山茶花
2026-06-08 16:18:12
6775文字
Public [シルデュ]シリアス・ダーク系
 

Fix you【259SR022】

苦しいほど愛してしまったシルバーの話/ヤンデレ気味?/6400字程度

*実際の殺人はありませんが、絞殺描写があります

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 デュースの首を、絞めてしまう。
 これでもう、何度目だろうか。俺の、夢の中。彼の姿を見る度に、デュースの首を、この手で絞めてしまうのは。
……っ、すまない、すまない、デュース、俺は……っ」
 何百と重ねられた、デュースの死体の山の前で。俺は。足元の暗い水溜まりへと沈みゆくように。
 ただ、病みゆく己から、目を逸らすようにして。
 そうして今日も、朝日と小鳥のさえずりの中で、目が覚めて。
 自分はただの、なんでもない、こんな澱んだ思いなど持ち得ない「シルバー先輩」なのだと自分に言い聞かせながら。
 一日を始めた。

 こんな夢を見るようになったのは、これが初めてじゃない。
 デュースとは、恋人として交際している。初めのうちは、良かった。
 共にいることが幸せで、ただ、嬉しくて。デュースが俺の傍にいてくれることが、とにかく、幸せで。
 そんな気持ちを噛み締めて、抱きしめて。そうして穏やかな日々を未来へ過ごしていくのだと、感じていた、のに。
 デュースが身も心も俺のものになってしまったと感じるようになって、から。
 彼に近づく男が、女が。すべてのものが、許せないと感じるようになり始めた。
 デュースが、俺以外の誰かと言葉を交わし、笑みを浮かべる度に。
 鈍痛が俺の頭と胸を襲った。ずきり、ずきりと鈍く痛むそれは、何よりも俺の左胸に留まっている気がした。

 その痛みをなんとかしようとして、俺は、その場から適当な理由をつけてデュースを連れ出し、それで。
 何度も、何度も。それはもう、何度も。キリがないほどに抱きしめて、キスをして。
 それでようやく痛みが軽減したのを認めると、デュースに、いきなりすまなかったと言って、また彼を、自由な世界へ、放してやった。
 そうそれはまるで鳥籠に捕まえた小鳥を、大空へと離してやるように。
 本当はその鳥籠の中に閉じ込めたままで、蔦が天井へと絡むまで、それまでずっと檻に鍵をかけて、俺だけがそこへ餌を運んで、ときどき手のひらに乗せて、可愛がるように、そんな風にデュースのことを愛でたいと思っていても。
 ただただ、一緒にいる、それでいい。それだけでいい。派手な色恋沙汰や、愛情のドラマじゃなくていい。ただ、デュースと穏やかな時間を過ごすことを、ふたりきりで、俺だけのために、と、思ってしまう。
 そんなことを望んではいけない、そんな世界を望んではならないと知っていて、分かった上で、それでも俺の心はそれを望んでいて。
 デュースが、「僕、シルバー先輩のこと、大好きです」と俺に軽々しく言う度に、それが、それほどのものが愛なのかと、疑問を持つほどに。俺はそう簡単に、大好きだなどと、これが愛だと、お前に伝えてやることもできなくて。何故ならそんな陳腐で綺麗なだけの言葉では、俺の持つこの感情は、なにひとつ表すことができなくて、だから、俺はせめて普通の恋人を演じてやろうとして、デュースに上辺の「愛してる」を返すが、デュースのまっすぐな目にはそれすら見透かされている気がして、醜く浅ましい己の心の奥を恥じ入るばかりで。
 その度に、違うんだと情けのない言い訳が、頭の中に浮かんできて。
 違う、違うんだ、俺はただ……、お前が。お前のことが、狂おしいほどに、大切で。お前を、他の奴に、見せたくなくて。
 手に入れる幸福よりも、失う恐怖が、俺の目の前に、嗚呼とにかく昂然と立ち塞がっていて。
 だから、愚かな誰かにお前を触れさせ、お前を失うくらいなら、お前のことを、他の誰の目にも映したくなくて!
 そんなことを叫ぶ度に、俺の心は、軋んでいくのを感じて。
 そうして軋む度に、見るんだ。デュースの首を、絞めてしまう夢を。
 お前のことを誰の目にも映さないように出来たら、本当に、どんなにいいかと思う俺の深層心理が、きっとそうさせている。
 誰か、こんな俺を救ってくれ、助けてくれと心が悲鳴をあげているのを感じながら。
 それでも今日も、俺はいつも通りの恋人のふりをして、デュースの前髪を撫でる。
 穏やかな木漏れ日の差す木陰の下、膝に頭を乗せて眠るデュースの吐息を、ほ、と安堵しながら見守っている、と。
 デュースが、薄く目を開けて。そして、小さな唇を、開いて。その言葉を口にした。
「今日は、先輩。ここ、絞めないんですね」
 とんとん、と。デュースが人差し指でさしたのは、俺が、悪夢の中いつも締めている、その細い首で。
……っ!?」
 俺は、ただ。何故、デュースがそれを知っているのか、と。ただ、己の罪が裁かれるのを前にして、息を呑んだ。



 シルバー先輩は、驚いた顔をして、何も言わない。それはそうだろう、僕が全部知ってるなんて、シルバー先輩は思いもしていなかったんだろうから。
 結論から言おう。僕は、シルバー先輩を。救いたいと思っている。
 シルバー先輩は、今、壊れちまいそうなくらい、思い詰めているから。
 じゃあ、順を追って話そう。シルバー先輩は普通の恋人のフリをしてるのに、なんで僕が、そんなことを知ってるのか。
 きっかけは、ひとつの夢だった。シルバー先輩は、そのとき僕の夢に入ってきていたけど、気が付いていないようで。
 自分の夢と混同していたんだろう。急にそっと僕の首に手をかけたかと思うと、僕の首を絞めていた。
 そのときの僕は、なんでこんなこと、と思ったけど、声が出なくて。
 せめてもと思い視線をシルバー先輩の方にやると。先輩は、本当に辛そうな表情をしていて。
 何度も、何度も謝りながら。「すまない、すまない、デュース……っ」って言いながら。
 僕の首を絞める手に、力を入れていくから。
 僕はその手が震えているのに気がついて。どうして、って形に口を動かして、聞いたんだ。
 それが聞こえたのかどうかは分からなかったけれど、僕が死んだふりをして力を抜くと。
 そうすると、シルバー先輩は、首を絞めるのをやめて。僕の身体に、縋りついて懺悔した。
「すまない、デュース、お前を……っ、お前をいつか、失うくらいなら、いっそ、と、いつも……っ」
「お前が、俺の傍からいなくなってしまうくらいなら、他の男に、女に、すべてに触れるくらいなら、お前を誰かの目に映すくらいなら、いっそ俺の手で、と……、思って、しまって、こんな……っ、すまない、デュース……っ」
 そう言って、情けなく泣き喚くシルバー先輩の姿が、深く心に刺さってさ。
 だから僕は、シルバー先輩を。この、ひとりで思い詰めてしまいがちな先輩を。救うことにした。
 首絞められたりしてるのに、なんでって? 馬鹿、決まってるだろ。好きだからだよ。
 僕がこの人を好きで、大事にするって決めた人だから、苦しんでるなら、助けるんだ。
 それが恋人ってモンだろ。そう簡単に見放すなら、そもそも告白とか、付き合ったりもしないさ。
 
 ――ただ驚いて青ざめているシルバー先輩の頬に、僕は手を伸ばして。ああ、冷えてるなって思いながら。僕は尋ねた。
「許してほしい、って思いますか?」
……い、いや……
 想定通りの答えだ。シルバー先輩は、自分に厳しい人だから、そう言うと思った。
「でも、僕は許すって言ったら、どう思いますか?」
……っ、何故……!?」
 シルバー先輩は、ひゅっと息を呑んで、それで、僕の顔をじっと見つめている。
 僕はただ、寝ぼけ眼のようにとろんとした目で、シルバー先輩のことをじっと見つめ返す。
「なんで、って……ちゃんと、ごめんなさいができたから、じゃないですか?」
 僕は聞いてますよ、いつも。シルバー先輩が、僕の首を絞めたあと。後悔して、苦しくて、辛くて、淋しくて、悲しくて。
 それで、ごめんなさいって泣いてるの、知ってますよ、と。
 ほんとはシルバー先輩の夢の中までは見られてないから、そうしてるかは分からないけど。
 そうしてない人じゃないって思うから、一か八か、賭けに出てみると。シルバー先輩は、それでも、と食い下がる。
「それでも、俺のこの思いは、許されることでは……っ」
……シルバー先輩」
 シルバー先輩は、痛いくらいの愛を僕に持っている。僕がそれを受け入れるには、受け止めるには。
 痛みを感じずにはいられないだろう。だから、それがなんだ?
 僕が愛した人を救うために、ちょっと痛みを受けるくらい。そんなこと、厭うわけがないだろ。
 先輩のことを、心を痛ませたり、傷つけるのは、そりゃちょっと躊躇するけど。
 でも、今傷口を切り裂けば命が助かるって分かってるに、相手が痛そうだからって躊躇する奴はいないだろ?
 ……もちろん、これで助かるのは、僕の命じゃない。シルバー先輩の命、大事にしてきた魂とか、そういうモンだ。
 だから。僕は、斬り込むんだ。シルバー先輩が、いつも。立ち向かう敵に、そうするみたいに。
 シルバー先輩の中の、大きな気持ちに、斬り込んでく。心に溜まった良くない膿を、押し潰して出してあげなきゃいけないから。
「シルバー先輩。どうして、僕を殺したかったんですか?」
……っ!」
 シルバー先輩は、青ざめた顔のままだ。でも、僕が膝に頭を乗せているから。
 シルバー先輩の手を、ぎゅっと握っているから。シルバー先輩は、逃げられない。体勢を崩せない。振り払えない。
 僕はそれを分かっていて、逃がそうとしない。ずるいのは分かっている。でも、僕がずるくて先輩が助かるなら、それでいいだろ。
 僕は元々、悪い奴なんだから。ちょっとずるくたって、誤差だよ、誤差。
「先輩。逃げないで。言ってください、僕に、何を思ってたのか。何が苦しかったのか、全部」
「お、前が……。お前を、」
……うん」
「失うことが、怖くて。他の、誰の目にも、映らないで、ほしく、て。……それならば、いっそ、と。終わらせたく、なって。何度も、……っお前を……、夢の、中で……
 僕は、そっか、と頷いて。最後まで全部を、搔き出そうとする。
「それだけ、ですか? まだ、あるなら。ぜんぶ、言ってください」
……っ」
「言って、シルバー」
 僕は顔を上げて、正面から、シルバー先輩のことを見つめて。そうしたら。シルバー先輩は、僕に縋るようにして。
 それで、ようやく言葉にした。
……お前、を。初めて、ころした、とき。正直、安堵、した。これでもう、お前を失うことに、怯えなくて、いいのだ、と。……もう誰にも、嫉妬しなくていいのだ、と。誰の目にも、お前が映らなくなるのだ、と。その、直後に。……後悔が、襲ってきた。お前に、見せてもらった、幼い頃のアルバムなどが、走馬灯のように、頭の中を、駆け巡って。お前を大切に想う、母君の顔が、頭をよぎって。悲し気な父の顔が、失望した幼馴染と、主君の顔が、過って。恐ろしくて、堪らなくて。なのに……何度も、繰り返して、しまって」
……はい。怖かった、んですよね。本当に、いつかそれが、現実になってしまうんじゃないか、って」
……だから……、だから、デュース、お前に、こんなことを求めるのは、お門違いで、浅ましくて、情けなくて、仕方ないことなのだと、分かって、いるのだが……っ、でも、……他の奴に、言うのは、怖く、て……
「はい。言ってください、シルバー先輩。僕に、どうしてほしい、ですか?」
……助けて、くれ、デュース……っ!!」
 僕は。それを聞いた瞬間。シルバー先輩の唇に、ちゅ、とキスをした。深く、深く、キスをして。
 ふたりの息が、持たなくなるくらいまで、ずっとキスをした。
「んっ……!!」
 息苦しくなったシルバー先輩が、僕の胸をドンドンと叩いて、僕を退かす。
 僕は、ぷは、と。自分も息苦しかったのを認めて、息を吸い込んで。
「先輩。息、吐いて。思いっきり」
「え……?」
「いいから、言う通りにして」
……
 シルバー先輩は、すう、と息を吐く。僕は、シルバー先輩が、息を吐き終わって。すう、と新しい息を吸い込むのを見て。
 先輩の、柔らかな銀色の髪を、優しく撫でた。
「シルバー先輩。少し、落ち着きましたか?」
「あ……、深呼吸、させてくれたのか。……あり、がとう……
 シルバー先輩は、やっぱり少し落ち着いたみたいで。でも、それでも気まずそうに、僕の方を見ている。
「どうしたんですか?」
……いや、その。……このことは、解決、したの、だろうか……これで……
 と。首を傾げるシルバー先輩に。僕は、分かりませんね、と答えた。
「これくらいで解決するようなことなら、アンタはそこまで苦しんでないだろ」
 でも、少しは軽くなったんじゃないですか。誰にも言えない苦しい気持ちを、ようやく言葉に出来たんだから、って僕が言うと。
 シルバー先輩は、そういうものだろうか、と答えた。だから僕は、溜め息をついて。少し、ミスったらどうしようかなってドキドキしながら。シャツのボタンをひとつ外して、シルバー先輩の目の前に、首を差し出して。
「ほら、絞めたい?」
 と、尋ねてみると。シルバー先輩は、そろりと、僕の首に手をかけて。
……いや……。不思議な、ことに。今は……
 と。すぐに、首から手を外した。
 僕は、良かった、これなら大丈夫そうだ、とほっと安堵した吐息を小さく零して、頷いて。
「アンタ、思い詰めすぎなんですよ。恋人を自分だけのものにしてたいヤキモチなんて、誰でも焼くモンなのに。……そんなんなるまで、ひとりで抱え込んでるんだから」
「誰、でも? ……俺だけが、おかしいわけじゃ、なかった、のか?」
「そこまでなるのは、珍しいですけどね。でも、大抵の恋人はね、先輩」
 僕はシルバー先輩の両頬に手を当てて。ぺちって叩く。
「そうなる前に、『他の奴ばっか見るな!』『アンタこそ!』なんて言い合って、イチャついて。それで、嫉妬の気持ちなんか落ち着かせてるんですよ。見えないところで、みんな、それを繰り返してるんです」
「そう……だった、のか」
「そうですよ。だから……
 アンタも、言ってみ? 『他のやつなんか、見るな!』って。僕に。
 そう言ったら。シルバー先輩は、少し恥ずかしそうに、口元に手を当てて。
「その……。デュース。ほ、かの奴、を。見ないで、欲しい……
 その態度に、僕は笑ってしまう。今まで散々、夢の中でも言ってきた言葉じゃないか。なんで今さら恥ずかしがってるんだよ。
「なんでそんな恥ずかしそうなんですか、今さら」
……その。改めて、こういうときに、言うと。本当に、子どもじみたワガママなのだ、と。改めて、自覚させられて……
「そうですよ。ガキみたいなワガママなんです。でも、言っていいんです。だから……
 今度は、言葉にしてくださいね。思い詰めて爆発する前に、と僕がシルバー先輩に身体を預けると。
 シルバー先輩は、僕の背中を、そっと優しく抱きしめて。ああ、と頷いた。

 それから。シルバー先輩に聞いたところ。何が良かったのかは分からないけど、同じ夢を見ることはなくなったらしい。
 正確に言えば、同じような景色の夢は見たそうだけど。その夢を見たとき、それが自分の『子どもじみたワガママ』の結果だということを直視してしまって、それを自覚さえ出来ていなかったことが、無性に恥ずかしくなったんだって。だから、同じようなことをする気には、もう到底なれなくて。
 代わりに夢の中の死体の山を弔って、合掌してきたらしい。僕は、それを聞いて。真面目だなあ、って思って。でも他にどうすることもできないか、とも納得して。
 大丈夫じゃないときは取り返し着かなくなる前に、早めに僕とかに言ってくださいよって言うと。
 シルバー先輩は、頷いて。「……その。先ほど、友人たちと楽しそうに話していたのが、羨ましくて」って、気恥ずかしそうに言うから。僕も、アンタが2年生の先輩たち、ほらアジーム先輩とかブッチ先輩とか、ルームメイトの人の話とかして、仲良さそうにしてるとき、いつも同じ気持ちですよって返事をしたら。
 きょとんって猫みたいに目を丸くして、お前も嫉妬なんて感情を持っているのか、って言うもんだから。僕を何だと思ってんだよ、って頬をつねって。大人しくつねられてないで、反撃でもなんでもしてくださいよって笑うと。シルバー先輩は、僕の頬をぷにとつついて。何の反撃にもなってねえ、って僕は無防備に笑うのだった。

*おしまい