちゃんと見返しながら、ずずびっと鼻をすすった。
「ウルテマ祭の、ゲネプロを……見たの……。それで、思い出したの。わたし、ほんとは……
「ほんとは?」
「わたし、ほんとは、みんなの前で歌いたかった……。ほんとはウルテマ祭に出たかったの……! けど、ヘルメスはわたしに飛んでほしい。だから、言えなかった……。オーディションを受けたいって、言えなかったの……。でもやっぱり、ゲネプロを見たら、わたしも歌いたかったって……
 メーティオンの言葉に、わたしは元の世界のメーティオンを思い出していた。彼女もヘルメスに宇宙を行く者として創造され、宇宙に放たれたけれど、彼女はその果てで歌を唄った。宇宙を行くのは彼女の意思ではなかったけれど、歌を唄ったのは確かに彼女の意志だった。
 メーティオンは飛ぶことよりも、歌うことの方が好きなのかもしれない。
「でも、もう遅いよね……
 メーティオンは力なく言った。
「いや……遅くない」
 わたしの言葉にメーティオンは寂しそうに笑った。
「うん、来年頑張ればいいってことでしょう……? 来年は、頑張ってヘルメス、説得してみる」
 メーティオンの言葉にわたしは首を振った。
「そうじゃない、ホントに遅くないんだ。みんなの前で歌ってみたかったってことは、オペラに出演するんじゃなくてもいいんでしょ? なら、わたしは君のその願いを叶えてあげられる。今年のウルテマ祭の舞台で歌うといい」
「え……?」
 メーティオンは目を見開いた。
 この際、美と革新は後回しだ。メーティオンの歌いたいという気持ち、それと舞台に穴を空けたくないというマイアの頼み、それを叶えられればいい、と割り切る。こちとら詩人でもあるので、メーティオンの歌に演奏を添えることだってできるだろう。
「わたしの代わりにウルテマ祭の後夜祭に出てくれ。そしたらわたしはヘルメスチームの鳥役を引き受けよう」
 わたしの言葉に、だけどメーティオンは胸を抑えて悲しげに首を振った。
「無理だよ……。鳥役はわたしでないとダメ。だってヘルメス、優勝目指してない……。そんなチームの鳥役、わたしでないと引き受ける人、いないもの」
 む? 優勝を目指してない?
「優勝を目指してないのに、一年も前からトレーニングを?」
 首を傾げるわたしに、メーティオンは曖昧に笑う。
「ヘルメス、誰も知らない答えを探してる。『鳥になり空を行けばあるいは、その答えを得られるかもしれない』そう言ってた」
 なるほど、今回もなのか……
 ヘルメスは何か答えを探してる。それをメーティオンに探させようとしている━━。
……ヘルメスは根本的に間違ってる」
 わたしは低く言った。メーティオンは首を傾げる。
「間違ってる……?」
「うん。わたしは、それをわからせたい。メーティオン、飛ぶな、君は歌うんだ」
「でも……
 そうつぶやいて、迷うように俯いてしまったメーティオンの、鳥の羽根の形の不思議な髪が風に揺れた。
 その時、わたしの胸に、一つの言葉が浮かんだ。
 ──ソング……バード。
 三歌姫……。歌と……踊り……
 それと同時にアゼムの真剣な眼差しを思い出す。
『学園の誰も見たことのない物、そんなものを披露できれば』
 わたしはカッと目を見開くと、ガシリとメーティオンの肩を掴んだ。
 メーティオンはびっくりしたように顔を上げる。
「ヘルメスのことは私が引き受けよう! だから、アイドルになれメーティオン!」
 わたしはしっかりとメーティオンの目を見据えて言った。
「アイドル?」
「アイドルというのは、本来偶像という意味だ。人が理想や夢や希望、愛や喜びを投影する為の形代。そう言うとややこしく聞こえるだろうけど、じつはその実態は至極シンプルなものだ。見ている人を幸せにする、それだけだ」
「えと、それだけ、が、すごく難しくない……?」
「いいや。メーティオンならできる。楽しそうな人を見ると楽しくなるように、悲しそうな人を見れば悲しくなるように、人は、見ている相手の想いに共感するものだ。だから、メーティオン、君は楽しい、幸せ、それを思いっきり表現すればいい。たくさんの人に歌で想いを届けるんだ。夢や希望や元気、そういう楽しい想いを」
 君が届けるべきは、苦しみでも悲しみでもない。
「たくさんの人に、歌で夢や希望や元気を……
 メーティオンの目に、力が宿る。その目が、まっすぐ前を、わたしを見る。
「わたし、アイドルになる!」
 メーティオンの芯のある言葉に、わたしも大きく頷く。
 絶望なんか振り撒くな。人々の希望であれ。
「メーティオン、きみはトップアイドルになる女だ! 今日からわたしを『プロデューサーさん』と呼ぶように!」



 翌日からわたしとメーティオン二人の後夜祭準備、もとい特訓がはじまった。保護者であるヘルメスには、ナプリアレス杯優勝者オリヴィア・ブライト直々にトレーニングをしてやると言うと、若干不安そうだったが、メーティオンのやる気溢れる眼を見てしぶしぶの顔だが許可を得た。
「レッスンの前にシャトルランだ! いくよ! シャトルランシャトルランシャトルランひゃくーーーーー!」
「えっ?! ひゃ、ひゃく?! は! はーいーーーダッシュダッシュダッシューーー!」
「どうだ?! テンションは下がったか?!」
「さ……下がってるに決まってるよ……ひーん」
「よし!! これよりレッスンを開始する。まずはボイスレッスンだ! 腹に力を込めろ!」
「は! はい!! ラ♪ ラ♪ ラ♪〜ラ ララララ♪ ラ、ラ〜♪」
「次はポーズレッスン! ビシッと決めろ!!」
「はいー! 右! 左上! 右! 前! 右足出して腰捻る!」
「次々いくぞ! 歌詞レッスン、暗記の時間だ!」
「ヒィ〜! だすぃざうぃあだうあげ らうんどあらうんざべ ふぁららららら」
「いいだろう! 次はダンスレッスンだ! 気合いを入れろ!」
「うえーん! ステップステップ、ターンアンドキックアンドステップターン」
「よし! 次は表現力レッスンだ! 心を燃やせ!」
「きついよー! 笑顔、微笑、憂い顔からの満足! 不敵からの呆然、からのウィンク右、左!」
「最後に、私の秘伝、真・筋トレだ!」
「は! はい! クランチ、レッグレイズ、プランク……くうっ……どうですか?! オリヴィア……じゃなくてプロデューサーさん!」
「よし、まずまずだろう」
「ほんと……? あの、まだ! わたしまだできる!!」
「ふ、その言葉を待っていた……。もう1セットいくぞ!」
「はい!!」


 
 そんな怒涛のような日々の果てに、
 運命の日、到来。
 3日間にわたって開催されたウルテマ祭は、豪華絢爛大盛況のうちに幕を閉じようとしている。
 学園内のいたるところに、生徒の作った絵画や彫刻が展示され、ナプリアレス杯でテニスコートになっていた中庭は、巨大な野外劇場となり、そこで上演されたオペラは、芸術にあまり頓着しない私にしても、圧巻の一言だった。イケメン学長のテノールはやばいし、衣装やセットもそれ一つ一つが芸術作品だろってできだし、ヒュトロダエウスとエメトセルクの燕尾もめちゃ似合ってた。となりで観劇していたアゼムは、我が親友共はイケてるだろう、とドヤ顔していたが、本来あんたも並んで立つべきじゃないのか、と思う。
 そんなオペラの余韻冷めやらぬ野外劇場の舞台袖にわたしは今、立っている。
 照明や音響係りと一通りの打ち合わせを終えて、もうステージの方は準備万端。空はすっかり黄昏れている。後夜祭まで、もう間も無くだ。
――オリヴィアさん……ううん、プロデューサーさん」
 声に振り向くと、衣装に身を包んだメーティオンが立っていた。
 似合う!! ローズ師匠! あんたのデザイン、最高だぜ! わたしはプリンセスデーの記憶を頼りに、裁縫士Lv.90のスキルでレドレント・ローズ師匠のソングバードコスチュームを完全再現したのだ!
 目を輝かせるわたしに、メーティオンは照れたように笑って、ちょっと自分自身を見下ろす。
「とっても素敵な衣装、ありがとう。作ってくれた歌も、すごく大好き」
 そうだろうそうだろう。絶対詩人の才能あるはず! と目星を付けてたヒュトロダエウスに徹夜させて作らせた詩に、数々聴いてきた異邦の詩人が紡いできたメロディをぱく……拝借して作り上げた曲だ。タイトルは、今は伏せよう。ただ、メーティオンの歌うべき曲はこれしかないと確信している。
「今日、わたし頑張れるよね、きっと」
 メーティオンは笑っているけど、不安と緊張が入り混じっているのがわかる。
「もちろんだよ、メーティオン! 自信持って! その可愛さ、歌唱力、踊り、全部を磨いたきみは、もはやインビンだ!」
「インビン?」
「ああ、インビンシブル完璧で無敵のアイドル! いやもうそれは『愛』!」
「くすくす、よくわからないけど、なんだか元気出た」
 メーティオンの肩が揺れる。私のアイドルP業もすっかり板についたもんよ。
「さぁ、いよいよだよ」
「うん」
 会場を覗く。
 オペラの舞台から流用されている照明には、小細工がしてある。わたしのチート能力、光魔法だ(ドヤァ
 後夜祭最後の出し物を見ようと、客席には学園の生徒や教師が集まっていて大盛況だ。しかもみんなオペラの興奮が冷めやらないみたいで、熱気も十分。
 そして、よしよし、アリーナ席中央にはヘルメスの姿がある。アゼムに一番いい席にヘルメスを座らせるよう頼んでおいたのだ。ヘルメスは落ち着かない顔をしているが、まぁ仕方がないだろう、特等席ゆえに周りは十四人委員会や教授、アーモロート市政の局長級ばかりなのだ。
 そろそろ完全に日が落ちる。ここは野外劇場だ。わたしの光魔法強化照明の威力を存分に発揮させるにも、日没を待っていたのだ。
「泡ヒュ、時間だ」
 わたしはすっかり暗くなった空を確認して言った。
『おっけー』
 インカムから泡ヒュの声がして、人の出入りの為に会場を照らしていた照明が落とされ、客席も舞台も純粋な夜の帷に覆われた。
 気の早い観客たちがいよいよかと細波のような拍手を贈る。
 そこへ複数のスポットライトが一斉に点灯し、ステージをパッと照らす。そのスポットライトは、光魔法で輝度を大きく増していて、さながらビームライトのように飛ぶ。それが、縦横無尽に動き出してステージを瞬くように飛びかっていく。
 客席はそんな、革新的な舞台演出にどよめいた。しめしめ! 掴みはオッケー!
「ミュージックスタート!」
 わたしがインカムにかけた言葉の終わりと同時に、オーケストラピットからドラムロールが派手に鳴り響き、スポットライトが落ちて、ステージが再び暗くなる。
 隣に立っていたメーティオンがわたしを見て、緊張した顔で頷く。
 わたしは、それに、精一杯の笑顔で頷き返す。
 メーティオンの頬が少し緩んで、そして、大きく一歩を踏み出し、ステージ中央へ向かった。
 メーティオンが中央にたどり着いたと同時にトップライトがパッと点灯し、ステージのメーティオンをくっきりと浮かび上がらせた。
 そして、歌がはじまるーー。
 1曲目、メーティオンの歌の上手さを存分に発揮できるバラード。この世界にとって革新的な曲ではないけれど、だからこそ、メーティオンの歌の上手さが聴衆にも瞭然なのだ。ダンスも控えめ、みんなに歌に集中してもらう。
 メーティオンの歌声は、少女ながらに優しい丸みをしていて、とても心地よい。音域はとてつもなく広く、高低どちらもさらりと歌い上げる。転調も完璧。
 そして、鳥役のトレーニングで鍛えられていた肺活量、さらに私が施した筋トレによって得た腹筋で、メーティオンはサビの重要な歌詞を一文、ノンブレスで力強く歌い上げた。それを聞いた学長が思わず拍手を贈り、ウルテマが目を見開いたのを見た。
 いいじゃんいいじゃん!! 私のセトリ、大正解だろ!!
 曲が終わって、大きな拍手にメーティオンは手を振って応える。
「皆さん! 今日はわたしの歌を聴きに来てくれてありがとう! わたしはメーティオン、歌うことが、とても好き、今日、ここに立ててとても幸せ! だから、わたしも皆さんに、たくさんの幸せや楽しいって気持ち、希望や夢や元気を届けたい。最後まで楽しんで!」
 言ってメーティオンはぺこりと頭を下げる。MCも完璧!!!
 さぁ2曲目だ! 私も移動移動っと。
 2曲目は、さっきの曲とはガラリと違う。メーティオンの可愛らしさを前面に押し出した、ポップでキュートなメロディの明るい曲だ。
 控えめだった照明も、また元気にリズムとともに動いたり明滅したりする。
 最初は目を丸くしていた客席だけど、だんだんとメーティオンの元気なダンスと愛らしい歌声に釘付けになっていくのがわかる。
 ここだ! 仕込み、発動!!
「ラインダンス隊、行くよ!」
 舞台下に立った私は、緊張した面持ちの女の子たちに声をかけて、オーケストラピットに突入する。オケピは少数精鋭の打楽器管弦楽と、なぜかピアノを引き受けてくれたエリディブスだけで、わりとスペースが余っているのだ。ここなら客席の邪魔にもならない。
 そこに立った私と、ラインダンス隊の女の子たちは、さっと白色のサイリウムを取り出して、
 一心不乱にサイリウムを激しく振った!
 ラインダンス隊の女の子たちは息の合った一糸乱れぬサイリウム振りだ。捻挫してる子達がいるから、上半身だけのものだけど、その訓練されつくした振りに、迷いは一切ない。彼女たちは、自分たちの空けた穴に報いる為だけじゃなく、怪我したメンバーとも、共にパフォーマンスできることを心底感謝してくれて、日夜サイリウムを握って必死に練習してくれたのだ。
 このオタ芸を!
 舞台のメーティオンと目が合う。
 メーティオンの少し緊張した笑顔が、本当に緩む。
 その笑顔が、歌にのる。
 客席で誰かがリズムに合わせて自分もサイリウムを持っているかのように手を突き出しはじめた。
 それがどんどんと広がっていく。
 客席と舞台が、一体化していくのを感じる。オケのメンバーもノリノリで、エリディブスは譜面にない超絶技巧アレンジを挟み始めた。
 ああ、この公演は成功が見えた!
 2曲目でこれでいいのかってくらい、拍手喝采!
 そして、最後の曲。3曲目。
「皆さん、本当にありがとう! 最後の曲です。タイトルはーー希望の歌!」
 爽やかで明るいイントロが流れて、すっかり暖まった客席は期待に満ちた眼差しで埋め尽くされている。
 メーティオンが、大きく息を吸った。

 いつかあなたに花を贈るわ
 だから さぁ 旅立って
 あなたがどこへ行っても どこまで行ってしまっても
 私あなたに花を贈るわ
 だから さぁ 飛び立って

 この歌を胸に抱いたなら 進んでいける
 その響きが あなたの出会うすべてに きっと優しく寄り添うから

 だから さぁ 旅立って
 私は信じてる あなたがきっと 星を掴むって
 だから さぁ 飛び立って
 私は知ってる あなたがきっと 私に出会うって

 私あなたに 花を贈るわ



 メーティオンの前には、握手を求める人の大行列ができていて、なんだかんだで十四人委員会が待機列の整理などをしてくれている。ラインダンス隊の女の子たちにも人だかりができていて、みんなオタ芸の指南を願っているようだ。
 公演は、大大大成功だった。
 マイアには滂沱の感謝で抱きしめられ、アゼムは「お前なら、革新を成し遂げると思ったよ」と知った顔で言われ、ウルテマ様からも「大変面白いものを見させてもらった」と直々にお声をいただいた。
 さて、私はこの公演を一番見て欲しかった人のところへ向かうとするか。
「やあ、ヘルメス」
 ヘルメスは輝く笑顔で人々と握手するメーティオンを会場の隅から涙目をして見守っていた。
「ああ、オリヴィア、君はなんてことをしてくれたんだ……
 ヘルメスのその言葉は字面とは裏腹に喜色にまみれていた。
「アイドルにした」
 私は冷静に答えた。
「アイドル?」
「ああ、偶像、崇拝の対象、私はメーティオンを『みんなの』アイドルにしたんだ!」
……! な、なるほど! 自分も保護者として常々思っていたんだ。メーティオンは誰からも愛される、そんな存在であってほしいと。メーティオンがアイドルなら、自分は最初の崇拝者だ!」
 ふふ、地下やオーディション番組時代から推してたやつはみんなそう思うんだ、自分が最初に目を付けたのだとな。
「アイドル界隈では崇拝者はファンと名乗るものだ、ヘルメスよ。お前はメーティオンのファンだな?」
「ああ、大ファンだ! メーティオンのあの嬉しそうな顔……本当に本当に可愛い……!!! 見るだけで寿命が伸びるもはやラストエリクサー! い、いやこの可愛すぎは罪深すぎるのでは……可愛すぎの罪でパシュタロットに逮捕される!」
 おっと、そうだ。ヘルメスは、ファダニエル時代はゼノス全肯定Botだったアサヒと親和性が高かったし、アモン時代はザンデ最推し、魂からのオタクなのだ。
 ……ならば。
 話は簡単だ!
「ヘルメス、メーティオンにずっと、輝いていてほしいだろう?」
「勿論だ!」
「なら、鬼になれヘルメス! 鬼のようなファンに! 俗世のしがらみを捨て、一ファンになりきるんだ! ただ貢ぎ、捧げ、推せ! 見返りなどない! それでも、ただひたすらに、推しの子がスターになる為の機構に徹しろ! 認知されようなどおこがましいおこがま死! プレイベートに干渉するなど言語道断横断歩道だ!」
 私は一気に言ってから、ポカンとしているヘルメスにちょっと冷静さを取り戻す。
「ごほん。つまり、メーティオンは流星、スターだ。お前はただ地上から、その輝きを見上げるんだ。間違っても激突して軌道を変えるんじゃない」
「あ、ああ、勿論そんなつもりはないが……
「なら、お前が飛べ、ヘルメス」
「??」
「メーティオンはこの2週間、血の滲むような努力をして、あの舞台に立った。誰かの為じゃなく、自分自身の望みの為だからやり遂げられた、そうでなければやり遂げられなかった。だからメーティオン自身があんなにも輝いている。その輝きを消すな。お前の望みの為にメーティオンを生きさせないでくれ」
 元の世界のヘルメスは、生きる意味を問うていた。でも、最果てでメーティオンが言っていたように、生きる意味なんて本来ないのだ。ただ生きて生きて生きていくのだ。だからこそ、自身の意思で生きていくことこそが生きる意味になる。
「なにより、メーティオンはこのままでは飛べない。君のなんの根拠もない体育に毛が生えたトレーニングじゃなく、私がこの筋肉と、数々の英雄譚じゃなくて活躍の実績を根拠とした、真・筋トレをこなしたメーティオンは、2週間前とは体脂肪率が違うんだ」
「すまない、君が何を言いたいのか、自分にはよくわからないんだが……
「筋肉は、脂肪よりも重い……つまり、メーティオンの体重は、見た目に反して増えている!」
 ここまで言ってやっとヘルメスは私の言いたいことを察したらしい。
「は! 飛ぶって、そのこと……! 鳥役のことだったのか! ちょっと待ってくれ、なんだって!? まずい、メーティオンの体重が増えたということは、羽根の設計に修正を加えなければならない……、発注している部材の量にも影響が……、いや、待て、オリヴィア、君はさっき、自分に飛べと……
「ああ。そうだ。メーティオンはお前の為に生きる脇役じゃない。お前もだ、ヘルメス。お前の物語の主役はお前だ。どうせ羽根の設計に修正を入れるなら、もうお前サイズに変更しろ!」
「え……ええ?! いや待ってくれ、無茶が過ぎる! 鳥役は小柄な生徒でないと! サイズ変更でどうにかなるものではないんだ!」
「いいや、お前ならできる。飛行生物の専門家であるヘルメスよ」
…………いや、だが、いやいやどう考えても無茶だ……! こんな大柄な自分が鳥役など……
「お前は知りたいことがあるんだろう?」
 メーティオンは言っていた。このヘルメスも、何かの問いの答えを探しているのだと。その為にメーティオンを空へと放とうとしていると。
「ああ……メーティオンから聞いているのか。確かにそうだ……
「なら、その目で見て、聞いて、感じて、考えて、自ら答えを掴み取れ!」
 元の世界のメーティオンは、終わる命に、生まれる意味なんてないという答えを出してしまった。
 でも。その答えをただ受け取るのと、ヘルメス自身が出すのは全く違う。
 それに、同じものを見たって、同じ答えに辿り着くとは限らない。
 算術でもないかぎり、答えなんていくらだってあるんだから。
 ヘルメスは根本的に間違っている。答えは、自分で探すものだ。旅は、自分の足でするものだ。
 そこで出会った誰かがどんな答えを囁こうとも。
「お前の問いの答えを、他者に委ねるな!」
 ましてやえー感じの相手する人造知能相手に、それをするな。考えることを放棄することは、究極人としての尊厳を失うことだ。日々の愚痴や悩み、些細な相談は人造知能に? 馬鹿なのか。愚痴や悩みを聞いてくれる人がいないのは、そんなものに頼る性分だからだ。コミュニケーションを、考えることを放棄するな。For the Glory of Mankind 、人類に栄光あれ!
「自分は……ただ世界は美しいのか、と、それを知りたくて……
 ああ、そうか、このヘルメスも、知りたいのは同じことなんだ。
 生きるということは素晴らしいものだと、そう思える根拠を探している。
「見てこい、ヘルメス。その目で。お前は、ファダニエルを継ぐ男だろう?」
 物質界を司るファダニエルの座。それは生きるということを探究せし者だろう。
……! 何故それを!」
 おっと、まだオフレコの事実だったか。
「お前の人となりをわかっていれば簡単に推測できる」
 適当にそう言って誤魔化す。
……確かに、自分はファダニエルから内々の打診を受けている。だからこそ、この問いの答えを知ることを焦ってしまったのかもしれない……。だが、きっと考え続けるべきなんだ。オリヴィア、ありがとう。この身を鳥とする羽根を設計するには長い時間がかかるだろうが、自分は、必ず飛ぶ!」
「ああ。メーティオンの希望の歌を聴いただろう? あれは、進む者、君への応援歌だったんだ」
 進め。希望は後ろにはない。前にしかない。
 ヘルメスは目を見開くと、ファンに囲まれるメーティオンを見た。
 ちょうどその時メーティオンもこちらを見て。そして大きく手を振った。
「ヘルメス! わたしの歌! 聴いてくれた?!」
 そう、輝く笑顔で言った。
 私が、元の世界で終ぞ見ることができなかった、メーティオンの、全開の笑顔だった。